表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

第23話 リナリア

 『マムの飯屋』で肉シチューと焼きたてのパンをたっぷり買い込み、アルテアとミロはダスクロウの奥へと向かった。

 ミロの隠れ家は貧民街の端にあり、粗末な木造の小屋だったが、窓辺には小さな花が飾られ、姉弟の暮らしの温もりが感じられた。


 扉を開けると、そこにはミロによく似た少女が立っていた。十歳ほどの細い体に、ボサボサの髪を後ろで緩く結び、大きな瞳が少し不安げに揺れている。アルテアは明るく手を振った。


「初めまして、かな。前は寝てたもんね」


 リナリアは少し緊張した様子で、自信なさげにぽつりと呟いた。


「あの……。本当にありがとうございました。ミロもお世話になったみたいで……。あの……。お話聞いてます。ミロが嬉しそうに話してくれて……」


 アルテアは屈み込んでリナリアと目線を合わせ、優しく笑った。


「ミロにはこっちがお世話になってるんだよ。それにしてもリナリア、かわいいねぇ」


 そう言うと、彼女はリナリアをぎゅっと抱きしめた。リナリアは驚いて目を丸くし、顔を真っ赤にして固まってしまった。けれどその手は、アルテアの服の裾をキュッと握っていた。


 ミロが横で「アルテア!」と叫んだが、アルテアは笑いながらリナリアの頭を撫でた。


 シチューとパンを囲んで三人で食事を始めると、最初は硬かったリナリアの肩が、少しずつほどけていった。

 リナリアは木の匙でそっとスープをすくい、慎重に口へ運ぶ。


「熱っ――!」


 小さな悲鳴とともに匙が手から滑り、木の器に軽く当たって、ころんと音を立てた。リナリアは慌てて匙を拾う。


「あらら、温めすぎちゃったね」


 アルテアは笑いながら自分の皿のシチューを匙で掬う。そして当然のようにリナリアの口元へ差し出した。


「はい、これは大丈夫。……あーん」


 リナリアは一瞬、固まった。顔がみるみる赤くなる。けれど断れず、そっと口を開く。


「……はい」


 アルテアは優しく匙を運び、リナリアはもぐもぐと口を動かした。


「どう? 美味しい?」


 リナリアは頬をふくらませたまま、こくりと頷く。

 その様子を、ミロがじっと見つめていた。――アルテアはすぐに気づいて、にやりと笑う。


「ミロもして欲しい?」


「お、俺は自分で食べられるよ!」


 ミロは慌てて否定し、逃げるみたいにシチューをかきこんだ。むせかけて咳き込む。


「……っ、げほっ」


「ほら、落ち着いて食べなよ」


 アルテアが面白がるように言うと、リナリアの口から小さな笑いがこぼれた。

 声にならない、息が漏れるだけの笑い。それでも、部屋の空気がふっと軽くなる。


 温かいスープの香りが小屋に広がり、窓から差し込む陽光が三人を優しく照らした。


 リナリアの頬にも、わずかに赤みが戻っている。ひと匙、またひと匙。その姿に、アルテアは目を細めた。


 しばらくして、リナリアは瞬きをゆっくりと繰り返し始めた。まぶたが重そうに下がり、指先で目尻を擦る。


「リナリア、今日はもうゆっくり寝て。元気になったら、またおしゃべりしようね」


 アルテアが優しく言うと、リナリアは小さく頷き、か細い声で尋ねた。


「あの……。また、来てくれますか?」


 アルテアは温かな微笑みを浮かべて「うん、絶対」と答えた。

 リナリアはホッとした表情を見せ、ミロに支えられながらゆっくりと寝台へと向かった。





 ミロとアルテアはリナリアを家に残し、朽ち梁亭へと歩いて戻った。埃っぽい路地を並んで進む中、アルテアがミロに穏やかに言った。


「いいお姉ちゃんだね、ミロ。でもまだ無理させちゃだめだよ」


 ミロが少し照れくさそうに頷いた。


「うん、ありがとう。アルテア」


 宿に着くと、入口で騒ぎが起きていた。宿の女将が血相を変えて飛び出してきて、アルテアの手を掴んだ。


「お、お客さんだよ! 早く!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ