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19 小説通りの展開


 言葉が見つからず、悲しみを堪えようと無意識に胸の前で手を組んだイリスは、しばらく俯き続けた。


 斜め後ろで見守るジークは、彼女の深い悲しみを神聖力を通して感じ取っていた。



 気付いていないようだが、イリスから溢れ出ている神聖力の光の中に、揺さぶられるような強い感情が伝わってくることがある。


 これは神聖力を持つジークだから感じ取れた。


 溢れる光から、今は痛々しい程の悲しみが流れ込んでくる。 うっかり気を緩めればその悲しみにジークも呑まれてしまいそうだ。




 「 私なら魅了に侵された人々を救うことは簡単です。 ……ですが、アランは私にそれを望んでいないのでしょう? 」




 「 …………恐らく 」




 短い言葉ながらも躊躇いがちに発せられた言葉から、イリスは自分が今すべきことをおおよそ理解した。


 彼はアランの信頼する数少ない部下の一人だ。 アランが望むことを最大限に理解した上でイリスに言伝したに違いない。


 それならば自分もアランの理解者として役に立てるよう動くべきだ。



 アランのオルフェルクへの憎しみは根深い。 オルフェルクが王家を転覆させようとしているのが判った以上、向かう先はイリスもアランもほぼ同じだと言えるだろう。 オルフェルクの陰謀を退けることがロワイトス王国の平和に繋がるのだから。


 ただ、なるべく穏便に事は進めたい。アランとも仲違いしたくないからこそ、互いにとって有利になる道を選択しなければならない。




 「 ――クロウ、 今アランの行方が分からない以上、彼の助力は望めないわ。 だから、貴方が私を助けてくれないかしら 」




 しばし逡巡した後、イリスはクロウを神妙な面持ちで見つめて請う。




 「 承知いたしました。 今この場にアラン様がいたとしても、王女殿下を助けるよう命令されたはずです。 最善を尽くして貴女の命に従います 」




 「 安心して、私はアランの異に反するようなことは致しませんわ! 」




 「 御意。 」




 「 それではこれからの事なのだけれど―― 」




 先程まで深い悲しみとショックに襲われていたイリスは気持ちを切り替えて口元に弧を描き、今後の作戦を夜遅くまで王女居殿でクロウたちと共に練るのだった。





 ◇◇◇




 

 三日後―― メイロードの率いる討伐隊は無事に王都へ帰還し、イリス達の出迎える正殿の大広間へ彼等はやってくる。


 大広間では国王陛下並びにイリスや高位貴族が、今か今かとそわそわしながら待ちわびていた。


 しかし、イリスの斜め後ろに控えるヘレインは不安げな眼差しを浮かべていた。 先日のクロウの報告を聞いたせいだろう。




 「 王太子殿下率いる討伐隊代表者様方のご入場です 」




 入場を知らせる掛け声の後、大広間の扉は開かれメイロードと聖女につづいて討伐隊の副隊長以上の隊員たちや神官が入場する。


 騎士たちは軍服を纏い、聖女や神官は白金色の装飾の施されたローブを身に纏っていた。討伐から戻ったばかりとは思えない討伐隊員たちの凛々しく煌びやかな姿に、皆喜色を浮かべ見惚れていた。


 予想していたことではあるが、案の定メイロードは聖女を甲斐甲斐しくエスコートして先頭を歩く。


 ズキンっとイリスの胸は痛んだが、恐らくヘレインはそれ以上だろう。 彼女の表情が見えるわけではないが、自分だけが辛いわけではないと平静を取り戻すことができた。


 国王の玉座の前まで歩みを進めた討伐隊員たちは、メイロードが跪くと彼に倣った。


 

 宰相により討伐隊の代表者の名前が挙げられていき、紹介が終わると国王は彼らを労う。




 「 討伐に参加した者たちよ、よくぞ無事に戻った。 其方たちの活躍は王都の誰もが知っておる。 隊員の魔獣の討伐を終わらせただけでなく、浄化も予定より早く終わらせるとは実に見事である。 褒美を授けたい 」




 「 ご厚情に心より感謝申し上げます。 魔獣の討伐が早々に完了できたのは、聖女殿の力あってこそ。 我々は神聖力を使える隊員が僅かであった為、尽力してくれた聖女殿や神官たちを守ることに心血を注いだ次第です 」




「 うむ、教会の助け失くして今回の討伐は成功を成し得なかったであろう。 最も貢献してくれた聖女殿と討伐隊を指揮した王太子には褒賞を特別に授けよう。 望みを申してみよ 」




 メイロードからは覇気を感じ、統率者としての堂々とした振る舞いが感じられたが、聖女へと視線を移すと蕩けるように甘い眼差しが向けられていた。


 彼の瞳は国王と聖女にしか向いておらず、イリスもヘレインも一度もメイロードと視線を交えることはない。


 聖女を讃える言葉を紡ぐメイロードは、誰の目から見ても聖女を慕っているのは明らかだった。




 「 恐れながら国王陛下、まだ帰還したばかりの為後日場を設けて申し上げてもよろしいでしょうか 」




 聖女と見つめ合っていたメイロードはすぐに望みを告げることを控えた。 隣に跪く聖女を気遣ったのだろうが、二人の見つめあう姿はそれが聖女の魅了によるものであると、イリスはわかってはいても堪えた。


 目で会話する二人の空気は甘さを含み、国王ですらも気づいたに違いない。




 「 急ぐ必要はない。 王女が五日後に其方たちを労う夜会を用意している。 まずはゆっくり休むがよい 」




 国王の言葉に慇懃に礼をすると討伐隊は大広間を後にした。




 終始寄り添い合うメイロードと聖女の姿にイリスはただ様子を窺うことしかできなかった。


 メイロードだけでなく、ザッシュウェルも馴染の隊員たちも誰一人こちらを一瞥もしないのだ。


 まるで地獄に叩き落されたかのように心は凍てつき辛くて堪らなかった。 それでもただ大広間を去って行く彼らの後ろ姿をイリスは見つめるしかなかった。





 ◇◇◇





 「 王女殿下、王太子殿下の使いの者がいらしております 」




 「 ――どうぞ 」




 昨日討伐隊が戻ってからメイロードは一度も王太子執務室へ足を運ぶことはなかった。 引き継ぐ報告をしたかったのだが、彼は聖女の為に用意された貴賓室へ向かってからそのまま戻って来ていない。




 「 何用ですか 」




 「 王太子殿下より言伝を承り参りました。 王太子殿下は聖女様の接待でお傍を離れることができない為、引き続き夜会開けまで政務の代行を王女殿下にお任せしたいそうです 」




 「 ……わかりました。 下がりなさい 」




 想定していた通りとはいえ、イリスはこれまで見せたこともないような凍てついた表情で淡々と告げた。


 メイロードの使いはビクリと顔を強張らせながらも最低限度の言伝のみ告げて部屋を去った。




 「 ――あの者の報告をメル様はお聞きになられるでしょうか 」




 「 たとえメル兄様が報告を聞かずとも、聖女側は知りたいでしょう。 きっとこちらの状況を良いように判断してくれるはずです 」




 「 ……では、私たちはこれから連日メル様の許へ……足を運ぶのですね? 」




 「 えぇ、ヘレインには申し訳ないですが、クロウに探りを入れてもらうためにも私たちが哀れな姿を聖女様や聖下の前に晒す必要があるのです 」




 ヘレインの問いにイリスはため息交じりで答え、これからの数日間を思うと憂鬱で堪らない。

  



 「 ザッシュウェルはどうなさるのです? 」




 「 ザッシュがどうしましたの? 」




 ヘレインの意外な言葉にイリスは目を瞬かせた。




 「 彼も魅了にかかるのは二度目です。 ただでさえ前回ほんの一時魅了されただけで、この世の終わりとばかりに死にそうな顔をしていたではないですか。 彼だけでも戻してあげた方が良いのでは? 」




 「 ……確かにもうすでに丸一日私と距離を置いていますね……でも作戦に影響しないかしら 」




 「 彼は元々寡黙でしょう? 聖女様に魅了されていても、さほど変わりはないのではないでしょうか? 」




 「 確かに……聖域で魅了された時は聖女に惑わされているというよりは、聖女の騎士という感じだったようにも思います 」




 「 夜会までイリスへ冷たい言葉をかけ続けなければならないのは彼にとって苦痛かもしれませんが、イリスと気持ちが通じているだけでも救いにはなるのでは 」




 「 確かにザッシュだけであれば戻してあげてもよいかもしれません。 ……今夜会いに行ってきますわ! ありがとう。 ヘレイン 」




 イリスの言葉にヘレインはホッと安堵したようだった。


 ただでさえ討伐に旅立ってから三週間以上も会えなかったのに、更に魅了にかかって聖女とイチャイチャしている姿を見せつけられているヘレインは、相当神経をすり減らしていることだろう。 それでもイリスやザッシュウェルの事を思ってくれる彼女をイリスは愛おしく思えた。





 ◇◇◇





 クロウの報告を受けると、どうやらメイロードとザッシュウェルは常に聖女の傍らに控えて行動を共にしているらしい。


 それでも、メイロードもザッシュウェルも夜は自室に戻っているようで、今夜も天文薄明終わり頃にはザッシュウェルも自身の王都の邸へ戻ったらしい。


 すでに日を跨ぎかけている状況だが、タイミングとしては丁度良いだろう。


 イリスは動きやすい服をクロウに用意してもらい、着替えると二人で王宮を抜け出した。




 「 ――王女殿下、たとえヘルスベート卿が魅了にかかっていようと、気配察知能力は非常に高いでしょう。この位置からでも魅了を解除することは出来ないでしょうか? 」




 王都のヘルスベート邸のザッシュウェルの自室の一番近くの塀の外から、クロウは渋い表情でイリスに告げた。




 「 ……もしかして……邸に侵入したら即見つかるってことかしら? 」



 

 「 あの方なら可能でしょう……アラン様の気配にすら気づけるのですから、俺の影などすぐ気づかれるはずです 」




 普段淡々と命令をこなしているクロウがここまで警戒するのは余程なのだろう。




 「 わかったわ、この位置からだとザッシュだけでなく他の者まで解呪してしまうけれど……仕方ないわね…… 」




 ――はぁぁ……


 深い溜息を吐いた後、イリスはザッシュウェルに向けて解呪を行った。


 自領の大きな公爵邸に比べて小さめの王都の邸とは言え、流石ヘルスベート公爵家。 四階建ての邸にはバルコニーも設置されており、庭園も広い。 男爵家クラスの領地の本邸よりずっと大きいだろう。


 この場所からでは彼が無事に解呪できたのか確認は難しい。




 「 ――どうやら解呪できたようです!! すぐに向かってよいですか? 」




 しかし、不安げなイリスにクロウは振り返り、即座に告げた。




 「 わ、わかったわ! お願い 」




 クロウはコクリと頷くと、戸惑うイリスを横抱きに抱えて二階のザッシュウェルの部屋のバルコニーまであっという間に辿り着いた。


 そして、ついて早々に荒れ狂うザッシュウェルの声にイリスは愕然とするのだった。   


 


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