第十一話「帰還」
夜風が頬を撫でる。
ヨル達は助け出した少女や女性達を連れ、フォンティア王国の王城へ向かって歩いていた。
衰弱している者も多く、自力で歩けない者は互いに支え合いながら進んでいく。
ヨルはヘリアを抱きかかえたまま前を歩いていた。
ヘリアは何も話さない。
ただ、ヨルの服を弱々しく握ったまま、小さく震えていた。
「もう少しだからな。」
ヨルが静かに声を掛ける。
返事はない。
それでもヘリアの手が少しだけ力を込めたような気がした。
ニクスはその様子を横で見つめながら、どこか安心したように小さく息を吐く。
やがて。
王城の正門が見えてきた。
門を守る兵士達は、大勢の女性達と、その先頭を歩くヨル達を見るなり目を見開く。
「まさか……!」
「ヘリア様!?」
兵士の一人が慌てて駆け寄った。
「無事だったのですね……!」
ニクスは頷く。
「詳しい話は後です。」
「オセアス様に伝えてください。」
「ヘリア様を保護しました。」
「はっ!」
兵士は深く頭を下げると、そのまま王城の中へ駆けていった。
「皆さんはこちらへ!」
別の兵士達が少女達を支えながら城内へ案内していく。
ヨル達もその後を追った。
しばらくして。
四人は再び謁見の間へと通される。
扉が開く。
そこにはオセアスが立っていた。
その視線は真っ直ぐヨルの腕の中へ向けられる。
「……ヘリア。」
震える声だった。
オセアスは玉座から駆け下りる。
王としてではなく、一人の父親として。
「ヘリア……!」
ヨルは静かにヘリアを降ろそうとする。
しかし。
ヘリアはヨルの服を握ったまま離そうとしなかった。
「……。」
ヨルは困ったようにヘリアを見る。
オセアスもその様子を見て立ち止まった。
「ヘリア……。」
優しく呼び掛ける。
だが。
ヘリアの瞳は虚ろなまま。
反応はない。
オセアスはゆっくりと娘へ近付き、その頭へ優しく手を添えた。
「……よく、生きていてくれた。」
その声は震えていた。
ニクスは静かに口を開く。
「かなり衰弱しています。」
「身体の傷や病気は回復しました。」
「ですが……心までは。」
オセアスは目を閉じ、小さく頷く。
「……そうか。」
しばらく沈黙が流れた。
やがてオセアスはヨル達へ向き直る。
深く頭を下げた。
「ありがとう。」
「娘と捕まっていた皆を助けてくれたこと、この国を代表して心から感謝する。」
ヨルは首を横に振る。
「俺達は当然のことをしただけです。」
「それでもだ。」
オセアスは穏やかに微笑む。
「君達がいなければ、ヘリアは帰って来られなかった。」
「そして……あの子達も。」
オセアスは静かに言う。
「全員、必ず家族の元へ帰そう。」
「帰る家がない者も、この国が責任を持って保護する。」
その言葉を聞き、少女達の中には涙を流す者もいた。
ヨル達も静かに頷く。
その時。
一人の兵士がオセアスの元へ歩み寄る。
「陛下。」
「保護した方々の受け入れ準備が整いました。」
「分かった。」
オセアスは頷く。
「皆を頼む。」
謁見の間には、オセアス、ヨル達四人、そしてヘリアだけが残る。
オセアスは改めてヨル達を見る。
「今日はもう遅い。」
「話は明日にしよう。」
「客間を用意してある。」
「ゆっくり休んでくれ。」
「ありがとうございます。」
ヨル達は一礼した。
そこへ一人の女性が歩み寄ってくる。
黒と白のメイド服に身を包んだ、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「皆様、お部屋までご案内いたします。」
四人はメイドの後ろを歩き始める。
長い廊下を進み、客間の前で足を止めた。
「こちらがお部屋になります。」
メイドは扉を順番に開ける。
「ヨル様はこちらのお部屋です。」
「ホシ様、ソラ様、ニクス様はこちらのお部屋になります。」
隣同士の二部屋だった。
「何かございましたら、いつでもお呼びください。」
そう言ってメイドは静かに頭を下げ、その場を後にした。
「今日は疲れたね……。」
ソラが大きく伸びをする。
「……うん。」
ホシも小さく頷いた。
ニクスはヨルを見る。
「今日は本当にありがとうございました。」
「おかげで、ヘリア様を助けることができました。」
ヨルは少し照れくさそうに頭を掻く。
「みんなで助けたんだ。」
「俺一人じゃ無理だった。」
ニクスは柔らかく微笑む。
「ふふっ。」
「そうですね。」
四人は互いに笑みを交わす。
「じゃあ、おやすみ。」
「ああ。」
「おやすみ、お兄ちゃん。」
「……おやすみ。」
三人は部屋へ入っていく。
ヨルも自分の部屋へ入り、静かに扉を閉めた。
ヨルは小さく息を吐き、部屋の中を見渡した。
客間は広く、落ち着いた雰囲気だった。
大きな窓。
木の机と椅子。
そして、一人で寝るには十分すぎるほど大きなベッド。
「……疲れたな。」
ヨルは剣を壁へ立て掛け、そのままベッドへ腰を下ろした。
ふかふかの感触が身体を包み込む。
気が抜けた瞬間、全身に疲労が押し寄せてきた。
「はぁ……。」
今日一日の出来事が頭の中を駆け巡る。
フォンティア王国へ到着。
王女失踪の話。
奴隷商のアジト。
そして――ガルド・ヴォルク。
「あいつ……。」
ヨルは静かに呟く。
圧倒的な力だった。
真正面からぶつかっただけで吹き飛ばされた。
もしホシのルミナがなければ。
もしニクスのヴァインが間に合わなければ。
もしソラのブーストがなければ。
勝てていたかどうか分からない。
いや。
きっと負けていた。
ヨルは右手を強く握り締めた。
「まだまだ弱いな……。」
戦いを重ね、レベルも三十まで上がった。
それでも。
この世界には自分達より遥かに強い相手がいる。
ガルドは逃げた。
またいつか現れる。
その時。
今のままでは守りたい人を守れない。
「もっと強くならないと。」
その言葉には、確かな決意が込められていた。
コンコン。
部屋の扉が静かに叩かれる。
「ヨル様。」
「起きていらっしゃいますでしょうか。」
女性の声だった。
「はい。」
ヨルは立ち上がり、扉を開ける。
そこには先程部屋を案内してくれたメイドが立っていた。
「夜分遅くに失礼いたします。」
「オセアス様がお呼びです。」
「今ですか?」
「はい。」
「急ぎではございませんが、お一人でお越しいただきたいとのことです。」
「分かりました。」
ヨルは剣を腰へ差し、メイドの後ろを歩き始めた。
静まり返った夜の王城。
窓から差し込む月明かりだけが廊下を照らしている。
しばらく歩くと、一つの大きな扉の前でメイドが足を止めた。
「こちらです。」
コンコン。
「陛下。」
「ヨル様をお連れしました。」
「入ってくれ。」
中からオセアスの声が聞こえる。
ヨルは扉を開け、部屋の中へ入った。
そこにはオセアスと、一人の専属医師がいた。
部屋の奥。
ベッドの上では、ヘリアが膝を抱えるように座り込んでいた。
目は開いている。
しかし、その瞳はどこか虚ろなままだった。
オセアスは静かに口を開く。
「こんな時間に呼び出してすまない。」
「いえ。」
ヨルは首を横に振る。
オセアスはヘリアへ視線を向ける。
「身体の傷は治った。」
「だが、心が追い付いていない。」
「医師の話では、極度の恐怖と疲労で誰にも心を開けなくなっているそうだ。」
ヨルもヘリアを見る。
昼間と変わらず、ぼんやりと足元へ視線を落としているだけだった。
「だが……。」
オセアスは少し困ったように笑う。
「君に抱きかかえられていた時だけは違った。」
「……え?」
「君の服を離さなかっただろう。」
そう言われ、ヨルは地下での出来事を思い出す。
確かに。
ヘリアは自分の服を弱々しく掴んだままだった。
「だからお願いがある。」
オセアスはヨルへ向き直った。
「ヘリアのそばにいてやってくれないだろうか。」
突然の申し出に、ヨルは目を丸くする。
「えっ……俺がですか?」
「もちろん無理にとは言わない。」
「だが、このままではヘリアも眠ることが出来ない。」
ヨルは困ったように頭を掻く。
まさか、こんなお願いをされるとは思っていなかった。
ヘリアへ視線を向ける。
相変わらず虚ろな瞳のまま、何も話さない。
「……分かりました。」
「俺でいいなら。」
オセアスは安心したように微笑んだ。
「ありがとう。」
「本当に助かる。」
ヨルは小さく頷く。
こうして、ヨルはヘリアと共に客間へ戻ることになった。




