第二十話「闇に呑まれる月蝕」
ヨルは、図書室で起きた出来事を三人へ説明し終えた。
ノクシアという謎の女性。
自分の意識だけが、記憶の中にある部屋へ連れていかれたこと。
そして――。
新しい魔法を与えられたこと。
「……そんなことが。」
ミィナは驚いた表情でヨルを見る。
「私も、今までこんなことが起きたなんて聞いたことがありません……。」
「俺も何が起きたのか、まだ全部は分かってない。」
ヨルは苦笑する。
「とりあえず、戻りましょう。」
ミィナがそう言った。
「トニア会長達も待っていますから。」
「そうだな。」
四人は図書室を後にし、決闘場へ戻ることにした。
――――――――
決闘場へ戻ると。
そこではトニアとニクスが何かを話していた。
二人の表情は真剣だった。
(……たぶん、ヘリアのことだろうな。)
ヨルはそう思いながら、二人へ近付いていく。
「戻りました。」
ミィナが声を掛ける。
トニアとニクスが振り返った。
「おかえりなさい。」
ニクスが微笑む。
「どうでした?」
トニアが尋ねる。
するとミィナが一歩前へ出た。
「トニア会長。」
「図書室で、少し大変なことがありました。」
「大変なこと?」
トニアが首を傾げる。
ミィナは先程ヨルから聞いた話を、順番に説明していった。
「……意識だけが、別の場所へ?」
トニアが驚いたように目を見開く。
ニクスもヨルを見る。
「大丈夫ですか?」
「うん。」
ヨルは頷く。
「今は何ともない。」
「そうですか……。」
ニクスは安心したように息を吐く。
トニアもしばらくヨルを見つめた後、静かに口を開く。
「……魔力を操作されて、意識だけが別の場所へ?」
「はい。」
ミィナが頷く。
「そんな現象、私は聞いたことがありません。」
トニアは少し考え込む。
「ですが……。」
「どこかで聞いたことがあったような気もします。」
「……曖昧な記憶ですが。」
トニアは少しだけ視線を落とす。
そして。
「後ほど、図書室全体を調べてみましょう。」
「闇属性の本だけでなく、他の本でも同じような現象が起きるのかも検証しましょう。」
「それと、その女性についても調べてみます。」
「ノクシアという名前でしたね。」
「何者なのか、なぜヨルさんの意識へ干渉できたのか。」
「分かる範囲で調べてみましょう。」
「お願いします。」
ヨルは頷いた。
トニアも小さく頷き返す。
「それでは、鍛錬を再開しましょうか。」
「はい!」
ヨルは剣を握り直した。
――――――――
決闘場の中央。
ヨルとトニアが向かい合う。
トニアは細身の剣を構える。
「今日は、魔法も実剣も使ってやってみてください。」
「実戦に近い形で、どこまで動けるか見てみたいです。」
「分かりました。」
ヨルも剣を構える。
いきなりグラトニーを使っても、トニアさんには避けられる。
まずは剣で距離を詰めて、隙ができたところでグラトニーを当てる。
それでいこう。
「では――」
トニアが一歩踏み込む。
「始めましょう。」
ヨルも地面を蹴った。
「はっ!」
一気に距離を詰め、剣を振る。
トニアは軽く受け流す。
続けて突き。
トニアは身体を僅かにずらして避ける。
ヨルはすぐに剣を振り直した。
だが。
また受け流される。
「っ……!」
ヨルは何度も地面を蹴り、剣を振る。
しかし。
トニアに隙はない。
徐々に息が上がっていく。
「はぁ……はぁ……。」
身体が重い。
このままじゃ、グラトニーを使う隙すら作れない。
ヨルは攻撃を続けながら考える。
どうすれば……。
その時。
ヨルの脳裏に、ノクシアの姿が浮かんだ。
『キミに魔法を与えよう。』
『ゲートという魔法なんていいだろう。』
「……!」
そうだ。
俺はゲートを貰ったんだ。
ヨルは一度だけ距離を取る。
試してみるか。
「――ルア・ゲート。」
ヨルの目の前に、黒い円形の魔法陣が現れた。
トニアが目を細める。
ヨルはそのままゲートへ飛び込む。
次の瞬間。
トニアの背後に、黒い魔法陣が現れる。
そこからヨルが飛び出した。
「――!」
トニアは瞬時に背後の気配を察知する。
振り返ると同時に、後ろへ飛んだ。
ヨルの剣が、ほんの僅かに空を切る。
避けた!?
ヨルは驚きながらも、すぐに距離を取る。
これなら……。
「もう一度。」
ヨルは再びトニアへ向かって走り出す。
剣で攻撃する。
トニアが受け流す。
「――ルア・ゲート。」
ヨルの姿が目の前から消える。
トニアの背後にゲートが現れる。
ヨルが飛び出す。
トニアはまたもや反応し、身体を捻って避けた。
「……!」
ミィナが思わず声を漏らす。
「すごい……。」
ソラもヨルを見つめる。
「お兄ちゃん、ゲートを早速使ってる……。」
ホシも静かにヨルを見つめていた。
「ゲート……。」
ニクスは驚いた表情を浮かべる。
「いつの間に、あんな魔法を……。」
ヨルは攻撃を続ける。
ゲートを使ってトニアの背後へ回り込む。
グラトニーを当てようとする。
しかし。
トニアは瞬時に反応して避ける。
まだだ。
もう一度。
ゲート。
背後へ。
グラトニー。
避けられる。
またゲート。
背後へ。
またグラトニー。
「……っ!」
何度繰り返しても当たらない。
だが。
ヨルはあることに気付いた。
「あれ?」
ゲートを使った後、すぐにもう一回使える。
ヨルはもう一度ゲートを発動する。
そして。
さらにもう一度。
「――ルア・ゲート。」
目の前にゲート。
入る。
背後にゲート。
出る。
そのまま再びゲート。
トニアの横へ。
さらにゲート。
今度は正面へ。
連続で使える。
ヨルの身体が、黒い魔法陣を次々と通り抜けていく。
トニアは目を見開いた。
「……!」
ヨルは何度もゲートを発動する。
グラトニーを当てるために、トニアの隙を探す。
しかし。
何度試しても、トニアには届かない。
グラトニーは当たらない。
なら――。
ヨルは剣を握り直す。
ゲート。
正面から踏み込む。
一閃。
トニアが避ける。
その瞬間、ヨルはゲートへ飛び込む。
トニアの背後へ。
再び一閃。
トニアは身体を捻って避ける。
さらにゲート。
身体が一瞬でトニアの正面上空へ移動する。
ヨルは空中で剣を構える。
そして。
一気に振り下ろす。
トニアは咄嗟に後ろへ飛び退いた。
剣先が、髪を僅かに掠める。
「……!」
トニアは着地すると、ヨルから距離を取った。
その表情に、僅かな驚きが浮かぶ。
(……今の動き。)
先程までのヨルとは明らかに違う。
ゲートを使い始めてから、ヨルの動きは少しずつ変化していた。
最初はただ移動するために使っていた。
しかし今では、ゲートによる瞬間的な位置取りと剣撃が噛み合っている。
そして先程の三連続の動き。
正面。
背後。
そして、正面上空。
(まさか……。)
トニアはヨルを見つめる。
「……ヨルさん。」
「はい?」
ヨルが息を切らしながらトニアを見る。
トニアは静かに微笑む。
「もしかしたら……。」
「専用剣技を身につけたのかもしれません。」
「……え?」
ヨルは目を丸くする。
「俺が……専用剣技を?」
「はい。」
トニアは頷く。
「先程までとは、明らかに動きの質が違いました。」
「ゲートを使った移動と剣撃が、一つの型として完成しています。」
「私も専用剣技を持っていますから。」
「今の動きを見て、もしかしたらと思いました。」
ヨルは自分の剣を見る。
自分では、ただ必死にゲートを使っていただけだった。
それが。
いつの間にか、自分だけの剣技になっていた。
「……すごい。」
ヨルは思わず小さく呟いた。
鍛錬を始めた頃は、剣を振ることすら満足にできなかった。
それでも。
少しずつ練習を重ねてきた。
そして今。
自分だけの剣技を身につけるところまで来た。
俺も……成長してるんだ。
胸の奥から、嬉しさが込み上げてくる。
ヨルは自分の中で、この技に名前を付ける。
闇に呑まれる月蝕……。
それがいい。
この技の名前は――。
「闇に呑まれる月蝕。」
ヨルは小さく呟いた。
「シャドウ・エクリプス。」
初めて。
ヨル自身の専用剣技に名前が付いた。
「お兄ちゃん!」
ソラが駆け寄ってくる。
「すごい!」
ホシもヨルへ近付き、小さく笑う。
「おめでとう、お兄ちゃん。」
「うん。」
ミィナも嬉しそうに微笑む。
「おめでとうございます、ヨルさん!」
ニクスも優しく微笑んだ。
「本当に、おめでとうございます。」
ヨルは照れくさそうに頭を掻く。
「ありがとう。」
その様子を見ていたトニアも、満足そうに頷く。
「ここまで成長すれば、もう問題ないでしょう。」
「今日の鍛錬は、ここまでにしましょう。」
「はい!」
ヨルは嬉しそうに頷いた。
四人はヨルを囲むように集まり、笑顔を交わす。
自分だけの剣技を手に入れたヨル。
その成長を喜ぶ仲間達の声が、決闘場に響いていた。
こうして。
ヨルは初めて、自分だけの専用剣技を手に入れた。
新たな力を得た喜びを胸に。
笑顔で互いを見つめるのだった。




