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8 聖女に憑依した女 エミside


 ――王家主催の夜会帰りの馬車の中



 聖女然な純白な制服を身に纏う女は、これまでの不満が解消されると信じていた夜会が、散々な結果で終わったことに苛立ちを隠すことが出来ずにいた。



 女は聖女フェルミラ・オクサントに異世界憑依したエミ・ハラサキ。



 半年ほど前からこの世界で生活を始め、様々な苦痛に慣れることができず苛立つ毎日だった。


 憑依前に黒い人影に背中を押され階段から落ちた後、目覚めたのが小説『 愛の奇石 』の世界だとなぜか本能的にすぐに気が付いた。


 人の恨みなど嫌という程買っていたから、腹立たしくても誰が自分を階段から落としたのかなど、些末な事は気にしていない。


 一生のうち四回は訪れるという女の肌の曲がり角二回目に差し掛かり、自分の美貌が世間に通じなくなりチカラも衰えたのか、毎日うまくいかない事が増えて心機一転新しい人生を始めたいくらいだった。 ――むしろ異世界の『 聖女 』に憑依できたのは僥倖だ。


 自分が聖女なのだと気づいてその余韻に浸っていると、仰々しく教会から遣わされた神官たちがエミを迎えに来た。



 彼等を引き連れる枢機卿であるローシェスは、訝しみほんの一瞬顔を歪めていたがそんなこと気にならない程の美丈夫だった。 ――素敵なイギリスの貴公子という印象だ。


 「 フェルミラ様でよろしいでしょうか 」と尋ねてきた彼に「 そうよ 」と愛想良く答えた。


 しばらく恋人のいなかったエミからすれば、ローシェスは男主人公との出会いまでの中継ぎに丁度良い。




 「 私の事は公以外ではエミって呼んでくれる? 」




 縋る様に媚びる眼差しで彼を見つめた。



 自分の目ヂカラには自信がある。この力がなんなのかはわからないが、誘惑しようと熱の籠った眼差しを向けるとなぜか堕ちない者はほぼいないに等しかったのだ。 ――しかし、エミの思惑通りにはいかなかった。


 「 承知致しました 」とローシェスは淡々と業務的に応えるだけだったのだ。




 ――なんで?! 私の力が効かないの?




 見た目が変わったから効かないのかと考えを巡らせるが、気のせいだったとすぐ理解する。




 「 聖女様!! お会いできて光栄です!是非私にも聖女様の愛称を呼ぶ権利を―― 」


 「 なんと美しい方なんだ!! 」 




 ローシェスは平静を保っているが、何故かその後ろに従っていた神官や聖騎士隊員たちは明らかな好意をもち、次々とこちらに熱の籠った眼差しを向け歓喜していた。 ――そう、ローシェスには目ヂカラが効かなかったが、他の者には効果絶大だったのだ。



 教会へ案内されて教皇と話をして、自分の力が『 魅了という精神操作 』の能力なのだろうという事が分かった。




 ――前より強力な力じゃない?




 エミは歓喜した。 それならば何故ローシェスにも教皇にも魅了が効かないのか。




 「 私は聖女なんでしょ? それなら最高の力をもっているんじゃないの? なんで貴方たちには効かないのよ⁈ 」

 


 疑問を素直に投げかけた。


 教皇は何か思案すると、傍仕えの神官に確認する為のエイハルンを内密に持ってこさせた。 それはオルフェルク一族が代々管理を任されているエイハルンの一つで、教会設立当初から存在する子供の頭の大きさ程はある大きな球体のエイハルンだった。


 衆人環視の下行われる神聖力確認の儀式の前に、調べる必要があると教皇が判断したのだろう。 ――だが、エミの結果は散々だった。


 光ったのはチカっと二十ワット程度の昼光色が光る程度。 神聖力は大して強くもなかったのだ。


 教皇もローシェスも信じられないモノを見たかのように愕然としていた。 何も言わず離席した教皇は、キラキラと輝く石を持って戻ってきた。




 「 これを持ちながらもう一度エイハルンに触れてみなさい 」




 先程までは甲斐甲斐しく接していた教皇が、急に上から目線でエミに告げた。


 その物言いにはイラっとしたが、黙って言われた通りにした。 すると、先程とは比べものにならない輝きが溢れた。 眩しくて目を開けているのもやっとな程の明るさに、キラキラとオーロラの輝きが舞って見えた。


 どう考えても先程のエミの力とは雲泥の差だ。 非情に強い神聖力が確認できた。




 「 え?! 何で⁈ 」




 先程とは違う結果に驚愕するエミを気に留めることなく、教皇は現実を突きつける。




 「 聖女よ。 其方の神聖力は弱い。恐らく王太子よりは強いだろうが、大したことはない。 私の力にすら遠く及ばぬ 」




 「 そ、そんな…… ちょっと待ってよ! 私は聖女なんじゃないの?! 」




 状況が理解できず困惑して放心状態で立ち尽くすと、非情な教皇の言葉が更に追い詰めるように降ってくる。




 「 今の光はこの国の王女殿下の神聖力の光だ。 同等の光を出せなければ、誰もお前を聖女とは認めないだろう 」




 「 ――ならなんで私はこの世界にいるのよ! チカラがないなら意味ないじゃない!! 」




 エミの力は、自分より能力が下の者にしか効かないという事が分かった。 ――自分より神聖力が強い者には効かないという事実に困惑する。





 「 それはこちらが聞きたいくらいだ。 だがお前が聖女だと神託は下った。 聖女であることは間違いない。 ……もしかしたらこれから神聖力が増えるのかもしれん。 ……だが、今のお前は教皇である私やローシェスよりも神聖力の弱い、名ばかり聖女という事だ 」




 「 いつか聖女の力が発現するってこと? ……ならそれまではどうしたらいいのよ! 」




 「 こちらとてこのままでは困る。 だからお前にそのエイハルンを渡したのだ 」




 教皇はエミの握る石を指さし冷たく言い放った。




 「 ……コレ? これが私を助けてくれるの? 」




 「 この石は神聖力を調べたエイハルンと同じ奇石。 王女の神聖力が注がれている貴重なエイハルンだ。 神聖力の確認の儀式にはこれを首にかけ臨むがいい 」




 「 ま、まさか……騙して聖女として認められろってことじゃ―― 」




 信じられない教皇の言葉に愕然とする。


 これまで幾多の危険や試練を自分の能力のおかげで生き抜いてきたエミだったが、詐欺など犯罪まがいの事は流石にしたことはない。


 大事になっている現状に、背筋には冷たい汗が伝い気を引き締めていなければ倒れてしまいそうな程、体中から血の気が引いていく。




 「 ――そうだ。 この石は有事にしか使われない上に、私が管理しているからほとんどの者がエイハルンの有用性も知らぬ。 聖女が心配することなどなにもない。 ――ただ、石に注がれた神聖力は有限だ。 儀式の時以外はしまっておけ。 特別な時にだけ使うように 」




 結局ネックレスに加工してもらったエイハルンを身に付けて神聖力確認の儀式に臨んだことで、『 イリス王女に匹敵する神聖力の聖女が現れた 』と国中に認められることになったのだ。


 

 エミは聖女として認められたものの、結局石で誤魔化しているのだから詐欺だ。 まさか異世界で憑依してそんなことになるだなんて思わなかった。


 自分の神聖力の弱さを知られて以来、教皇もローシェスも三人だけの時はエミの事を見下したような眼差しで接してくる。




 ――何よ……私だって好きで憑依したわけじゃないわ!!




 夜会が行われるまでの間は、少しでも多くの民衆や貴族を聖女の味方につける為、積極的にローシェスにあちこち連れ回された。



 一人でも多く魅了して精神操作する為に、だ。


 結果、神聖力を使わなくても人々はエミを聖女として認めた。 『 フェルミラ・オクサント 』として贅沢三昧の日々を過ごすことができたのである。 ――だが我慢ならない事もあった。



 毎日聖女として教会で衆人環視の下、神に祈りを捧げなければならなかった。


 


 ――冷たい大理石に膝をついて、二十分近く祈らせるとか頭おかしいんじゃないの?!




 貴族と渡り合うために、マナー・言葉遣い・王国史の勉強を徹底的にさせられた。




 ――毎日三時間以上家庭教師に叱られるとか無理なんですけど⁈




 エミは憑依する前は、努力せずとも望んだことはほぼ全て手に入れる事が当たり前だった。


 元々恵まれていた容姿、規模は大きくなくとも実家は地方の会社経営で、そこそこ裕福な社長令嬢だったのだ。


 人間関係も良好で誰もがエミに好意的に接した。 頑張らなくても与えられる日々は退屈も多かったけれど、東京の学校へ進学してからも目ヂカラで難を乗り越え、受験も就活も困ることはなかった。


 今更毎日苦行をしろとか、勉強を知ろとか苦痛でしかないのだ。


 ――とはいえ、神から与えられた『 魅了 』の力は自分より強い神聖力を持つ教皇やローシェスには効かなかった。 あの二人を丸め込めたなら、こんな苦労を強いられることはなかったのだろうが。 ――腹立たしい思いがエミの中で膨れ上がっていく。


 しかし、今は教皇の力なくして、エミは聖女として男主人公であるメイロードと出会うことは難しい。


 自分は彼の妹の力を借りて聖女と名乗れている状況なのだ。 唯一ではない以上、出会って『 魅了 』が効かなければ、エミを好きにはなってもらえない可能性が高い。


 『 愛の奇石 』を読んだ時は聖女が魅了を使う描写はなかったし、神聖力が弱いなんてこともなかった。 ――自分の知る小説の世界の設定と妙に違う状況が、エミを不安へと導いていく。




 ――私はヒロインなのよ! 絶対上手くいくに決まってるわ! これは私の為の物語なんだから!!




 心の中で幾度となく自分を鼓舞して奮い立たせた。 ――しかし、結局夜会では努力虚しく何一つうまい事いかなかった。


 メイロードは私に恋も執着もしなかったし、一緒に夜会を過ごすこともできなかった。 なぜか傍にいた王女が突然婚約者の代わりに彼のパートナーに名乗り出たことで、エミはその後メイロードに近づくことも叶わなかった。


 夜会で入場してきた王女を一目見た時からおかしいと思ったのだ。 なぜ光輝くように美しく見えるのか、と。


 スポットライトを浴びたかのように皆の注目を浴びる王女が憎たらしく、我慢できずもしかしたら少しだけ睨んでしまったかもしれない。




 ――王女って……病弱設定だったはずでしょ?!




 なぜ神聖力が国一番強いと教皇に言われた時に、自分は疑問に思わなかったのだろうか。




 ――おかしい……こんなの小説と全く違う!!



 夜会会場を後にしたエミは馬車の中で幾度となく不満を心の中で叫び続けた。

 




 王宮のすぐ横に位置する教会へ戻るだけでもイライラする。 馬車の揺れは自動車のような乗り心地とはいえない。 ――サスペンション付きの高級馬車で、乗合馬車と比べたら雲泥の差らしいが、そんなこと知った事ではない。


 住んでいた東京からこの世界に憑依して苦痛の一つである。


 

 「 ――聖下。 私の王子様は魅了……されていなかったわよね? 」




 憎々し気な感情を堪えきれず疑問が口から零れる。  




 「 ……そうだな。 」




 向かいに座り、淡々とした声音で返すのはジェイシス・オルフェルク、現教皇だ。




 「 『 そうだな 』じゃないでしょ? みんな私の魅了に逆らえないはずなのに……王子様は私より神聖力が弱いんじゃなかったの⁉ 」




 「 聖女、 聖下にそのような無礼な言葉は慎しめ 」




 「 私は聖女なのよ⁈ 言いたいことは言ったって良いはずよ!! 」




 「 ――ならば本物の聖女である強い神聖力を示してから発言しろ 」




 蔑む眼差しで告げるローシェスの瞳には全く熱が籠っていない。 出会った時ほんの少しでも格好良いと感じた自分が恨めしく思う。




 「 ~~~~出来るならとっくにしてるわ! こんな状況で本当に討伐成功するの?! 」





 「 当然だ。 討伐では聖女が功績をあげ、教会は民衆の信仰心を強め、王国内での権威を王家から奪うキッカケを作る 」




 「 ……どうやって功績を上げろっていうのよ! 私は石がなきゃ―― 」




 「 ――あのエイハルンはきにすることはない。 お前は私の言う通りに動けばそれでよい 」




 自信を露にする教皇とは違い、何もないエミには不安でしかない。 全て教皇の持つエイハルンのおかげで今の自分があるのだ。――見捨てられたら自分のいる場所はなくなってしまうだろう。


 膝の上に置いた拳は、ぎゅうっと力を籠めすぎるあまり純白の制服にしわを寄せていた。




 「 ――とはいえ今の状況はよくない。 少し強硬手段に出てみるか―― 」




 教皇は不穏な言葉を紡ぐと、馬車を降りてからすぐに二人を執務室へと呼び寄せた。




 彼等も深夜遅くまで謀略を練るのだった。





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