第四話 ポイントゼロ
「――!!」
怪物の断末魔の叫びが、ひと気の全くない新宿東橋 (しんじゅくひがしばし)の夜空に響き渡る。五メートルほどの鹿型のジ・エンドの体がその場に崩れ落ちた。怪物の死骸が橋を塞いでしまう。
「あ、まいったな……これじゃあ、明日、通行人が通れないよ」
「一応、残痕調査課には連絡しておいたよ。朝一で片づけてくれるんじゃないかな?」
「早朝出勤の人は、ほんの数分、迂回してもらおうか。仕方ないね」
「……それにしても、もう夜の十時かあ。よかったね、ジャスティス。噂の魔法少女、今日は出会わなさそう」
「うむ……ボクとしては、すこし残念だな。いずれ相対する魔法少女だ。会うなら、さっさと会いたいものだ」
「もう、そんなこと言って……もし、急に出会ったらどうするのさ……」
「ははは。まあ、そんな偶然は滅多に起こらないさ。さて、今夜は結構狩ったね。今日の巡回はこのへんにしておこうか?」
「そうだね。そろそろ寝ようか」
ふたりがその場を立ち去ろうとする。
――と、そこで。
「お~い! そこのおふたりさ~ん! こ~んば~んは~!」
年若い声、それも陽気な声が聞こえてきた。ジャスティスとアンダードッグは声をしたほうを向いた。……どうやら、声は先ほど倒したばかりのジ・エンドの死骸の向こう側から聞こえてくるようだ。
「あー、そこの君! すまないが、そこの死骸は、先ほどボクたちが倒したものだ! 残痕調査課には連絡済みだから気にしないでくれ! 悪いけど、すこし迂回して――」
ドォン!!
重く、低い、打撃音が轟いて、死骸が宙に持ちあがる。ジャスティスとアンダードッグは、呆然として、それを見上げた。
死骸は、放物線を描くように飛んでいき、橋から外れて、川に落ちた。浅瀬に巨大な塊が着水する。ばしゃん! と大きな音と水しぶきを立てて、それは動かなくなる。
「いらねーよ。そんなもん」
ふたりが、声の主を見る。
その少女の頭は白髪の、腰まで届くツインテールで、恰好は、位置的に後ろは見えないが、ノースリーブの黒いフィットネス水着で、同じく黒色のロングブーツを履いていた。
ふたりが無意識に唾を呑み込んだ。
――この姿を、見たことが……ある!! それも、ごく最近!!
白髪の少女が、首をぐるりと一周まわすと、ゴミを見るような目で、ふたりを睨みつけた。
「……一応、きいとくけど、テメーら、『ジャスティス』って知ってる?」
「し、し、知らな――」
「――ボクだ」
震えるアンダードッグの声を遮るようにして、ジャスティスが凛とした声で、宣言した。
「じゃ、ジャスティス!?」
狼狽えるアンダードッグを庇うように、数歩、前に出て、彼女の前に立った。
「……だよなー。顔、忘れるわけねーもん。一目見てわかったわ。いやー、探したぞー。こそこそ、こっっっそこそ隠れやがってよー。無駄に病院送りした魔法少女が増えたじゃねーか。べつに、アタシはこんなことしたくねーのによー。全部、テメーのせいだぞ。あ?」
「……聞かせてくれないか? なんのために、こんなことをする? 率直に言って、君の行動はボクの判断基準からすれば、かなりの悪だ。許せない」
「あん? そんなの決まってるだろ? アタシは、ジャスティス、テメーを――」
――ぶっ殺すために来たんだよ!!
白髪の少女の前腕側面に、一筋の亀裂のような光が走った。次の瞬間――シャキィィィン!! と澄んだ硬質音が夜気を切り裂く。肘から手首にかけての皮膚を滑るように押し開き、鋭利な刃が姿をあらわした。
「……ボクは正義の使者ではない。もはや、正義そのものだ。ボクに仇なすということは、君は、必然的に、悪になるぞ?」
「ああ? はああ? はあああああ? テメーに正義なんかねーよ!! テメーにあるのはゴミクズ同然の腐ったうす汚ねえどぶ底のどす黒い魂だけだ!!」
「……赤の他人に、ここまで憎悪をぶつけられるのは初めてだよ。正直、反応に困る。……わかった。戦闘は避けられないらしい。殺すかもしれないが、化けて出てこないでくれよ? 先に戦闘をしかけたのは君なんだから」
ジャスティスが、シルバーロングソードを鞘から静かに抜く。それは、月光を反射して、煌めいていた。
「最後に、一つ、きかせてくれ。君の名前は?」
白髪の少女がにやりと笑う。
「教えてやるよ……これを避けられたらな!!」
白髪の少女の片腕が一瞬、消えた。ジャスティスには、残像でわかった。彼女は、今、横に大きく薙ぎ払うように、振るった。刃つきの腕を。
――まずい!!
全身の毛が粟立つ。咄嗟に、背後でおろおろしているアンダードッグに覆いかぶさるようにして、地面に倒れ伏す。直後、ジャスティスの髪をわずかに掠めるように、なにかが飛んできた。
はらり……と、毛先が、宙を舞う。
――飛ぶ斬撃か……。
「……アンダードッグ、君は逃げて。全力で。はっきり言って、君はこの戦いについてこられない。そして、ボクは君を守れるほど、強くない」
「……!! 死んじゃ、駄目だよ!? 絶対だからね!!」
「ああ、約束する」
ジャスティスがその身をアンダードッグから離すと同時に、彼女は弾かれるように飛び上がり、一心不乱に駆け出した。
白髪の少女は、そんなアンダードッグを退屈そうな目で見つめている。
「……彼女に、追撃しないのか?」
「用があるのはテメーだって言ってんだろ。性根の腐ったゴミクズ人間もどきのクソ化け物」
「失礼。本能のままに暴れる獣かと思ったが、僅かながら理性は残っているようだね」
「……約束だったな? アタシの初撃を躱したら、名乗ってやるって」
「そうだね。聞こうか」
白髪の少女の黒色のロングブーツの底が、高調波のキィィィン……という駆動音を上げた。直後、ドン!! という重低音とともに、青白い爆炎が噴出する。バーナーの熱圧が、橋のアスファルトを焦がす。その猛烈な推進力が白髪の少女の体を一瞬で夜空へと持ち上げた。
――ジェットブーツか……。あれも、魔法少女コスチュームの装備品だろうな。……どうやら、魔法少女としての素質、才能はボクよりも遥かに上らしい。
――だが、相手にとって、不足なし。悪は滅さなければならない。ボクの義憤はあらゆる悪を滅ぼす。ボクの心に宿るのは、正義の炎。どんなに巨大な悪であろうとも、正義は必ず勝つのだ。
――負けない。
白髪の少女が夜空に轟く大声で、高らかに宣言する。
「アタシの名は、『ポイントゼロ』!! ジャスティス!! テメーをぶっ殺すためだけに生きてる、地獄からの使者だ!!」
「……ポイントゼロか。よし。改めて名乗ろう。ボクの名は、『ジャスティス』。この世に蔓延るすべての悪に仇なす者――」
ジャスティスが、短く、息を吸い、ポイントゼロの名乗りに負けないくらい、夜空を貫く大声で、宣言した。
――さあ、正義執行の時間だ!




