第十八話「鍛錬」
翌日。
ヨルは決闘場へ来ていた。
昨日のミィナとの決闘を終えた後、トニアから直接指導を受けることになったからだ。
決闘場には既にトニアとニクス、そしてヘリアがいた。
ニクスとヘリアは観客席から、これから始まるヨルとトニアの訓練を見守っている。
「まず聞かせてください。」
トニアがヨルを見る。
「ヨルさんは、どんな魔法が使えるんですか?」
「グラトニーです。」
「初級から上級まで使えます。」
「なるほど。」
トニアは少し考える。
「グラトニーは非常に強力な魔法ですね。」
「ですが、一つの魔法だけでは戦い方が限られてしまいます。」
「攻撃だけでなく、防御や移動など……」
「戦闘で使える手段を増やした方がいいでしょう。」
ヨルは頷く。
「確かに。」
「ならば、まずは剣を鍛えましょう。」
「剣を?」
「はい。」
トニアはヨルの剣へ視線を向ける。
「ヨルさんは、剣を使い始めてどれくらいですか?」
「えっと……」
ヨルは少し考える。
「フォレシアで剣を買ったのが初めてで。」
「ちゃんと剣を持って戦うのも、その時が初めてです。」
「……なるほど。」
トニアは納得したように頷く。
「それなら、今の動きにも納得できます。」
「……やっぱり、そんなに酷いですか?」
「酷いというより、まだ剣に慣れていないのでしょう。」
「動きに無駄が多いです。」
「力も入りすぎています。」
トニアは木剣を構える。
「攻撃した後に動きが止まっています。」
「腕だけで振ろうとしているので、動作も大きい。」
「もっと身体全体を使ってください。」
「そして、必要以上に力を入れないこと。」
ヨルも木剣を構える。
「分かりました。」
「では、やってみましょう。」
ヨルが踏み込む。
木剣を振り下ろす。
トニアは軽く受け流す。
「今の動きです。」
「攻撃した後、止まっています。」
「次の動作へ繋げてください。」
「はい!」
再びヨルが踏み込む。
斬り上げる。
受け流される。
横へ振る。
かわされる。
何度繰り返しても、トニアには簡単に対応されてしまう。
「もっと身体を使って。」
「剣だけを見ないでください。」
「相手の身体全体を見るんです。」
「はい……!」
訓練は何度も続いた。
やがて。
「……はぁ……はぁ……。」
ヨルは木剣を杖のように地面へ立て、荒い息を吐く。
「少し休みましょう。」
トニアはほとんど息を乱していなかった。
「……お願いします。」
ヨルは観客席へ戻る。
そこではニクスとヘリアが並んで座っていた。
「お疲れ様です。」
ニクスが声を掛ける。
ヨルは隣へ腰を下ろす。
「……難しいな。」
「剣を使うのが初めてなら、当然ですよ。」
「少しずつ慣れていけば大丈夫です。」
「……そうだな。」
ヨルは決闘場へ視線を戻す。
その時。
「ヨルさん。」
後ろから声を掛けられる。
振り返ると、ミィナが立っていた。
「どうした?」
「実は……」
ミィナは少し遠慮がちに口を開く。
「この学校には、図書室という書庫があります。」
「図書室?」
ヨルが聞き返す。
「はい。」
「歴史について学べる本や、魔法について書かれた本など……」
「色々な本が置いてあります。」
「へぇ……。」
ヨルは少し懐かしそうな表情を浮かべる。
「図書室かぁ。」
「久しぶりに聞いたな。」
「……そういえば、学校にはそういう場所があったな。」
「昔を思い出しましたか?」
「まあ、そんな感じ。」
ヨルは少し笑う。
「せっかくだし、行ってみたいな。」
「はい。」
ミィナも頷く。
「私が案内します。」
「ありがとう。」
ヨルは立ち上がる。
「じゃあ、行こうか。」
「はい。」
二人は決闘場を後にした。
ニクスとヘリアはそのまま観客席に残る。
――――――――
廊下を歩いていると。
「お兄ちゃん?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
ヨルが振り返る。
そこにはホシとソラがいた。
「ホシ、ソラ。」
「どこ行くの?」
ソラが尋ねる。
「図書室へ行くところ。」
「図書室?」
「うん。」
ミィナが説明する。
「この学校には色々な本があるんです。」
「歴史の本や、魔法についての本もあります。」
「へぇ!」
ソラの目が輝く。
「私も行きたい!」
ホシも静かに頷く。
「私も。」
「じゃあ、一緒に行こうか。」
「うん!」
「はい。」
四人は図書室へ向かって歩き始めた。
――――――――
しばらく歩くと。
大きな木製の扉が見えてきた。
扉を開く。
「ここが図書室です。」
中には、壁一面に並んだ本棚が広がっていた。
静かな室内には、古い本から新しい本まで、数え切れないほどの本が並んでいる。
「すごい……。」
ソラが辺りを見渡す。
「魔法に関した歴史の本は、あちらです。」
ミィナが奥の棚を指差す。
その棚の上には、大きな案内板が掲げられていた。
『魔法の歴史』
「案内板があるから分かりやすいね。」
ホシが呟く。
「はい。」
ミィナが頷く。
「魔法の歴史以外にも、魔法の種類や属性についてまとめられた本もあります。」
「なるほど。」
ヨルは棚を眺めながら歩いていく。
「……ん?」
一冊の古びた本が目に入った。
ヨルはその本を手に取る。
「これ……。」
表紙には、かすかに文字が残っている。
『闇属性魔法』
「闇属性魔法……。」
ヨルは静かに呟いた。
「読んでみよう。」
本を開く。
「……所々消えてて読めないね。」
ページには文字が残っているものの、消えている部分が多い。
それでも。
いくつかの魔法だけは、はっきりと読むことができた。
「グラトニー……。」
自分が使っている魔法。
そのページには、グラトニーについての説明が書かれていた。
そして。
さらにページをめくる。
「……ゲート?」
ページに書かれていた。
『ルア・ゲート』
『戦闘用の短距離転移。』
『レア・ゲート』
『長距離転移。味方一人を同行可能。』
『ロア・ゲート』
『国と国の移動を可能とする長距離転移。複数人を同行可能。』
「……転移魔法。」
ヨルは目を見開く。
「こんな魔法もあるんだな……。」
ヨルの周囲に、黒い魔力が集まり始めた。
「……え?」
ホシが異変に気付く。
「お兄ちゃん……?」
黒い魔力は、ヨルの身体から溢れ出している。
しかし。
ヨル自身には、それを操っている感覚がなかった。
「……何だ、これ。」
ヨルが戸惑う。
黒い魔力は、さらに膨れ上がっていく。
「ヨルさん……!」
ミィナが驚いた声を上げる。
「こんなこと、今まで一度も起きたことがありません……。」
「こんなの……初めて見ました。」
「お兄ちゃん!」
ソラが心配そうに声を上げる。
黒い魔力は止まらない。
ヨルの腕を包み。
肩を包み。
胸元へ広がっていく。
「な……なんだよ、これ……!」
ヨル自身も何が起きているのか分からない。
それでも。
魔力だけが、意思とは関係なく溢れ続けている。
まるでヨルの中に眠っていた何かが、無理やり外へ出ようとしているかのように。
「ヨルさん!」
ミィナが叫ぶ。
「お兄ちゃん!」
ソラも声を上げる。
ホシは杖を握り締めたまま、ヨルを見つめている。
そして。
黒い魔力は、さらにヨルの身体を包み込んでいく。
その勢いは、止まらない。
やがて。
溢れ出した魔力がヨルの全身を覆い、その姿さえ見えなくなった。
「お兄ちゃん……!」
ソラが声を上げる。
「ヨルさん……!」
ミィナも呼び掛ける。
しかし、返事はない。
ホシは杖を握り締め、目の前の黒い魔力を見つめる。
その黒い魔力は、ヨルを包み込んだまま、さらに膨れ上がっていく。
三人はただ、その光景を見つめることしかできなかった。




