27 身体を取り戻した聖女の初仕事
「 ――ち、父上?! 」
項垂れていたローシェスは、教皇の姿を捉えて驚愕の眼差しで叫んだ。 ――これは彼等の計画にはなかったことなのだろう。
「 全て……全て失った……長年積み上げてきたオルフェルクが利権を握る為の計画が……聖女を旗印にして教会への信仰心を強めるのも……魔獣を使った王家の信用を無くす計画も……全て…… 」
絶望を口にする教皇の白髪混じりのダークブロンドの髪色は溢れる黒靄によって漆黒に染まり、アクアマリンのような瞳の色も真っ黒く染まり光を失っていく。 そして白金の装束もあっという間に黒装束へと変化した。
「 私が魔人となり、王家に消えない爪痕を残してみせようではないか!! 」
自暴自棄になった教皇は、ただ破壊を求める獣のように思考が短絡的になっている。
父親の暴挙を目の当たりにしたローシェスは、脱力して地面に膝をつき現実逃避するかのように頭を抱えた。
「 諦め悪いクソ親父だねぇ~ 」
こんな時であっても軽口を叩くアランの顔には疲れが見え、奇跡のような浄化のチカラを放ったイリスでさえも、聖女の浄化の為に大半の神聖力を使ってしまっていた。 ――今、強い神聖力を使える二人の余力はほんの僅か。
流石の危機的状況にアランも苦笑する。
教皇は聖女と比べればゲシュールのチカラは雲泥の差だろう。
エイハルンの黒珠石の力を借りていても、それだけではゲシュール神の加護を持った聖女のチカラには到底及ばない。 しかし、元々教皇になれる程神聖力が強かったこともあり、チカラを使い体力を大幅に消耗してしまった二人の脅威となるには十分だった。
「 ――さぁさぁ!! 王家の者共よ! オルフェルクの積年の恨みを思い知るがいい!! 本来掴むべき力を持った我らオルフェルクの力をな!! 」
思うままに力を放出させ衝撃波を繰り出す教皇に、イリスとアランは防戦一方となった。
「 はは……さっすがにまずいねぇ~……。 浄化する力までは……もう残ってないなぁ~…… 」
チカラを行使しながらも限界を感じて苦笑するアランに、同じ状況のイリスは結界を張ることに黙って集中することしかできない。
――折角聖女を浄化できたのに……どうしたら……
捨て身の攻撃を放ち続ける教皇。結界で防ぎ続けるイリスとアラン。
どちらが先に力を使い果たすかが勝敗を握る鍵になっていた。
その攻防戦はすでに半刻を迎え、立っているのもやっとなイリスに限界が見え始めた頃転機は訪れる。
「 ――聖女様!! 」
意識を失った聖女を護衛していたメイロードの影が、聖女の目覚めを告げた。
「 ……私は…… 」
目覚めたばかりで体力も殆どない状況でも、よろよろと影に支えられながら聖女は立ち上がる。
彼女はこれまでの聖女の姿と全く変わりなかったが、明らかに纏うオーラが違った。
黒靄をうっすら纏っていた悪しき魂を宿していた聖女とは違い、今の聖女は清らかで神々しい。 身体は白い光をふわりと纏っている。
目覚めた聖女の目に映る景色は酷い惨状にも拘わらず、動揺など見せることなく周りを見渡してから言葉を発した。
「 皆様、私が悪しき魂に乗っ取られてしまった為に、このようなことになり申し訳ございません。 この埋め合わせは私が責任をもって償わせて頂きます 」
深々と謝罪の言葉を告げると、聖女は胸の前で手を組み祈りを捧げ始める。 祈りと共に溢れ出す神々しい白い光は会場中にいきわたり、勢いよく衝撃波を放っていた魔人化した教皇すらもあっさり包み込む。
その力はイリスの神聖力に匹敵する程の強いチカラだった。
――これがレクシュトル神の愛し子に与えられたチカラなのね……
強い神聖力のチカラが教皇を浄化できると確信したイリスは安堵したのも束の間、気を緩めたのと同時に意識を失い、力なくその場に崩れ落ちる。
寸でのところで再びザッシュウェルが抱き留めると、そばにいたアランもホッと胸を撫で下ろした。
あっという間に浄化された教皇はチカラを使い切り、その場に膝をついて項垂れたところをメイロードの影たちに捕縛された。 他のローシェスや聖騎士、司祭たちも同様に捕縛されたのだった。
「 聖女殿、貴女の尽力に感謝する 」
力を使い果たしたイリスの代わりに、メイロードは聖女の許へ歩み寄り感謝の意を告げた。
「 いいえ、私は乗っ取られている間、自分の身体が悪事に手を染めていくのをただただ見つめ続ける事しかできませんでした。 これは私の罪、この程度で償いきれるものではございません。 私こそ国を聞きに陥れ申し訳ございませんでした 」
「 貴女は乗っ取られている間、何もできない状況であったと初代聖女様からも聞き及んでいる。王家は貴女を罰するつもりは毛頭ない。 今後については相談させてほしい 」
眉根を下げたままの聖女は以前の不躾な立ち居振る舞いは一切なく、ひたすら低姿勢で罪を償いたい心内を晒した。
メイロードは宥めるように聖女に声を掛けると、今回の夜会騒動に関わった者たちを連行するよう命を下した。 ――どうやらすでに後始末の命を国王から受けたようだ。
ヘレインに手短に声をかけた後、メイロードはザッシュウェルとアランの許へとやってきた。
「 ザッシュウェル、アラン、よくやってくれた! 」
申し訳なさげな表情を浮かべ声をかけながらやってくるメイロードを、ザッシュウェルとアランは疲れ切った口の端をほんの少し上げて苦笑して迎えた。
「 やっと終わったねぇ~ 」
脱力してしゃがみ込んで告げるアランに、同意するようにザッシュウェルも「 そうだな…… 」と頷いた。
「 まさかオルフェルクが百年以上前からこんな恐ろしい計画を立てていたとは思いもしなかったが…… 」
「 研究施設に関してはもう粗方押収は済んでいるようだけど、枢機卿の何人かは行方をくらませてるよ~どうする? 」
部下の報告を聞き渋い表情で告げるメイロードに、アランはすでに自分の密偵から報告を受けていた内容を告げた。
「 今回の騒動に関しては、国の根幹を揺るがしかねないものだった……陛下には私が責任をもって後始末を付けると話をする 」
「 それがいいだろうねぇ~なんて言ったって唯一を神を崇める教会のトップの一族がこんな事しでかしちゃったんだからさ~ 」
「 ……アランにはすまないが話がある。 お前は今回の騒動の解決に導いた唯一のオルフェルクの正統な血筋だからな……悪いが自由にさせてやることはできないぞ 」
「 うぇ~~……まぁ想定はしてたから逃げはしないよ~。 でもやるなら塵一つ残さず後始末は付けなきゃねぇ~ 」
「 無論だ! 確実に始末をつける! 」
いつも通りで軽口を叩くアランに底冷えするような強い意思で告げるメイロードの声音は、一見違和感しか感じなくても彼らの瞳の奥に揺れる怒りは同じものだった。
「 ザッシュ、お前はこれからどうする? 」
「 イリスが心配だ……医者に診せたい 」
「 そうだな、すぐに手配しよう。 目覚めるまでは傍で付いていてやるといい 」
「 ……いいのか? 」
「 その位の間は何とかする。 お前もどうせイリスが心配で他のことなど手につかないだろう? 」
「 助かる 」
「 かまわん。 イリスは大事な妹だ。 お前が傍にいれば心強いだろう。 何かあればすぐ教えてくれ。 後で私も会いに行く 」
「 ――あ! 私もおチビちゃんに会いに行くからね~ 」
「 ……わかった 」
ザッシュウェルは意識を失ったままのイリスを横抱きにして立ち上がると、王女宮へと急ぎ大広間を後にしたのだった。
「 ……――で? 私に何をさせたいわけ? 」
ザッシュウェルの姿を見送った後、これまでの軽口が嘘のように淡々と告げるアランをじっと見つめた。
「 お前に教会を任せたい 」
後始末に追われて騒めく大広間で、メイロードの声音はどんな音にも屈せず真っ直ぐにアランの耳に届いたのだった。




