第十九話「■■■」
「……ん。」
ヨルはゆっくりと目を開けた。
視界に入ったのは、見慣れた天井だった。
「……?」
ヨルはぼんやりと天井を見つめる。
「この天井……。」
ゆっくりと身体を起こす。
部屋を見渡す。
机。
椅子。
窓。
見覚えのある家具。
そして。
「……俺の部屋?」
そこは、元の世界で暮らしていた頃の自分の部屋だった。
「懐かしい……。」
ヨルはベッドから降りようとする。
その時。
「……ん。」
隣から小さな声が聞こえた。
「……え?」
ヨルが振り向く。
そこには、一人の女性が横になっていた。
長い髪。
落ち着いた雰囲気。
大人びた顔立ち。
女性は目を閉じたまま、眠っているように見える。
「……。」
ヨルは数秒固まった。
「なんで知らない女性と寝てるんだ俺は!?」
思わず声を上げる。
「しかも一緒に寝てただと……!?」
その声に。
女性の口元が少しだけ上がった。
ゆっくりと目を開ける。
「目が覚めたかい?」
「……!」
「お前……!」
ヨルは慌ててベッドから離れる。
「なんだお前は!?」
「なんで俺のベッドで一緒に寝てるんだよ!」
女性は楽しそうにヨルを見る。
「ふふっ。」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。」
「いや、驚くだろ!」
ヨルは警戒しながら女性を見る。
「……あれ?」
そこで、ふと違和感に気付く。
「そういえば俺……。」
「学校の図書館で本を読んでたはず……。」
「そうだね。」
女性が頷く。
「でも、ここは図書室じゃない。」
「ここは、キミの記憶の中にある世界の一部を再現した場所だよ。」
女性は部屋を見渡す。
「私も、キミの記憶を辿って初めて見る部屋だけどね。」
「……なるほど。」
ヨルはまだ困惑したまま部屋を見渡す。
「じゃあ、ここは本物の俺の部屋じゃないのか。」
「そういうこと。」
女性はヨルを見る。
そして。
少しだけニヤける。
「それにしても。」
「キミはこういうシチュエーションが好きなのかな?」
「女の子と添い寝したかっただなんて。」
「……は?」
「こんな場所を再現するなんて、キミもなかなか面白いね。」
「ち、違うし!」
ヨルは顔を赤くして否定する。
「ふふっ。」
「冗談だよ。」
女性は楽しそうに笑った。
「それよりも。」
「私はキミの名前を知っているよ。」
「……俺の名前?」
「天ノ川夜。」
「……!」
ヨルの表情が変わる。
「なんで俺の名前を知っているんだよ。」
女性は少しだけ真剣な表情になる。
「まあ、当然の疑問だろうね。」
「私は今までのキミの行動を、全て見ていたよ。」
「全部……?」
「キミがこの世界へ来てからのことも。」
「仲間達と出会ったことも。」
「戦ったことも。」
「学校へ来たことも。」
「……ずっと見てたっていうのか?」
「そうだよ。」
ヨルは女性をじっと見つめる。
「お前は……何者なんだ?」
女性はすぐには答えなかった。
ただ、少しだけ笑う。
「それは、今はまだ秘密にしておこう。」
「……なんだそれ。」
「でも、一つだけ教えてあげる。」
女性はゆっくりと立ち上がる。
「私は、この世界の人間だった。」
「だった……?」
「もう、この世界にはいないけどね。」
ヨルは息を呑む。
「死んでるってことか?」
「そういうこと。」
女性は淡々と答える。
「でも、こうしてキミの意識と触れ合うことはできる。」
「……。」
「そして私は。」
女性はヨルを見つめる。
「この世界で、初めて闇属性の魔法を使った人間だ。」
「……!」
ヨルの目が見開かれる。
「闇属性を……最初に?」
「そう。」
「私が初めて使った。」
「だから、キミが闇属性の魔法を使っているのを見た時は少し驚いたよ。」
「……じゃあ、さっき俺の身体を包んでた黒い魔力も……。」
「それは私がキミの魔力を操作して、ここに招待するためにしたんだ。」
「驚かせてすまないね。」
「……そういうことだったのか。」
女性はヨルを見つめる。
「さて。」
「キミに一つ、魔法を与えよう。」
「魔法を?」
「ああ。」
女性はヨルの左手を見る。
「左手を出して。」
「こうか?」
ヨルが言われるまま左手を差し出す。
女性は右手を伸ばした。
そして。
ヨルの手を握る。
指と指を絡めるように。
「……え?」
ヨルの目が丸くなる。
「そのまま。」
「え、あ……うん。」
女性はヨルの正面へ立つ。
そして。
ゆっくりと顔を近付ける。
「……?」
次の瞬間。
女性の額が、ヨルの額へ触れた。
「……っ!?」
あまりにも近い距離。
ヨルの顔が一気に赤くなる。
「ちょ、ちょっと……!」
「力を抜いて。」
「いや、そういう問題じゃ……。」
女性は気にする様子もなく目を閉じる。
ヨルも戸惑いながら、そのまま動きを止めた。
すると。
繋いだ手から黒い魔力が流れ込んでくる。
さらに額からも魔力が伝わり、ヨルの身体の奥へと入り込んでいく。
「……。」
しばらくして。
女性がゆっくりと手を離した。
額も離れる。
「これでいい。」
「……。」
ヨルは固まっていた。
そして。
「何するんだよ!?」
顔を真っ赤にしたまま、慌てて後ろへ下がる。
女性は少しニヤけながら言う。
「これが一番効率的なんだよ。」
「……本当か?」
「もちろん。」
女性は楽しそうに笑う。
「なんだい?」
「ドキっとしちゃったのかな?」
「ち、違うし!」
ヨルは顔を逸らす。
「ふふっ。」
女性は笑いながら、話を続ける。
「今の魔法は、ゲート。」
「瞬間移動や転移を行う魔法だよ。」
「ゲート……。」
「ルア・ゲートなら、戦闘用短距離瞬間移動。」
「レア・ゲートなら、長距離瞬間移動。」
「仲間を一人同行させることもできる。」
「そして、ロア・ゲート。」
「これは国と国を移動できる。」
「複数人を同行させることもできるよ。」
ヨルは驚いたように聞いていた。
「……そんな魔法があるのか。」
「便利だろう?」
「ああ。」
ヨルは少し考える。
「これなら、国を移動するときにもかなり使えそうだ。」
「そうだね。」
女性は頷く。
「使い方は、これから覚えていけばいい。」
ヨルは自分の左手を見つめる。
「……ゲート。」
そして。
女性を見る。
「なあ。」
「ん?」
「お前のことをもっと教えてくれよ。」
女性は少しだけ目を細める。
「……今はまだ言えないよ。」
「なんで?」
「まだ、その時じゃないからね。」
「……。」
ヨルは納得できないような表情を浮かべる。
女性はそんなヨルを見て、少しだけ笑った。
「でも。」
「また会えるよ。」
「……え?」
その瞬間。
視界が白く染まっていく。
「待て!」
ヨルが手を伸ばす。
だが。
女性の姿は、白い光の中へ消えていった。
――――――――
「……お兄ちゃん。」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ヨルさん……?」
遠くから声が聞こえる。
「……ん。」
ヨルはゆっくりと目を開けた。
「……ここは?」
顔を上げる。
目の前には、ホシ、ソラ、ミィナの三人がいた。
「お兄ちゃん!」
ソラが安心したように声を上げる。
「大丈夫?」
「……ああ。」
ヨルは辺りを見渡す。
そこは学校の図書室だった。
「俺……。」
「本を読んでて、そのまま寝ちゃったのかな。」
「そうみたい。」
ホシが頷く。
「急に動かなくなったから、寝たのかと思った。」
ミィナも心配そうにヨルを見る。
「何度呼んでも反応がなかったので、少し心配しました。」
「……そっか。」
ヨルは自分の左手を見る。
何もない。
「……夢だったのか?」
あの女性。
自分の記憶の中に再現された部屋。
そして。
ゲート。
ヨルは右手を前へ伸ばす。
「……ゲート。」
何も起こらない。
「やっぱり夢……?」
そう思った。
だが。
頭の中には、確かに残っている。
女性から教えられた魔法。
「……いや。」
ヨルは三人を見る。
「みんな。」
「どうしたの?」
ソラが首を傾げる。
ヨルはゆっくりと口を開く。
「実はさ。」
「本を読んでたら……変な場所にいたんだ。」
「そこで、一人の女性に会った。」
「女性……?」
ホシが驚く。
ミィナも目を丸くする。
ヨルは続ける。
「その人から……ゲートっていう魔法をもらったんだ。」
三人は顔を見合わせる。
ヨルは自分の手を見つめながら、先程の出来事を話し始めた。




