第三話「異世界で迎える最初の朝」
兵士に案内されながら、ヨルたちは城の奥へと進んでいた。
しばらく歩いた後、一つの扉の前で兵士が足を止める。
「こちらがお部屋になります」
そう言って扉を開いた。
その瞬間――
「うわっ」
ヨルは思わず声を漏らした。
部屋が広い。
とにかく広い。
大きな窓。
柔らかそうなソファ。
高級そうな机。
そして奥には、大人が何人寝ても余裕がありそうな巨大なベッドが置かれていた。
さらに窓の向こうには広いベランダまである。
「でかっ!!」
ソラが真っ先に駆け出す。
「わぁぁぁ!!」
ぽふっ。
勢いよくベッドへ飛び込んだ。
「ふわふわだぁぁ!!」
「ソラ、靴」
ホシが呆れたように言う。
「あっ」
慌てて靴を脱ぐソラ。
兵士は少しだけ笑みを浮かべる。
「ごゆっくりお過ごしください」
そう言い残し、部屋を後にした。
扉が閉まる。
そして――
ようやく三人だけになった。
静寂が訪れる。
数秒後。
ヨルは大きく息を吐いた。
「……疲れたぁぁぁ」
そのまま近くのソファへ倒れ込む。
ホシも椅子へ腰掛けた。
ソラはまだベッドの上で転がっている。
「今日は色々ありすぎたね」
ホシが静かに呟く。
「ほんとにな」
ヨルは天井を見上げる。
少し前までは普通の高校生だった。
それが今では――
異世界の王城にいる。
改めて考えると意味が分からない。
「なぁ」
ヨルが口を開く。
「やっぱりここは異世界だよな」
「うん」
ホシは即答した。
「少なくとも日本じゃない」
「魔法あったしね~」
ソラがベッドの上でごろごろしながら言う。
「あれ本当にびっくりしたよ」
「俺が一番びっくりしたわ」
ヨルは左手を見る。
広場で放った炎。
あれは夢でも見間違いでもない。
確かに自分が使った。
「なんで使えたんだろうな」
「分からない」
ホシは首を振った。
「でも、この世界に来た影響かもしれないね」
「だよなぁ」
ヨルは再び天井を見上げる。
考えても答えは出ない。
今分かっているのは一つだけだ。
自分たちは元の世界へ帰れていない。
「お兄ちゃん」
ホシがヨルを見る。
「帰る方法、探すんでしょ?」
ヨルは少しだけ黙り込む。
そして頷いた。
「ああ」
「父さんも母さんもいるしな」
「帰る方法は探したい」
ソラもベッドの上で起き上がった。
「私も帰りたい」
「でも、せっかく異世界に来たんだし色々見てみたいかも!」
「お気楽だなぁ」
ヨルが苦笑する。
「だって気になるじゃん!」
ソラは窓の外を指差した。
「冒険者ギルドとか!」
「あー……」
それは少し分かる。
ヨルも興味はある。
ホシも小さく笑った。
「まずは情報集めだね」
「だな」
ヨルは頷く。
「王様も言ってたし、明日は冒険者ギルドに行ってみるか」
「賛成」
「やったー!」
ソラが嬉しそうに両手を上げた。
話が一段落したところで、ヨルは立ち上がった。
そして、そのままベランダへと出る。
夜風が心地良い。
眼下にはフォレシア王国の街並みが広がっていた。
巨大樹を彩る無数の灯り。
遠くから聞こえる人々の声。
そして――
ヨルはゆっくりと空を見上げた。
そこには無数の星々が輝いていた。
見たことのない世界。
見たことのない国。
それなのに。
「夜空に星、か……」
ヨルは小さく呟く。
「やっぱどこの世界も同じ空なんだな」
その言葉は夜風に溶けて消えていく。
しばらく星空を眺めた後、ヨルは静かに部屋へ戻った。
異世界で迎える最初の夜は、静かに更けていくのだった――。
朝。
ヨルはゆっくりと目を開けた。
窓から差し込む柔らかな光が部屋を照らしている。
「ん……」
少し寝ぼけながら体を起こす。
昨日は本当に色々あった。
異世界に来て。
フォレシア王国に辿り着いて。
広場で美少女の王女様を助けて。
王様に会って。
王城に泊まることになって。
「……本当に色々あったなぁ」
思わず小さく呟く。
だが、目の前に広がる豪華な客室を見る限り、夢ではないらしい。
ヨルは小さく息を吐いた。
そして左右へ視線を向ける。
ホシとソラはまだ眠っていた。
三人で一つの大きなベッドを使ったため、自然と川の字になっている。
左にはホシ。
右にはソラ。
二人とも気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「よく寝てるな……」
ヨルは苦笑する。
その時だった。
コンコン――。
部屋の扉が軽くノックされた。
「はい?」
ヨルが返事をする。
すると扉の向こうから聞き慣れた声がした。
「おはようございます、ヨルさん」
ニクスだった。
「朝食の準備ができましたので、お迎えに参りました」
「あっ、はい!」
思わず少し大きな声で返事をしてしまう。
その瞬間。
「んぅ……」
「うぅーん……」
左右から声が聞こえた。
ホシとソラがゆっくり目を開く。
「お兄ちゃん……?」
「朝……?」
まだ少し眠そうな二人。
ヨルは苦笑した。
「起きろー」
「ニクスが迎えに来てくれたぞ」
その言葉を聞いて、ソラが飛び起きる。
「朝ごはん!?」
「そこかよ」
ヨルは思わずツッコミを入れた。
ホシも小さくあくびをしながら起き上がる。
「準備しようか」
「だな」
三人は身支度を整えると、部屋の扉を開いた。
そこに立っていたのはニクスだった。
昨日のような王女らしい服装ではない。
白を基調とした肩の出た軽やかな服装。
銀色の長い髪は左右でお下げにまとめられている。
どこか年相応の少女らしさを感じる姿だった。
それを見た瞬間――
「え、めっちゃ可愛い……」
ヨルは思わず呟いてしまった。
「あっ」
言った後で気付く。
しまった。
完全に口に出ていた。
一瞬の沈黙。
そして――
「っ!?」
ニクスの肩がぴくりと震えた。
みるみるうちに頬が赤く染まっていく。
「か、可愛い……ですか……?」
「いや、その……」
ヨルは慌てる。
「違っ、いや違わないけど!」
「えっと!」
「昨日と雰囲気違うなって!」
何を言っているのか自分でも分からなくなっていた。
ニクスは少し俯く。
「そ、その……ありがとうございます……」
恥ずかしそうにそう呟いた。
耳までほんのり赤い。
ホシはそんな二人を見ていたが、何も言わない。
ソラだけがニヤニヤしていた。
「ふーん」
「何だよ」
「別に~?」
明らかに何かを察している顔だった。
「それでは、ご案内しますね」
少し話題を変えるように、ニクスはそう言った。
「おはようございます」
「おはようございます」
ヨルたちも挨拶を返す。
ニクスは微笑むと歩き始めた。
ヨルたちはその後ろをついて行く。
そしてしばらく歩いた後――
朝食が用意された食堂へと足を踏み入れるのだった。
大きな扉が開かれる。
その先に広がっていたのは、昨日の謁見の間とはまた違う広い部屋だった。
長いテーブル。
高い天井。
大きな窓からは朝の光が差し込んでいる。
そしてテーブルの上には料理が並べられていた。
焼きたてのパン。
湯気を立てる温かいスープ。
色鮮やかな野菜を使ったサラダ。
そして香ばしく焼かれた肉料理。
見たことのない果物も添えられている。
品数自体は多くない。
だが、一つ一つが丁寧に作られていることが伝わってきた。
「おぉ……」
ヨルは思わず声を漏らした。
「すごい……」
ホシも少し驚いた様子で周囲を見渡す。
「美味しそう~!」
ソラだけは料理しか見ていなかった。
すると、テーブルの奥から声が聞こえた。
「おはようございます」
そこには王が座っていた。
昨日と変わらぬ金色の髪。
だが、謁見の間で会った時よりもどこか柔らかい雰囲気を纏っている。
「お、おはようございます」
ヨルたちは慌てて頭を下げた。
王は苦笑する。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
「昨日も言いましたが、今はただの朝食です」
「は、はい……」
そう返事をするものの、やはり緊張はする。
相手は王様なのだ。
すると王は空いている席へ視線を向けた。
「どうぞ座ってください」
「冷めてしまいますから」
「ありがとうございます」
ヨルたちは席へ向かう。
ニクスも王の隣へ腰掛けた。
こうして四人での朝食が始まった――。
「そのお肉は何の肉なんですか?」
ヨルが気になって尋ねる。
するとニクスは微笑んだ。
「フォレストボアという魔物のお肉ですよ」
「森に生息している魔物です」
「魔物!?」
「ですが性格は比較的大人しいので、食用として広く利用されているんです」
「へぇ……」
ヨルは感心したように肉を見る。
見た目は猪肉に近い。
香ばしい匂いが食欲を刺激していた。
「食べてみますか?」
「せっかくだし」
ヨルはフォークで一口切り分け、口へ運ぶ。
「……うまっ」
思わず声が漏れた。
肉は柔らかく、噛むほどに旨味が広がる。
癖もほとんどない。
「ほんとだ!」
ソラも嬉しそうに頬張る。
「美味しいね」
ホシも小さく頷いた。
その様子を見て、ニクスはどこか嬉しそうに微笑んでいた。
しばらく和やかな空気のまま食事が続く。
すると――
「そういえば」
王がふと口を開いた。
「昨日は慌ただしくて、私の方が名乗るのを忘れていましたね」
「あっ」
言われてみればそうだった。
ヨルたちは王女であるニクスの名前は聞いている。
だが、王の名前はまだ知らなかった。
王は穏やかに微笑む。
「改めまして」
「私の名はアルヴァン・リア・フィール」
「フォレシア王国の国王を務めています」
ヨルたちは思わず姿勢を正した。
「よ、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします!」
アルヴァンは小さく笑った。
その後も食事をしながら、フォレシア王国の話や王都の話を少し聞いた。
ヨルたちは知らないことばかりで、話を聞くだけでも新鮮だった。
やがて――
食事は終わりを迎える。
「ごちそうさまでした」
ヨルたちは席を立った。
「お口に合ったようで何よりです」
アルヴァンは穏やかに微笑む。
「はい」
「すごく美味しかったです」
ホシが答える。
「また食べたい!」
ソラも満足そうだった。
その言葉にニクスが小さく笑った。
⸻
食事を終えたヨルたちは、一度客室へ戻っていた。
冒険者ギルドへ向かうための準備をしている最中だった。
「よし、こんなもんかな」
ヨルが立ち上がる。
その時――
コンコン。
部屋の扉がノックされた。
「はい?」
ヨルが返事をすると、扉の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ニクスです」
ヨルは扉を開ける。
そこにはニクスが立っていた。
「あれ? どうしたんだ?」
するとニクスは小さな袋を差し出した。
「こちらを」
「え?」
ヨルが受け取る。
ずっしりとした重みが手に伝わってきた。
「昨日、お父様がお約束した報酬です」
「旅をされるのでしたら必要になると思いますので」
「あっ……」
そういえば昨日そんな話をしていた。
ヨルは袋を見つめる。
異世界で生きていくためのお金。
今の自分たちにとっては何より大切なものだった。
「ありがとうございます」
「大事に使わせてもらいます」
ニクスは嬉しそうに微笑んだ。
「はい」
用件はそれだけだったらしい。
ヨルはもう一度礼を言い、扉を閉めようとする。
だが――
「あ、あの!」
ニクスが慌てたように声を上げた。
「ん?」
ヨルが振り返る。
ニクスは少しだけ視線を泳がせた。
「もしよろしければ……」
「私もご一緒してもいいでしょうか?」
「え?」
思わず間の抜けた声が出る。
王女様が?
一緒に?
ヨルが固まっていると、
後ろからソラがひょこっと顔を出した。
「いいじゃん!」
「賛成~!」
ホシも静かに頷く。
「私も案内してもらえた方が助かると思う」
「いやまあ、それはそうだけど……」
ヨルは再びニクスを見る。
ニクスはどこか不安そうな表情をしていた。
「ご迷惑……でしょうか?」
「いや!」
ヨルは慌てて首を振る。
「迷惑とかじゃなくて」
「王女様ってそんな普通に外出て大丈夫なのかなって」
するとニクスは小さく笑った。
「大丈夫ですよ」
「皆さんが守ってくださるのでしょう?」
「え?」
思わずヨルは目を瞬かせる。
ニクスはくすりと笑った。
「昨日も助けていただきましたし」
「きっと大丈夫です」
ヨルは思わず苦笑した。
「責任重大だな……」
「ふふっ」
ニクスは楽しそうに笑う。
その様子を見ていたソラが、またニヤニヤし始めた。
「なんだよその顔」
「べっつに~?」
明らかに何かを察している顔だった。
「じゃあ、よろしく」
ヨルがそう言うと、ニクスの表情がぱっと明るくなった。
「はい!」
こうしてヨルたちはニクスを加えた四人で、王都へ向かうことになった。
⸻
王城を出たヨルたちは、王都の大通りを歩いていた。
朝の王都は活気に満ちていた。
店を開く商人。
買い物を楽しむ人々。
冒険者らしき者たちの姿も見える。
そんな中――
ヨルはふと隣を歩くニクスへ視線を向けた。
「……ん?」
思わず足が止まりそうになる。
今日のニクスは昨日とも、今朝とも違っていた。
白を基調とした可愛らしい服。
肩には小さな羽織。
銀色の髪には小さな花飾り。
どこかおしゃれで、街へ遊びに来た少女のような格好だった。
王女というより――
まるでデートに来た女の子みたいだ。
「どうかしましたか?」
ニクスが首を傾げる。
「いや……」
「その服似合ってるなって」
「っ……!」
ニクスの肩が小さく震える。
「あ、ありがとうございます……」
少しだけ頬が赤くなった。
その様子を見ていたソラがすぐに反応する。
「お兄ちゃんまた言ってる~」
「ん?」
ヨルは首を傾げる。
「今度はちゃんと口に出してる~」
「何が?」
ソラは呆れたようにため息をつく。
ホシも静かに口を開いた。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「たぶん自覚ないんだと思う」
「だから何の話だよ」
ヨルは本気で分かっていなかった。
ホシとソラは顔を見合わせる。
「だめだこりゃ」
「だね」
「???」
ヨルだけが置いていかれていた。
その様子を見ていたニクスは、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
⸻
しばらく歩きながら、ニクスは王都を案内していく。
大きな噴水広場。
露店が並ぶ通り。
冒険者向けの武具店。
見たことのない建物ばかりだった。
「そういえば」
ニクスが思い出したように口を開く。
「冒険者ギルドでは魔法の適性を調べることができるんですよ」
「適性?」
ヨルが聞き返す。
「はい」
「どの属性の魔法が得意なのかを調べることができます」
「おぉ!」
ヨルの目が輝く。
「じゃあ俺は炎属性か!」
昨日、自分は確かに炎の魔法を使った。
なら炎属性のはずだ。
「そうかもしれませんね」
ニクスは微笑む。
するとソラが身を乗り出した。
「じゃあ私は何だろう!」
「楽しみ~!」
ホシも少し考える。
「私は何になるんだろう」
「私も気になります」
ニクスも楽しそうにそう言った。
ヨルたちは期待を膨らませながら、冒険者ギルドへ向かうのだった。
しばらく王都の大通りを歩いていく。
行き交う人々の数は徐々に増え、武器や防具を身に着けた者たちの姿も目立つようになってきた。
剣を腰に下げた男性。
大きな槍を背負った女性。
ローブを纏った魔法使いらしき人物。
まるでゲームやアニメの世界そのものだった。
「すげぇ……」
ヨルは思わず周囲を見回す。
「本当に冒険者って感じの人がいっぱいいるんだな」
「王都には多くの冒険者が集まりますから」
ニクスが説明する。
「この国だけでなく、他国から来る方もいるんですよ」
「へぇ……」
ヨルは感心したように頷いた。
するとその時――
「見えてきましたよ」
ニクスが前方を指差す。
その先には、一際大きな建物が建っていた。
石と木で造られた巨大な建物。
三階建てほどの高さがあり、周囲の建物より一回り大きい。
入口の上には大きな紋章が掲げられていた。
剣と杖が交差したような紋章。
建物の前では多くの人々が出入りしている。
「おぉ……」
ヨルは思わず声を漏らした。
「でかっ……」
「思ったより大きいね」
ホシも少し驚いた様子だった。
「なんかゲームのギルドそのまんまじゃん!」
ソラは目を輝かせている。
ニクスはそんな三人の反応を見て微笑んだ。
「ここがフォレシア王国の冒険者ギルドです」
ヨルは改めて建物を見上げる。
つい昨日まで普通の高校生だった。
それが今では異世界の冒険者ギルドの前に立っている。
改めて考えると、とんでもない状況だ。
「なんか実感湧いてきたな……」
ヨルは小さく呟く。
「俺たち、本当に異世界にいるんだな」
するとソラが笑った。
「今さら~?」
「だって王女様とか王様とか魔法とか色々ありすぎたんだよ」
「確かに」
ホシも小さく頷く。
ニクスはそんな三人を見て、どこか楽しそうに笑っていた。
「それでは行きましょうか」
そう言ってニクスはギルドの扉へ向かう。
ヨルたちもその後を追った。
そして――
大きな扉が開かれる。
その瞬間、中から賑やかな声が一気に聞こえてきた。
冒険者たちの笑い声。
依頼の話をする声。
食事を楽しむ声。
様々な音が混ざり合い、活気に満ちている。
ヨルは思わず息を呑んだ。
ついに――
異世界の冒険者ギルドへ足を踏み入れたのだった。




