第24話 男爵家の紋章
「え? 何?」
アルテアが目を丸くする中、女将に手を引かれて宿の食堂へと通された。そこには、見覚えのある衛兵と、灰色のマントを纏った中年の執事が立っていた。衛兵は墓地でレオドリックと戦った時の一人で、緊張した顔でアルテアを見た。
執事が一歩進み出て、隣の衛兵に落ち着いた声で尋ねた。
「トール殿、この方かね?」
衛兵が即座に頷き、「はい!」と答えた。
執事はアルテアに視線を移し、丁寧に頭を下げた。執事の胸にはシルヴァーン男爵家の二つの剣が交差する紋章が輝いている。
「アルテア様。この度はありがとうございました。お話ししたいことがございますので、屋敷においでいただけますでしょうか」
アルテアは執事の胸の紋章に目を留め、青い瞳が一瞬鋭く光った。口元に微かな笑みが浮かぶ。
「ふーん、面白そう。行くよ」
ミロが心配そうに袖を掴んだが、アルテアは彼の頭を軽く撫でて笑った。
「大丈夫。リナリアと一緒に家で待っててね」
ミロが見送る中、宿を出て、少し離れた通りに馬車はあった。
執事が馬車の扉を開き、アルテアはフードを軽く直して乗り込んだ。馬車が動き出すと、シルヴェントの街並みが窓の外に流れ、彼女はじっと眺めていた。
ダスクロウを離れ、馬車は石畳の道をガタゴトと進んでいた。目的地はヴァリエール区、シルヴァーン男爵家の城館だ。
アルテアは馬車の窓から外を眺め、埃っぽい貧民街から緑豊かな丘陵へと変わる景色に目を細めた。向かいに座る中年の執事が、灰色のマントを軽く整え、落ち着いた声で口を開いた。
「アルテア様。先の墓地での事件についてお話ししておきましょう」
アルテアはフードを軽くずらし、青い瞳を執事に向けた。
「うん、聞いておくよ」
執事は静かに頷き、事件の顛末を語り始めた。
「あの魔術師、エドウィン・シルヴァーンは先代男爵の次男の息子でございます。先代の正室がエドウィンの祖母にあたりますが、当主の座は側室の子である長男が継ぎました。エドウィンの父は兄を憎み、その怨念の中で死にました。エドウィン自身は『自分こそ正当な当主である』と主張しております」
執事は咳を一つ払う。
「彼には剣の才能がなく、魔術の研究に手を染めました。墓地でアンデッドを作り出し、最終的には初代領主レオドリック様の亡霊を復讐のために呼び起こしたのです」
アルテアは顎に手を当て、青い瞳を軽く細めながら首を傾げた。
「エドウィンはこの後どうなるの?」
執事は一瞬視線を落とし、低く落ち着いた声で答えた。
「謀反ゆえ……表沙汰にはできませぬ。内々に処理されるかと」
「謀反、か」
アルテアの声が一瞬低くなり、瞳に遠い記憶の影がよぎった。だが、すぐに彼女はフッと笑って髪を軽く触り、いつもの軽やかな口調に戻った。
「それにしても復讐かぁ。男爵家も結構ドロドロしてるね」
執事は微かに苦笑し、続けた。
「その復讐を防いでくださったこと、そしてレオドリック様の無念を晴らしてくださったことへの感謝として、男爵家はアルテア様を城館にお招きしたいのです」
「謁見かぁ……」
アルテアが呟くと、執事は首を振って穏やかに訂正した。
「いえ、そのような堅苦しい場ではございません。ささやかながら宴席をご用意いたしました」
アルテアは目を丸くし、少し困ったように笑った。
「私、ドレスとか持ってないよ?」
「ご用意いたしておりますので、ご心配には及びません」
執事が落ち着いて返すと、アルテアはさらに突っ込んだ。
「サイズは?!」
「ご心配には及びません」
執事の声には揺るぎない自信が込められていた。アルテアは「ふーん」と鼻を鳴らし、馬車の揺れに身を任せた。




