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7 私が適任なのではないかしら


 「 ――状況的に教皇様も疑わしい事は理解している。 だが、それでも信じがたい…… 」




 ザッシュウェルは神妙な面持ちで言葉を絞り出した。




 「 どうして? 」




 「 オルフェルクは教皇を唯一輩出する一族だぞ? 心神深さは誰もが知っている認識だ―― 」




 「 ――だからオルフェルクがゲシュールに堕ちないと? ……それは甘すぎる考えじゃないかしら? 」 




 「 実際、今までオルフェルクがゲシュールに堕ちたことなどないだろ 」




 「 今までなら、よね? ――なら、何故メル兄様はフェルミラ嬢に精神操作されたのかしら? 」




 「 それは―― 」




 「 ――ザッシュ、世の中に不変的な事なんて一つもないわ。 」




 「 ――だが…… 」




 ザッシュウェルは煮え切らない返事しか返せない。


 そんなことはないと言いたくても、言葉にできないほどメイロードは危険な状況に追い込まれたからだ。 ――しかも、気づけたのがイリスだけだったという事実も、ザッシュウェルの心を締め付けさせた。




 「 これまで人がゲシュール化することはあっても、精神支配されたことは一度もなかったわ。 この国が建国されて初めてよ。 ――そうでしょう? 」




 言葉にできないザッシュウェルは小さく肯くことしかできない。




 「 そんな時にこれまでの常識で物事を判断するのは、危険すぎると思うの 」




 「 …………そうだな 」




 懇々と現状を述べるイリスに、ザッシュウェルはまともに返事することも難しい。 ――だが、彼女の語る状況は間違いなく『 今 』起こっている話だ。 現実逃避などしている場合ではない。




 「 私たちは、なぜ聖女と呼ばれているフェルミラ嬢がゲシュールの力を持ったのかも、ゲシュールの力がなぜ人間にまで及ぶ『 精神支配 』が可能になったのかも、早急に把握する必要があるのよ 」





 「 確かに……。 ゲシュールの能力把握は最優先事項だな。 ……メルがまた危険な状況に陥るのは何としても防がなければならない 」




 「 そうよ! メル兄様は絶対命に代えても守るわ! 」




 「 それは俺も同意するが……お前もメルと同じく守られる側だという事を忘れないでくれ 」




 「 ……ザッシュ? 」




 「 イリスがいたからメルは成長できたし、俺も変われたんだ。 お前がいない世界など俺には考えられない 」




 イリスが揺るぎない決意を拳に込めて宣言すると、教え込むようにザッシュウェルは慈愛の籠った眼差しを返し告げる。 その瞳には真剣な想いが滲んで見えた。 ――どんな時でもイリスを守ろうとしてくれるザッシュウェルは、彼女の存在価値を全身全霊で教えようとしてくれる尊い存在だ。




 「 ……ありがとう 」




 自身を奮い立たせるために固めていた緊張感も、恐れも、まるで溶かされるように暖かく包みこまれる。 自然と零れる感謝の言葉がソレを表していた。




 「 俺はお前とメルを何があろうと守る。 ――だが、どうやって確認するつもりだ? 」




 「 ありがとう。 チェビルへ行くのよ! 」




 

 イリスは表情を和らげ、自信あふれる眼差しで答えた。




 「 チェビル? ……あそこは教会が管理して、中でも神聖力のある者しか立ち入ることのできない聖域だぞ? 」


 


 「 そうよ。 でも今なら丁度良い建前もあるじゃない? 」




 「 ――建前? ……まさか、エイハルンを王宮にも納める話が出ているのを利用するつもりか? 」




 「 ご明察! 流石ザッシュ、私の考えている事よくわかっているわね! 」




 「 理由にできるのはそれくらいしかないだろ? 丁度教会に特別申請を出す予定だったしな 」




 「 ――え? もしかして、私元々チェビルに行く予定だったの――? 」




 「 ――そんなわけないだろ! メルが赴く予定だったんだ。 ――流石に今、メルをチェビルに向かわせることはできないがな 」




 「 私……メル兄様が行くって話は初耳よ? ……でも……それなら私がチェビルに行くしかないわね! 」




 神聖力に密接な関係を持つ奇石・エイハルンの話となれば、イリスが動くであろう事はメイロードもザッシュウェルも想定していた。


 だからこそ知られる前に済ませようと思っていた案件だったのだが、こうなってしまっては隠せるわけもない。


 剣呑な眼差しでイリスはザッシュウェルを見つめたが、すぐに気持ちを切り替え笑みを浮かべた。


 


 「 ……そうせざるを得ないな。 ――だが何の条件もなしにイリスをチェビルに行かせることはできないぞ 」




 「 条件? 」




 ため息を吐いて項垂れたザッシュウェルだったが、しっかりと条件を提示してきた。




 「 チェビルには従者を二人付き従えることが出来るらしい。 ――だから俺とジークを連れていけ! ――それが条件だ 」




 「 ――ザッシュを? ……メル兄様が許可してくれるかしら? 」




 「 アイツは絶対信頼できる護衛がいなきゃ、イリスを行かせたりしない 」




 ザッシュウェルは断言した。


 メイロードはイリスと出会った時こそ冷たく接したものの、彼女の優しさや庇護欲をそそる健気さにあっという間に絆された。


 行動を共にすることが多くなってからおおよそ十三年の年月、メイロードのイリスへの過保護さと溺愛ぶりは年々増している。 それはザッシュウェルもおなじなのだが。




 「 う~ん……それもそうね……それじゃ、ザッシュにお願いしていい? 」




 「 無論だ、 必ずお前を守る 」




 決意の籠った声音が室内に響く。


 今はメイロードの事も守らないとならない緊迫状況であるというのに。イリスを大事にしようとしてくれるザッシュウェルの気持ちがくすぐったくて堪らない。


 うっかり飛びつき抱きしめて喜びを表現したい程、イリスが嬉しいと思っていることを彼は知らないはずだ。


 ザッシュウェルが学園に入学後、彼が王女宮へ深夜訪問してくるようになってから、くすぐったくも温かく、叫びたくなるような嬉しさ、ほんのちょびっとのきゅうと胸を締め付ける甘い切なさを、イリスは心に積もらせ続けている。


 ザッシュウェルから与えられる名前にできないこの想いは、イリスにとってとても大切な宝物になっていた。




 「 ――でも、なんであともう一人がジークなの? 」




 ジークは元平民だが、神聖力を微力ながら保有している。 恐らく先祖がロワイトス王家か、オルフェルクの縁者なのだろう。


 イリスが八歳の頃、メイロードとザッシュウェルの三人で森を散策していた際、たまたま近くを通りかかったジークがゲシュールに襲われかけたイリスを助けたことから縁は生まれた。


 ジークは王宮で指南役を付けてもらい、メキメキと剣技を上達させていく。 武術に活かせるオーラスキル『 瞬発 』を覚醒した剣の切り返しについていける者は、ザッシュウェルしかいない程。 ――そしてイリス専属護衛を選抜する際、選ばれた騎士の一人がジークだった。


 背丈はメイロードと同じ位で、歳はイリスの二つ上の美丈夫。 燃えるような赤髪は襟足が長く、野性的な印象に見える。 しかし、アッシュブラウンの垂れ目が優しい雰囲気を醸し出し調和がとれていた。 均一の取れた筋肉は、逞しいというよりも芸術的な美しさを感じさせるバランスの良さだ。


 出会った時からイリスを一途に慕い、専属護衛の任に就いてすぐに忠誠を誓ったイリス信者の一人でもある。



 「 ジークの腕は確かだろ? それに微力であっても神聖力がある。チェビルに赴くのに、アイツほどの適任はいないだろ? 」




 「 ……確かに。 神聖力のある者しか泉には近づけないから、万が一を考えたら……ジークにはいて欲しいわね 」




 条件もクリアし、二人はひとまずすぐ出来る事をまとめたのだった。


 

 話が終わったのは空が白み始める少し前。 王宮の管理する小さな森からは梟の鳴き声が微かに聞こえた。


 別れ際、ザッシュウェルは幾度となく立ち止まり、バルコニーへ出てもなかなか帰ろうとしなかった。


彼の瞳の奥にはきゅっと締め付けるような甘い切なさが含まれているような気がして、イリスは帰るよう促すことができない。


 触れる程近くにいるのに、彼と自分の距離はなぜか遠い。 それは私的な感情よりも、王女と忠臣の距離を表しているかのように思えた。





 ◇◇◇





 翌朝、ザッシュウェルは早々に仕事をしてくれたらしい。 メイロードから朝食の席に誘われ、イリスはチェビル行きの王家の許可を得た。 ――メイロードはわかりやすいほどの不服そうな表情を隠しもしなかったが、やむ負えない状況だからこそ、反対もできなかったのだろう。


 教会からの許可も思った以上に早く通り、僅か三日後には許可証がイリスの許に届いた。 ――初めての申請だというのに、だ。


 流石に何かあるのではないか、と教会の企みをイリスも勘ぐってしまう程だった。 しかし、今は悠長に構えている暇もない。


 チェビルは王宮の隣、教会の大聖堂裏の敷地内の端に位置している。 ――泉のある一角は聖域と呼ばれ、神聖力のない者は立ち入ることすら許されない。


 泉自体は小さく、大人が七、八人手を繋いだ円程の大きさしかない。 その為、普段から教会を守る聖騎士隊の隊員がその聖域の入り口を二名程で護っているらしい。


 二名程度の護衛なら簡単に侵入できるのでは? と思ってしまいがちだが、大聖堂の裏手ということもあり、そこから泉へ辿り着くまでの護衛の数などを考えると、簡単に侵入できるような場所ではない事は教会内部を知る者なら誰でも知っていることだ。


 夜会から討伐の為の出征まで十日程。 それまでに調べることもやることも山積みだ。


 イリス達は申請許可の下りた翌日に訪問の先振れを出し、すぐに向かうのだった。



 

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