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5 夜這いって何なのかしら


 アランはしてやったりの表情を浮かべたあと、三人からの怒涛の質問攻撃に応えた。



 十三歳という若さで隣国エックシートへ留学して七年。 イリス達と離れ離れになった間、脅威のスピードで三年弱で隣国エックシートの裏ギルドのマスターにアランは上り詰めた。


 その間もイリスは手紙のやり取りをしていたが、三カ月に一度はアランはイリスに会いにきた。 学園を飛び級で二年で卒業後も、エックシートを拠点として仕事をしていたが、それでも月に一度はアランはイリス主催の茶会に参加する為戻って来ていた。



 約七年の間十分交流してきていたと思っていたのだが、イリスだけでなくメイロードもザッシュウェルも、アランが拠点をロワイトスに増やしたことを知らなかった。


 追及が始まってからアランはずっと頬が緩みっぱなしだったが、 またいつでも会える環境になったことを喜んでいるのだということはわかる。 ――それでも隠されていた事が、イリスはなんだか不満だった。

 

 すでにアランの二つ目のギルド拠点は、ロワイトス王都内の閑静な居住区域に立派な邸を用意し、そこへギルド員も既に何名か移住させていて、活動も始まっているそうだ。


 飄々とした表情で皆を驚かすのは、アランのお家芸でもあったことを皆思い出したのだった。




 ◇◇◇




 自室に戻ったイリスは、入浴後寝衣に着替え、心地よい温もりに包まれたままゆったりとソファに腰を下ろしていた。


 一日の疲れが鉛のように体中重く感じていたのに、今はその重さがじんわりと解けていく感覚が心地よい。 ――寛ぎながら、イリスは物思いに耽った。



 前世の記憶は物心ついた時からあったイリスだったが、ここが小説の世界だと気づいたのは六歳を過ぎた頃だった。 ――気づいたのは本当に偶然だったと思う。


 イリスの体力もついてきて、庭園を軽く走ったり階段の上り下りも難なく出来るようになった頃、メイロードたちが王都散策へ行こうと誘ってくれた。 ――その時にイリスは、運悪く街のゴロツキに路地に引っ張り込まれた際怪我を負ってしまったのだ。




 『 ごめんよ……。 無理を言って王都散策に行こうなんて誘ったからイリスが怪我を……僕にもっと神聖力があったら……こんなことにならなかったのに…… 』




 怪我は大したことはなかったのだが手首に負った傷は深く、メイロードの神聖力では再生の力の治癒は傷を塞ぐ程度しかできなかった。 ――結局傷は手首に残ってしまったのだ。


 泣きながら謝るメイロードが、愛の奇石の男主人公の少年期の苦悩と重なる。 ――イリスは啓示でも受けたかのように、脳裏に衝撃が走り全てが繋がったような感覚を味わった。


 ロワイトス王国のこと、男主人公を取り巻く周りの人間関係、状況。 それら全てが『 愛の奇石 』に当てはまったのである。

 


 照らし合わせはワクワクしたし、楽しかった。 何よりイリスは『病弱な王女』設定だったので、特に断罪があるわけでもないし、不幸になる未来もない。 ――健康でさえいられれば、なんてことのない楽しめる王女様ライフだと楽観視したのだ。


 しかし、よくよく振り返ってみると、色々と食い違いがあることに気が付いた。 小説の世界だと気づいた六歳当時は、メイロードは九歳。 周りからの蔑む視線と、両親である国王夫妻の距離感のある接し方に傷つき心を閉ざしている時期に入っていたはずなのだ。


 更に、心を開いてくれない王子と五歳の時から行動を共にしていた側近のザッシュウェルも、寡黙で愛想の悪い少年に育っていたはずだった。 そして、アランとも知り合っていなかったはずだ。



 三人の小説とは食い違う性格に、イリスはどうしたものかと数日悩んだ。


 彼らの性格や環境に変化が起こった事で、小説のストーリーが大幅に変わって問題が起こるのではないか、と。 ――しかし、数日悩んだ末に、彼等三人が幸せそうに笑い合う環境を覆し、苦境に戻すなどイリスには考えられなかった。



 イリスは自分が生きたい道を選び、彼らを巻き込んだのだ。 それならば、彼等の幸せを追求する方が建設的だと思えた。




 ――きっとメル兄様が素敵な王子様に成長すれば、聖女様も更に好きになってくれるだろうし、悪い事にはならないはずよ!!




 その結果、確かに今夜の夜会で聖女はメイロードに好意を隠すことはないほど夢中になっているのだろうとすぐにイリスは気づいた。 ――まさか聖女の方に問題があるとは思いもしなかったが――。




 ――あの聖女様で本当にゲシュールの増幅を抑えることが出来るのかしら……。




 自分の世界に浸っていたイリスだったが、ふと空気の揺らぎを感じとった。




 「 ……アーティなの? 」




 確信は持てなかったが、悪意のような嫌な感覚はないので仲間なら彼女しか考えられなかった。




 「 さっすがおチビちゃん! すぐ気づいたね! 」




 目の前のソファには先ほどまで誰も座っていなかったのに、空間がゆらりと揺らいだかと思うとアランの姿が現れた。




 「 目の前に来るまでアーティの気配には気づけなかったわ。 ……でも深夜に隠密を使ってくるなんて不躾すぎるんじゃない? 」




 「 気付けるだけで凄いよ。 っていうかアーティって愛称は私は認めてないんだけど? 」




 アランは呼び名が気に入らないのかご機嫌斜めだ。




 「 私はちゃんと本当の名前の愛称でもアランを呼びたいのよ。 私にとっては貴重な女友達の一人なんだもの! 二人きりの時くらいいいでしょ? 」




 「 ……しょうがないな~特別だよ? ……でももう女でなくたっていいと思ってるからアランでいいんだけどな~ 」




 「 普段はちゃんとアランって呼ぶわよ! ……だけどそれを言うなら、アーティの方が私をおチビちゃんと呼ぶのは止めて欲しいのだけど? 」




 イリスの返しにアランは目を瞬く。 けれど、すぐに笑みを浮かべたアランはイリスの横に腰かけなおし、洗って櫛を通したばかりのふわりとしたピンクブロンドを一束掬った。




 「 私にとっては今もずっとおチビちゃんなんだよ。 出会った時のあのちっちゃくて可愛い天使は今も健在だけど、私だけの特別だから 」




 「 ……天使だなんて過大評価が過ぎるわ―― 」




 「 ――そんなことない! おチビちゃんの華奢な身体は抱きしめたらすっぽり覆えちゃうくらい小さくて愛らしいし、このふわふわで柔らかいピンクブロンドはうっとりする程の現実離れの美しさだし、クリっと大きな瞳は澄んだブルーダイヤモンドのように煌めいているし、右目の下の小さな黒子は愛らしいのに色っぽくすら見える! ツンとした可愛らしい鼻にぷるんと熟れたサクランボみたいな唇は思わず食べちゃいたい程魅力的だ。それに溢れ出る程の神聖力で、遠くから見ても神々しく輝いて見えるんだよ? これが天使じゃなくてなんなの? 羽だって実は隠してるんでしょ? 」




 「 羽なんて隠してないわ! ……アーティは私を可愛がり過ぎよ。 ――愛称は納得いかないけど! 」




 「 ~~だって名前で呼んだりなんかしたら我慢できないよ 」




 「 何を我慢するっていうの? 」




 「 ……本気で言ってる? 」




 「 わからないから聞いているのよ 」


 


 ――はぁぁ……


 アランは深い深い溜息を吐いた。




 「 確かに私は女だけどさ、……これでも令嬢達からも人気あるんだよ? 」




 「 知っているわよ? アーティはそこら辺の貴族令息たちより紳士的だし格好良いもの! 」




 嫣然と微笑んでみせたが、なぜかふふんっと自慢げに彼を誉めるイリスに、アランは頬をほんのりと朱に染めて彼女の肩にがっくりと力なく項垂れ抱きついた。




 「 …………きっと伝わんないんだろうな~ 」




 諦めの境地に入りかけていた。




 「 アーティ? ……察しが悪くてごめんね。 貴女が私をおチビちゃんとどうしても呼びたいなら好きにしていいよ。 これからはすぐ会える距離にいるわけだし、寂しくなったら私の事頼ってね? 」




 イリスもアランの背中に腕を回すと、肩に顔を埋めながら囁いた。




 「 ~~あ~も~可愛いっ! もう放したくない! 邸にお持ち帰りしていい――? 」




 「 ――いいわけないだろ! 」




 興奮の収まらない昂ったアランが熱の籠った声音で告げると、低く怒声の籠った声音が降ってきた。




 「「 ――ザッシュ⁉ 」」 




 声の下方向へ顔を向けると、自室のバルコニーの出入り口に立つザッシュウェルの姿が目に入った。

 



 「 ……まさかと思ったが、本当に夜這いに来てるとはな 」




 ――よばい?




 ザッシュウェルの聞き慣れない単語にキョトンと首を傾げ見つめた。




 「 ちょっとちょっと! 折角の二人だけの時間を邪魔すんなよ! 」




 「 同性だからある程度は許容してやっているが、度を超すなら別だ!止めに入って当然だろ? 」




 「 私はいいんだよ!仲良しなんだから! ……まさかザッシュこそいつも夜這いに来てるんじゃないだろうな⁉ 」




 突然ザッシュウェルとアランの問答が始まったが、聞き慣れない『 夜這い 』という言葉が飛び合う。 アランに抱きしめられたまま、イリスだけが話について行けないようだ。




 「 俺はお前みたいに手は早くない!ちゃんと節度を持った振る舞いに留めている 」




 「 いやいや、深夜のレディの部屋に来るのは全然節度保ててないから! なんならメルに確認してみようか? 」




 「 出来るならしてみるがいい。 お前も同罪になるがな! 」




 「「 …………。 」」




 イリスがどうしてよいかわからず行方を見守っている間に、二人は言いたいことを言い切ったのだろうか。 しばらく沈黙で睨み合っている。


 ――しかし、先に行動したのはアランだった。




 「 ――ったく! ザッシュもおチビちゃんに話す事があったって事だろ? ……私は一応話したいことは話したから今日は帰る! 」




 アランは抱きしめていたイリスからしぶしぶ離れると、「 また来るから! 」と言って消えてしまった。 ――恐らく隠密で誰にも見られない様に出て行くつもりなのだろう。


 しばらく室内の様子を窺っていると、流石にアランの気配は全く感じられなくなった。




 「 座る? ……話したい事があるんでしょう? 」




 ザッシュに視線を移すと、柔らかい微笑みを浮かべて問う。




 「 …………あぁ。 」




 短く返事をすると、ザッシュウェルはなぜかイリスの向かいのソファではなく横に腰かけた。

 

 

 



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