31 強力な神聖力の代償
メイロードがイリスの部屋にやってくると、入れ替わる様にザッシュウェルは「 用事を済ませてくる 」と告げてすんなりと部屋を後にした。
「 イリス、調子はどうだ? 痛いところなどはないか? 」
「 大丈夫です。 ご心配をおかけいたしました 」
気遣うメイロードの心配を隠せない不安げな瞳の色を見たのは幼少の時以来だろうか。
意識を失ったとはいえ、気を失う前に命の危険を感じるような怪我などをした覚えはないのだが。
――なぜそんなにメル兄様は心配しているの?
ソファへ移動しようとしたが「 無理をするな 」と止められ、ベッドサイドの椅子に腰かけたメイロードは慈愛の籠った眼差しでイリスを見つめた。
「 私が不甲斐ないせいでイリスには苦しい想いをさせてしまった。 無事でいてくれたことだけが救いだ…… 」
「 今回の騒動の流れはすでにご存じでしょう? メル兄様が魅了にかかったのはアランの作戦だったのです。 それに私は乗ってすぐに解呪しなかったのですから、悔やまれる必要はございません 」
「 ……大局を任せなければならなかったのはわかっている。 それでも、私はお前が過酷な戦いをしている時に見ている事しかできなかった自分が情けなくて堪らないんだ―― 」
「 ――それも含めて、メル兄様であれば受け止めてくださると私は信じておりました。 魅了にかかっている間、見守ることしかできずさぞお辛かったでしょう? 」
「 あの程度、お前の命を懸けた戦いに比べれば造作もない。 気にするな 」
「いいえ、メル兄様やザッシュを見ていればわかります。 どれだけ苦しかったことでしょう。
責任感が強く国の為に身を捧げてきたメル兄様のお気持ちを考えれば、その苦しみは測り知れません 」
イリスは体を起こしてメイロードの手を掬い上げると、寄り添うように両手で優しく握りしめる。
――どうかメル兄様の心が救われ、これからも王太子として強くあれますように
『 祝福 』
ふわりと白く温かい光がメイロードを包む。
熱く込み上げる感情は、癒され洗い流すように彼の目から溢れ出す。 涙は止めどなく頬を伝い、嗚咽交じりの声が零れる。
祝福は神の恩恵。 心穏やかに心身共に健やかであるよう与えられる慈悲のチカラ。
心から自分の幸せを願ってくれるイリスの気持ちをメイロードは理解した。
「 ――……あり……がとう…… 」
嗚咽交じりの囁くような小さい声が室内に響く。
イリスは静かにわずかな癒しのひと時、彼に寄り添い続けたのだった。
「 ――それで……聖女様は今どうしていらっしゃいますか? 」
メイロードの心が落ち着いた頃を見計らい、イリスは話を切り出した。
「 彼女は無事に自分の身体を取り戻したから問題ない。 憑依していた悪しき魂は完全に浄化された。 今は状況に慣れるためにアランが面倒を見ている 」
「 無事に身体を取り戻せたのですね! ……それなら良かったです 」
ホッと胸を撫で下ろした。
聖女は教皇がゲシュールのチカラを乱用したことで、魔獣のスタンピードが起こり彼女は命を落としてしまった。 更に悪しき魂のせいで、聖女は身体を半年以上奪われ続けてきたのだ。
初代聖女の話を訊いた時から、イリスは一刻も早く彼女の身体を取り戻してあげたかった。
小説の世界だと思っていたが、今となってはそれ自体が違和感でしかない。 もし小説の通りにあの聖女とメイロードが結ばれていたなら、国は間違いなく滅んでいたのだろうから。
ゲシュールの力を乱用する教会に利権を奪われ、メイロードは聖女の言いなりになり王家は傀儡も同然。イリスやヘレインも無事ではいられなかっただろう。
ゲシュールのチカラに頼る教会が治める国がどうなるかなど一目瞭然である。
――小説がバッドエンドを描くなどあり得ないもの!
ずっと小説の通りに動かない自分の行動が、国の為になっているのか不安で堪らなかったが、今は心からこれで良かったのだとイリスは感じている。
「 ……全く、他人のことばかりだな……お前は死にかけたのだぞ! もっと自分の身体を労わってくれ 」
「 死にかけた? それはどういう―― 」
「―― アランがお前に渡したロザリオのブレスレットに使われていたエイハルンは、普通のエイハルンではない。 特別なエイハルンだったんだ 」
突然の意表を突いた言葉にイリスは驚愕した。 しかし、メイロードは被せるように事実を告げた。
「 特別? 」
聞いたことのない話に首を傾げる。
「 浄化の際、いくらアランの神聖力を込めたエイハルンがお前の助けになったとしても、イリスの神聖力を補うだけでなく、更に強い神聖力を与えるなどアイツのチカラでは不可能だ。 ――この国で一番神聖力が強いのはイリスだからな 」
「 ――まぁ、メル兄様は私を買いかぶっていらっしゃいますわ 」
説明を始めたのかと思いきや、突然褒められては緊張感が解けてしまう。 それでも兄に褒められるのは嬉しくて、思わず笑みが零れてしまった。
「 いいや、事実だ! だからアランを問い詰めた。 案の定、特別なエイハルンを使ったのだとアイツが白状したよ 」
「 特別なエイハルン? 」
イリスの言葉に黙って頷くと、メイロードはそのまま話を続けた。
「 あのエイハルンはチェビルの泉の底で初代聖女様のチカラがしみ込み、強い神聖力が込められていたそうだ。 アランは特別に初代聖女様からそのエイハルンを授かり、イリスにブレスレットにして渡したんだ 」
「 ……そんな特別なものを……初代聖女様がアランに授けて下さるなんて―― 」
「 イリスを助けるための初代聖女様の御心遣いらしいよ。 だが、強いチカラには代償が伴ったんだ 」
「 ……代償? ――まさか……死にかけたというのは―― 」
「 ――そうだ。強い神聖力を行使したことで、お前の身体はそのチカラに耐える為に酷使されボロボロになった 」
「 まさか……体の軋むような痛さはそれが原因ということですか? 」
「 ……軋む程度で済んだと思っているのか? お前の身体は神聖力によって酷使された為、神聖力で回復できる状況ではなかったんだぞ!
私とザッシュウェルの権力で夜中に国中の名医を集め、早期回復のために尽力を尽くさせたんだ。 」
「 ……そこまで大事になっておりましたのね…… 」
「 ……まぁ、まさか二日も経たずに目覚められる程、早く回復するとは思わなかったがな 」
いかに短時間で自分の為にメイロードとザッシュウェルが動いてくれたのか、メイロードの表情を見れば痛い程伝わった。
ザッシュウェルが大げさに自分の目覚めを喜んだのも納得できる。
眉根を下げてベッドに横たわるイリスの頭を優しく撫でるメイロードは、未だ眦に涙を溜めてはいるが慈愛の籠った暖かい眼差しを向けてくれる。
「 もう大丈夫です。 皆様のおかげで自分が死にかけたとは思えない程元気ですから! 」
心配をかけないようににっこりと笑ってみせた。 しかし、メイロードはなぜか悲し気に口を引き結んでしまう。
「 お前はよくやってくれた。 だが、頼むから国の為なら死んでも構わないなどとは思わないでくれ…… 」
「 私だって死にたくはございません。 ですが、メル兄様と共にこの国を護っていく覚悟は変わりません 」
「 ――全く……王太子として話があってきたというのに、イリスにそんなことを言われてしまうと話すのが躊躇われるな…… 」
苦笑して話すメイロードから僅かに哀愁を感じるのは、兄として案じる顔が見え隠れしているからなのだろうか。
生まれた時から神聖力の強さの代償として病弱だったイリスは、自分の人生をベッドの上だけで終わらせない為に健康になる努力を惜しまなかった。
歩けるようになり、兄であるメイロードと出会ってからは仲良くなりたくていつも彼の側にいた。 ――だからイリスは知っている。
国の為に幼い内から懸命に政務に取り組み、血の滲む努力を重ねてきた兄の姿を。
メイロードに寄り添い続けたのは唯一の兄妹だから。 ――しかし、それだけではない。
国民の安寧を守ろうと努める兄を誇りに想い、イリス自身が彼と共に国の為に尽力したいと思えたからだ。
そうでなければ魅了されたメイロードをそのままにして、夜会が開催されるまでの間放ってはおかなかった。
妹としては薄情な自身を責めたてたが、メイロードと共に国を護ろうと決意した王女としてのイリスは、国の為には然るべき対処ができたと自信を持ち後悔はしていない。
現にイリスが帰隊した討伐隊の者たちをあっさり解呪してしまっていたら、教皇や聖女は警戒心を強めて今回の騒動はすぐには起こさなかっただろう。
騒動が長引かずに済んだのは、イリスが魅了された者たちを解呪できないと思わせることができたからこそだったのだ。
魅了されている間の記憶を持つ者たちには申し訳ない気持ちはある。 それでも最小の犠牲で済んでイリスは心から良かったと感じている。
今は今回の騒動に加担した者たちを王宮の地下牢獄へ収監しているのだろうが、相当な数であることは間違いない。
教皇が聖女と共に陰謀を企てたのだから、ほぼ全ての枢機卿たちや司祭たちが囚われたといっても過言ではない。 教会と親睦を深めていた新興貴族たちも大半がこの件に関わっている可能性は濃厚だ。
恐らく兄としては、ゆっくりと妹を休ませたいと思ってくれているのではないだろうか。 しかし、王太子としては混乱する国の現状を早急に対処しなければならない。共に政務に携わってきたイリスに早く政に戻って来て欲しいと願うのは当然の事だろう。
「 メル兄様のお気持ちは嬉しいですが『 お話 』お聞かせ願えますか? 」
問題ないと微笑みを浮かべると、メイロードは眉根を下げて溜息を吐いてから姿勢を正した。
「 私は今回の一連の騒動の後始末の総指揮を父上に願い出た。 期限は一年以内とされたが許可も得られた 」
真剣な眼差しで話すメイロードに頷き同調する。
「 そして期限内に事態を収拾した暁には、私は国王に即位する 」
「 ――まぁ! 父上の許可が下りたのですね!! 」
「 あぁ、やることは山積みではあるが、私は此度の事を乗り越え自分が責任をもって国を治めるべきだと覚悟を決めた 」
「 メル兄様がお覚悟を決められたのでしたら、私も精一杯助力致します! 」
覚悟を決めた強い意思の籠った瞳に、イリスの心は喜びに溢れた。
「 ――イリス。 お前にはきちんとした役職が必要だ。 」
「 役職? ……いずれ婚姻により外国にでるかもしれない私がそのような―― 」
再び意表を突かれて目を大きく見開いた。
「 ――確かに王女として生まれたならば『 婚姻 』は国のため王女に課せられた義務ではある。 だが、イリスはこの国になくてはならない存在だ。 決して他の国になど譲ったりしない!! 」
「 メル兄様…… 」
メイロードからの宣言に瞠目し、イリスは溢れる喜びで言葉が続かなかった。
彼は『 イリスの神聖力 』ではなく、『 イリス自身 』をなくてはならない存在と認めてくれたのだ。 王太子としても兄としても他の国に譲らないという強い意思が感じ取れた。
「 これまでと同じように、ずっと私と共に国を護ってほしい。 その為には責任を問われる場所でこそイリスの活躍は発揮される 」
彼の眼差しに迷いはなく、為政者として国の為に必要な人財は逃さないという強い意思が表れていた。
「 引き受けてくれるな? 」
有無を言わせるつもりは毛頭ないメイロードの眼差しに、イリスは抗うつもりはない。 しかし、ただで引き受けるつもりもなかった。
「 お申し出。 至極光栄でございます。 」
「 そうか! ならば―― 」
「 ――ですが私にも条件がございます 」
「 条件?! 」
迷いなく告げるイリスの言葉に、メイロードは目を大きく見開き彼女を見つめたのだった。




