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3 こんなこと伝えて良いのかしら


 心の中で自分語りに浸っていたイリスは、きゅっと添えていた手を握られてハッとする。 気付くと頭一個分以上の身長差があるザッシュウェルが、屈んでこちらを覗き込んでいたのだ。




 「 聖女がメルと挨拶するみたいだぞ? ぼーっとしていていいのか? 」




 耳元で告げる彼の言葉はなぜか色香を帯びているように感じるのはなぜだろうか。 自分が長い時間心ここにあらずな状態になっていたことに気づいた。



 

 いつもなら少し長めの前髪を、手櫛で整える程度の漆黒の短髪。 今夜はしっかり後ろに流すように撫でつけ、大人の色気が増してイリスの胸はトクンと跳ねる。 ――咄嗟に恥ずかしくなって離れようと思っても、爽やかな彼の香りはイリスの好む香りで逆に引き寄せられてしまう。


 敵を射殺さんとするような切れ長な蜂蜜色の瞳も、イリスにだけはどこまでも優しく彫りが深く精悍な顔だちは惚れ惚れとする。


 再び自分の世界に入ってしまいそうなイリスは、首を軽く横に振って動揺する心を落ち着かせた。



 聖女に視線を向けると、すでに国王夫妻への挨拶が始まっていた。 教皇と枢機卿を両脇に従えた彼女は人好きする笑みを浮かべて国王の話を聞いている。




 ――あ、危なかったわ! 大事なメル兄様と聖女様の対面を見逃すところだったわね!




 国王夫妻は聖女にありきたりな言葉を激励として送り、ゲシュール討伐に役立って欲しいという期待だけを滲ませた。


 そして隣に並び立つメイロードとヘレイン。 聖女との対面にどうなるのかと、小説『 愛の奇石 』の読者であったイリスは興味津々だった。



 聖女がメイロードの前に立つと、その眼差しは先程のように熱の籠った眼差しで喜色を浮かべた。



 ――ぞくり……


 突然言いようのない悪寒がイリスの背筋を走り抜けた。 恐らく全身に鳥肌が立っているのではないだろうか。 ――純粋そうにも見える聖女の瞳から、禍々しい気配をイリスは肌で感じた。




 ――だめ!!




 危険としか言いようがない。 ヘレインの隣に控えていたイリスは、無意識にヘレインの前に出て即座にがしっとメイロードの手を両手で掴んだ。




 『 解呪!! 』




 許可も得ずイリスは心の中で唱える。 その途端、暖かい何かがメイロードの体内を巡った。 ――何が起こったかわからず、彼は身体をびくりと震わせた。




 「 ……イリス? 」




 気の抜けたような声を発したメイロードは、突然の事に唖然としていた。 仕方ないだろう。 あの状況になってしまったなら理解できなくても仕方ない。


 こんなことになると思いもしなかったイリスは、事態の重さにショックを隠せず俯き奥歯をギリっと噛みしめた。 ――しかし、すぐに心を落ち着かせると彼の手を握ったまま聖女へ振り向いた。




 「 とっても素敵な令嬢が聖女様で良かったですわ! ね?王太子殿下? 」




 突然現れたイリスに呆然としていた聖女だったが、イリスの言葉は自分の邪魔をしているのだとすぐ理解したようだ。




 「 お褒めいただき光栄です。 ただ、今は王太子殿下にご挨拶するところなのです。王女殿下には後程―― 」




 「 ――まぁ! そんなことおっしゃらないで? ずっと待ちきれませんでしたの! 王太子殿下はご存じでしたでしょう? 私今夜は一緒にお話を聞きたいわ! 」




 聖女は邪魔をするなとばかりに言葉を発したが、被せるようにイリスは自分のパートナーになるようメイロードに言う。




 「 そうだな。 聖女殿、実は我が妹は貴女との対面を誰より楽しみにしていたんだ。 私と一緒に挨拶を受けてもよいだろう? ヘレイン嬢も、ヘルスベート卿も良いだろうか? 」




 ザッシュウェルとヘレインは「 仰せのままに 」と薄く微笑み了承する。 ――彼らの言葉にメイロードは安堵し頷いた。


 メイロードはイリスの考えはおおよそ理解できている。 長い時間共に過ごしてきたのだから当然と言える。


 今回の聖女お披露目も、イリスが張り切っていたのは事前にわかっていた。 だからこそ、一見イリスの我儘な振る舞いも、彼女への信頼があったからこそ受け入れられた。




 「 王太子殿下がそれをお望みでしたら私に異はございません。 王太子殿下、王女殿下にお目にかかれて光栄でございます。 」




 すぐに気を取り直したのか、最初は戸惑う雰囲気を滲ませた聖女も即座に態度を改めた。 ――そして聖女はメイロードだけに熱の籠った視線を向けた。




 『 結界!! 』




 即座に察したイリスは心の中で唱える。薄い膜がメイロードを覆うが誰にも見えてはいないようだ。


 その後、メイロードの手をずっと握ったまま聖女に向かって薄い笑みを向け続けた。


 しばらく談笑を続けた聖女とメイロード。 その間、イリスもヘレインもザッシュウェルもただただ静観していただけ。



 このまま和やかに挨拶は終わるだろう。と、誰もが思ったに違いない。 ――しかし、聖女の表情には焦りと動揺が滲んでいた。


 聖女が挨拶をして立ち去る際、『 な……なんで? 』明らかに不平不満を呟いたのをイリスは聞き逃さなかった。




 「 メル兄様、後で大事な話があるの 」




 メイロードの耳元で真剣な声音で囁くイリスに、彼はコクリと無言で頷いた。


 突然パートナーを奪われたザッシュウェルとヘレインは、不満げな態度を露にすることはない。 ただ、明らかにいつもとは違うイリスの振る舞いに、何かを感じ状況を見守っていた。



 その後の夜会では、特に問題は起こらなかった。


 聖女の周りには大勢の貴族が集まった為、王族に再び近寄る余裕もなかったのだろう。


 イリスはメイロードが聖女にどのような印象を持ったのか気になったが、突然パートナーになったイリスの世話を甲斐甲斐しくしていた事と、挨拶に来る貴族に対応することで時間はあっという間に過ぎていった。




◇◇◇




 「 ――で、一体何があった? 」




 深夜の王太子執務室で、最初に口火を切ったのはメイロードだった。


 ソファに腰かけているのはメイロード、イリス、ザッシュウェル、そしてなぜかアランの四人だ。 護衛二人はドア付近で待機している。


 アランは帰ったフリをしつつ会場の状況を探っていたらしい。 執務室に入ったら当たり前のようにソファに腰かけていて流石に皆驚いた。


 ヘレインも同席したかったようだが、父親から許可を貰えず後日共有する事になった。


 ――そして、三人は一様に神妙な面持ちでイリスを見つめていた。




 「 メル兄様、聖女様とお会いしてどうでした? 」




 「 聖女殿、か? ……純粋そうな令嬢、という印象かな 」




 「 他には、何も思いませんでした? どんなことでも構わないのですけれど 」




 イリスの言葉はメイロードから何かを引き出したいように見える。




 「 どんなことでも? う~~ん……そうだな。 ……最初に目が合った時だけ少し頭の中がぼーっとしたような感覚は感じたかもしれない 」




 「 そうなのね…… 」




 「 イリス? 何か気づいたんだろう? 出なければあんな行動をお前がするはずがない 」




 「 ――メル兄様……私を信じてくれて嬉しいわ。」




 メイロードの言葉はいつもの優しい声音で、ほっとする。 彼の変わりない態度にじわじわと嬉しさが込み上げてくる。




 「 イリスの事は信じているからな。 ――で、何があった? 」




 「 ……悪意を感じたの 」




 「「「 !! 」」」



 

 躊躇いがちに言葉にするイリスを、皆信じられず凝視して固まった。 ――しかし、すぐにメイロードは気持ちを立て直す。




 「 イリス……それは、あの悪意で間違いないか? 」



 静まりかえる室内で、誰かがゴクリと唾液を嚥下した音が聞こえた。

 

 言ってよいものかイリスは躊躇する。それでも、これは彼らが知っておかなければならないはずだ。




 「 ……えぇ、ゲシュールの……気配を彼女から感じたわ 」




 「 そ、そんな…… 」




 イリスの言葉にメイロードは青褪めた表情で呟いた。

 



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