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9 小説の世界じゃないのかしら


 ――協会からチェビル訪問とエイハルン採取の許可が下りた翌日。



 イリスはザッシュウェルとジークと共に大聖堂へ赴いた。


 連なる尖塔は天に届きそうな程高く、いかにレクシュトル神を力強く信仰してきたのかがわかる。 歴史を感じる大聖堂だ。


 ふわりと肌に触れるそよ風は、万人を受け入れる神の御許である事を示すように澄んでいて心地よい。




 「 王女殿下、ようこそお越しくださいました。教皇様は不在の為、私がご案内させていただきます 」




 しずしずと相貌を崩さない淡々とした面持ちの司祭は、先頭を歩き大聖堂裏の聖域を目指す。


 歩を進める間、神官や聖騎士隊員からはなぜか凍てつくような冷たい視線を向けられた。 ――まるで親の仇と対峙しているかのような雰囲気すら感じる。


 イリスは教会へ足を運ぶのはこれが初めてで、会った事もない者たちばかりだ。 それなのにも拘らず、この視線はどう考えても意味が解らない。




 ――まさか聖女がらみ?




 イリスは不安がよぎる。


 先日の夜会での聖女の行いが故意であるならば、その邪魔をしたイリスは敵と見なされてもおかしくはない。 ――だからといって、ここまであからさまに敵対心剥き出しなのは異常なのだが。



 大聖堂を抜ければ美しい庭園が広がっていた。植えられている木々は全て手入れが行き届いていることが見て取れる。


 心地よい風が駆け抜け、ここが敵陣かもしれない事など忘れてしまいそうだ。



 聖域は鉄格子で他の者が侵入できない様に厳重に守られていた。 大きな両開きの鉄格子の扉の前には、二名の聖騎士隊員が守っている。




 「 聖下の許可を得て、エイハルンの採取に参りました。 扉を開けて下さい 」




 イリスが教皇から送られた許可証を彼らの目の前で開いてみせると、「 承知いたしました 」と淡々と返事をされ、扉は開かれた。


 イリスが中に入りザッシュウェルがそれに続こうとすると、突如聖騎士隊員から止められる。




 「 たとえ護衛であっても、神聖力のない者が中に入ることは許されておりません 」




 ザッシュウェルの立場を知っていようとも頑なな彼等に、イリスはジークのみを連れて入ると告げた。




 「 王女様、どうぞお気を付けください。 ここから一歩も動かずお待ちしておりますので―― 」




 イリスの耳元で囁くように告げたザッシュウェルの瞳の奥は不安に揺れていたが、イリスの言葉に異を唱える事なくその場で彼は待機した。 


 

 イリスがジークを従えて奥へと進むと、キラキラと輝くこの世のものとは思えない泉が現れた。





 「 ……すごいな 」




 普段イリスの護衛の最中は言葉を発することが殆どないジークが感嘆の言葉を漏らした。 ――イリスもそれは同感だった。


 泉の底にはびっしりとエイハルンが敷き詰められたかのように生成しており、水面は日の光とエイハルンの反射でキラキラと美しい輝きが止むことはない。


 泉の周りには泉を縁取る様にエイハルンが生成し、奇石自体も日の光の反射で輝いている。 ――この場所が教会と王家以外に秘匿とされているのも納得だ。



 時間を忘れて見惚れて立ち尽くした二人だったが、すぐに使命を思い出しエイハルンの採取を始めた。


 当初は籠を持ってくる予定だったが、何が起こるかわからない。 その為両手が開くように、肩に掛けられる袋を用意した。


 想定上に簡単に採取で来たエイハルンの入った袋をジークが肩へ斜めに掛けると、イリスは泉の前に両膝をつき、胸の前で手を組んで瞳を閉じて祈りを捧げた。


 

 イリスは病弱ではあったが神聖力が強かったのは何か理由があるはずなのだ。 神聖力が強いのであれば、神は問いかけに応えてくれるかもしれない。 ――一縷の望みを胸に、イリスは祈りを捧げる。



 ――すると、水面が更に青白い光を発し始め、その異変に気付いたイリスは瞼を開けた。


 目の前には自分の背丈の半分も満たない人形のように美しく、淡く青白い光を放つ娘が水面に浮かびこちらを見つめていた。


 


 「 ……貴女は……レクシュトル神様なのでしょうか…… 」




 慎重に言葉を紡ぐイリスに、娘は微笑み更に近くへ宙に浮いたままやってきた。




 「 いいえ、私は神ではありません 」




 彼女の言葉に二人は困惑した。




 「 ――では……貴女は誰なのでしょうか 」





 どう考えても、イリスには神聖な存在にしか思えない。





 「 器を手放しましたが、私は始まりの聖女です 」




 「 初代……聖女様なのですか?! 」




 初代聖女はイリスの想いを受け止めるように微笑み見つめ返した




 「 そうです。 私は神の言葉を後世に信託として残すためココに存在しています 」




 ――!!




 「 初代聖女様が、レクシュトル神様からのお言葉を我々に授けて下さっていたのですか?! 」





 「 はい、私は貴女がここへ来てくれることをずっと願い待っていました 」




 「 ――?! 初代聖女様は私の存在を……ご存じ……だった⁉ 」




 衝撃的な初代聖女の言葉にイリスは瞳を零れ落ちそうな程大きく見開いた。




 「 神は世界の平和を維持するために、数十年に一度神聖力の強い者を世に送り出しているのです。 今代はイリス、貴女ですね 」




 「 わ、私は……レクシュトル神様から……選ばれていた……ということなのでしょうか 」




 「 そうです。 ゲシュールからこの世界を守るために、神は貴女を選びました。 」




 誇らしげに告げる初代聖女の曇りなき眼差しが、イリスの存在意義を証明してくれたようで何とも言えない熱い気持ちが込み上げてくる。


 自分が望む生き方をするために頑張ってきたことではあったが、結果として今に活きている。


 試行錯誤の日々で、年相応の考え方の出来なかった前世の記憶持ちの自分は、何か使命を探して迷走している部分が少なからずあったのだ。


 特に、男性主人公の人生を変えてしまった事は、今も大きく自分の心の葛藤として悩む原因だ。 ――ストーリーを知っているからこそ、変えてしまった責任と葛藤は拭うことが出来ずにいる。


 未だに消化できていない想いが、イリスの心の中で燻っていた。




 「 初代聖女様、私が選ばれたのはとても光栄に思っておりますし、今後も一層精進していく所存です。 ただ、元々私は生まれつき体が弱く病弱な体質でした。 神様に選んでいただいたというのに、このような未熟な者がなぜ選ばれたのか……ずっと疑問に思っていたのです。 本当に……私で良かったのでしょうか 」




 イリスの言葉には、いかにこれまで自分自身の選択に悩み、迷いながらも選び生きてきたのか感情がありありと伝わっていた。 また、イリスが自分の至らなさに対して罪悪感を強く感じていることも――




 「 ――イリス、私はどうやら言葉選びを間違えていたようですね 」




 「 え?……それはどういう―― 」




 「 神聖力というのは神様の行使する力です。 ですから、そもそも人が神の力を行使するというのは、身体にとても負担のかかることなのです。 イリスが生まれながらに身体が弱かったのは、能力と身体のバランスが整わなかったことが原因なのであって、決して未熟だったからな訳ではないのですよ 」




 ――⁉




 「 それは……神聖力が強い人間は、身体が弱くても仕方がない、ということですか? 」




 「 その通りです。 これまで神聖力が強いにも拘らず、この場所まで到達できた者は誰一人いなかったのです。 それは、存在していなかったのではなく、身体が弱く長く生きられなかった。 もしくは、病弱で寝たきりで部屋から出られなかった。 そのどちらかなのです 」




 ――だから小説のイリスは部屋に籠り切りだったという事なの?!




 衝撃的な事実ではあったが、しっくりくる答えにイリスの心は思った以上にすっきりと晴れ渡っていた。





 「 ……では……私が体力づくりをして元気になり、神聖力をしっかり使えるようになったのも……メル兄様を支えられるようになったのも……国の為に積極的に動いてきたことも……自分を誇って良いのでしょうか―― 」




 「 ――イリス、貴女がここに来てくれただけでも、感謝してもしきれません。 ――ありがとうという気持ちで一杯なのです 」




 これまで自分のしてきたこと。 それはあくまで自己満足で、皆と一緒に幸せになりたいからだ、と誤魔化し努力を重ねてきた。 しかし、その行動が時として周りを振り回し、大事な人たちの迷惑や邪魔になったことがあったのではないか。 ――そんな想いに駆られたことは一度や二度ではなかった。


 王族として生まれたからこそ、その責任から目を背けることなどできず、自分が必死で受け止めなければならなかった。


 ただ、『 ありがとう 』の一言が、イリスの中で全ての葛藤を洗い流すかのように染み渡り、混み上がる熱情が溢れ出る。




 「 ……貴女が心優しく、家族や仲間の為に涙を流せる人で本当に良かったわ 」



 初代聖女は慈愛の籠った笑みを浮かべ、ふわりと近づくとイリスの眦にそっと口づけを落とした。




 「 ――? 」




 「 ありがとう。 本当に、ありがとう 」




 初代聖女の口づけで、イリスは自分がぽろぽろと涙を溢れさせていたことに気付いた。




 ダメ元で何度神に祈りを捧げたかわからない。



 『 未熟な自分を見守っていて欲しい 』と。



 今、肯定された気がした。




 「 私は今後貴女の良き理解者になってあげたい。 ……だけれど、一つ大きな問題が生じてしまったの―― 」




 「 ――問題? ……それは何でしょうか? 」




 慈愛の籠った眼差しは一転して曇り、その表情からは深い悲しみが見て取れた。




 「 貴女を待っていたのは、確かに神に選ばれたイリスに会いたかったという事なのだけれど、もうひとつあるの 」




 「 …………聞かせてください 」




 眉尻を下げながら苦し気に告げる初代聖女の表情は、明らかな苦痛の感情がイリスにまで流れ込んでくる。




 「 聖女が……乗っ取られてしまったの 」




 ――!!




 「 ……詳しく……教えていただけませんか? 」




 あまりの衝撃的な言葉に、目の前が真っ白になりかけたイリスは、ぎゅうっと強く拳を握りしめ、冷静に話を聞くべきだと自分自身に心の中で叱咤した。




 「 えぇ、この件はしっかり伝えたい。最後まで聞いてくれるかしら…… 」




 「 勿論です 」




 初代聖女はイリスのこれまでの葛藤から解放してくれた。 きっとこの恩は一生かかっても返せる気がしない。 ――だからこそ、彼女が望むことに協力したいと心から思えた。




 「 実は―― 」




 初代聖女の話によると、問題はずっと心神深くレクシュトル神に祈りを捧げていたフェルミラ・オクサントが、ある日急増したゲシュールに殺されてしまった事が発端だったそうだ。


 神はゲシュールを遠い昔に封印した際に、万が一にも再び世界に影響を与えぬようゲシュールの力を自分の力で抑え込み続けてきた。 ――その為、この世界の事に関しては、見守る程度の力しか出せなくなってしまったらしい。


 この世界に手出しできなくなった神は、見守りながらも災いが起こる前触れなどには何とか危機を前もって知らせたいと考えた。

 そこで、神と会話が出来る初代聖女が、死の訪れの前に自分の魂を泉の底のエイハルンに閉じ込め、神託として教会を通し、皆に知らせる事が出来るようにしたのだ。


 それから数千年、彼女は神託を授ける聖女として泉の精霊と化しても尚ココに存在しているのだという。 ――その為、泉の底のエイハルンは採取不可能らしい。


 今回の問題になったのは、心身深いフェルミラをゲシュールの餌食として一生を終えさせるのはどうしても神は納得できなかったらしく、何とか蘇生させて聖女として生き返らせようとした。 しかし、そこに封印されていたゲシュールが茶々を入れたのだ。


 蘇生する為にはそれなりの強い神聖力が必要だった。 その隙を狙い、ゲシュール神は一時的に世界に干渉できる力を得た。 フェルミラの魂が蘇生するのと同時に、ゲシュール神の加護を授かった異世界の魂を、フェルミラの魂と共に身体に入れ込んでしまったのだ。


 神は何とかゲシュール神を再び封印し直すことに成功はしたものの、フェルミラの身体には魂が二つ宿った状況になってしまい、今現在異世界の魂の方がフェルミラの魂を押し込め、乗っ取った状況になっているらしい。 ――だから聖女なのにゲシュールの能力が行使できるのだろう。



 神は今もフェルミラの魂を復活させたいと切に望んでいるらしく、神の悲しみがダイレクトに初代聖女に伝わってきているようだ。 しかし、神の願いを叶える為には異世界の魂をどうにかしなければならない。


 神には魂を抜くほどの能力を使う程の力を行使することができない。 ――そこでイリスの力を借りたい、という事になった。


 



 この世界は小説の世界だと思っていたが、初代聖女の話を聞いた後ではその考えは見直さなければならないような気がしてくる。


 『 愛の奇石 』では、異世界憑依により聖女として目覚める事になっており、出来の悪い男主人公のメイロードを支え、力を合わせて王国を守っていくというのが大まかな内容だ。


 しかし、そこで教会との摩擦は大して描写されていなかったし、比較的苦難もなくゲシュールの増幅を抑えてエピローグに入っていた。 ――今思えば単純な結末だったようにも感じる


 大筋は合っているように見えても、そもそも聖女の価値観がおかしい。 本当にメイロードと力を合わせて国を守っていける能力があるのかも怪しい。


 なんなら王国を支える高位貴族であるヘレインの生家、ロードハイム公爵家を小説では没落させてしまうが、 果たしてそれが最善なのだろうか?と疑問すら感じる。


 ロードハイム家は、代々王国を支えるため、物流・騎士の養成に力を入れてきた。 このまま色恋沙汰で没落させるのは、国の損害にしかならない。



 ただ、すぐに決断できるような内容ではなかった。


 聖女の人と成りを把握できていると断言できる程、相手を知っている訳でもない。 ――それに、どうやって異世界の魂をフェルミラの身体から取り除くのか、方法もわからない。

 


 

 「 初代聖女様、私はまだ聖女様とまともにお話をしたこともありません。もう少し話してから応えを出しても良いでしょうか? また、もしフェルミラ嬢の魂を戻す場合、どのようにしたらよいのか、初代聖女様はご存じでしょうか? 」




 「 私の話を真剣に聞いてくれてありがとう。 ――えぇ、勿論彼女と話をしてから決めて貰っても構わないわ。 もし、異世界の魂を取り除くと決めてくれた時は、解呪で彼女を心身全て浄化してあげて欲しいの 」




 「 ――浄化すれば良いのですか?! それなら―― 」




 「 ――でもね、彼女はゲシュール神の加護もちなのよ。 能力自体はさほど強くはなさそうだけれど、ゲシュール神も長い時間封印から逃れることはできないとわかっていたようなの。 異世界の魂が簡単に浄化されないよう、神聖力の結界と同じような防御壁で異世界の魂を護っているようにも見えます 」




 「 ……簡単に、浄化はできない、ということですか? 」




 イリスの言葉に神妙な面持ちで初代聖女はコクリと頷いてみせた。




 「 まずは聖女を精神的に弱らせて、その上で浄化するのが一番やりやすいでしょう。 ただ、ゲシュール神は自分に扱いやすい魂を呼び寄せているハズ。 ……それなりに苦戦は強いられる可能性は高いです 」




 「 ……たしかに、彼女は精神操作の力を持っているようでした。 もしそれがゲシュール神の能力なのだとすると、ただ浄化するだけでも大変そうですね…… 」




 「 ――それでもこの問題を対処できるのは貴女しかいないの。 ……お願い! 」





 重い会話を重ね、イリスは結論を出さなければならなかった。 ただ、自分の思っていた小説の世界と、神の見守る世界のギャップに戸惑いが残り、まだ即答ができずにいる。



 泉に浮かぶ小さな青白く光る初代聖女を見つめながら、覚悟を決めて言葉を紡ごうとした時、今一番聞きたくない者の声が後ろから耳に届いた。




 「 ――これはこれは王女殿下ではないですか? このような場所で何をしているんですかぁ? 」




 不気味な程ににっこりと弧を描く笑みでこちらへやってきたのは、あの乗っ取り聖女だった。




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