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夜と星空の異世界冒険譚  作者: 麻渚
第二章『フォンティア王国』編
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第十二話「心の距離」

部屋へ入ると、ヘリアはゆっくりとベッドへ腰を下ろす。


俯いたまま、何も話さない。


ヨルは近くの椅子へ腰を下ろした。


「……少しは落ち着いたか?」


返事はない。


「お腹空いてないか?」


「何か食べる?」


沈黙。


「喉は?」


「何か飲むか?」


「メイドさんに頼めば持ってきてもらえると思うけど。」


ヘリアは微動だにしない。


視線も変わらない。


「……そっか。」


ヨルは苦笑した。


「今日は色々ありすぎたもんな。」


その言葉も届いているのか分からない。


静かな時間だけが流れていく。


やがてヨルは立ち上がり、部屋の明かりを消した。


月明かりだけが部屋を優しく照らす。


「寝ようか。」


ヘリアは静かに横になる。


ヨルも反対側へ横になった。


部屋は静寂に包まれる。


だが。


二人とも眠ることができなかった。


ヨルは天井を見つめ、小さく息を吐く。


「……眠れないよな。」


もちろん返事はない。


それでもヨルは静かに話し始めた。


「俺さ。」


「昔、好きで付き合った人がいたんだ。」


「でも、その人には利用されてただけだった。」


「遊ばれて。」


「最後は『好きじゃなくなっちゃった。』って言われたんだ。」


「理由を聞いても、『もう興味ないから。好きじゃないし言う意味ないでしょ。』って言われたんだ。」


「数日後にはその彼女に新しい彼氏ができてたんだ。」


「その後友達に話したら、『遊ばれてたんじゃない?話を聞いたりメールのやり取りを見た感じだとヨルにおかしいところはないよ。』って言われたんだ。」


「もしかしたら俺が悪いことしちゃったのかもしれない。けど。」


「その時は、本当に人を信じるのが怖くなった。」


「なんで見抜けなかったんだろうって、自分ばかり責めてた。」


ヨルは少しだけ笑う。


「でもさ。」


「全員が悪い人じゃなかった。」


「落ち込んでる時に助けてくれた友達もいた。」


「話を聞いてくれる人もいた。」


「だから今の俺がいる。」


静かな部屋にヨルの声だけが響く。


「ヘリアがどんなことをされたのか、俺には全部は分からない。」


「だから簡単に『大丈夫』なんて言えない。」


「でも。」


「悪い人がいるからって、世界中みんなが悪い人ってわけじゃない。」


「ヘリアの周りにも、きっと大切に思ってくれる人がいる。」


「オセアス様も。」


「ニクスも。」


「俺達も。」


「だから、自分を責めなくていい。」


「もし今は誰も信じられなくても。」


「ゆっくりでいい。」


「少しずつでいいから。」


「また誰かを信じられるようになってくれたら嬉しい。」


ヨルは照れくさそうに笑う。


「俺、こういうの上手く話せないからさ。」


「逆に傷付けてたらごめんな。」


少しだけ間が空く。


「……でも。」


「良い人が見つからなくても大丈夫。」


「俺がいるから。」


静寂。


その言葉の後。


ヘリアはゆっくりと目を開けた。


そして、ゆっくりとヨルの方を向く。


『この人も……。』


『利用されて、傷付いたことがあるんだ。』


『……私と、一緒。』


そんな思いが胸の奥に小さく芽生える。


ヘリアは何も言わない。


ただ。


そっとヨルの方へ身体を寄せる。


服の裾を小さく掴み、そのまま静かに目を閉じた。


その小さな温もりに、ヨルは気付く。


振り向くと、ヘリアは安心したような穏やかな表情で眠り始めていた。


ヨルは小さく微笑む。


「……おやすみ。」


そう呟き、ヨルもゆっくりと目を閉じた。


朝。


窓から柔らかな朝日が差し込み、部屋を優しく照らしていた。


コンコン。


「お兄ちゃんー?」


ソラの元気な声が廊下から聞こえる。


「朝だよー!」


返事はない。


「……まだ寝てるのかな?」


もう一度ノックする。


コンコン。


「お兄ちゃん?」


それでも返事は返ってこない。


「入るよー。」


ソラはゆっくりと扉を開けた。


部屋の中へ入る。


そして。


「……え?」


ソラは目を丸くした。


ベッドではヨルが眠っている。


そのすぐ隣には、ヨルの服をぎゅっと掴みながら眠るヘリアの姿。


しかも。


ヘリアはヨルへぴったりと寄り添うように眠っていた。


「な、ななな……!」


ソラの顔が一気に赤くなる。


「な、何してるのお兄ちゃん!!」


バシン!


「いてっ!!」


肩を叩かれ、ヨルは飛び起きた。


「いったぁ……!」


「ソラ!? 何するんだよ!」


「それはこっちのセリフだよ!」


ソラはベッドを指差す。


「何でヘリアさんと一緒に寝てるの!?」


ヨルは一瞬きょとんとする。


「……あ。」


昨夜の出来事を思い出した。


ヘリアを見る。


相変わらずヨルの服を掴んだまま、安心したような寝顔で眠っている。


「いや、これは違うんだ。」


「オセアス様に頼まれて――」


「何が違うの!?」


ソラはぷくっと頬を膨らませる。


その騒ぎで。


ヘリアもゆっくりと目を覚ました。


眠そうに目を擦ることもなく。


ただ静かにヨルを見つめる。


そして。


ヨルの服を掴む手だけは、離さなかった。


「ほらぁ! やっぱり離してくれないじゃん!」


ソラがヨルを指差す。


「だから違うって!」


ヨルは慌てて弁解する。


「昨日オセアス様に頼まれてさ――」


コンコン。


その時、部屋の扉がノックされた。


「ソラ?」


「何かあったの?」


ホシの声だった。


「さっきから大きな声が聞こえるけど……。」


続いてニクスの声も聞こえる。


「失礼します。」


扉が開き、ホシとニクスが部屋へ入ってきた。


そして。


二人はベッドの方を見た瞬間、動きを止める。


「……。」


「……。」


ヨルの隣にはヘリア。


しかもヨルの服を掴んだまま離そうとしない。


「お兄ちゃん……。」


ホシが静かに口を開く。


「なんでヘリア様を襲ったの……。」


「違うから!」


ヨルは即座に否定した。


「襲ってない!」


「昨日オセアス様に頼まれて一緒にいただけだ!」


ホシは首を傾げる。


「……そうなの?」


「本当だって!」


ヨルは昨夜オセアスに呼ばれたこと。


ヘリアが誰にも心を開けないこと。


そして、一緒にいてほしいと頼まれたことを三人へ説明した。


「なるほど……。」


ホシは納得したように頷く。


ソラも「そういうことだったんだ。」と胸を撫で下ろした。


しかし。


ニクスだけはヨルとヘリアを交互に見つめたまま、小さく首を傾げる。


「事情は分かりました。」


「ですが……。」


「どうしてヘリア様はヨルさんにだけ心を開いたのでしょうか。」


「どうして、そんなにくっついて離れないのでしょう?」


ヨルは昨夜、眠れなかったヘリアへ自分の過去や、人を信じることについて話したことを三人へ説明した。


ニクスは少し考え込む。


「……その女性がヨルさんを振った理由は分かりませんが。」


「ヨルさんにも何か原因があった可能性はありますね。」


「ですが、状況は理解しました。」


「お兄ちゃん、そんなことあったの。」


ソラは少し笑いながら言った。


「うるさい。」


「恥ずかしいから今まで言ってなかっただけだよ。」


ヨルは照れ隠しをするように頭を掻く。


コンコン。


再び扉が叩かれた。


「皆様。」


「朝食の準備が整いました。」


「オセアス様がお待ちです。」


メイドの声だった。


「分かりました。」


ヨル達は身支度を整え、部屋を後にした。

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