第25話 貴族の宴席
ヴァリエール区の丘の上にそびえるシルヴァーン男爵家の城館は、石造りの堅牢な外観に蔦が絡まり、歴史の重みを感じさせる建物だった。アルテアが乗った馬車が門をくぐると、使用人たちが慌ただしく来賓をもてなす準備を始めた。
宴席の会場となる大広間は、天井まで届くアーチ型の窓から夕陽が差し込み、色とりどりのステンドグラスが光を柔らかく散らしていた。壁にはシルヴァーン家の歴代当主の肖像画が掛けられ、並んでいる。その中でも一際厳しい表情をしつつもどこか寂しげな瞳の男の肖像画があった。
その下には長いテーブルが設けられ、銀の燭台に立てられた蝋燭が暖かな輝きを放ち、葡萄酒の入ったガラス杯や焼きたてのパン、果物の盛られた皿が豪奢に並んでいた。広間の隅では、楽師たちがリュートとフルートの音色を奏で、軽やかな調べが空間を満たしていた。
参列者たちはすでに集まり、葡萄酒を手に談笑していた。貴族や有力な商人たちは、絹やビロードの衣装に身を包み、金や宝石の装飾品をさりげなく輝かせていた。
「この定例の宴に急遽主賓として招かれた者がいるそうだ」
「どうも旅の人間らしいな」
「それも女だそうだ」
彼らの間では、アルテアの噂がすでに広まっており、会話は次第に好奇心と嘲笑の入り混じったものへと変わっていった。
「旅人とは言うがいわば放浪者。流民も同然ではないか。そんな者がこの由緒正しき城館に上がるとは。どんな粗相をするやら」
年配の男が、葡萄酒を傾けながら鼻で笑った。彼の隣に立つ若い夫人は、扇子で口元を隠しつつ、目を細めて囁いた。
「礼儀も知らぬ者がドレスを着たところで、滑稽なだけでしょうに。見ものね」
別のテーブルでは、商人の男が仲間に向かって肩をすくめ、皮肉っぽい顔を浮かべた。
「墓地で暴れただけじゃないのか?」
貴族や商人たちの囁きが広間に響き、現当主レナード・シルヴァーンは額に汗を浮かべて狼狽えた。四十代半ばの彼は、灰色の髪を後ろに撫でつけ、落ち着いた装いながらもその表情に焦りが滲んでいる。
「身分を深く考えてはおらなんだな……。宴席などにするのではなかったか……」
レナードは呟き、今から旅の少女に礼儀作法を教えるなど絶望的だと内心で嘆いた。彼女を労うつもりだったが、このままでは逆効果になってしまう。男爵家が招いた客人が馬鹿にされる。彼女を招いた当主としてそのような事態は避けたかった。
墓地のアンデッド騒ぎと甥の叛逆。甥が呼び出したのは偉大なる祖先、レオドリック・シルヴァーンだという。その霊を鎮めてくれた旅の少女。
レナードは本心から貴族でもない少女をもてなそうとしていた。
チラリと執事を見ると、彼は静かに微笑み、目でいつものようにこう語っていた。
「ご心配には及びません」
その時、大広間の重厚なオーク材の扉が、重々しい軋みを立ててゆっくりと開いた。使用人の声が、広間に響き渡る。
「ご主賓のご来場です!」
レナードは一瞬、息を止めた。
参列者たちの視線が一斉に扉へと集まった。楽師たちの演奏が一瞬途切れ、葡萄酒を手にしていた者たちが杯を止めた。
大広間に緊張と好奇心が張り詰める中、静寂が広がった。




