6 なんでもお見通しなのかしら
「 ――久しぶりだな。 夜イリスの部屋に来たのは 」
「 そう言えばそうだね。 数か月ぶりかしら? この半年はとっても忙しかったもの。 」
「 学園から飛び級で卒業して王宮に戻ってきたのに、討伐隊の編成やらなにやらで慌ただしかったからな 」
「 ――えぇ 」
ザッシュウェルが宙を見つめ、過去を思い出し紡ぐ言葉にイリスは静かに相槌を打った。
深夜の静寂に包まれていた室内で、普段から口数の少ないザッシュウェルは一言二言言葉を紡ぎ口を噤んだ。
なぜイリスの隣に腰かけたのかはわからないが、ボリュームのない簡素な寝衣のおかげで互いの膝がくっつきそうな程近い。 デビュタントを控えたイリスにとって、静まり返る室内での異性とのこの距離感は動揺を隠せない。
トクントクンと早鐘を打つ胸の鼓動が、より一層動揺を煽り立てる。 必死で平静を取り戻そうと、イリスは己の心と葛藤した。
隣に腰かけるザッシュウェルは、綺麗に撫でつけられていた漆黒の髪の隙間に指を差し込み無造作に乱れさせ、美しい切れ長の蜂蜜色の瞳を半分以上前髪で隠した。
彼は高位貴族ヘルスベート公爵家の嫡男であり、次期公爵という尊い立場だ。
成人男性の平均的な背丈を越えるメイロードよりも拳ひとつ分は高く、神聖力は持たないが長剣を片手で扱えるほどのしなやかな筋肉を持ち、均一の取れた引き締まった肉体で繰り出すオーラスキル【 剣聖 】で、狂暴化するゲシュールを一刀両断するだけの力を持つ。 ――十三歳で学園入学した頃には、王国随一の剣の腕前と謳われていたほどだ。
メイロードを最も近くで護り補佐する為、五歳の時に国王がメイロードと引き合わせた。
十三歳でメイロードを政に関わらせ、王位を少しでも早く退きたい国王の準備の一環なのだろう。
小説では心を開かないメイロードの一歩後ろに常に控え、彼の指示のみ従う冷徹な騎士という設定だった。
しかし、今世イリスと交流してからは、メイロードの変化に伴いザッシュウェルも変わっていく。 メイロードの命令に従うだけではなく、自ら忠誠を誓い自分の意志で動くようになった。 また、メイロードの妹であるイリスの事も同じように大切に扱い護っている。
イリスが五歳を過ぎて更に体力作りに力を入れ始めると、率先してイリスの剣の指南役も務めた。 メイロードの為に人事に関わるだけでなく、イリスの護衛もザッシュウェルが自ら選抜したほど。 ――現在、精悍で見目麗しいアッシュウェルは、メイロードの側近としてなくてはならない存在となっている。
メイロードと同年であるザッシュウェルは十三歳で学園に入学した。
在学中の三年は表向きイリスとはほぼ会えず距離を置いていた体だった。 しかし、元々体の弱かった彼女を心配していたザッシュウェルは、メイロードに許可を得ることなく秘密裏に王女宮へと通った。 五日に一度程度の間隔であったが、皆の寝静まる深夜にイリスに会いにやってきた。
在学中から王政のほぼ全てを担っていたメイロードの補佐であった為、ザッシュウェルに無理をさせたくなかったイリスは訪問を拒んだが、彼は深夜の訪問を控えることはなかった。 ――それはイリスが学園入学の年まで続いた。
イリスの学園在学中の約一年半は、ザッシュウェルも寮にまで忍び込むことはなかった。 しかし、ゲシュール増幅の影響で、イリスも王族として二学年半ばで王宮へ戻るよう王命が下った。 ――これはメイロードではなく、国王による王命だ。
討伐隊が本格的に組まれるまでの数か月は王女宮に居を戻したイリスの許へ、ザッシュウェルは再び深夜秘密裏に訪れていた。
ザッシュウェルのイリスへの過保護は、妹を溺愛するメイロードを凌駕するほどだった。
メイロードは堂々とイリスの許へ度々顔を見に訪れた。 勿論ザッシュウェルも同行していたが、その間はほぼ言葉を交わすことはない。 あくまでメイロードの補佐として彼は立ち回った。
しかし、メイロードに気付かれずに多忙な中、深夜イリスの許へ足を運んだのだ。
今年デビュタントを控えているとはいっても、未婚の王女の宮殿に深夜に隠れて訪問するなど、堅物で生真面目と言われている彼のする事とは到底思えない。 ――恐らくイリスがこの話を誰かに話したところで誰も信じないだろう。
ザッシュウェルは冷徹な表情で淡々と国に尽くす、生真面目なメイロードの優秀な忠臣という印象が強いらしい。
「 ――それで? アランとは何を話していたんだ? 」
「 え? 」
異様に近い距離間と沈黙で動揺したイリスは、荒ぶる胸の鼓動がやっと少し落ち着き始めたところで唐突に疑問を投げかけられた。
「 あいつが言っていたじゃないか。 何か話すことがあったんだろう? 」
ザッシュウェルの言葉で先ほどのアランの言葉を思い出す。 ――だが、そんなに大事な話をしただろうか? イリスには大事な話が何かわからなかった。
ただ、愛称について文句を言われ、イリスの容姿を過大評価してもらったくらいしか記憶にない。
「 私はアランとは他愛もない話しかしていないわ。 そういえば、アランは何の話がしたかったのかしら…… 」
「 ……本気で言っているのか? どう考えても―― 」
鷹揚な構えの彼は、イリスの言葉に何か言いたげだ。
「 ――まぁ、イリスがわからない程度であれば大したことじゃないということだろ? アイツも必要があればまた言うだろ。 」
コホンっ
軽く咳払いしたザッシュウェルはほんの少しだけ口角を上げて薄く笑った。
何故か途中で口を噤み話を終わらせた。
「 ……そうなのかしら。 ――それならザッシュは何があったの? 」
基本深く追求することのないイリスは、本人が話したい素振りを見せるまでは勝手な憶測はしない主義だ。 今本人がいないところで予想した所で意味がない。 ただでさえ時間も遅いのだ。本題を聞くためあっさりと話題を変えた。
「 今日はイリスにとって大事な日だと言っていただろう。 お前の話をちゃんと聞いておきたかったんだ。 」
「 え? さっき殆ど話したわよ? 」
「 俺はそう思わなかったが? 」
「 ――え? 」
ザッシュウェルの言葉にイリスは思わず目を瞬いた。
「 メルのショックを気にして、それ以上聖女の話をしなかったじゃないか 」
「 ――!! 気付いていたの? 」
「 当たり前だ。 イリスをずっと見守ってきたのはメルだけじゃない。 俺だってメルと同じだけお前を見守ってきたんだ。 メルが精神的に参らないように、お前がいつも言葉を選んで補助していたのだって、俺は気づいていたが? 」
まさか、イリスのメイロードへの振る舞いを、ザッシュウェルに気付かれているとは思わなかった。
驚愕の眼差しで見つめてくるイリスの頭を、相好を崩して優しく撫でる。
「 ……ありがとう……聖女様の事は私も衝撃的だったし、メル兄様が病んでしまったらどうしようと思ってあれ以上いえなかったの…… 」
「 気にするな、たとえイリスが言葉を濁そうと、俺が代わりにお前が言いたいことを拾い上げるから。 俺はメルの忠臣でもある。独りで抱え込まなくていい 」
普段は淡々と冷たい口調で言葉を交わすのに、今はどこまでもイリスを気遣う優しい声音が耳に優しい。
「 うん、……そうだよね 」
何もイリスの中で問題が解決していなくても、ザッシュウェルが包み込むような優しさで話を聞いてくれるおかげで、胸の鼓動が緩やかに軽くなる。
昔からメイロードだけでなくイリスの事も支えてくれる彼は、兄のように安心できる存在でもあるが、それとはまた違うとも感じている。
それは彼が王国随一の剣の使い手だからなのか、それともメイロードと同じく妹のように溺愛してくれるからなのか、それともどんなに忙しくても、自分の傍に寄り添いに来てくれる優しさからなのか。 ――イリスにはわからない。でも彼が尊い存在であることは間違いなかった。
「 ――で、聖女の事をどうしたいんだ? 」
イリスの声音が軽くなったところで本題を切り出した。
「 ……それは私もまだわからないの。 でも、このまま何もせずに聖女様と一緒に討伐に向かうのは危険すぎるでしょ? 」
「 ……討伐の事を気にしているんだな? 」
ザッシュウェルの言葉にコクリと頷き話を続ける。
「 私も一緒に討伐に参加したい! 」
「 ――!! なんだと⁉ 」
イリスの言葉に愕然として目を瞠るザッシュウェルを、真剣な眼差しで見つめ返した。
「 私しかゲシュールに対抗できる神聖力を持っていないわ! 」
「 それはわかる。 だが、聖女はイリスと同じだけの力があると言われているんだぞ? その聖女がいるのに、国王陛下がイリスの出征を認めるとは思えない! 」
ザッシュウェルの言う事はおおよそ間違いないだろう。
ゲシュールの増幅を止めたいのは間違いないが、今は神聖力の使える聖女がいる。 メイロードだけでなくイリスまで王宮を離れれば、有事の際王宮を守れるものがいなくなってしまう。 ――特に神聖力の強いイリスは防衛の要でもある。
国王がメイロードの代わりに政務をするならまだ問題ないだろうが、余程の事がない限りそれはあり得ない。 メイロードが王宮にいない間は、これまでイリスが代行していたからだ。
今回も確実に国王はメイロードの代わりをイリスに任せるだろう。 ――それはイリスも理解している。
「 ……そうなのよね……でもなんでフェルミラ嬢は聖女だと証明されたのかしら 」
「 それは教皇様がエイハルンを採取できる聖なる泉、チェビルで神託を授かりわかったことだろ。 それに、教会の神聖力を確認できる奇石で、強い神聖力を保持していると認められたはずだが 」
エイハルンは神聖力を注ぎ込み蓄える事の出来る奇石のことだ。 ――小説『 愛の奇石 』のタイトルにもなっている石の事である。
聖なる泉チェビルは、唯一エイハルンが生成する場所とされている。神聖力の強い者が定期的に泉の周りに生成されるエイハルンを採取する役目を担ってきた。その際時折神からの神託を授かることもあるといわれている聖域なのだ。
「 それはわかっているわ。 でも、信託を聞いたのは教皇様だけなのでしょ? それは真なのかしら? 」
「 ――何が言いたい? 」
剣呑な眼差しをザッシュウェルは返す。
「 アランも言っていたじゃない。 聖女に寄り添っている教皇様たちも怪しいって 」
「 ――まさか……神託が偽りだと言いたいのか!? 」
「 その可能性もあるかもしれない、ということよ 」
動揺を隠せず神妙な面持ちのザッシュウェルに、はっきりとイリスは言い切った。




