第23話 リナリア
『マムの飯屋』で肉シチューと焼きたてのパンをたっぷり買い込み、アルテアとミロはダスクロウの奥へと向かった。
ミロの隠れ家は貧民街の端にあり、粗末な木造の小屋だったが、窓辺には小さな花が飾られ、姉弟の暮らしの温もりが感じられた。
扉を開けると、そこにはミロによく似た少女が立っていた。十歳ほどの細い体に、ボサボサの髪を後ろで緩く結び、大きな瞳が少し不安げに揺れている。アルテアは明るく手を振った。
「初めまして、かな。前は寝てたもんね」
リナリアは少し緊張した様子で、自信なさげにぽつりと呟いた。
「あの……。本当にありがとうございました。ミロもお世話になったみたいで……。あの……。お話聞いてます。ミロが嬉しそうに話してくれて……」
アルテアは屈み込んでリナリアと目線を合わせ、優しく笑った。
「ミロにはこっちがお世話になってるんだよ。それにしてもリナリア、かわいいねぇ」
そう言うと、彼女はリナリアをぎゅっと抱きしめた。リナリアは驚いて目を丸くし、顔を真っ赤にして固まってしまった。けれどその手は、アルテアの服の裾をキュッと握っていた。
ミロが横で「アルテア!」と叫んだが、アルテアは笑いながらリナリアの頭を撫でた。
シチューとパンを囲んで三人で食事を始めると、最初は硬かったリナリアの肩が、少しずつほどけていった。
リナリアは木の匙でそっとスープをすくい、慎重に口へ運ぶ。
「熱っ――!」
小さな悲鳴とともに匙が手から滑り、木の器に軽く当たって、ころんと音を立てた。リナリアは慌てて匙を拾う。
「あらら、温めすぎちゃったね」
アルテアは笑いながら自分の皿のシチューを匙で掬う。そして当然のようにリナリアの口元へ差し出した。
「はい、これは大丈夫。……あーん」
リナリアは一瞬、固まった。顔がみるみる赤くなる。けれど断れず、そっと口を開く。
「……はい」
アルテアは優しく匙を運び、リナリアはもぐもぐと口を動かした。
「どう? 美味しい?」
リナリアは頬をふくらませたまま、こくりと頷く。
その様子を、ミロがじっと見つめていた。――アルテアはすぐに気づいて、にやりと笑う。
「ミロもして欲しい?」
「お、俺は自分で食べられるよ!」
ミロは慌てて否定し、逃げるみたいにシチューをかきこんだ。むせかけて咳き込む。
「……っ、げほっ」
「ほら、落ち着いて食べなよ」
アルテアが面白がるように言うと、リナリアの口から小さな笑いがこぼれた。
声にならない、息が漏れるだけの笑い。それでも、部屋の空気がふっと軽くなる。
温かいスープの香りが小屋に広がり、窓から差し込む陽光が三人を優しく照らした。
リナリアの頬にも、わずかに赤みが戻っている。ひと匙、またひと匙。その姿に、アルテアは目を細めた。
しばらくして、リナリアは瞬きをゆっくりと繰り返し始めた。まぶたが重そうに下がり、指先で目尻を擦る。
「リナリア、今日はもうゆっくり寝て。元気になったら、またおしゃべりしようね」
アルテアが優しく言うと、リナリアは小さく頷き、か細い声で尋ねた。
「あの……。また、来てくれますか?」
アルテアは温かな微笑みを浮かべて「うん、絶対」と答えた。
リナリアはホッとした表情を見せ、ミロに支えられながらゆっくりと寝台へと向かった。
ミロとアルテアはリナリアを家に残し、朽ち梁亭へと歩いて戻った。埃っぽい路地を並んで進む中、アルテアがミロに穏やかに言った。
「いいお姉ちゃんだね、ミロ。でもまだ無理させちゃだめだよ」
ミロが少し照れくさそうに頷いた。
「うん、ありがとう。アルテア」
宿に着くと、入口で騒ぎが起きていた。宿の女将が血相を変えて飛び出してきて、アルテアの手を掴んだ。
「お、お客さんだよ! 早く!」




