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第7話 揃いすぎた証拠

真貌剥離 ―証拠と心理で罪の仮面を剥がす少女― 可哀想なのは、誰?

第7話 揃いすぎた証拠

カクヨム






前のエピソード――第6話 開かない扉

第7話 揃いすぎた証拠





「誰かが、証拠を揃えすぎたのです」




 私の言葉に、宝石商の寝室が静まり返った。




 使用人の部屋から見つかった銀色の鍵。




 宝石箱の鍵穴には黒い油が残っているのに、その溝には白い磨き粉しかついていない。




 この鍵は、磨かれてから一度も宝石箱へ差し込まれていない。




「では、盗人はどうやって箱を開けたというのだ」




 宝石商が尋ねた。




「まず、鍵が何本あるのか確認させてください」




「正規の鍵は二本だ」




 宝石商は腰から細い鎖を引き出した。




 その先に、小さな銀色の鍵が下がっている。




「普段使う鍵は、常に私が持っている。もう一本は、書斎の引き出しへ予備として保管していた」




「使用人の部屋から見つかったのが、その予備鍵ですね」




「そうだ」




 正規の鍵は二本。




 宝石商が身につけている鍵。




 そして、書斎から持ち出され、使用人の部屋へ置かれた予備鍵。




 けれど、その予備鍵は宝石箱を開けていない。




「犯人は、予備鍵を盗む必要がなかった」




「何だと?」




「この鍵は、使用人を犯人に見せるためだけに持ち出されたのです」




 私は宝石箱の鍵穴へ目を向けた。




「犯行に使われたのは、別の鍵です」




「私の鍵を盗んだと言うのか」




「その可能性もあります」




 私は首を横へ振った。




「ですが、気づかれずに持ち出し、宝石箱を開け、元へ戻すのは簡単ではありません」




「ならば、どうやって」




「正規の二本とは別に、三本目の鍵が作られていたのかもしれません」




 宝石商の顔が強張った。




「合鍵など、許可していない」




「許可を得て作ったとは限りません」




 鍵の形を蝋へ押しつければ、型は取れる。




 十分な技術を持つ職人なら、その型から似た鍵を作ることもできる。




「予備鍵があることを知っていた者は?」




「家族と、長く勤めている使用人だけだ」




 宝石商の息子が答えた。




「疑われている使用人も、書斎へ入る機会はありました」




「予備鍵を盗み、使わずに自分の部屋へ隠したの?」




 私が尋ねると、息子は眉をひそめた。




「使ったあとで磨いたのかもしれない」




「鍵穴へ差し込んだあとで?」




「そうだ」




「では、溝の奥に磨き粉が残っているのはなぜですか」




 鍵の溝は細い。




 使用後に表面を拭っただけでは、奥まできれいに磨き粉を詰め直すことはできない。




 息子は答えなかった。




「鍵だけではない!」




 宝石商が声を上げる。




「あの者の靴跡も、現場に残っていた。包み布も、借金の紙も見つかっている!」




「順番に確認します」




          ◇




 私たちは応接室へ戻った。




 若い使用人は、先ほどと同じ場所に立っていた。




 警備兵に囲まれ、俯いている。




 机の上には、泥のついた革靴が置かれていた。




「現場の足跡を見せてください」




 証明官が、紙へ写し取られた足跡を広げる。




 寝室の窓から宝石箱まで、同じ形の跡が七つ並んでいた。




「この靴と一致している」




 宝石商が言う。




「形は同じです」




「なら、やはり――」




「でも、人が歩いてついた跡ではありません」




 私は七つの足跡を指でなぞった。




 どの跡も、泥へ沈んだ深さが同じだった。




 踵も。




 つま先も。




 靴の中央も。




「人が歩けば、最初に踵が地面へつきます。そのあと、体重がつま先へ移る」




 普通の足跡なら、踵とつま先で土の沈み方が変わる。




 進む方向へ泥が押し出され、足を持ち上げる時には、つま先側の縁がわずかに崩れる。




 けれど、この足跡にはそれがなかった。




「上から、まっすぐ押しつけられています」




「押しつけた?」




「誰かがこの靴を手に持ち、泥の上へ置いたのでしょう」




 七つの足跡は、歩幅まで揃いすぎていた。




 向きも。




 角度も。




 沈んだ深さも。




 人間が歩けば生じるはずの、小さな乱れが一つもない。




 証明官が革靴を持ち上げた。




「側面に泥が跳ねていない」




「はい。内側も乾いています」




 実際に履いて泥の上を歩けば、靴の側面にも汚れが飛ぶ。




 履き口から湿気が入り、内側にも泥が残るはずだった。




 けれど、この靴は底だけが汚れている。




「足跡も、作られたもの……」




 若い使用人が呟いた。




「まだ、そう決まったわけではありません」




 私は答えた。




 この人が無実だと断定するには、まだ早い。




 けれど、犯人だと決めるには、不自然な点が多すぎる。




 次に、紺色の布を手に取った。




 首飾りを包んでいたという布。




 近づけると、甘い花の香りがした。




「この香りに覚えはありますか」




 宝石商は首を横へ振る。




「妻は香油を好まなかった」




「屋敷で同じ香油を使っている人は?」




「私は使っていません」




 若い使用人が答える。




「ほかの使用人も、高価なので持っていないと思います」




「香りだけで犯人が分かるものか」




 宝石商の息子が口を挟んだ。




 その瞬間。




 同じ甘い香りが、わずかに漂った。




 紺色の布からではない。




 私の近くに立つ、息子の袖口から。




「その香油は?」




 私が尋ねると、息子は自分の袖へ目を落とした。




「王都で流行しているものだ。使っている者など大勢いる」




「この屋敷では?」




「私だけだろう」




「では、この布へ香りが移った理由に心当たりはありますか」




「母の形見だ。以前に触れたことくらいある」




「最後に触れたのはいつですか」




「覚えていない」




 返答が、わずかに早かった。




「母の形見に家族が触れて、何が悪い」




「悪いとは言っていません」




「なら、私を疑うような質問はやめてもらおう」




 息子は不快そうに顔を背けた。




 取り乱す父親を支える、冷静な後継者。




 最初は、そう見えていた。




 けれど今は、私の質問を止めようとしている。




「使用人の部屋には、誰でも入れますか」




「使用人同士なら可能だ」




「屋敷の家族も?」




「当然だ。ここは父の屋敷だ」




「あなたも入れるのですね」




 息子の目が細くなった。




「何が言いたい」




 まだ、何も断定できない。




 同じ香油を使っているだけでは、証拠にならない。




 使用人の部屋へ入れる者も、息子だけではない。




 三本目の鍵を作ったとも決まっていない。




 けれど。




 私の視線は、息子の右手で止まった。




 薄い革手袋の親指と人差し指の間。




 縫い目の奥に、黒い汚れが入り込んでいる。




 宝石箱の鍵穴に残っていた油と、よく似た色だった。




「その手袋を」




「何だ」




「外していただけますか」




 息子の右手が、わずかに強張った。


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