第十話「救出」
荒い呼吸を整えながら、炎を纏うガルドを見据える。
(……待て。)
(何か……。)
(一瞬でも隙を作れれば。)
ガルドは炎を纏った斧を肩へ担ぎ、余裕の表情でこちらを見ている。
(隙を作る方法……。)
その時だった。
ヨルの脳裏に、一つの魔法が浮かぶ。
(そうか……。)
ヨルは小さくホシへ視線を向けた。
「ホシ。」
「……なに?」
「一瞬だけでいい。」
「奴の視界を奪えるか。」
ホシはすぐにヨルの意図を理解し、小さく頷く。
「……うん。」
「レア・ルミナなら出来る。」
ヨルは続けてニクスを見る。
「ニクス。」
「隙が出来たら拘束してくれ。」
「分かりました。」
「ソラ。」
「ブーストはそのまま維持。」
「任せて!」
四人は互いに頷き合う。
作戦は決まった。
成功する機会は、一度だけ。
ヨルはゆっくりと剣を構え直した。
「行くぞ。」
ヨルだけが再び地面を蹴る。
一直線にガルドへ向かって駆け出した。
「……フッ。」
ガルドは鼻で笑う。
「また正面から来るか。」
炎を纏った巨大な斧がゆっくりと振り上げられる。
「――レア・ルミナ。」
ホシが静かに杖を掲げる。
杖の先から六つの光球が現れ、一斉にガルドの目の前へ飛んだ。
地下室を白い閃光が包み込む。
「……ッ!」
ガルドは思わず目を閉じた。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬で十分だった。
「今です!」
ニクスが叫ぶ。
左手の指輪が淡く輝く。
「――ルア・ヴァイン。」
バキィッ!!
木の床を突き破り、一本の蔦が勢いよく飛び出した。
鋭い棘を纏った蔦は、生き物のようにうねりながらガルドの右腕へ巻き付く。
「チッ……!」
ガルドは咄嗟に振り払おうとする。
だが、その動きは一瞬止まった。
ヨルはその隙を逃さない。
右手を突き出す。
「――ロア・グラトニー。」
黒い魔力が一直線にガルドへ伸びる。
ガルドの身体へ絡み付いた黒い魔力は、体力を吸収し、防御力を奪い、さらに視界を蝕んでいく。
「クソが!!」
ガルドは叫びながら炎の斧を振り回す。
しかし視界を奪われた斧は空を切るだけだった。
「ホシ!」
「うん。」
ホシはもう一度杖を掲げる。
「――レア・ノヴァ。」
一斉にガルドへ向かって飛び出した。
ドドドドォォン!!
連続する爆発が地下室を揺らす。
爆煙が辺りを包み込み、ガルドの姿が見えなくなる。
「今だ!」
ヨルは地面を強く蹴った。
一直線に爆煙の中へ飛び込む。
「うおおおおおっ!!」
全身全霊を込めて剣を振るう。
ガンッ!!
鈍い衝撃音が地下室へ響いた。
次の瞬間。
ガルドの身体は勢いよく吹き飛び、木箱をいくつも薙ぎ倒しながら壁へ激突する。
ドォンッ!!
壁へ叩き付けられた衝撃で木片が辺りへ飛び散った。
「ぐっ……!」
肩から血を流しながらも、ガルドはゆっくりと立ち上がる。
息は乱れ、身体中には傷が増えていた。
それでも鋭い眼光だけは失われていない。
ガルドはヨル達を睨み付け、小さく舌打ちをした。
「チッ……今日はこの辺にしておいてやる。」
「だが……。」
「ここで終わると思うな。」
そう言うとガルドは姿を消した。
地下室に静寂が戻る。
ヨルはその場で大きく息を吐いた。
「はぁ……はぁ……。」
剣を支えにしながら膝をつく。
全身が重い。
ニクスはすぐに駆け寄る。
「――レア・フローラ。」
柔らかな緑色の光がヨルを優しく包み込む。
傷付いた身体が少しずつ癒えていく。
ホシは静かに息を吐いた。
「……何とか倒せた。」
「ギリギリだったね……。」
ソラは胸をなで下ろす。
ヨルはゆっくりと立ち上がり、奥へ続く通路へ視線を向けた。
「まだ終わってない。」
「王女を探す。」
「それと……ここにいる人達も全員助ける。」
三人は力強く頷いた。
四人は奥へと続く通路を慎重に歩き始めた。
先程までの激しい戦闘とは打って変わり、辺りは静まり返っている。
石造りの通路には等間隔に松明が灯され、不気味な静けさだけが漂っていた。
やがて。
通路の突き当たりに、一枚の大きな鉄の扉が現れる。
「この先か……。」
ヨルはゆっくりと扉へ手を掛けた。
ギィィ……
重々しい音を立てながら扉が開く。
その瞬間。
「……!」
四人は思わず息を呑んだ。
部屋の中には少女や女性達が鉄格子の中へ閉じ込められていた。
「助けて……。」
涙を流し続ける少女。
力なく壁にもたれ掛かる女性。
咳き込みながらうずくまる者。
やせ細り、虚ろな目で床を見つめ続ける者。
部屋全体に重苦しい空気が漂っていた。
「……ひどい。」
ソラが思わず声を漏らす。
ホシも静かに目を伏せた。
ヨルは拳を強く握り締める。
「ニクス。」
「全員を回復してくれ。」
「分かりました。」
ニクスは左手にはめた魔法石の指輪へ魔力を流し込む。
淡い緑色の光が優しく輝き始めた。
「――ロア・フローラ。」
部屋全体を柔らかな光が包み込む。
傷だらけだった身体は少しずつ癒え、苦しそうだった呼吸も落ち着いていく。
咳をしていた者も静かになり、顔色も少しずつ良くなっていった。
しかし。
誰一人として笑顔は戻らない。
恐怖と絶望だけは、魔法では癒やすことが出来なかった。
ヨルは静かに牢屋へ近付き、鍵を外していく。
ガチャリ。
鉄格子がゆっくりと開いた。
「もう大丈夫だ。」
「安心して外へ出てくれ。」
その言葉を聞いた少女の一人が、その場で泣き崩れた。
それを見た他の女性達も次々と牢屋から出てくる。
「ありがとうございます……。」
「助けてくれて……。」
すすり泣く声が部屋中へ広がっていく。
ヨル達は一人ひとりを支えながら部屋の外へ誘導していった。
その時だった。
「……お兄ちゃん。」
ホシが部屋の奥を見つめ、小さく呟く。
ヨルが視線を向ける。
部屋の一番奥。
壁にもたれ掛かるように、一人の少女が座り込んでいた。
長い水色の髪。
青白い肌。
豪華だったであろう衣服は泥で汚れ、ところどころ破れている。
その瞳は開いている。
しかし焦点は合っておらず、虚ろに前を見つめたままだった。
ニクスは目を見開く。
「あの方は……!」
慌てて駆け寄る。
「ヘリア様!」
返事はない。
「ヘリア様……!」
もう一度呼び掛ける。
それでもヘリアの表情は変わらない。
視線がニクスへ向くこともなかった。
「そんな……。」
ニクスは唇を噛み締める。
ヨルは静かにヘリアの前へしゃがみ込んだ。
「……立てるか。」
返事はない。
ヨルはそっとヘリアを抱き上げた。
ヘリアの身体が小さく震える。
怯えながらも震える手でヨルの服を弱々しく掴んだ。
ヨルは驚きながらも、穏やかな声で言う。
「安心しろ。」
「もう大丈夫だ。」
ヘリアは何も答えない。
それでもヨルの胸元を掴んだ手だけは、離れることはなかった。
「行こう。」
ニクスは涙を拭いながら笑顔で頷いた。
「はい。」
四人は助け出した少女や女性達を連れ、地下通路を後にする。
外へ出ると、空はすっかり夜になっていた。
静かな夜風が頬を撫でる。
ヨルは周囲を見渡す。
「急いで城へ戻ろう。」
「この人達を家族の元へ返さないと。」
「うん!」
「はい。」
「……うん。」
四人は助け出した人々を連れ、フォンティア王国の王城へ向かって歩き始めるのだった。




