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フューダリズム・スタディーズ  作者: トルティーヤ忠信
第一章 封建制の学園のほうへ
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第2話 生徒会長戴冠式 上

「最初に言っておくわ!史部干城は入学式を遅刻した英雄になったわ!」

「誰に何を言っているんだか……」

 だが彼女の言葉は事実だ。結局僕は入学式に遅刻した。式が執り行われている講堂のなか、衆目を一身に浴びて自分の席に座りに行ったあの気恥ずかしさは死にたいぐらいだった。そういう場合は心の有り様が行動にも現れることは往々にしてあることだが、僕はその怯懦の身体への発現をなんとか抑えて、虚勢を張りあたかも泰然として振る舞った。胸を張り、顎をやや上げてゆっくりと歩いて行ったのだ。折下学校長訓示の時であった。その最中、「失礼」といって椅子に座って静粛に拝聴しているクラスメイトの前を通って、ぽっかり空いた自分の席に何食わぬ顔で座ったのだ。隣の奴のあっけに取られて見せた、呆けたような表情は実にケッサクだった。僕のパフォーマンスはタイミングとしては絶妙文句なしのものだったと言って良いだろう。一生の思い出になるに違いない。後年の同窓会の鉄板ネタ、酒の席での十八番のバカ話も請け合いだ。

 そして実は何故そうしたのか僕自身でさえもよく分からない。考えられるなかで最もあり得そうなのはヤケになったから、であろう。どうあがいても式には間に合わなかった。それで吹っ切れたのだ。それでも、それでもだ、一抹の後悔とか黒歴史が急にフラッシュバックしたときに感じるような、身悶えするほどの羞恥心が僕の中に決してないわけではない。いまだって感じている。僕よ、なんてことをしちまったんだ……という今更ながらの嘆息だ。

「まぁ、いいじゃない。これで一年生を通して学園中に噂は広まり、あなたは集団に埋没することは無くなった。『個性』が求められる現代社会であなたは他に抜きんでて輝く綺羅星となったと言って良いわ!」

 襲ユリが何か上手いことを言ったようにドヤ顔を決めた。

「そんなわけないだろうがよぉぉぉぉ!」

 僕は叫ぶ。机を叩く。彼女はおもしろそうに笑う。穴があったら入りたいとはこのことか。彼女はひとしきり笑うと急に申し訳なさそうな顔をする。

「……でも、それもこれも全部わたしのせいでもあるわ。そこは謝るわ、ごめんなさい」

 彼女は深々と頭を下げる。僕は怒ってもよいのだ。彼女に全ての責任を負わせてもよいのだ。しかし不思議とそういう気持ちは起こらなかった。これはこれでよい、悪くはないと納得がいっていた。それは彼女の覇道に付き合うと決めたからか、それとも僕自身が非日常の何かを望んでいたからか。いずれにしても僕が遅刻は確定だからとヤケになってやらかした、それだけで十分なのだ。

「謝る必要はないよ。僕が勝手にやらかしたことで、気にすることはないさ。それに君の言ったとおり、今じゃ僕はちょっとした"有名人"になれたから悪い気はしないな。あと、良いこともなくはなかったし」

 襲ユリの感じている負い目を和らげるための方便ともとれるが、これは嘘ではない。入学式の後、おまえすげーよ、と声をかけてきてそこから仲良くなった人やお互い連絡先を交換した人もいるからだ。顔を覚えてもらう、友達づくりという点では効果は絶大だった。やはりインパクトは大事だ。とりあえず高校生活友達ゼロ人灰色のボッチ生活は回避できただろう。そして、今でも親しく酒を飲み、家族ぐるみの付き合いをしている友人の一人は、思えばこのことが親交を結ぶきっかけであったと、思い出話に花を咲かせているときに必ずと言ってよいほどよく語っていた。その友人とは音羽聰悟(おとわそうご)であり、後年人気ゲーム実況者になる男だった。

「……そう、なら良いわ」

 彼女は少し釈然としていない様子であったが僕の顔をまじまじと見てこれ以上はよいと判断したようだ。この話はおわったとばかりに話題を変えた。

「さて、目下控えているのは、わたしの生徒会長戴冠式よ。いろいろ準備をしなくちゃなんだけど……まずは、これをやって欲しいわ!」

 襲ユリは、生徒会役員執務室の一番奥の「生徒会長」と格調高い行書体で彫られた金属製のネームプレートの置かれている、もはや”アンティーク”や”レトロ”という言葉では形容しがたいほどに時代錯誤な、重厚で、気品のある木製の書斎机の引き出しを漁り、そこから、「よかった、あったわ」と紙の束を取り出して机の上に置く。ドサッと重々しい音がした。なかなかな厚みがあった。

「今からあなたた(・)ち(・)にはお手紙を書いてもらうわ!」

「あなたた(・)ち(・)?」

 僕が首を傾げているとドアの開く音がした。「ちょっと、ノックぐらいしなさいよ。まったく」「はいはい」僕はドアの方へふり返る。部屋に入ってきたのは三人の生徒たちだった。男が一人と女が二人、制服の校章の色やスリッパの色から上級生のようだ。先頭にいた女生徒がやれやれだぜといった様子でコンコンコンと三回ノックをしてみせた。長身の男子生徒が僕を見て言う。

「む、そうか。君が、史部干城だな」

「そうですけど……あなたたちは?」

 襲ユリが彼女たちの方に回り込んで語りだす。それは、人に自分のお気に入りのアニメや漫画を見させているときに思わずやってしまう、待望の新キャラや推しのキャラの初登場シーンや一押しの見せ場、名場面、神回を前にした時の、嬉々としてその素晴らしさを語るその姿にそっくりだった。

「あなたに紹介するわ!一番最初に入ってきた、眼鏡のこの人が大伴初江(おおともはつえ)ちゃん。わたしの幼馴染で生徒会会計官をしているわ!そして、この背の高い男の子が物部攻(もののべおさむ)君。生徒会副会長よ!最後に、この子が『お嬢』こと中臣早苗(なかとみさなえ)ちゃん、生徒会書記を任せているわ!あと他にも何人か生徒会メンバーはいるけど……いずれまた機会があれば紹介するわ」

「大伴よ。そうね、ユリちゃんとは幼稚園からの付き合いよ」

 茶髪のショートボブの女子、大伴初江はずれてもいない眼鏡を直しながらそう言った。利発な眼鏡キャラのよくやりそうな仕草を、あきらかに意識して真似したのだろう。その証拠に、眼鏡を直すそぶりをした直後少しニヤリと意味ありげに口角を上げていた。

「物部攻だ。よろしく」

 背の高くコワモテな顔をした男子、物部攻は手を差し出して僕と握手を求めた。この人は大伴先輩と違って、そ(・)う(・)い(・)う(・)気(・)質(・)の(・)人(・)なのだろう。僕は手を差し出して応える。

「な、なんて事言うんですか⁉︎うぅ、中臣早苗ですぅ」

 困惑気味に、そして少し涙目になりながら軽く会釈をした中臣先輩。ぱっと見の印象は清楚で上品、内気でおしとやか、大人しい性格相まって貧乏くじをひきやすそうな感じであるが、どうなのだろうか?人は見た目によらないとも言うから、案外スイッチが入ると激情家になるタイプかもしれないし、”意外な一面”というやつををわりと普通に持っているのかもしれない。

 そのようにプチ人間観察に思考を巡らせていると、大伴先輩が何の前触れもなく爆弾を投げ込んだ。

「史部クンも大変ね、ユリちゃんに捕まってしまって。しかも入学式でやらかしたとか……ッフ」

「何で知っているんですか!?」

 すると襲ユリが「キターーーーーー」とすかさず、スマホのグループLINEの生徒会メンバーのトークルームを見せる。そこには一連のことがざっくりと三行で書かれていた。おい、語末に「www」とかつけんなよ。あと、誰だ「今北産業」とか「なにそれkwsk」とかレスしてる奴は。プフッという声が聞こえて、スマホから目を離すと、大伴先輩が手で口を隠して吹き出しそうなのを堪えていた。いや、あんたなのかよ。なんだかねらーやVIPPERあるいは愉悦部の権現を見ている気分だ。そして、襲ユリも大伴先輩と同様堪えていた。さっきの申し訳ない表情は何だったんだよ。フリか、フリなのか?

「堂々と大立ち回りを演じるとは、俺はカッコよいと思うぞ」

 物部先輩が慰めてくれる。なんだこの頼もしさは。もうこのひとが会長でよくないか?

「ひーっ、笑ったわ。さて、と、史部君のことはこのくらいにして、とりあえずもう一度言うわ、あなたたちはこれを書いてちょうだいな」

「これを誰にだ?」

「諸侯たちによ、粗相のないように頼むわ」

 襲ユリは僕たちを各々の席——僕の席もきちんと用意されていて、いつのまにと内心驚いていた。——に座らせて、先ほどの紙の束を適当に四つに分けて配り、そして人数分の羽根ペンと黒インクを僕たちの前にそれぞれ置いた。紙を束から一枚手に取ってみる。「紙」だが、感触が普通の「紙」と明らかに違う。一方はツルツルスベスベしているが、もう一方はザラザラしていた。ザラザラしている面をよく観察してみる。毛穴のようなぼつぼつした小さな穴が無数にあった。おいおい、もしかしなくてもこれ羊皮紙じゃないか?もしやと思い羽ペンの羽も触ってみる。この羽根ペン、ホンモノのガチョウの羽根を使ってるやつじゃないか。ずいぶんと気合がはいっていらっしゃる。生徒会にしても諸侯の方々にしても、”リアルに”貴族の気分に浸っていたいらしい。妙に感心してしまった。

 さて、僕たちが書くことになった手紙の内容を要約すれば「生徒会長戴冠式を執り行うので来てください。臣従の礼をカタチだけでもよいのでとってください、お願いします」と言ったような感じだ。ここまでしないと諸侯たちは来てくれないらしい。驚きなのは、こうもへりくだった手紙を書いて送っても、それなりの代理人だけ寄越して自身は来ない貴族や代理人すら送らずボイコットする貴族、果ては参列はするが臣従の礼をとることを拒否する貴族もいるらしい。特に前生徒会長戴冠式の時は稀に見る酷さで四十の全諸侯の内半数も来なかったそうだ。よほど前生徒会長は舐められていたようだ。

 僕たちは何気ない世間話や教師の愚痴、各々の趣味や最近の個人的ニュースを話しながら手紙を書き進める。先輩達が気さくに話しかけてくれるおかげで終始和やかな雰囲気だった。

 興味深かったのは、先輩達はどうして生徒会入りしたのか?という話である。大伴先輩は襲ユリに請われて、物部先輩と中臣先輩は先代会長に勧誘されたからだという。聞けば、元々先輩たちは所属HRで諸侯に刃向かうぐらいのガッツのあった人であったらしい。きっとその豪胆さを買われたのだろう。

 僕はあることが気になって聞いてみた。前生徒会長のことである。が、このときだけは明らかに場の雰囲気が変わったような気がした。先輩達は少し戸惑って顔を見合わせて「実はそんなに話したことはなくて。なんていうか……いつもニコニコしてて、頭が切れる人、かな?実際東大行ったみたいだし」と要領を得ない人物評をするだけだった。会長席で何事かをしている襲ユリにも(一番知ってそうだと思って)同じ話を振ってみたが、彼女はう〜んと言いながらオフィスチェアを回転させて窓の外を見やった。その表情は杳として知れなかったが、彼女の後ろ姿は物憂げな気配を醸し出していた。しばらく勿体ぶるように沈黙した後、「どうかしらね?多分そうじゃないかしら」とはぐらかすように答えた。僕は何故彼女は話したくなさそうなのだろう、と思いながらもこれ以上踏み込んだとしても何も教えてくれないなと察して、そうなんですねとこの話題を打ち切った。以降この話題は出ることはなかった。

 そうして(途中気まずい瞬間はあったものの)和気藹々と話しながら手紙を四、五枚ほど書き終わった時、ふと僕は頭に浮かんだことがあったので聞いてみた。

「ところでなんだけど、入部届を出せば誰でも部活に入れるってわけではないの?」

「当たり前じゃない。この学園において部活・同好会の部員・会員は各部・格同好会の長たる伯に部員・会員としてその爵位に叙されることによってなれるものよ。いわば騎士身分みたいなものね」

 襲ユリがさもありなんと答える。

「じゃあ、この先輩たちは全員文芸部員に叙任したってことですか?」

「それは違うわ、彼らは生徒会の役員であって文芸部員ではないわ」

「それはつまり、先輩たちは普通の生徒ってことですか?」

「それも違うわ、彼らは生徒会長の直参としてその職位に就いているの。だから彼らは、部活・同好会の部員身分に相当する『生徒会役員』に叙されているわ。いわば法衣貴族のようなものね」

「じゃあ僕の場合は文芸部伯の封臣として文学部員に叙されるわけですね?」

「そのとおりよ」

 ということは、文芸部は襲ユリ一人だけしか所属していないということになる。よく部活の体裁を保てていたな。

 そして僕たちに手紙を書かせている間に彼女は何をしていたのかというと、手紙を丸め封蝋に文芸部伯璽を捺していた。彼女曰く、文書の差出人が文芸部伯であるとの真正を証明するためかつ内容の機密保持のためでありこれが捺されていないとたとえ当の本人が書いたとしても信用されないという。この学園は本当に中世ヨーロッパを地でいくよな。ラノベもビックリな世界観だ。ちなみにその文芸部伯璽はパピルスを咥えたトキが万年筆の上にたっている図象が彫られているらしく、「トキに万年筆(ペン)とパピルス」と呼称されているようだ。にしても「トキ/時に万年筆とパピルス」とは、妙に洒落ている。

 そして一時間もしないうちに手紙は全て書き終わって封緘(ふうかん)され、物部先輩らによって諸侯らに送り届けられた。なぜ僕はメッセンジャーの役を仰せつからなかったのかというと僕がいまはまだ何でもないただの一学園生徒だからだそうだ。

 その後も僕たちは生徒会長戴冠式の諸々の打ち合わせや春休み宿題テストなどをこなして生徒会長戴冠式当日を迎えることとなる。

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