25 骨肉の争い
「 貴様には指一本たりともイリスに触れさせん! 」
「 おっと! クソ親父は手を出さないでもらおうか~ 」
射殺さんばかりの鋭い殺気を放ちながら、前に立つ騎士服を纏ったザッシュウェル。 そしてこれまでの鬱憤を吐き出し、教皇を睨みつけながら拘束する黒い外套を纏うアラン。
二人はまるでこの時を待っていたかのようにタイミングよく現れた。
アランなど隠す気もなく、待っていましたとばかりに恐ろしい程美しく妖しい笑みを浮かべている。
「 二人ともありがとう!! 」
「 こっちは気にしなくっていいよ~教会のクソどもは気にせずイリスは聖女の浄化に集中してね~ 」
イリスに向けられたアランの眼差しは優しく暖かい微笑み。 教皇たちに向けられたものとは雲泥の差があった。
ザッシュウェルもこくりと同調して頷くと、教皇を助けようと動き出す聖騎士や司祭を迎え撃つ。
自分のスキルで大広間を破壊してしまわぬよう殆どスキルは使ってはいないようだが、王国一の剣の使い手であるザッシュウェルにとって、聖騎士や司祭などスキルを使わずとも赤子の手をひねるも同然だ。
先程まで心細かったイリスの心は二人の助けに後押しされて、緊張に押しつぶされそうだった心にはゆとりが生まれていた。
「 ダメダメダメ!! やっと……やっと私のモノになったのよ!! いやぁぁぁああっ!! 」
聖女の苦しみ方は尋常ではない。頭を掻き毟る様に抱えて髪を振り乱す姿は清らかな聖女のイメージをかき消す衝撃的な光景だった。 ――にも拘らず、聖女は頑なに抗う事を諦めない。
それでもあと少しで浄化できるのでは? とイリスが気を緩めた瞬間、聖女の身体からは禍々しく重い空気の漂った黒い靄がぶわりと溢れ、抗う聖女を護るように包み込む。
――やはりゲシュール神は聖女を手放すつもりはないのね……
イリスの直感は当たっていたらしい。
聖女の意思とは関係なく黒靄は彼女を守ろうと動き、意思すら感じられた。
徐々に聖女を護る力が強くなっていくのを肌で感じたイリスの背中を嫌な汗がつたう。 ――それは例えようもない本能で感じる畏れだった。
教会で聖女を浄化しようとした時よりも、より一層強い抗う黒靄の力。 聖女がゲシュールの力の引き出し方を自然と身に付けたのか。 それとも――。
頭で考えても答えなど導き出せそうにない。
イリスが困惑する間も急激に黒靄は増え続け、聖女を取り巻く悪しき力は増していく。
――このままで本当に浄化できるの?!
言いようのない不安が心に押し寄せる。
イリスは決して浄化の力を弱めてはいない。
出来得る限りの出力で浄化を続けている。 しかし、黒靄は明らかにイリスの力を押し返そうとしていた。
その変化を感じ取ったのはイリスだけではなかった。
「 ――聖女よ!! 力を解放しなさい!! 後の事はどうとでもなる! 自分のモノを奪われたくないのなら、全ての力を吸い取るのだ! 」
拘束され戦意を喪失していたかのように項垂れていたはずの教皇は、いつの間にか気力を取り戻し煽るように聖女に向かって叫んだ。
アランに押さえつけられていても、一心不乱に聖女へ訴えかける姿は狂気じみている。
――ピクリ……
僅かに聖女が反応した瞬間を誰も気づくことはない。
アランは暴れるように騒ぐ教皇を、乱暴に地べたへ這いつくばらせた。
「 あんたさ~他人の心配してる場合じゃないんじゃないのかな~? 」
アランの揶揄する声音は軽くとも、拘束する力は更に強まる。
「 貴様ぁ~~さっきから何なのだ!! いい加減私を離せ!! 」
やっと自分に意識を向けた教皇に、にやりと冷徹な笑みをアランは向ける。 ――そして、待っていましたとばかりに言葉を紡ぎ始めた。
「 あんたさ~私たちが何の準備もせずにこんな事しでかしていると思ってんの? 証拠も揃っているからもう観念した方がいいよ~?」
「 ~~黙れ!! 戯言など信じるものか! ――我がオルフェルクは神の眷属だ! この国を護り続けている我らを愚弄するな!! 」
「 はっ! 護り続けている? 神の眷属? その敬うべき神様を害そうとするゲシュールの力の研究をしているクセによく言うよね~ 」
鼻で笑って極秘の研究を話を持ち出したアランに、教皇の身体はびくりと震えた。
「 ――な、何を言っている⁈ 生意気な小僧が! 貴様は一体何者だ!! 」
「 は? まさかまだ気付いてない? …………しょうがないな~。 ならご挨拶してあげようかな~? 」
「 ご無沙汰しております。ち・ち・う・え、 貴方の愛する娘アティーラでございます 」
教皇の問いにしたり顔で受け止めたアランは、オルフェルクの血筋らしく慇懃とした挨拶を教皇を拘束したままして見せた。
「 何だと⁈ アティーラ⁈ あの娘は五年前に死んだはずだろう!! 」
先程までの怒気を孕んだ表情は驚愕の色に染まり、訝しむように教皇はアランを凝視する。
「 あんたらの眼を欺くことくらいこっちはお手の物でさ~。 殺したはずの娘と再会できて嬉しいでしょ~? よかったねぇ~? 」
「 お、おのれぇぇ~~! 役立たずの分際で一族に仇成すとは! ――恥を知れ!! 」
一族を陥れようとしたのが実の娘であると理解した教皇の瞳は真赤に血走り、教皇の威厳などとうに掻き消え吠えるように喚き散らした。
「 私を殺そうとしたあんたがそれを言っちゃう? こんなのが教会のトップだなんて神様も可哀そうだね~ 」
くつくつと笑うアランを顔を真っ赤に染め上げ怒鳴る教皇は、計画が失敗に終わったというのに未だ瞳には怒りの炎を宿していた。
「 我らの一族の悲願を貴様が邪魔をするんじゃない!! ――退け!! 」
「 まぁ~ったく状況把握もできないみたいだねぇ~。 クソ一族の悲願なんて叶えてやるわけないでしょ~? 王位まで簒奪しようと目論んだ証拠も、全て王女殿下の命令で押収済みなんだから、いい加減諦めた方が良いと思うよ~? 」
はぁぁ~とため息をわざとらしく吐いたアランは、地を這うような低く凍てついた声音で教皇に吐き捨てた。
「 何だと⁈ まさか……研究施設を……王家に売ったのか?! 」
「 売ったも何も……私は買ってすらいないけど? それにこれは私の望みじゃないしね。 一族の繁栄なんか望んじゃいない。 私が望むのはただ一つ! オルフェルクが破滅することだよ~ 」
「 お……愚か者が……我らがどれだけ必死で一族の繁栄を願い続けてきたと…… 」
「 愚か者はクソ親父、あんただよ。 たかだか一族の繁栄とやらの為に神の意に背く実験をしただけに飽き足らず、実行までしちゃったんだからさぁ~。 ――碌な死に方出来ないからね? 私があんたを地獄に送ってやるから楽しみにしてなよ? 」
父親である教皇に引導を渡したアランの瞳には怒りの炎が燃えつつも、そこには微かに哀しみも含んでいた。 悲願ではあったとはいえ、実の親を破滅に導くのだ。良心の呵責に悩まされるのも無理はない。
アランが感傷に浸りかけた時、聖女を包んでいた黒靄は突如膨れ上がり勢いを増した。
突然の事態にその方向へ反射的に振り向きアランは叫んだ。
「 ――どういうことだ?! 」
――状況は突然一変した。
先程まで程苦し気に悶えていた聖女は、大きな球体にまで膨れ上がった黒い靄に包まれていた。
そこから放たれる悍ましい程の悪意は今にも破裂しそうだった。
会場にいた貴族たちは、我先にと恐れ慄き逃げようと走り出す。




