24 二人の守護者
けたたましい叫び声をあげたのは先程までメイロードにしなだれかかっていた聖女だった。
か弱い乙女とは思えない叫び声を上げながら両手で頭を抱え悶え苦しむ異様な姿に、会場中の視線が集中する。
「 聖女様っ!! 」
衆人環視の中、慌てて聖女の側へ駆け寄ったのは教皇とローシェスだった。
寄り添っていたメイロードを突き飛ばし、囲うようにローシェスは聖女を抱き込む。
「 聖女様をお守りしろ!! 」
教皇の叫びに司祭や聖騎士が更に聖女の周りを囲みこんだ。
「 聖下、王太子殿下を押し退けるとはどういうことでしょう。 私は王太子殿下と聖女様の為に祈りを捧げたのです。 決して害そうなどしてはおりません 」
静かに告げるイリスの言葉には明らかに怒気が含まれ、瞳は『 退け 』と訴える。
「 聖女様は体調を崩されたご様子。 私は保護者として付き添い本日はお暇させて頂きた―― 」
「 ――それは許可できかねます 」
「 ――な?! 」
囲い込まれる聖女を更に隠すように前に出て、暇を告げようとした教皇の言葉をイリスはバッサリと遮った。
教会の最高位である教皇と第一王女イリスの相互関係は、表向きは教皇の方が立場は上になる。 しかし、それを承知で遮ったイリスの眼は、臆することなく真っ直ぐに教皇を見つめていた。
国王とメイロードが解呪されたばかりの今、現状国王の代理はイリス以外にはいなかったのだから。
「 私に国王陛下と王太子殿下に何かあった場合、代理として国をまとめる義務がございます。 聖下にも聖女様にも問うべき事がございますので、離席頂くわけには参りません 」
国王夫妻もメイロードも解呪されたばかりで思考がはっきりしておらず、今この場で正常な判断が出来るの王族はイリスのみだという事は誰の眼にも明らかだった。
「 国王陛下も王太子殿下もご健在ではございませんか! 勝手な判断は止めていただきたい。 陛下、私は聖女様をお守りする為にも一旦帰らせていただく為、お暇させていただき―― 」
「 ――ならぬ 」
「 陛下⁈ 」
横柄な態度を振り撒きながら、ふらつく国王夫妻とメイロードが健在であると堂々と嘯き、イリスの言葉を一蹴して去ろうとした教皇を、国王はふらつきながらも凍てつく眼差しで一蹴した。
「 王女は間違ったことは申しておらぬ。 国王である私も、王太子である第一王子も攻撃を受け非常事態に陥っている。 現時点で王女が国王代理としてこの場を収める義務がある。 聖女と教皇は王女の問いが終わるまで王宮を去ることは許さぬ 」
国王は苦悶の表情ながらも、強い意思の籠った言葉は威厳を失ってはいなかった。
「 私も陛下の仰せのままに、王女に任せます 」
突き飛ばされたメイロードも護衛の肩を借りて姿勢を正し、まっすぐにイリスを見つめて国王の言葉に同意した。
「 ――王太子殿下っ! ……ご無事でっ……何よりです……! 」
メイロードの許へ涙を滲ませながら駆け寄ったヘレインは、抱きつきたい衝動を堪えながらも彼の人一人分手前で立ち止まり、喜びを表に出しつつも控えめに声を掛けた。
「 ロードハイム令嬢……すまない……苦しめて……本当にすまなかった…… 」
「 ……問題ございません。 殿下がお戻りになることを……信じてお待ちしておりました 」
「 ――っヘレイン!! 」
身を引き裂かれそうなほどの苦しみに耐えているかのようなメイロードの面差しは、心の底から悔いているのがイリスの眼から見ても明らかだった。 ――それはヘレインも同じように受け取ったことだろう。
ヘレインの瞳からは幾筋もの涙が伝いながらも、彼を責める意思は微塵も感じられない。 むしろ、心底正気に戻った彼を安堵しているようにしか見えなかった。
堪えきれず彼女を引き寄せ抱きしめたメイロードの瞳からも一筋の涙たつたう。
先程までの婚約破棄騒動が嘘のように、二人の間に溝は存在していなかった。
「 ~~あり得ないっ!! こんなのおかしいわ!! メル様は私の婚約者なの!! 悪役令嬢のあんたじゃないのよ!! 」
二人の抱き合う光景を、誰よりも信じがたい表情で怒りを露にしたのは聖女だった。
「 メル様っ! 本当に愛しているのは私でしょう? ずっと一緒にいたではないですか! さっきだって陛下にお願いしてくれ―― 」
「 ――黙れ!! 」
「 !! 」
「 よくも私を魅了で惑わせたな! 決して許さん! 」
メイロードの瞳には聖女が親の仇のようにすら見える程怒気が立ち昇る。とても先程まで仲睦まじく寄り添っていたとは思えない心の距離が二人の間には生まれていた。
縋る様に言葉を吐き出す聖女は、 『悲劇のヒロイン』 をかなぐり捨ててまるで悪女のようにしか見えない。
「 聖女殿、今貴女には婚約云々よりももっと問わねばならぬことがございます 」
乱心する聖女に凍てつく声音で静かに告げたイリスの言葉は、痴情のもつれの会話をばっさりと断ち切る程の鋭さが声音に宿っていた。
「 ――貴女は聖女であって聖女ではない 」
想像だにしなかったイリスの言葉に場は困惑を極める。 騒然とする会場の中、イリスは周り視線など気にも留めず話を続けた。
「 ゲシュールによって導かれた悪しき魂よ。 私の『祝福』という名の『 解呪 』はさぞ苦しかったでしょう? 」
「 カイジュ……? 何よそのカイジュっていうのは! 」
「 ご存じございませんか? 貴女がゲシュール討伐で行使した『 浄化 』と似たような力です。 ゲシュールの攻撃などによって正気を失った魂を正常に戻す力です。 正気な者であれば苦しむことはない力なのですよ? 」
「 何よ!! 私が正気じゃないって言いたいの?! 私は聖女なの! 私は誰よりもまともなのよ! 馬鹿にしないで! 」
悪しき魂と告げられただけでも憤慨した聖女は、正気ではないと断言された事で顔を真っ赤にして怒りを露にした。
「 馬鹿になどしておりません。 私は貴女から神聖な聖女様の身体を返して頂きたいだけです 」
「 私が聖女なの! 返すとか意味わからない事言わないで!! 」
「 ――王女殿下! 聖女様に非などございません。 これ以上の愚行はお止めください 」
聖女の荒ぶる態度に便乗し、教皇もまるでイリスの方が正気ではないかのように言い放つ。
「 お黙りなさい! 本来の聖女様であれば、身体から黒い靄など溢れたりは致しません。 今の聖女様はゲシュールの黒靄により悪しき魂に乗っ取られております。 この状況を見過ごすなど出来兼ねます 」
あくまで『 彼女が聖女である 』と貫くつもりの彼等に、イリスは毅然と言葉を返し迎え撃つ姿勢を見せた。
しかし、聖女も教皇も鼻であしらうような笑みしか見せず、何が何でも自分たちの意見を強引に通すつもりのようだ。
「 わかりました。 引く気がないのであればその身をもって示して頂きましょう 」
イリスは立った姿勢のまま胸の前で手を組み真っ直ぐ教皇を見つめたまま心で唱えた。
『 浄化! 』
「 ――な、ならんっ!! 」
イリスが何をしようとしたのか気づいた教皇は、不安に突き動かされてすかさず止めに入ろうとしたが間に合わなかった。
「 いやぁぁああああっ!! 」
先程よりわかりやすい強い神聖力の白い光が会場中を包み込む。
どのような能力なのかなど、イリスより神聖力の低い教皇たちには推し量ることは出来ない。 しかし、先程よりも明らかに強い力は聖女の苦しみ方を見ても窮地であることは明らか。 ――教会側の者たちは危機的状況であると理解した。
聖女が再び苦しみ叫び始めたことで、教皇はやはり不安が的中したのだと察して慌てて止めるべくイリスに掴みかかろうと前に出る。
「 ――!! 」
しかし、行く手を遮ったのはイリスを守る様に前に出て、教皇に刃を向けたザッシュウェルだった。
それだけではない。 いつの間にか教皇の両手を後ろで拘束し、動きを封じたのは突如姿を現したアランだった。
――ザッシュ! アーティ!
浄化し続ける中、イリスは心の中で歓喜した。




