第十四話「新たな一歩」
事件を終えたヨル達は、王城を後にした。
王女誘拐事件という大きな出来事を終えたばかりだったが、ヨル達の知らないところでも、少しずつ街は元の日常を取り戻していた。
王城から離れ、街の大通りへ出る。
数日前に歩いた時とは、どこか雰囲気が違っていた。
あの時は、街のあちこちに兵士の姿があった。
通りを歩く者へ声を掛けたり、店の前を見回ったりする兵士も多く、普段よりも物々しい空気が漂っていた。
しかし今は、その姿もほとんど見当たらない。
いつものように商人が店先で声を上げ、住民達が水路沿いの道を行き交っている。
「なんだか、前より兵士が少なくなったね。」
ソラが街を見回しながら言った。
「そうですね。」
ニクスも周囲へ視線を向ける。
「少し前までは、街中にかなりの兵士がいましたから。」
「……これで、少しはいつもの街に戻ったのかもな。」
ヨルはそう言いながら、穏やかな街の様子を眺めた。
事件のことを知っているのは、王城の一部の者達だけ。
街の住民達には、何が起きていたのか知らされていない。
ただ、以前より兵士が減ったことを感じ取った住民達は、どこか安心したような表情を見せていた。
「最近は兵士が多くて、少し落ち着かなかったからな。」
「これならいつものフォンティアに戻ったみたいだ。」
そんな声が、通りのあちこちから聞こえてくる。
誰も知らない。
この街で起きていた事件の裏側も。
その事件を引き起こしていた人物が、国の権力者の一人だったことも。
ただ人々は、いつもの日常が戻ってきたことを喜んでいた。
ヨル達もそんな街の様子を眺めながら歩き、西区にある冒険者向けの宿へとやって来た。
「ここが宿か。」
ヨルが建物を見上げる。
それほど大きな建物ではない。
しかし、旅人や冒険者が利用することを想定しているらしく、外観は丈夫そうな造りになっていた。
「いらっしゃいませ。」
宿へ入ると、受付の女性が笑顔で迎える。
「部屋を二つお願いします。」
ヨルがそう告げると、受付の女性は宿帳へ記入し、二つの鍵を差し出した。
「こちらが二部屋分の鍵になります。」
「二階のお部屋ですので、階段を上がって右手の部屋をご利用ください。」
「ありがとうございます。」
鍵を受け取り、一同は二階へ向かう。
木製の階段を上り、廊下を進む。
受付から教えられた部屋の前まで来ると、ヨルが鍵を使って扉を開けた。
部屋へ入ると、そこは冒険者向けの宿らしく、とても簡素な造りだった。
大きなベッドが一つ。
木製の机と椅子。
荷物を置くための棚がある程度で、必要最低限の家具しか置かれていない。
「思ったよりシンプルだね。」
ソラが部屋を見回す。
窓から差し込む光が、木製の床を柔らかく照らしている。
豪華さはない。
だが、旅の疲れを取るには十分な場所だった。
「冒険者用の宿ですからね。」
ニクスが微笑む。
「長く滞在するというより、旅人が身体を休めるための宿なんです。」
「なるほどな。」
ヨルは部屋を見回しながら頷いた。
しばらく部屋を見て回った後、ソラが口を開く。
「部屋はどうする?」
「女の子はみんな同じ部屋でいいよね?」
「うん。」
ホシが頷く。
「私も大丈夫です。」
ニクスも笑顔で答えた。
その時だった。
「……。」
ヘリアが静かにヨルの隣へ歩み寄る。
そして。
そっとヨルの服の袖を掴んだ。
「ヘリア様?」
ニクスが優しく声を掛ける。
「こちらのお部屋ですよ。」
ニクスが女子三人の部屋を示す。
しかし。
ヘリアは小さく首を横へ振る。
袖を掴む手も離れない。
その姿を見て、ソラとホシも顔を見合わせる。
「……。」
部屋に少しだけ沈黙が流れる。
ソラが苦笑する。
「やっぱり離れないね。」
ホシも静かに頷いた。
「まだ、お兄ちゃんのそばが安心するんだと思う。」
ヘリアは何も言わない。
ただ、ヨルの袖を握ったまま、離れようとはしなかった。
ヨルはそんなヘリアを見下ろし、困ったように頭を掻く。
「仕方ないか。」
「当分は俺と同じ部屋だな。」
ニクスもヘリアの様子を見ながら、小さく微笑んだ。
「それが一番良さそうですね。」
それぞれの部屋が決まると、ヨル達は武器や装備を部屋へ運び込んだ。
ヨルとヘリアはそのままヨルの部屋へ。
ホシ、ソラ、ニクスは隣の部屋へ武器を置く。
旅の間は常に身に着けていた武器を外し、ようやく少しだけ身体を休めることができた。
武器を置き終えると、ホシ達三人もヨルの部屋へ集まった。
ヘリアは自然とヨルの隣へ腰を下ろす。
相変わらず言葉はない。
それでも、その表情は以前より少し穏やかになっていた。
そんなヘリアの様子を見ながら、ニクスが口を開く。
「さて。」
「これからフォンティア王国をご案内します。」
ヨル達はニクスへ視線を向ける。
ニクスは部屋に置かれていた机へ近付き、その上へ簡単な王都の地図を広げた。
「フォンティア王国は、大きく四つの区画に分かれています。」
ニクスは地図を指差しながら説明を始める。
「北区。」
「西区。」
「東区。」
「南区。」
それぞれの区画を順番に指し示していく。
「今、私達がいるのは西区です。」
「西区は商業区になっていて、お店や宿、冒険者向けのお店などが集まっています。」
地図の西側には、いくつもの建物が描かれている。
「武器屋や防具屋、食料品店なども、この辺りに多くあります。」
「東区から南区にかけては住宅街です。」
今度は東から南へと指を移動させる。
「この辺りは普通の人々が暮らしている場所ですね。」
「そして北区には、学校があります。」
ニクスの指が地図の北側で止まった。
「学校?」
ヨルが少し興味を示す。
「はい。」
「魔法や剣術、歴史などを学ぶ学校です。」
「子どもだけでなく、将来騎士や魔導士を目指す人達も通っています。」
ヨルは地図へ視線を落とした。
学校という言葉が少し気になったのか、しばらく北区を見つめる。
「へぇ……。」
そして。
ヨルは少し考えた後、小さく笑った。
「どんな学校なのか気になるな。」
ニクスが顔を上げる。
「学校に興味があるのですか?」
「うん。」
ヨルは頷く。
「せっかくだし、一度見てみたい。」
「私も見てみたい!」
ソラが元気よく手を挙げる。
「学校ってどんなところなんだろう!」
ホシも地図を覗き込みながら静かに続けた。
「……私も。」
ニクスは三人の様子を見て、柔らかく微笑んだ。
「分かりました。」
「それでは最初に、北区の学校へご案内します。」
「よし。」
ヨルが立ち上がる。
ホシとソラも続いて立ち上がった。
ヘリアも静かに立ち上がる。
そして。
自然とヨルの隣へ並んだ。
ヨルはそんなヘリアを一度見てから、微笑む。
「それじゃ、行こうか。」
ヘリアは小さく頷いた。
一同は宿を出るため、部屋を後にする。
こうしてヨル達は、事件の後に訪れた新たな日常の中で、フォンティア王国を知るための最初の一歩を踏み出すのだった。




