第三話 不穏な噂
放課後、ジャスティスとアンダードッグは、二人で、下校していた。二人は新新宿にある2LDKのアパートで暮らしている。家賃は約二十万円。素面の学生――しかも、ジャスティスとアンダードッグのような、中学二年生には、とても住めるような賃貸ではないし、そもそも法律上、借りることができないが、二人は魔法少女だ。魔法少女という立場で問題なく契約でき、ジ・エンドの討伐報酬と街の治安維持活動報酬――夢のない表現をすると歩合制のおかげで、お金には困っていない。このアパートの家賃も折半して、比較的余裕をもって支払えている。
二人が、アパートに着くと、部屋の前に中年の男性が立っていた。
「……あ、阿口さん」
「阿口さん、こんにちは~!」
「ああ、ジャスティスとアンダードッグ、こんにちは。ごめんね。すこし早く着いてしまって」
「いえいえ~。こちらこそ、遅くなってごめんなさい。今、開けますね~」
そう言って、アンダードッグは扉の鍵を開けた。
ジャスティスとアンダードッグの後に続いて、阿口が中に入る。リビングに通して、阿口を座らせる。アンダードッグが、冷蔵庫からよく冷えた麦茶と紙コップを取り出し、三人分用意した。
「すまないね。お茶まで用意させてしまって」
「ささ、どうぞどうぞ~」
アンダードッグがにこにこしながら、麦茶の入った紙コップを阿口のほうへと寄せる。
阿口が受け取るのを確認すると、ジャスティスと阿口に倣って、アンダードッグも椅子に座った。
「……で、今日はどうしたんですか? 阿口さん? 察するに、あまりいい話ではなさそうですが……」
「ああ、そうだね。事実を端的に話そうか」
咳ばらいを一つして、阿口が資料を取り出す。そこには、一人の少女――おそらくは、ジャスティスとアンダードッグと同年代の子が、白眼視するようなカメラ目線で、こちらに向かって拳を振り抜く直前のフルカラー写真と、背後から写したフルカラー写真の二枚が載っていた。
その少女の頭は白髪の、腰まで届くツインテールで、恰好は、オープンバックデザインでノースリーブの黒いフィットネス水着で、同じく黒色のロングブーツを履いていた。おそらくは、これが彼女の魔法少女コスチュームだろう。つまり、彼女は、魔法少女だ。
「……新参者が、無秩序に暴れているから、鎮圧してほしい……ということでしょうか?」
ジャスティスが阿口に問う。
阿口は首を横に振った。
「正解は、できるだけ関わるな、だ。実は、この魔法少女は、すこし前から新新宿で活動しているのを見かけていてな。どうも、一般人を見殺しにする行為が目立っていたため、監視していたんだ。しかし、相手も我々の目に気づいたのか、神出鬼没で、監視の目を逃れるように立ち回っているんだ。この写真もようやく捉えた貴重な二枚なんだよ」
「へえ……ところで、すこし前とは……?」
アンダードッグが阿口に問う。
「三年前だ」
二人が唾を呑み込む。
――三年前。それは、西暦2027年に『クラッシュ』が起こった時。謎の崩壊現象により、旧東京都全域が消滅した、未曽有の大災害。今の新東京都が誕生し、日本がアメリカの植民地下に置かれることになったターニングポイント。
「『クラッシュ』と、なにか関係があるのでしょうか?」
「……わからない。ただ、ジャスティス。君には、はっきりと言っておかなければならないことがある」
「……なんですか?」
「この魔法少女は、君――ジャスティスの居場所を執拗に嗅ぎまわっている、ということだ」
「……」
「……それは、ジャスティスが、この魔法少女に狙われている……ということですか?」
「おそらくは。この魔法少女に関わった子が、何人も病院送りになっている。それも、重傷。かなり、好戦的だ。他人を害することに躊躇がない」
「……望むところです」
「……ジャスティス!?」
アンダードッグと阿口が、ぎょっとした顔で、ジャスティスを見る。
ジャスティスの目に迷いはない。むしろ、不敵に笑っていた。
「相手が、ボクのことを嗅ぎまわっているだけならまだ許せる。しかし、無関係の魔法少女を次々と傷つけてまわっているようなら、それは悪の可能性がある。ボクの湧き上がる正義が、悪を許すなと囁いているんだ」
「ちょっと、ちょっと! 危ないよ! 相手は何人の魔法少女をボコボコにして病院送りにしている超危険な魔法少女だよ!?」
阿口がうなずく。
「……ああ、僕もアンダードッグの意見に賛成だ。確かに、ジャスティス。君は強い。だけど、今の君は、どちらかというと、慢心しているように思える。……深入りは危険だ」
阿口が麦茶を口に含む。
「……君たちも重々承知だと思うが、魔法少女の匿名性は、くるっぽーによる絶対の秘匿と、我々、世界魔法少女機構の守秘義務の二重の守りで、安全が約束されている。最近になって、目立つ行動に躊躇がなくなってきたということは、それだけ、彼女が焦っていることの証左だと言えるだろう」
「でも、ボクがこそこそと逃げ隠れしている間にも、無関係の犠牲者は増え続ける」
「……うん……」
「……どうしても、行くの?」
「ああ、大丈夫。正義は必ず勝つ。そして、ボクは正義そのものだ」
「……一応、すでに、世界魔法少女機構の判断で、治安維持課所属の魔法少女を配置しておいた。万が一、この魔法少女と出くわしたとしても、騒ぎを聞きつければ、事態の収拾に当たってくれるはずだ。名前は『パトロール』。なにかあったら、全力で頼れ」
「わかりました。ご配慮、ありがとうございます」
「心強いです!」
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。……あ、そうそう。二人にお土産があるんだ」
「え?」
「あ、悪いですよ」
「まあ、そう言わずに。有給を堂々と使って、妻と沖縄旅行に行ってきたんだ。ほら、これ」
そう言うと、阿口は机の上に、小瓶を三つ置いた。これは……?
「あ、確か、いし……なんとかの高級和牛マヨネーズですよね! これ知ってる! テレビで見たやつ!」
「そうそう。そこそこ値段がしたんだよ。いや、お土産だから当然かもしれないね。まあ、要はマヨネーズだから、好きに使って食べてくれよ」
「いいんですか~? わーい、やった!」
「ありがとうございます。阿口さん」
「ははは……ところで、ジャスティス。君は、アンダードッグが目を離すと、すぐにインスタント食品ばかり食べているそうじゃないか。そういうのはよくないよ。育ち盛りなんだから、きちんとアンダードッグの手料理を食べないと」
「ええ、まあ、効率を重視しているので……はい……」
「大丈夫ですよ! 阿口さん! わたしの目の黒いうちは、ジャスティスを不健康になんかさせませんので!」
「うん! 頼もしいね! よし、僕は行くよ! もし、今夜、巡回するならくれぐれも気をつけて」
「ええ」
「はい!」
そして、ジャスティスとアンダードッグは、阿口を見送った。
◇
夜。
「……で、巡回、行くの? ジャスティス?」
「もちろん、君は、怖いなら、無理して行かなくてもいいよ。固有アビリティも使用済みだしね。ボク一人でなんとかする」
「ううん! わたしも行くよ! だって、わたしはジャスティスの頼れる相棒だもん!」
「はは、頼もしいね。頼りにしているよ。アンダードッグ」
「うん! じゃあ、変身しようか! くるっぽー! 出てきて!」
――よばれてとびでて、くるっぽー!
ジャスティスとアンダードッグの、二人の肩口から桃色の煙がぽんと出て、ふたつのくるっぽーがあらわれた。
――変身!
――くるくるくるっぽー!
二人がポーズをとると、ジャスティスとアンダードッグが光に包まれた。二人の衣装が変化する。武器が装備される。
「さあ、正義執行の時間だ!」
「スペシャルな気分でいっくよ~!」
不穏な空気が満ちる夜の街へと、二人は飛び出した。




