第五話 デッド・オア・アライブ
無人の夜空に、ポイントゼロの高笑いが響く。彼女は、眼下のジャスティスめがけて何度も腕を振るう。時には体の回転を利用して、ジェットブーツの浮力に頼りながら、三百六十度のアクロバティックな動きで、次から次へと、飛ぶ斬撃を繰り出していた。
ザンッ! ザンッ! ガガン!!
「……くっ!」
地面を滑るように移動しながら、ジャスティスは躱し続ける。幸い、相手が上空に飛んでいることもあり、斬撃の起こりから着弾までに多少の時間差がある。ジャスティスの身体能力ならば、躱すのにそう苦労はしない。
しかし――。
(埒が明かないな……)
ジャスティスが舌打ちをする。ジャスティスに、空を飛ぶ手段はない。飛び道具もない。対空手段の手札を持ち得ないことは、ジャスティスの明確な弱点の一つであった。
(……落とすか?)
ジャスティスの固有アビリティ『Reverse』なら、それができる。だが、今、手札を切ってしまって大丈夫だろうか? ジャスティスには、そうは思えなかった。まだ、ポイントゼロの固有アビリティがわかっていない。出し惜しみで死ぬのは愚かだが、大盤振る舞いして足元をすくわれるのはもっと愚かだ。
……悩みどころだ。
護岸に取り付けられているガードパイプを踏み越え、対岸へと飛び移る。
「ほーら! そこだあ!」
ポイントゼロの腕を振るう速度が、急激に上がった。斬撃が――来る!!
「――っ!!」
ジャスティスが空中で身体に捻りを加え、シルバーロングソードを振るう。直後、衝撃とともに、なにかが剣にぶつかる音が響いた。
「がっ! ぐっ!」
攻撃を防ぐことには成功したが、勢いは殺しきれなかった。川面へと叩き落されるジャスティス。ばしゃん! と音を立てて、着地する。息つく暇もなく追撃が飛んでくる。
「はあ……クソ!」
ジャスティスが川を駆ける。濡れるつもりは毛頭なかったんだが……不用意に移動したのが間違いだったか。ジャスティスの逃亡に合わせて、ポイントゼロが宙を飛ぶ。逃げるジャスティスの背後から斬撃が飛んでくる。しゃがみ、跳ね、斬り返し、ジャスティスは駆け続ける。どこまで逃げれば、逃れられる……? 反撃の手立てがほしい……。
中宿橋 (なかじゅくばし)に到達したジャスティス。その上空を、斬撃を飛ばしながらポイントゼロが追う。
「はっ!!」
ジャスティスが、ぐっと膝を深く折り曲げて、一気に跳躍する。それを見逃すポイントゼロではなかった。多段の斬撃を飛ばしてくる。五撃。これをすべていなすのは骨が折れる。
ジャスティスは四撃までの飛ぶ斬撃には対応できたが、続く五撃目の一撃は肩に食らってしまった。
バランスを崩して、ジャスティスは路上に、無様に転がる。
「――ぐ!!」
「あっ! はあ! あったりぃ~!!」
深い切り傷。どくどくと血が流れる。痛い。……が、アドレナリンが出ているのか、継戦には影響なさそうだ。ジャスティスは、肩を押さえながら、上空のポイントゼロを睨みつける。
「……いつまで、飛んでいるつもりだ? 降りてきなよ」
「落としてみろよ。ば~か!」
薄ら笑みを浮かべながら、大振りで腕を振るう。威力の大きい斬撃だ。横っ飛びに転がると、直前までジャスティスがいたアスファルトを斬撃が深く抉り取った。
(……まずいな……疲労を感じる……。負けない、と誓ったばかりだが、正直に言おう。敵前逃亡をしたい)
――ボクは、まだまだ弱いな。
頬をつたう汗をぬぐう。ジャスティスは、剣を構えたまま、後退した。
「おお? おら! どうした! ジャスティス! テメー、足腰が震えてるぞ? ビビッてんのか? ああ?」
――万事休すだ。
戦い続けても死ぬ気はしないが、このままのこのこと家に帰るわけにもいかない。かといって、ポイントゼロが飽きるまで追いかけっこを続けていたら、先に倒れるのは間違いなく自分。
……時間を稼ぐか……。
ジャスティスが、シルバーロングソードをゆっくりと降ろした。
ポイントゼロが怪訝な顔をする。
「……なんのつもりだ? テメー」
「すこし、会話をしないかい?」
「疲れたから、休みたいってか? あ?」
「……否定はしない。が、すこし、君と会話をしたくなってね」
「テメーと話すつもりなんかねーよ」
「そう言うが、君は攻撃を中断した。交渉の余地はありそうだが?」
「……」
ポイントゼロが黙った。顔はしかめっ面のままだが、これはチャンスだ。ジャスティスは、この隙を逃さなかった。
「問おう。君は、なぜボクに執着する? ボクは正義の御心のままに生きている。生まれてこの方、過ちを犯したことがない。ボクの生き様が正義の道だからだ。そんなボクに恨みを抱くのは筋違いだと思う。それに、ボクは君のことなんか知らない」
「……寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ。クソゴミ」
ジャスティスが小さなため息をつく。
「じゃあ、どうすればいい? ボクはなにをしたらいい? 君はボクがどんな顔をすれば満足するんだい?」
「死ね。無様に泣いて詫びろ。地獄に行け。臓物ぶちまけて、蟻に群がられて、腐臭をまき散らせ」
「……あのさあ。君……何歳?」
「十四歳」
「ボクと同い年か。それで、その精神性か? ちょっと……スクールカウンセリングとか受けてみない? あるだろう? 君の通っている学校にも」
「必要ねーよ。テメーが死ねば、全部解決するからな」
「悪いが、ボクは死ねない。まだまだ人生を謳歌したくてね。困っている人々も助けなくてはいけないし」
「……そろそろ休めたか? 話せば死んでくれるかと期待してみたが、やっぱり駄目だな。虫唾が走るだけだわ。ぶち殺したい欲が無限に湧いてくる」
「ああ、ありがとう。おかげで、もうすこし戦えそうだ。初対面の印象から、鬼畜外道の類かと思ったが、鬼の目にも涙だったね」
――そろそろ、来るはず。来てくれないと、困る。高い給料を貰っているんだろう? 仕事をしろ。頼む、してくれ。困っている魔法少女がいるんだ。今、ここに!
「よーし、じゃあ、ぶっ殺し作業の再開~っと」
ポイントゼロが腕を持ち上げる――瞬間!!
ドォォォーーーーーン!!
遠くから、残響音のようなものがして、ふたりが音のした方向を見る。ポイントゼロが一瞬呆けて、その方向を見つめ、さっと表情を青ざめさせると、身体を捻り、思いきり腕を振るい直した。
直後、凄まじい衝撃音とともに、ポイントゼロの腕を起点に、衝撃波があたり一面に広がった。
「――がっ! あああああ!!」
宙を飛んでいたポイントゼロが、爆発の衝撃で地面へと叩き落される。背中から落ちたポイントゼロは苦悶の表情を浮かべながら、よろよろと立ち上がる。
「くっそ!! これって……まさか……!!」
ぶるるるるる……ぶおん!! ぶおん!!
爆音――エンジン音とともに、排気量1,339ccの白い大型バイクが殴りこんできた。
ドリフトしながら、アスファルトに軌跡を描きつつ、ジャスティスとポイントゼロの間に、立ち塞がる。
黒いフルフェイスのヘルメットに、黒いレーシングスーツを着た女――ジャスティスの予想が完全に的中していれば、彼女は二十四歳。その名は――。
「街を荒らす異端者たち――そこまでにしなさい!」
女が、六発装填のリボルバーをポイントゼロに向ける。ポイントゼロとジャスティスは、同時に叫んだ。一人は悔しそうに、一人は嬉しそうに。
――パトロール!!
「治安維持課として、これ以上の戦闘行為は認められないわ。ふたりとも、直ちに、変身を解除し、家に帰りなさい!」
「うるせえよ! 邪魔すんじゃねえ! 世界魔法少女機構の犬が!!」
激昂したポイントゼロを煽るように、ジャスティスが口を開く。
「悪いが、もう、君の癇癪には付き合えない。これからは、法に則った行動をしてもらおうか。ポイントゼロ」
勝ち誇った笑みを浮かべて、ポイントゼロに要求する。
頭に血が上ったポイントゼロは、無謀にもパトロールに接近する。
「そう……」
パトロールの声が低くなる。
と、そこで、パトロールが、もう一丁の六発式のリボルバーを取り出した。その銃口は……。
――ジャスティスに向けられていた。
「……へ?」
ぽかん、とした顔で、パトロールを見つめるジャスティス。
パトロールは、高らかに宣言する。
「喧嘩両成敗。経緯は知らないけど、戦闘行為が発生した以上、双方に責任はとってもらうわ」
二丁のリボルバーの引き金にそれぞれかけられた人差し指に、力がこめられる。
「この街の治安を乱す者は皆殺しよ!」
バン!!
二発の凶弾が、ポイントゼロとジャスティスに向かって、同時に発射された。




