雑魚ゴブリンにチョークスリーパーで絞め落とされました
愛は冒険者ギルドに到着するや否や、まっすぐに受付の列に並んだ。
しばらくすると愛の番が来た。
「次のかた、どうぞ〜」
昨日冒険者証を作ったときと同じ受付嬢だ。
「あの、戦闘講習を受けたいんですけど」
「あら、昨日のあなた。
アキ先生から念話で聞いてるわ。
戦闘講習は40ギャラになるけど大丈夫?」
「はい」
愛はアキ先生から借りたお金を受付嬢に渡した。今の愛にとっては少なくない金額だが、将来への投資と考えれば安いものだ。
受付嬢は愛が払ったお金を受け取ると、代わりに木札をくれた。
「戦闘講習はギルドの裏庭で毎日10時から行われるの」
愛は10時になるまで中央広場で時間を潰した。
噴水のある池の縁に腰を下ろし、道行く人々や荷物を引く馬などを物珍しげに見ていると、あっという間に時間が立った。時計台を見ると9時55分になっていた。
指定された場所に行くと、先ほどの受付嬢がパンツルックの動きやすい格好に着替えて立っていた。
「戦闘講習を受けられる方はこちらで〜す」
愛は受付嬢に木札を渡した。愛の他に受講者はいなかった。
「それでは、愛さん、私のあとに付いてきて下さい」
受付嬢について冒険者ギルドの建物を歩いてゆくと、裏庭に隣接する部屋へと到着した。
この世界にガラスはないので窓は木窓だ。今は木の扉が開け放たれて裏庭が見えた。裏庭は幾つかの障害物が配置してあるだけの開けた空間であった。
裏庭の端には鉄製の檻が幾つか置いてあり、檻の中には生け捕りにされた魔物が閉じ込められているようで、時折鉄格子にぶつかる音やうなり声が聞こえてきた。
それだけで昨日のゴブリンの森が思い出され、愛は失神しそうになった。
「武器はここにあるものを自由に使って」
受付嬢の示す方をみると、ナイフに始まり、ロングソード、バスターソード、短槍、長槍などスタンダードな武器が壁一面にかけられていた。
愛は事前にアキ先生に教えられていた通りにナイフを手に取った。
「それでは始めます。時間は10分間です」
受付嬢が事務的にいいながら檻を開けると、中から最弱な魔物の代名詞であるゴブリン1匹が飛び出てきた。
<ゴブリンを確認しました>
先日と同じく女性の声が聞こえた。早速ゴブリンは受付嬢に襲いかかったがしたたかな前蹴りを鳩尾に食らって後退した。
ゴブリンは周囲を見渡し、受付嬢よりはるかに弱そうな愛を見つけるとニヤリと笑ったように見えた。次の瞬間、ゴブリンは地面を蹴り愛に飛びかかった。
「っ!」
愛は慌ててナイフを構えるが、このゴブリンは意外にも技巧派だった。
正面から襲いかかると見せてローキックを放ったり、愛がナイフを振るった後にできる隙に掴みかかろうとした。そのような攻防が数分間続くと早くも愛の息が切れ始めた。
ゴブリンは愛の集中力が途切れるタイミングを狙って愛の死角へと滑り込み、視界から消えてしまった。
(どこ……?)
するりと細い腕が愛の首に巻き付いた。
次の瞬間、強烈な圧迫感が喉を締め上げる。
鋼鉄のワイヤーにように硬く引き締まったゴブリンの腕が蛇のように愛の首に絡みつき、いわゆるチョークスリーパーが決まっていた。
(息ができない!)
視界が滲み、膝が崩れた。目尻から涙が出てきた。
「はい、そこまで!」
落ち着いた声と同時に、ゴブリンの腕が首から外れた。
何が起きたのか理解する前に、愛は地面に倒れ込み、激しく咳き込んでいた。
ようやく視線を上げると、受付嬢がゴブリンの首根っこを子猫を持ち上げるように軽々と掴み上げていた。
受付嬢は暴れるゴブリンを檻へと投げ込むと檻を閉めた。檻の中でゴブリンが暴れてガシャンガシャンと大きな音をたてていた。愛は喉を押さえながらしばらく肩で息をしていたが、
「……ヒール」
自らに対して治癒魔法をかけると喉の痛みも引いていった。愛は恐怖と衝撃で体が震えて、立ち上がることができなかった。受付嬢は両手を地面についたままでいる愛の背中に手を置いてやさしくいった。
「悪いことはいわないわ。冒険者はあきらめなさい。
あなたヒールが使えるのね。治癒院をお薦めするわ」
*****
愛が治癒院で働き始めて、いつの間にか1ヶ月が過ぎていた。最初の頃は患者の顔を見る余裕すらなかったが、今ではヒールを掛けながら患者と話をする余裕もできた。アキ先生から借りていたお金もすべて返し終えた。
毎朝、日の出とともに起床し、子供たちのお世話をしながらの朝食。
午前中は孤児院の近所の水場での水仕事。
午後は治癒院での仕事を行い、夕方には帰宅して夕食。
子供たちのお世話をしての就寝。
日々の生活にリズムが生まれた。エルデリアに来た当初の愛の落ち込んだ表情は、日々の生活のハリのなかで元の輝きを取り戻していった。
たまに治癒院での仕事が遅くなることがあり、そんなときは治癒院近くのジェイソンズバーガーで夕食を済ますのが常であった。
「らっしゃあい……。お、愛ちゃんじゃねえか!」
「こんにちは。おじさん!」
いつのまにか店主であるジェイソンとも顔なじみになっていた。
ジェイソンは少し頭髪が淋しくなり始めた中年の男性だった。上の前歯が1本なく、笑うとそれがよく目立った。治癒院の先輩によるとジェイソンは冒険者、兵士、行商人など様々な経歴を持つ人物のようであった。
「えっと、ミニバーガー1つ下さい」
愛がミニバーガーの模型を指さした。カウンターの上にはバーガーのサイズがひと目で分かるようにビッグバーガー、バーガー、ミニバーガーの模型が並んでいた。
愛の胃袋にとっては手のひらに収まるくらいのミニバーガーが丁度良いのであった。
「お会計は先払いでぇす。30セント頂きやぁす」
ここでの通貨単位はガラが基本で、その100分の1の単位がセントだ。30セントは日本円では150円くらいだった。愛はジェイソンの手に30セント分の硬貨を載せた。ジェイソンが厨房に引っ込んですぐにミニバーガーをもって現れた。
「はい、ミニバーガー1つお待ちぃ〜」
「ありがとうございます!」
「エンジョイ!」
ジェイソンは客にバーガーを渡す時、いい笑顔を見せて必ず一言「エンジョイ!」というのであった。
(いい笑顔なんだけど1本足りないなあ)
ともあれ、愛はこの店のミニバーガーが大好物だった。
バンズは硬めで腹持ちがよく、中のパティは、どういう魔法を使っているのか分からないが、常に熱くジューシーだった。小さい割に野菜もしっかり入っている点もポイントが高い。
事件が起きたその日も、いつものようにミニバーガーが出来上がるのを待っていると、背後に不意に人の気配がした。
「なあ、お嬢ちゃん、お兄さんと遊ばない?」
愛が背後を振り返ると、冒険者らしき大柄な男が愛のすぐ後ろに立っていた。男は端正といえなくもない容貌だった。男が愛の肩に手を置いた。顔が近い。男からは酒の匂いがした。
「ねえ、飲みに行こうよ、奢るからさあ」
「未成年なので、お酒は飲めません!」
「固いことゆうなよ。エール一杯だけ奢らせてよ」
男はしつこかった。上背が愛の頭みっつ分高く、愛を見下ろす位置から薄く笑いながら、逃げ場を塞ぐように一歩踏み出した。
「ほんとに……結構ですから……」
「遠慮しなくていいっていってんだよ!!」
「ひぃぃ!」
男が愛の腕をつかんだ。喉が詰まり、声が出なかった。
男が愛の腕を引いた。半泣きのまま震える愛を見て男が笑った。
その瞬間だった。カウンターの向こうから何かが一直線に飛んできた。
ごんっ
ジェイソンが男の顔面にミニハンバーガーの模型を叩き込んだのだった。
男が後ろ向きに倒れた。ジェイソンがいい笑顔で笑った。
「エンジョイ!」




