23 祝福という名目の解呪
メイロードの言葉は静まりかえる会場に響き渡り、貴族たちは一斉に口を噤み目を瞠った。
どう反応して良いか躊躇う貴族たちは、周りの反応を見て身の振り方を決めようと思っているのか不自然に視線が泳いでいる。
そんな貴族達を圧倒させたのは国王の言葉。
「 良いだろう。 褒賞としてロードハイム令嬢との婚約を解消し、改めて聖女との婚約を結ぶことを許可する 」
まさか国王が即決するとは思わず貴族達の動揺は高まるばかり。 しかし、どこからともなく聞こえ始めた拍手を皮切りに、会場は大きな祝福の拍手と歓声が響き渡った。
「 お待ちくださいませ!! 」
大きい拍手と歓声にも拘らず、苦悶に満ちたヘレインの張り上げた声が会場に響き渡る。
刺々しい視線の中、心のままに突き進み国王の許まで歩み出ると縋る様に言葉を紡ぎ始めた。
「 国王陛下、どうか発言することをお許しください! 」
「 ロードハイム令嬢! これは私と陛下との褒賞についての話だ! そなたに口を挟む権利などない! 」
恭しく頭を垂れて乞うヘレインの姿に顔を歪ませ、退かせようとメイロードは冷酷な眼差しで睨みつけた。
それでもヘレインは止まることはない。
「 国王陛下! 何卒お願いいたします!! 」
「 貴様っ――!! 」
「 ――待て、これは褒賞ではあれど国の行末に関わる事、遺恨を残すわけにはいかぬ。 良いだろう、ロードハイム令嬢の話を聞こうではないか 」
「 陛下⁈ 」
「 黙れ。 婚約解消を願うのならば、話を訊くくらいの誠意を示すのは当然であろう 」
聖女の魅了にかかりながらも国を思う気持ちは国王に微かに残っているのだろうか。
ヘレインへ向ける眼差しは凍てついていても、国王は問答無用で婚約解消にもっていくつもりはないらしい。
苛立ち声を荒げたメイロードを一蹴した姿は、統べる者の意思をありありと示す。
衆人環視に見守られる中、ここからヘレインの反撃が始まるのかと思われた。
「 ありがとうございます。 ……幼き頃より王太子殿下の婚約者となり、殿下と共に国を護れるよう尽力して参りました。 討伐出発前には将来を二人で誓いあったではありませんか! なぜ急に心変わりされてしまったのでしょう―― 」
「 ――白々しいことを申すな! 王都に戻ってから、貴様が聖女にした仕打ちは全て彼女から聞いている! 尊き聖女を害そうとしたことを罰していないだけありがたいとなぜ思えない! 」
「 殿下! 私はこの三日幾度もお二人のところでお願いをしに伺いましたが、決して聖女様を害そうとしたことなど一度もございません! 」
「 酷いです! 私は嘘など言っていませんわ! ……でも……筆頭公爵家のお嬢様が違うと仰るなら……私の言葉など何の価値もないのでしょうね…… 」
ヘレインの言葉にすかさず涙ながらに異議を唱える聖女は、あたかも台詞を用意していたかのようにあざとく涙を浮かべ、悪女はヘレインであり自分がさも悲劇のヒロインであると印象付けるような言葉を紡いだ。
「 聖女が嘘を言うとでも? 国の平和に導いた聖女を、次代の国母となる私の婚約者が陥れようとするなど……貴様のような者が婚約者に相応しいと信じ続けた私が愚かだった! 」
「 メル様!そんなこと言わないで? 私は貴方が愚かだなんて思わないわ! 愚かなのはメル様の気持ちを踏みにじったロードハイム嬢でしょ? 」
「 フェルミラ……私の気持ちを汲んでくれるのは君だけだ。 ……陛下! ロードハイム令嬢の話はこれ以上聞くに堪えません! 」
聖女は陥れられても愛しい人を支える乙女のように振舞い、メイロードはそれを本気で受け止めヘレインへの憎悪を膨れ上がらせた。
そして何倍にもヘレインが悪であるかのように罵り国王の決断を促す。
どう考えてもヘレインの主張を一切聞く耳持っておらず、言いたい放題な聖女とメイロードだったが、誰も異を唱えることはなかった。 むしろ聖女の言葉に「 王太子殿下を支えられるのはやっぱり聖女様しかいないな 」 などと聖女とメイロードの言葉を肯定する者たちの方が断然に多い。
ヘレインが恋人二人を引き裂く邪魔者のように衆人環視には見えているのだろう。
「 ――ロードハイム令嬢。 貴女が幼い頃よりメイロードを長年支えてくれていたことを私は認めておる。 だが、聖女殿が国に尽くしてくれているというのに、貴女の行いはどうやら以前とは大分変ってしまったようだ。 国を担う時代の国王となる王太子の妃には、夫を支え国の為に身を尽くせる者が次代の国母であるべき。 その役目は聖女殿が相応しいようだ。 私は王太子の願いを聞き入れ、此度のゲシュール討伐の報酬を王太子と聖女の婚約とする! 」
国王の宣言により、メイロードと聖女の婚約が褒賞として二人に授けられた瞬間、会場の貴族から拍手喝采が巻き起こる。
誰一人としてメイロードとヘレインの婚約解消に異を唱える者はいない。
教皇やローシェスも勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「 ――国王陛下。 私からもよろしいでしょうか 」
拍手と割れんばかりの祝福の声が飛び交っていたというのに、その声はハッキリと皆の耳に届いた。 まるで言霊のようにイリスの言葉は会場中の者たちの心へ響き、しんと会場は静まりかえる。
衆人環視が見守る中、イリスは国王の前へ歩み出た。
「 …………王女よ、まさかお前まで王太子の褒賞に異を唱えるのではあるまいな? 」
「 とんでもございません。 私はお二人のご婚約をお祝い申し上げたいのです。 」
「 ――ほぅ? 祝うと? 」
「 左様でございます。 ロードハイム嬢の件は非情に残念ではございますが、陛下が決められた褒賞であれば、第一王女として王太子殿下と聖女様を祝う事は喜ばしい事でございましょう? 」
衆人環視が見守る中威風堂々と紡ぐイリスの言葉は、声を張り上げている訳でもないというのに会場に響き渡り皆を圧倒した。
ヘレインと親しい仲であり、彼女の上司でもあるイリスが憤慨するのではなく、率先して祝おうとする思惑を誰もが訝しむ。 しかし、それを誰一人声にすることはない。
冷やかな空気が漂い始める中、その場の空気を自分のものにしたイリスに言葉を返したのは国王だった。
「 よろしい。 心から祝っているのであれば許可する 」
「 ありがとうございます。 細やかではございますが、お二人の輝かしい未来に祈りを捧げたく存じます 」
両腕を天に向かってのばし告げると、メイロードと聖女に向かって恭しく頭を垂れ跪き祈りの姿勢を取る。
「 尊き王太子殿下と、聖女様に輝かしい未来を! 」
『 解呪 』
胸の前で両手を組み、祈りの姿勢をとったイリスの身体からは白い光が溢れ出し、それは全ての者の目に神々しく映った。
神聖力を持たない者の目にも触れたその光は暖かく会場中を包み込み、皆イリスの力に魅了されたかのように顔を綻ばせた。
ただ一人を除いて――
「 やめてぇぇぇ―――!! 」




