第一話「エルフの国」
――目を覚ますと、そこは知らない世界だった。
「……っ」
ヨルがゆっくりと目を開けると、まず最初に見えたのは空だった。
どこまでも広がる青空が、静かに流れている。
「ここは……何処だ?」
体を起こすと、自分が草原のような場所に倒れていることに気づく。
そしてすぐに、振り返った先に大きな木が見えた。
現実では見たこともないほど太く、高く伸びる一本の木。
「えーと……家に帰って、知らない本があって、ホシとソラと一緒に読もうとしたら……」
記憶をたどりながら、ヨルは言葉を紡ぐ。
「……待てよ。ホシとソラは?」
焦りが一気に広がる。
ヨルは慌てて辺りを見渡した。
「おい! ホシ! ソラ!」
少し離れた草むらに、二人が倒れているのが見えた。
「しっかりしろ! 大丈夫か!」
ヨルが駆け寄ると、ソラがゆっくりと目を開けた。
「ん~……お兄ちゃん?……はっ! そういえば私たち本を読もうとして……」
続いてホシも静かに目を開ける。
「あれ……ここ、どこ?」
ソラ「分からないけど……本のせい、だよね」
とりあえず無事でよかった……
ヨルは安堵しながら立ち上がる。
そして三人は、その場所が“丘の上”であることに気づいた。
なだらかな斜面の先には、広大な草原がどこまでも広がっている。
そのさらに向こう――遠く、地平線の近くに何かが見えた。
「……あれ見ろよ!」
ヨルが指をさす。
丘の上から見下ろした先。
そこには、空へ届きそうなほど巨大な樹々が見えていた。
普通の木ではない。
遠く離れているはずなのに、その大きさがはっきり分かるほど異常な巨木だった。
そして、その周囲には建物のようなものまで見える。
「……なんだあれ」
ソラ「街……なのかな?」
ソラが目を細める。
ホシ「でも普通の街じゃないよね……」
ホシも驚いたように呟いた。
「とりあえず行ってみようぜ!」
ヨルがそう言うと、ソラとホシは顔を見合わせて頷いた。
「うん!」
そうして三人は、丘を下りながらその街へと向かって歩き始めた。
⸻
どれくらい歩いただろうか。
遠くに見えていた街は、近づくにつれてその姿をはっきりと現していく。
そしてその正体が分かる距離まで来たとき、ヨルは思わず足を止めた。
目の前に広がっていたのは、想像を遥かに超える光景だった。
高くそびえる木製の城壁。
「……でか」
その大きさに驚きながらも、俺たちは目の前にある門へと近づいていく。
そして王都へ足を踏み入れた瞬間、ヨルは思わず目を見開いた。
街の中へ入って最初に感じたのは、“普通の街ではない”という圧倒的な違和感だった。
見上げれば、空を覆うほど巨大な木々。
建物は巨大な木々に沿うように作られており、枝の上にまで道や家が続いている。
石畳の道の周囲には草花や木々が自然に溶け込み、まるで森そのものが街になったような光景だった。
市場のような場所に近づくと、並んでいるものが目に入った。
見覚えのある果物もあれば、明らかに現実では見たことのない色や形の果実も並んでいる。
「すげぇぇぇ!! やばいなここ!!」
まるでゲームやアニメの世界に入り込んだような光景だった。
そんな風に騒ぎながら歩き始めた、その時だった。
広場の方が騒がしい。
「なんか揉めてるな……」
近づいてみると、数人の男たちが一人の少女を囲んでいた。
「や、やめてください……!」
銀髪の少女が怯えた表情を浮かべている。
「お兄ちゃん、助けてあげて」
ホシが真剣な声で言った。
「えぇ!? 無理無理! 俺、喧嘩とかしたことないんだけど!?」
「お兄ちゃんならいけるって!」
ソラが背中を押す。
「うわぁぁぁぁ!?」
そのままヨルは男たちの前に転がり出た。
「なんだコイツ?」
「ぷっ、勝手にコケてるぞ」
男たちの笑い声が響く。
(くそ、恥ずかしい……!)
するとソラが、大きな声を上げた。
「お兄ちゃぁぁぁん! ここは異世界だからもしかしたら魔法とか使えるかも!!」
「んな事言われても詠唱とか知らないよ!?」
ホシがさらっと言う。
「お兄ちゃん、やってみたら?」
そんなこと言われてもなぁ……。
だが――。
ここで逃げたら、さすがにダサすぎる。
俺は覚悟を決め、左手を前に突き出した。
「もうなんでもいい!! 出ろぉぉぉ!!」
その瞬間。
ゴォォォッ!!
左手から巨大な炎が噴き出した。
「ぎゃあああっ!?」
男たちは悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「こいつ、魔法が使えるのか!?」
「撤退だ!!」
男たちは慌てて逃げていった。
その光景を見て、ソラとホシが同時に駆け寄ってくる。
ソラ「お兄ちゃんかっこいい!」
ホシ「お兄ちゃん、すごい!」
ヨルは自分の左手を見つめながら呟いた。
「何だよマジで魔法使えんのかよ……」
そして――
「あ、あの……ありがとうございました」
声をかけてきたのは、先ほど助けた銀髪の少女だった。
透き通るような銀髪。
長い耳。
まるで人形みたいに整った顔立ち。
どう見ても美少女エルフである。
「お、おう……」
緊張するヨルを見て、ソラがニヤニヤしながら言った。
「可愛い~! お兄ちゃん、この子お嫁さんにしよ!」
「おい! 何言ってんだよソラ!」
「だって可愛いんだもん!」
「ソラ、お兄ちゃんが困ってるでしょ」
すると、銀髪の少女は小さく微笑んだ。
「ふふ……面白い双子の姉妹ですね」
「いや、ほんとすみません……」
「いえ、とても仲がよろしいのですね」
そう言って彼女は静かに一礼した。
「この度は、私を助けてくださり本当にありがとうございました」
その所作にはどこか気品があり、普通の少女ではないことがすぐに分かった。
「改めまして、私はニクス・リア・フィールと申します」
「え……?」
「この国の王女です」
「……マジ?」
「王女……?」
「えぇぇぇぇぇ!?」
ヨルたちが固まる中、ニクスは少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「皆さんにはお礼がしたいので、どうかお城まで来ていただけませんか?」
「お、おう……分かった」
こうして俺たちは、ニクスに案内されるまま王城へ向かうことになった――。




