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第22話 遅い朝

 シルヴェントの貧民街、朽ち梁亭の粗末な部屋。アルテアは寝台から体を起こし、窓から差し込む遅い朝の陽光に目を細めた。

 墓地でのレオドリックとの戦いから戻り、そのまま眠りに落ちていた彼女は、枕に乱れた金髪を軽く整え、部屋の隅に置かれた曇った鏡へと向かった。


 鏡に映る自分の顔を眺め、彼女は小さく首をかしげた。


「……傷が治ってる。私って傷の治り早いのかなぁ?」


 レオドリックとの激しい剣戟で顔や腕に刻まれた無数のかすり傷は、まるで夢だったかのように跡形もなく消えていた。気にはなっていたが年々回復が早くなっている。アルテアはそんな気がした。


「子どもの頃はそんなことは無かったはずだけど……」

 

 首をかしげたが、青い瞳を細めて自分の頬を軽く叩き、アルテアは「まぁいいか」と呟いて肩をすくめた。


 その時、扉の外から聞き慣れた声が響いた。


「アルテア? もう起きたの?」


 ミロの明るい声だ。アルテアは寝台に腰かけたまま、気軽に応じた。


「ミロ? 入っていいよ?」


 ガチャっと扉が開き、ミロが勢いよく顔を覗かせた。だが、次の瞬間、彼の目が丸くなり、真っ赤になって叫び声を上げた。


「服を着ろぉーーーー!!」


 アルテアは薄着一枚、寝間着代わりの簡素なシャツ姿だった。彼女はミロの慌てぶりに目をぱちくりさせ、クスッと笑って立ち上がった。


「そんなに驚かなくても。すぐ着るからさ」


 ミロは顔を背けたまま、耳まで赤くしてブツブツ文句を言っていた。




 アルテアが旅装に着替え、フードを軽く被ってミロと向き合うと、彼はまだ少し頬を膨らませていた。彼女はミロの頭をポンと叩き、穏やかに尋ねた。


「で、どうしたの?」


 ミロは照れくさそうに目を逸らしつつ、ぽつりと言った。


「姉ちゃん、起き上がれるようになったんだ」


 アルテアの顔がパッと明るくなり、目を輝かせて叫んだ。


「リナリア、良くなったんだ! よかった!」


 ミロが少し誇らしげに頷き、続けた。


「それでさ、姉ちゃんがアルテアに会ってお礼がしたいって」


 アルテアは笑って彼を見下ろした。


「うん、私も会ってお話したいな。ミロが真っ赤になったこととか報告したいし!」


「え!?」


 ミロが声を上げたが、アルテアは笑いながら彼の髪をくしゃくしゃにかき回した。


「じゃあ、まず『マムの飯屋』に行って、いっぱい持ち帰りでシチューとパンを買い込もう。今日はお祝いだね」


 アルテアが提案すると、ミロが頷きつつ、彼女の腹の音に気付いて笑った。


「うん。さっきからアルテアのお腹なりっぱなしだしね」


「昨夜は食べずに寝ちゃったからね〜。それに、マムのごはん美味しいし。考えるだけでお腹なっちゃう」


 アルテアはミロにウィンクし、二人は宿を出てダスクロウの路地を歩き始めた。

 アルテアはふと首元のペンダントに触れた。その動きにミロが気付いた。


「あれ? そんなペンダントしてた?」


「うん、昨日貰ったんだ! 素敵なおじさまに!」


「な、なんだってーーーー!!!!」


 ミロの叫び声がダスクロウの喧騒を切り裂く。街は、埃っぽい空気の中にも穏やかな活気が漂っていた。

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