ゴブリンリーダーの襲撃
治癒院に一通の正式依頼が届いた。
差出人は冒険者ギルド。内容は討伐レイドへの協力要請だった。
街の北、天然の洞窟にゴブリンの大規模な巣窟が確認されたという。数が多すぎ、通常の討伐では手に負えない。そこで、複数のパーティを集め、一斉に襲撃をかける大規模作戦が組まれたのだ。
*****
治癒院で働く人々がゴブリンの森を歩いていた。愛達の後方には物資を載せた荷馬車、護衛の冒険者達が続いた。愛は軽快な服装をした女性と並んで歩いていた。
「治癒院のお仕事が続いているようで良かったわ」
「キャリーさんに紹介して頂いて、ほんとに良かったです!」
有能な女のオーラを放つ受付嬢、キャリーは微かに微笑んだ。
「生活が安定するって大事ですよね」
「定期的な収入がないとライフプランの設計もできないのよ」
ふとキャリーが足を止め、鋭い目で前方の茂みを見つめた。
何の予備動作も音もなく、茂みに向けてナイフを投げた。
どさっ
茂みの中で何かが倒れる音がした。キャリーが茂みに駆け寄り、なかからゴブリンの死体を引きずり出すと、手際よくゴブリンの右耳を削ぎ落とした。
「お小遣い稼いじゃったわ」
「……デキる女は歩きながらでもお金を稼ぐものなのだ」
「フフ、心の声、でちゃってるわよ」
程なくして目的地に到着した。
治癒院に与えられた役割は後方での負傷者の治療だ。洞窟の入口から少し離れた開けた場所に後方支援を行うキャンプを設置し終えると、今回の討伐レイドの隊長が全体に訓示を行った。
「今回の目的はゴブリンの巣窟の殲滅だ。
数は多く、奥には統率個体がいる可能性が高い。
油断すれば死ぬ」
隊長は一拍置き、洞窟を指差した。
「既に近隣の農村や、この近辺で活動する冒険者に少なからぬ被害が発生している。
放置すれば被害は拡大する。
いま、この洞窟を潰さなければ、次に襲われるのは街だ。
皆、やるべきことは分かっているだろうから、細かいことはいわない。
諸君の奮闘と活躍に期待する。私からは以上だ。
キャリーさん?」
キャリーが前に出た。
「本日は討伐レイドに参加いただき、ありがとうございます。
まず、参加者全員に支払われる基本参加報酬ですが、1日で20ギャラが支払われます。
討伐したゴブリンについては、通常の査定額の1.2倍の金額が支払われます。
戦闘で負傷を負われた方は、こちらで治癒魔法の無料提供があります。
討伐後には食事と少々のお酒を準備しています。
皆さん、頑張ってください」
一人の冒険者が声を上げた。
「キャリーさんにお酌してもらえるんすかあ」
場が凍りついた。周りのベテラン冒険者たちは哀れな生贄を見る表情でその冒険者を見た。
「いいわよ。今日は頑張って成果を上げて、夜はいいお酒を飲みましょう」
「よっしゃあ!」
有能な女、冒険者ギルドの受付嬢キャリーは酒豪としても有名なのだ。件の冒険者はガッツポーズをしている。知らぬが仏とはこのことだ。
戦闘開始前の緊張をはらんだ、それでいてお祭りのような雰囲気は愛にとっても新鮮だった。
様々な期待と不安をはらんで討伐レイドは始まった。
*****
剣戟の音と攻撃魔法の爆音が洞窟の奥から断続的に響く中、愛達は黙々と負傷者にヒールを施していった。
午前に戦闘が始まり、最初の1時間近くの間は後方のキャンプにはのんびりした空気が漂っていたが、正午を過ぎる頃にはぼちぼち重傷者が運ばれてくるようになり、今は修羅場の真っ只中だった。
「いてえ、いてえよ〜」
「大丈夫ですか、ヒール」
「愛ちゃん、また頼むわ」
「うん、ヒール」
「指が取れた」
「指は拾ってきた? ヒール。はいくっついた!」
血と汗が混じる空気にも、いつしか身体は慣れてしまっていた。
「愛ちゃん、頑張ってるわね」
「あ、キャリーさん、ヒール!」
「じゃましちゃ悪いわね。また後で」
「はい!ヒール。 あっ、ハイヒールになっちゃった」
冒険者の怪我が無駄に全快してしまった。そんな珍事も有りながらも、死者が出ることもなく、次第に後方に送られてくる負傷者の数も減り、誰もが今回の討伐レイドの成功を確信した。
その時だった。
ざわり
と近くの茂みが揺れ、ゴブリンが現れた。
その個体は通常のゴブリンよりも一回り以上大きな体躯を持っており全体的により筋肉質であった。
最初に襲われたのはキャリーだった。キャリーが反応するよりも一瞬早く、ゴブリンの棍棒がキャリーを背後から打ち付けた。キャリーが崩れ落ちた。
<ゴブリンリーダーを確認しました>
女性のアナウンス音声が反響した。
「に、逃げろ、ゴブリンリーダーだ!」
ゴブリンリーダーは腰を浮かしかけたヒーラーのもとに一直線に襲いかかった。
憎い人間たちを一人でも多く道連れにしてやれろうと、捨て鉢の笑みを浮かべていた。
安全であるはずの後方が一気に地獄と化した。もとより戦闘の心得のないヒーラー達は次々にゴブリンリーダーの棍棒の餌食となっていった。
愛は心臓が凍りつくような感覚に襲われ、同僚が襲われている間も、恐怖のあまり動くことができずにいた。
ゴブリンリーダーの黄色い濁った目が愛を見た。
無抵抗な獲物とみて、ゴブリンリーダーが無造作に愛に近づいた。愛は無意識のうちに肩掛け鞄から取り出し握りしめていたヨーヨーを、ゴブリンリーダーの顔面に向けて思い切り投げつけた。
不自然なほどの勢いでヨーヨーがゴブリンリーダーの顔面にぶち当たり、頭部を原形もなく爆散させた。
ゴブリンリーダーの体はそのまま背後に倒れ、二度と動くことはなかった。
ころころころ……
とヨーヨーが転がって愛のもとに戻ってきた。
静寂が訪れた。
拾い上げたヨーヨーを見つめる愛のもとに後頭部を押えたキャリーがよろめきながら近づいた。
「キャリーさん……」
「……愛、これ、あなたがやったの?」
「分からない。とっさのことで……」
「……とりあえず、負傷した人の治療をしてしまいましょう」
「はい」
愛が周囲に倒れた治癒院の人々にヒールをかけると、治癒された人が倒れた人に治癒をかけて、後方はなんとか持ち直すことができた。幸運なことに死者はなかった。
やがて巣窟の制圧が完了し、洞窟の奥から救助された人々が後方へと送り込まれてきた。その多くは生きてはいるが、正気を失った女性たちだった。
愛は無言でヒールを施していった。その中に見覚えのある顔があった。
聖騎士ジェーン。
魔道士メアリー。
かつて勇者ジャックと同じパーティにいた少女たち。
2人には右耳がなかった。




