第1話 仏暁学園生徒会
「あらためて言うわ、あなたわたしの封臣になりなさい!」
僕が訳のわからない素っ頓狂なことを宣っている彼女に、有無を言わさず連れてこられたのは、学園内にある池泉回遊式の広大な中庭に、豊かに水を湛えている池の中島、そこに建っている木造平屋だった。
「あの、そのまえに入学式に出席しなきゃならんのだが」
腕時計に目をやるともうあと15分もしないうちに入学式が始まってしまう頃合いだった。しかも出席確認の点呼までもう時間がない。このままだと私欠扱いとなって出席日数に響いてしまう。というより精神的にくるものがある。いやだよ、入学式そうそう私欠とか遅刻とか。遅れて良いのは結婚式で「やっぱり君じゃなきゃだめなんだ!」的なあの展開しか許されないだろう。
「で、どうなの?わたしに忠誠を誓うの?」
彼女は、僕の言葉はどこ吹く風といった感じで勝手に話を進め、僕に服従を迫ってくる。
「待て、どういうことだ?どうして僕があなたに臣従しなきゃならんのだ。ここはいたって普通なキリスト教系の進学校だろ?」
学校のパンフレットには生徒は生徒会長に臣下の礼を捧げます、とは一言も書いてなかったぞ。ただ自由闊達な校風で生徒の自主性と生徒の創意工夫による主体的な学園生活を尊重し云々としか謳っていなかったぞ。
「もしかして………あなた何も調べずにここに進学したっていうの⁉︎学校紹介サイトなりSNSなりで調べればアホほど出てくるというのに……」
彼女は少し呆れているような驚いているようなそんな表情を見せる。これが学用品購入のあとにパラパラと読んだ古文単語帳に載っていた「あさまし」というやつなのだろうか?それと、僕は中学までスマホを持っていなかった原始人みたいな現代人なんだ、すまないな。
僕がそんなことを思っていると彼女はいかにも当たり前であるかのようにこう言った。
「この学園では封建的主従関係が全てよ。その論理が学園生活の公的な面を規定しているわ」
「なんじゃそりゃ、鎌倉時代の御恩と奉公のあの論理が罷り通ってるってか。意味がわからん」
「その封建制ではないわ、中世ヨーロッパにおける封建的主従関係のことよ。簡単にいえば、封の授封と家門の庇護の対価に軍役と主君への助言を義務付ける双務的契約関係ね」
「ますますわからん」
そもそも封建制に種類があるとか、日本とヨーロッパで違うとか初耳なんだが。とにかく騎士道物語とかディズニーアニメにありがちな、騎士とお姫様のあのロマンス的なものと考えれば良いってことなのか?
「まぁ、わからなくて良いわ。そういうものだと早く慣れてちょうだい。……あ、それとも実力至上主義の教室がよかったの?」
「おい、それは版権的に挑戦的すぎるだろ」
「じゃあ先生を暗殺しちゃおうかしら?」
「それもダメだろ」
彼女は、僕のそのツッコミに「あなた面白いわね」と笑いながら、部屋の一番奥、陽光が暖かに差し込む窓際近くに置かれた椅子に腰をかける。
「まぁ冗談はこれくらいにして、あなたが何も知らずにここに来たということがはっきりとわかったわ」
彼女は打って変わって真剣な面持ちで僕に向き合う。「ちゃんといちから説明するわ」
そうして彼女は、生徒会に代々口伝された学園の縁起を静かに語り始めた。
「1960年代ごろだったかしら、世は大学闘争の全盛期でその煽りを受けて我が校も血気盛んな革命に憧れる学生たちを中心に学園改革斗争が起こったの。激烈な運動の結果として学生たちにはホームルーム・クラスルーム編成やカリキュラム編成といった法が定めた純粋な学校教育施策に関わる以外の項目での学園の運営権、つまり学園自治の権利を勝ち得たわ。そして、その学園自治の権利を学園生徒の総意として代執行する唯一の機関として位置付けられたのが、ここの生徒による投票によって公選される代表によって構成されるこの生徒会よ。でも、生徒会が学園生活の全てを運営するのはとてもじゃないけど不可能だし、個人独裁を防ぐという名目もあって時の生徒会長は各部活・同好会、各クラス、格委員会の各々の長に大幅な権限を移譲することにしたの。いわゆるところの集団指導体制ね。はじめは上手くそのシステムは機能したわ、でも時が経つにつれて彼らは半ば自立して各々が各々のままに動くようになってしまったの。その結果生徒会の組織としての機能は完全に失われ、生徒会、生徒会長の位は学園自治と生徒の統合の象徴としてのただのお飾りとなったの。そして大きな力を手に入れた彼らは自立性をさらに強め、いつからか彼らは空間的実体をも持つ勢力圈を持つようになり、その様から彼らは領主貴族になぞられられて『伯』と呼ばるようになったわ。最初はただそう呼ばれるだけに過ぎなかったのだけれど段々と実が名に引き寄せられて今や完全に学園の統治体制は中世ヨーロッパとあまり変わらないものとなったわ。その体制になって以来、諸侯たちは鎬を削りあって、でも勢力均衡を保ちながら今日まで至るってわけなのよ。もちろん生徒会長選は存在するけれども、いまは名目上あるだけで実質的には諸侯らによる選挙によって選出されるの。そしてそれすらも今や半ば儀式めいたものになっていて、規模の小さな勢力であるけれども生徒会との関係が深かった文芸部の長、つまり文芸部長が代々生徒会長の職に就くことが慣例となっているわ」
彼女は話し終えると椅子からおもむろに立ち上がり、部屋の隅に置いてあるウォーターサーバーのもとへ行き、コップをそばの棚から取り出して水を注ぐ。ゴボッゴボッというウォーターサーバーの唸りは、春のうららかな日差し差し込むこの部屋において、僕がかくあるべきと思う「日常」に僕をとどめ置いてくれる唯一のもののように思えた。だがその音も彼女が並々と水を注が終わった時には絶えてしまい、そうやって出された水は彼女によって勢いよく飲み干された。
「どうかしら?これで理解はできたかしら?」
「大筋はな。だが、どうして文芸部が生徒会に影響力を持っていたんだ?」
「文芸部は他にはない業務用印刷機を所有する部活なの。それで文芸部は生徒会の文書印刷やその頒布に協力することによって生徒会に影響力を与えていたわ。学園の主たる公的な情報伝達システムを掌握していることは大きなアドバンテージだったのよ」
「ちなみに文芸部は俺が思っている通りの文芸部だよな?」
「えぇ、そうよ。あなたが思っている通りの文芸部よ」
どうやら部活「そのもの」は普通のようだ。ぶっ飛んでいるのは部活の「在り方」だけらしい。
「それでなんでまた弱小の部が生徒会長に選ばれるんだ?強いやつが生徒会長になれば手っ取り早いんじゃないか?」
若干彼女の眉間に皺がよったような気がした。
「じゃあ聞くわ、諸侯が並び立つこの学園で生徒会長になってなんの旨味があるの?」
語気が少し荒い。やはり僕が文芸部のことを弱小と言ったことが気に障ったらしい。僕が返答に言い淀んでいると彼女はもういいわとばかりに話しだす。
「強い誰かが生徒会長に就いたらその権威をもって自分たちの利権が侵されるかもしれない、その強い者がさらに強くなったらこの学園の均衡がみだれてしまう。みんなそれぞれの権益を失いたくないのよ。だから一番弱くて、何か不穏な動きを見せたらいつでも潰せる者が選ばれるようになったってわけ。ハプスブルク家が神聖ローマ皇帝に据えられた理由と似たようなものよ」
極めて現実的な選択だなと率直に僕は思った。それもそうだ誰だって他人が自分より優位な位置に立っているのはおもしろくないものだ。
「すまない、弱小となんか言ってしまって」
「別にいいのよ、事実なんだし。でも次からはなるべく言わないでちょうだいね」
少し気まずくなった雰囲気のなか僕はふとあることに思い至る。
「なんであなたは僕を封臣にしたいんだ?」
「あなたを封臣にしたい理由?そんなの単純明快よ」
僕はロマンティックなものを密かに期待していた。だってそうだろう?異性とつながる縁は形而上学的なものであって欲しいものだ。彼女はもったいぶるようなそぶりを見せてなかなかその理由を言わない。それがまた僕の心をくすぐった。
そして彼女は見事に僕の期待を鮮やかに粉砕した。
「あなたの生徒手帳を拾ったからよ!」
「へ?」
「あなた、手帳気づかないうちに落としてたのよ。で、わたしが拾ったわけ。だからあなたの顔も名前も知ってたの」
僕はありとあらゆるポッケをまさぐってみる。たしかに生徒手帳はなかった。すると彼女は胸ポケットから手帳を取り出して僕に見せるようにして手帳の表紙を開ける。小さな僕の顔と向き合った。おいおいそんなに見つめるんじゃないよ、照れちまう。
「これ拾ったとき運命感じちゃったわ。もちろん根拠はない、でも何か、何かあるのよ!きっと!」
「そんなふわっとしたことに僕は巻き込まれたというのか⁉︎なんてこった……」
僕はため息をついてうなだれる。彼女が肩をトントンとたたいた。すっげームカつく。
「でも、いいじゃない。わたしには生徒会長になったらある野望があるの!」
「それは何だい?」
「わたし思うの、王が一国を統べる唯一の存在なら生徒会長は学園を統べてしかるべきただ1人の存在よ。諸侯なんてものいらないわ。それに、文芸部が吹けば飛ぶような弱小部活だと思われたくないの、癪にさわるわ。だから諸侯をあらゆる力をもってして併呑し学園を生徒会のもとにひとつにしたいの」
僕を見つめる彼女の眼は、彼女の顔つきは先ほどの様子とは打って変わって見えた。野心に燃えたぎり、それを自らの使命とさえ考えているようであった。だがどうしてだろう、まるで彼女がそれをなすことを神が望んでおられるような風さえあった。
いいだろう、やってやろうじゃないか。彼女、襲ユリの覇道に僕も付き合ってやろうじゃないか。どうせ3年しかない高校生活だ、やるなら面白そうなことをやった方が良い。
「わかったよ、あなたさまの封臣になりますよ!」
僕の返答を聞くや彼女は満足気に笑う。その笑みに僕は不思議な魅力を感じた。
「それでこそ、わたしの運命の人よ!」
彼女は僕の肩をバシバシと叩く。すごく痛い。でも彼女の喜びようがその痛さからとてもよく伝わってきた。
「あらためて言うわ、わたしがこの仏暁学園次期生徒会長にして文芸部長、『文芸部伯』と称されるものよ!ちなみにこの中庭一帯と文芸部室は『文芸部伯領』と呼ばれているの」
そして彼女は高らかに宣言したのだ。
「まずはわたしの生徒会長戴冠式よ!ついでにあなたの部員叙任式も挙行しちゃうわ!」




