第六話 パトロール
魔法少女『パトロール』。本名、如月由香子 (きさらぎ ゆかこ)。二十四歳。十八歳で高校を卒業後、世界魔法少女機構日本支部に就職し、治安維持課に配属された。主にパトロールは荒事担当だが、上司からの評価は非常に低い。はっきり言って、パトロールの仕事は『雑』だ。
もはや、勤務の中に、始末書の作成が組み込まれているんじゃないかと噂されている段階である。なぜ、パトロールがクビになっていないのかは、職場の七不思議の一つになっている。
息をするように人事評価を下げられるが、本人はどこ吹く風。平和な新東京都で過ごす人々の笑顔を見るのが、なによりの活力らしい。
◇
一発の弾丸は、ポイントゼロの腕の刃に着弾し、爆発。彼女を吹っ飛ばす。
一発の弾丸は、ジャスティスのシルバーロングソードに着弾し、爆発。彼女を吹っ飛ばす。
――があああああ!!
ふたりの少女が、悲鳴を上げながら、路上を転がる。
パトロールの固有アビリティは『Blast』。これが、ちょっと面白いことに、彼女は一日に一度の発動を行えない。代わりに、常時、効果をうっすらと発動している、いわゆる『パッシブ効果』なのだ。
パトロールはこの固有アビリティを存分に活用し、敵対する者たちの鎮圧、抹殺を行ってきた。
二丁のリボルバーを器用にくるくると回しながら、パトロールはバイクを降りる。
「平和を願うこの街で暴れた罪は重いわよ。ふたりとも、後悔しながら死んでいきなさい」
「クソが……」
「ま、ま、ま、待って! 待って待って待って!! ボクは被害者!! ただの被害者!! そこのポイントゼロが加害者なの!! ボク、襲われただけだから!! やめて!! 本当にやめて!! 死んじゃう!!」
「……あなた、名前は?」
「ジ、ジャスティス!! ほら、福利厚生課の阿口さんから話を聞いているでしょ!? 最近、変な魔法少女がうろついているって! それが、あの白髪の魔法少女なの! ね? 敵はあっち!」
「……私は、不審者を適切に処理しろとしか言われてないわ」
――ふざけるな!! 阿口さん、どういう説明してパトロールを配置したんだよ!!
阿口のことは模範的な職員だと思って尊敬していたが、ここにきて、初めてその信頼が揺らぐジャスティスであった。
「……舐めんじゃねえよ、世界魔法少女機構の犬。テメーもぶっ殺してやる」
「……とにかく、見逃してくれないなら、守ってくれないなら、本気で抵抗するよ! いいね!?」
ふたりの少女が戦闘態勢を整える。
最初に行動に移したのは、やはりというか、ポイントゼロだ。ジェットブーツの推進力を利用して、一気に地を蹴る。一瞬で、パトロールに肉薄し、その首を掻っ切る――かに思われた。
パトロールのリボルバーの銃口が、地面へと向けられる。それは、ポイントゼロが通るであろう進行方向にあった。
――発射。
爆発性の弾丸がアスファルトに着弾し、弾ける。
細かいアスファルトの破片が、ちょうど上を通り過ぎようとしたポイントゼロの全身に直撃する。
「――!?」
一瞬、バランスを崩したポイントゼロ。視線が、下に向く。向いてしまった。ほんの僅かな隙。それが致命的だった。
ポイントゼロが再び視線をパトロールに向けたとき、彼女はすでに動いていた。安定した軸足に支えられた渾身の廻し蹴りが、ポイントゼロの側頭部を捉えていた。パトロールの黒い本革ブーツが、ポイントゼロのこめかみを抉りながら、吹き飛ばす。
「……うっ!」
くぐもった悲鳴を上げて、仰向けに倒れこむポイントゼロ。ごん! と鈍い音がした。後頭部を打ったのだろう。痛そうだ。
バン! バンバンバンバン!!
間髪入れずに、ポイントゼロの右腕、左腕、右脚、左脚、腹部に銃弾を叩きこむパトロール。彼女は、撃ち終えたリボルバーをくるりと一回転させてから、シリンダーを横に振り出し、薬莢をすべて地面に落としながら、様子をうかがう。
「ああ……うう……」
ポイントゼロは小さく身動ぎするのが精いっぱいのようだ。行動不能。今の彼女はまな板の上の魚だ。
もう一丁のリボルバーを無造作にポイントゼロの頭部に向ける。引き金を引く――瞬間!
「――ふっ!」
ジャスティスが、パトロールに肉薄していた。シルバーロングソードの峰で、パトロールの頭部を狙う。が、彼女は、剣に狙いを定めると、冷静に引き金を引いた。
バン!
近づきすぎた。避ける余裕はない。弾く余裕もない。
しかし、狙いは剣。
ジャスティスがなにをするまでもなく、銃弾は剣に直撃する。
「――ちっ!」
剣を強引に持っていかれるという感覚。爆発でシルバーロングソードが手から離れそうになる。柄を両手でしっかりと握りしめていたから、腕を後方へ引っ張られるだけで、かろうじて済んだ。
ところが、悲しいことに、パトロールの攻撃はそこで終わりでなかった。次に彼女が行ったのは、四発の弾丸の速射。ほぼ全発同時に撃つという神業をやってのけたパトロール。
リボルバーからほぼ同時に放たれた弾丸が、ジャスティスのシルバーロングソードの刀身に当たる。
文字通り、吹っ飛ばされるという感覚。多弾着撃した爆発は、一つの巨大な爆発となって、ジャスティスの両手から剣を引っぺがし、地面を転がっていった。ところで、これだけの被弾を受けても、ジャスティスのシルバーロングソードは破損しない。欠片一つ落とさない。理由は、ジャスティスの剣は、心の強さを顕す魔法の剣だからだ。ジャスティスの心が折れない限り、彼女のシルバーロングソードも決して折れない。そういうものなのだ。
ポイントゼロに肉薄し、武器も無くしたジャスティスは見事に隙だらけだ。当然、その結末は一つ。パトロールは華麗なサマーソルトキックをお見舞いし、つま先がジャスティスの顎を捉える。
「――!!」
一瞬、ジャスティスの意識が飛んだ。宙にふわっと浮き上がる体。ポイントゼロは、ジャスティスの鳩尾に拳を叩きこむ。息が止まったジャスティスは全身を硬直させて、鳩尾を押さえて、動きを完全に止めた。
パトロールは、片方のリボルバーを上空に放り投げると、もう一丁のリボルバーのシリンダーを振り出して、排莢する。からん、からん、と音を立てて地面に落ちる六発の空薬莢。
ポイントゼロは慣れた手つきで、魔法で生成した弾丸を一発ずつ装填していく。その速度はまさに職人技。が、見惚れている場合ではない。
弾丸をこめ終わったリボルバーを上空に放り投げると、代わりに落ちてきた使用済みのリボルバーをキャッチする。流れるような動作で、それの排莢をすると、同じ手つきで装填を始めた。
リボルバーが全弾装填済みになると、パトロールは手首を振って、シリンダーをロックした。ちょうどそのとき、投げておいたリボルバーが顔の高さまで落下してきた。難なくそれをキャッチすると、素早く、両手に持つリボルバーの銃口をジャスティスの頭と心臓に定めた。
「このタイミングで突撃してくるということは、白髪の子を庇ったのかしら?」
「……いや、全然違う。隙を見つけたのが、ちょうどポイントゼロに止めを刺すタイミングだった。……本当に、それだけ……仲間とかじゃないから……」
「ふーん、そう……」
興味なさそうに言うと、引き金にかけた指に力がこめられて……。
と、そこで、ジャスティスが光に包まれた。
「あら……?」
すると、そこには、一人の中学二年生の少女が立っていた。もう、今の彼女は、魔法少女ではない。
「……降参だ。……さすがに、抵抗を止めた魔法少女を殺さないだろう……? せめて、拘束にしてくれ」
「……」
「……ねえ?」
しばらく、無言の時が流れる。
「……いいわ」
ジャスティスが大きな息を吐く。安堵の息だ。ふたつの銃口は未だジャスティスを狙っているが、とりあえずは、状況は好転した。
「跪いて、両手を頭の後ろで組みなさい」
パトロールの言葉に従うジャスティス。すぐに、彼女は、両手に手錠をかけられた。
「……とほほ。なんで、こんなことになっているんだか」
「事情は取調室で聞くわ。さて、あとは、白髪の子を――」
と、パトロールが、ポイントゼロが倒れているはずの場所を見た。
「……あら?」
そこには、影も形もなかった。誰もいない。まだ真新しい、乾かぬ血痕がアスファルトを濡らしているだけだった。
「……どうやら、ボクに気を取られている間に、逃げられたようだね……?」
「固有アビリティかしら? それとも、根性? まあ、報告はしておきましょう」
――さあ、行くわよ。
どうやら、登場のときのように、ふたりで、バイクで颯爽と帰還することはできないらしい。
パトロールとジャスティスは、とぼとぼと、徒歩で最寄りの拘置所が存在する支所に向かった。




