第四話「冒険者の第一歩」
冒険者ギルドの中は想像していたよりも広かった。
一階には長い受付カウンターがあり、その前には多くの冒険者たちが並んでいる。
中央には机と椅子がいくつも置かれており、冒険者たちが依頼の相談や情報交換をしていた。
壁際には大きな掲示板。
そこには大量の紙が貼られている。
依頼書だろうか。
様々な紙が所狭しと並べられていた。
そしてこのギルドは吹き抜け構造になっていた。
一階から見上げると、二階と三階の様子も少しだけ見える。
二階では料理人たちが忙しそうに働いていた。
鍋から立ち上る湯気。
焼ける肉の香り。
出来上がった料理を受け取り、そのまま持ち去る冒険者の姿も見える。
どうやら食事を提供している場所らしい。
さらに上の三階には机や椅子が並んでいた。
酒を飲む者。
食事を楽しむ者。
大声で騒ぐ者。
冒険者たちの賑やかな声がそこから聞こえてくる。
ヨルは二階の様子を見ながら少し驚く。
(テイクアウトとかあるんだな……)
(異世界でも持ち帰り文化はあるのか)
そして一階へ視線を戻した。
受付にも掲示板にも冒険者が集まっている。
思っていた以上に人が多い。
(結構人いるな……)
ヨルがそう呟くと、ニクスは頷いた。
「冒険者ギルドはいつもこんな感じですよ」
「そうなのか?」
「はい」
「依頼を受ける人もいますし、食事だけ利用する人もいます」
「情報交換のために来る方もいますね」
「なるほど」
ヨルは納得したように頷いた。
「では行きましょうか」
ニクスはそう言うと受付へ向かう。
ヨルたちもその後を追った。
受付には一人の女性が座っていた。
白い長髪のお姉さんだった。
澄んだ水色の瞳。
そして右目の下には小さなほくろがある。
ヨルが小声で呟く。
「白髪ロングのお姉さんだ」
するとソラがすかさず反応した。
「え、白髪ロングでほくろ付き?」
「うわ、好きな人めっちゃ多そう!」
「何言ってるんだお前」
ヨルが呆れたように返す。
受付の女性はニクスを見るなり目を丸くした。
「ニクス様!?」
慌てて立ち上がる。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
ニクスはヨルたちへ視線を向けた。
「この方たちの冒険者カードを発行していただきたいのです」
「冒険者登録ですね」
受付嬢はすぐに表情を整える。
「承知いたしました」
そしてヨルたちへ視線を向けた。
「それではお名前をお聞かせください」
ヨルが一歩前へ出る。
「天ノ川夜です」
続いてホシ。
「天ノ川星です」
最後にソラ。
「天ノ川空です」
受付嬢は紙へ名前を書こうとして――
ふと手を止めた。
「……?」
どこかで聞いたような気がした。
そんな感覚が一瞬だけ頭をよぎる。
だが思い出せない。
気のせいだろうか。
受付嬢は首を傾げながら顔を上げた。
「珍しいお名前ですね」
「それでは、皆さまアマノガワ様でよろしいでしょうか?」
するとニクスが優しく訂正した。
「いえ」
「夜さん、星さん、空さんです」
「天ノ川は家名ですよ」
「あっ」
受付嬢は少し恥ずかしそうに目を瞬かせた。
「失礼いたしました」
「家名だったのですね」
「珍しい響きでしたので、つい」
ヨルは苦笑する。
「気にしないでください」
受付嬢は改めて紙へ名前を書き込んだ。
そして小さく頭を下げる。
「申し遅れました」
「私はリリーア・フローレンスと申します」
「こちらのギルドで受付を担当しております」
「よろしくお願いします」
優しく微笑むリリーアに、ヨルたちも軽く会釈を返した。
リリーアは書類をまとめると、再び口を開く。
「ありがとうございます」
「では次に適性検査を行います」
そう言うと、カウンターの下から拳ほどの大きさの水晶玉を取り出した。
透明な水晶。
しかし内部では淡い光がゆっくりと揺らめいている。
「これで属性を調べるんですか?」
ヨルが尋ねる。
「はい」
リリーアは頷く。
「この水晶に手を触れてください」
「適性のある属性に応じて光が変化します」
ヨルたちは思わず水晶玉を見つめた。
いよいよ――
自分たちの属性が明らかになる。
「では、まず夜さんからお願いします」
リリーアが水晶玉を差し出した。
ヨルは一歩前へ出る。
「右手を水晶にかざしてください」
「こうですか?」
「はい」
ヨルは右手をかざした。
「まぁ炎属性かな~」
昨日使えたのは炎魔法だった。
だから当然炎だと思っていた。
すると――
水晶の中に黒い光が浮かび上がる。
次の瞬間。
『闇』
という文字が現れた。
「……え?」
ヨルが固まる。
ニクスも目を瞬かせた。
「闇属性……?」
ホシも少し驚いている。
ソラは目を丸くした。
「お兄ちゃん炎じゃないの!?」
だがリリーアだけは冷静だった。
「もう一度試してみましょう」
ヨルは再び右手をかざす。
しかし結果は変わらない。
『闇』
やはり闇だった。
リリーアは頷く。
「夜様は闇属性ですね」
「いや、でも昨日炎魔法を使ったんですけど……」
ヨルが困惑しながら言う。
するとリリーアは首を傾げた。
「炎魔法ですか?」
「ですが適性は闇と出ています」
「少なくとも主属性が炎ということはないと思います」
「マジか……」
ヨルは不思議そうに水晶を見つめた。
「次は私」
ホシが前へ出る。
右手をかざす。
すると今度は柔らかな光が広がった。
『光』
「おぉ~」
ソラが声を上げる。
「ホシ、氷だと思ってたんだけど光なんだね~」
ホシは少し考える。
「私は何でもいいかな」
特に気にした様子はない。
相変わらずだった。
「次は私!」
ソラが元気よく前へ飛び出す。
ワクワクした様子で水晶へ手をかざした。
すると淡い緑色の光が広がる。
『風』
「風だって!!」
ソラは目を輝かせた。
「やったー!」
「どんな魔法が使えるのかな!」
その場でぴょんぴょん跳ねている。
ホシが静かに言った。
「落ち着いて」
リリーアは三人の結果を書類へ記入していく。
しばらくして頷いた。
「登録が完了しました」
そう言うと三枚のカードを取り出す。
カードの表面には赤と黒の格子模様が描かれていた。
中央には剣と杖が交差した銀色の紋章。
光を受けるたびに紋章が静かに輝いて見える。
どこか高級感があり、不思議と目を引くデザインだった。
「こちらが皆様の冒険者カードになります」
ヨルたちはそれぞれ受け取る。
異世界で初めて手に入れた身分証だった。
「おぉ……」
ヨルは思わず見つめる。
なんだか冒険者になった実感が湧いてくる。
その様子を見ていたニクスが微笑んだ。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ヨルが答える。
するとニクスは首を傾げた。
「それで、この後はどうしますか?」
ニクスの問いかけに、三人は顔を見合わせた。
「冒険者になったのは良いけど……」
ヨルが自分の服を見る。
元の世界から着てきた私服。
この世界では明らかに浮いていた。
ホシも自分の服を見下ろす。
「そういえば、このままだと目立つかも」
「確かに!」
ソラが勢いよく手を上げた。
「冒険者っぽい服とか武器とか欲しい!」
「武器ですか」
ニクスは少し考える。
そして優しく微笑んだ。
「それでしたら、お店を案内しますよ」
「おぉ!」
ソラの目が輝いた。
「異世界の武器屋だ!」
「まだ異世界って言ってるんだね」
ホシが苦笑する。
「だって異世界じゃん!」
「それはそうだけど」
そんな二人を見ながら、ヨルも頷いた。
「とりあえず装備は必要だな」
「では行きましょう」
ニクスに案内され、四人はギルドを後にした。
――――――――
王都の通りを歩く。
石畳の道。
行き交う人々。
露店から漂う香ばしい匂い。
ソラはキョロキョロと辺りを見回していた。
「見たことない食べ物ばっかりだけど美味しそ~!」
「後で絶対食べようよ!」
「先に装備を買ってからですね」
ニクスが苦笑しながら答える。
「はーい」
やがてニクスが一軒の店の前で立ち止まった。
木製の看板。
その看板には剣と盾の絵が描かれている。
「ここです」
大きな扉を開く。
カラン、と鈴の音が鳴った。
店内には剣や槍、弓。
革鎧やローブなどが並べられている。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から女性が現れた。
栗色の髪を後ろでまとめた店員だった。
「おや?」
女性はニクスを見る。
「ニクス様ではありませんか」
「こんにちは」
ニクスは軽く手を振った。
「今日はこの三人の装備を見に来ました」
「なるほど」
店員は三人へ視線を向ける。
そして少し笑った。
「新人冒険者さんですね」
「今日登録したばかりです!」
ソラが元気よく答える。
「なるほどなるほど」
店員は頷く。
「でしたら、まずは皆さんがどんな武器を使いたいかですね」
「武器?」
「はい」
店員は説明する。
「剣、槍、弓、杖、短剣……色々ありますので」
「ちなみに属性は分かっていますか?」
「闇、光、風です」
ニクスが答えた。
店員は少し驚いた顔をした。
「珍しい組み合わせですね」
そしてまずヨルを見る。
「あなたは剣が似合いそうですね」
「剣ですか」
「ええ」
店員は壁に掛けられた片手剣を指差した。
「体格的にも扱いやすいですし、闇属性との相性も良いと思います」
続いてホシを見る。
「あなたは杖ですね」
「ですよね」
ホシは苦笑しながら頷く。
店員は近くに置かれていた白銀の杖を手に取った。
杖の先端には透明な魔法石が埋め込まれている。
「この杖はいかがでしょう」
「綺麗」
ホシは小さく呟く。
「先端に埋め込まれている魔法石は全属性に対応しています」
店員は魔法石を指差した。
「ですが、特に光属性との相性が良いんです」
「そうなんですか?」
「ええ」
店員は頷いた。
「光属性魔法を使用した際、威力や効果を底上げしてくれます」
「へぇ……」
「ホシさんにはおすすめですよ」
続いて店員はソラへ視線を向けた。
「ただ風属性なら機動力を活かせる軽い武器がおすすめですね」
そう言うと店員は一本のステッキを取り出した。
長杖よりも短く、片手で扱える細身の杖だった。
「風属性の方にはこういったステッキが人気です」
「おぉ……!」
ソラの目が輝く。
「軽いので動きを邪魔しませんし、風魔法との相性も良いですよ」
さらに店員は一本の短剣を取り出した。
「それとこちらですね」
「短剣?」
「はい」
店員は頷く。
「風属性の方は機動力を活かして戦う方が多いので、ステッキと短剣を併用される方もいらっしゃいます」
「かっこいい!」
ソラはすぐに短剣を手に取った。
「これにする!」
店員は思わず笑う。
「即決ですね」
「だって絶対かっこいいじゃん!」
そんなソラを見て、ヨルとホシも思わず苦笑するのだった。
――――――――
その後、三人はそれぞれ武器を購入した。
ヨルは片手剣。
ホシは白銀の杖。
ソラはステッキと短剣。
店員が会計を済ませる。
「ありがとうございました」
するとニクスが何かを思い出したように口を開いた。
「あっ、そうでした」
「ん?」
ヨルが振り返る。
ニクスは店員へ向き直った。
「この三人に合う服もお願いできますか?」
「服ですか?」
「はい」
ニクスは頷く。
「冒険者として活動するのでしたら、今の服では少し目立ちますし」
三人は自分たちの服を見る。
確かにこの世界の人々とはかなり服装が違っていた。
「それに皆さんには似合う服を着てほしいですから」
ニクスは微笑む。
店員も納得したように頷いた。
「もちろん可能ですよ」
だが次の瞬間。
ソラが慌てて声を上げた。
「えっ!?」
「でもお金とか大丈夫なの!?」
ホシも少し気まずそうな顔をする。
「武器だけでも結構したよね……」
するとニクスは微笑みながら言った。
「お代は私が出しますので」
「「「え?」」」
三人の声が重なる。
「え、いやいや!」
「流石に悪いよ!」
「そこまでしてもらうわけには……」
三人が慌てる。
しかしニクスは困ったように笑った。
「皆さんは私の命の恩人なんですよ?」
「それに、皆さんにはこれからもお世話になると思います」
「ですので気にしないでください」
そう言われると三人も強くは言い返せなかった。
店員はそんな様子を見て微笑む。
「ふふっ」
「それではお任せください」
そう言うと店員はメジャーのような物を取り出した。
「まずは採寸ですね」
「採寸?」
ソラが首を傾げる。
「服を作るには必要なんですよ」
店員はにこやかに笑った。
「ではまずこちらへ」
店の奥へ案内される。
「最初は誰からにしますか?」
店員の問いかけに、三人は顔を見合わせた。
「じゃあ俺からで」
ヨルが一歩前へ出る。
「かしこまりました」
店員は手帳を開く。
肩幅。
腕の長さ。
胸囲。
腰回り。
細かく採寸していく。
「ありがとうございます」
数分後。
「次は私。」
ホシが前へ出る。
同じように採寸が進む。
「髪色や雰囲気にも合わせて作りますので楽しみにしていてくださいね」
「はい」
ホシは静かに頷いた。
そして最後。
「よーし!」
ソラが元気よく前に出る。
「よろしくお願いします!」
「ふふっ、元気ですね」
店員は笑いながら採寸を始めた。
肩幅。
腕の長さ。
腰回り。
丁寧に測っていく。
「あははっ」
「ご、ごめんなさい」
ソラは肩を震わせながら笑った。
「ちょっとくすぐったくて」
「ふふっ、我慢してくださいね」
「む、無理かも……っ」
店員は思わず笑う。
それでも何とか採寸を終えるのだった。




