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18 予期せぬ訪問者


 「 現在ジーサロンド領だけでなく、各地で魔獣のスタンピードが頻発しております。ですが討伐隊は聖女様のお力で予定通り討伐は完了したとのこと。 今後は教会と聖女様のご助力がより一層必要になるでしょう。 各領地の復興や魔獣対策、安全対策も含め、聖下と聖女様の助言は必要不可欠となるはずです。お二方の議席も増やすべきです 」



 王宮正殿の大会議場で五日ごとに行われる議会は、討伐隊が王都を発ってからすでに今日で五回目となる。


 これまでの意四回は、まだゲシュールによる魔獣化の状況が報告にそこまで上がっていなかった為、教会の助力の話が出てものらりくらりと躱すことができた。


 しかし、『 聖女と教会の尽力により三日前に討伐隊が完了して討伐隊がジーサロンド領を出発した 』と、聖堂前広場にて昨日大々的に報告されたのだ。 これは王宮に今朝知らされたばかりの内容だったため、教会側の情報収集の早さに驚愕した。




 教会側の言い方では、共に戦っている王太子が聖女に感謝し常に寄り添っているとのこと。 その為今回の王権議会では、堂々と新興貴族議員が教皇と聖女の王権議会への参席の議案を提出したのだろう。


 以前から王権に不満を抱いていた教会は、この機会に王家の権威を削いで教会が権威を得ようと虎視眈々とその時を狙っている。 教皇と聖女の王権議会への参席は、あちらにとってはこれ以上ない程のキッカケとなるだろう。


 だからこそメイロードが戻っていない状況で、イリスがこの議案に採決を下すべきではない。




 「 議席を増やすかどうかに関しては初めての議案である上に、民の安寧を願い、拠り所となると神へ誓った初代聖下の意思に沿っているとは言えません。 ゲシュールの悪意による魔獣の討伐に対しての助言と、政への助言は話は別です。採決を求めたいのであれば、王太子殿下が王都に帰還された後の議会で再度議案を提出するように 」




 イリスはメイロードの代理として『 代理が重大案件の採決を下すべきではない 』という意思を貫き、五回目の王権議会は閉会した。





 ◇◇◇





 「 …………とうとう教会の議会進出の議案が出されてしまいましたわね 」




 「 聖女様が討伐隊で活躍されているこの機会を活かしたいのでしょう 」




 ヘレインの溜息交じりの言葉に、イリスも肯いた。




 「 間もなく討伐隊は帰還なさるのですよね? 聖女様が活躍しているという話は事実だと思われますか? 」




 「 それは私にもわかりません。 ですが、教会側が堂々と聖女様の活躍を公言しているという事は、それなりの確証があるのでしょう 」




 「 ……聖女の活躍と聞くと……どうしても素直に受け入れ難いですわ…… 」




 「 私も同感です。 聖女様の神聖力の強さが、枢機卿よりも劣ると判明した時点で大した貢献は出来ていないはずでしょうから 」




 聖女はそもそも神聖力はメイロードよりほんの少し強い程度だった。それを教会側がどうやってイリスに匹敵する程の神聖力だと判定させたのかはわからないが、聖女と対峙した時、イリスは聖女の力を容易に抑え込むことができた。 どう転んでもイリスと聖女の神聖力が拮抗しているということはない。




 「 まさかブレスレットの効果が切れてしまったという事はないでしょうか…… 」




 ヘレインは最悪の事態を口にして、自分の言葉で顔面蒼白になっていく。




 「 それはなんとも……ですが視野に入れておかねばならないでしょう。 万が一知らせが事実であれば、聖女様に対して警戒はしなければならないでしょうから 」




 「 メル様が戻られた後……聖下と聖女様の議席を増やす議案……通る可能性はあるのでしょうか 」




 「 無いとは言えないでしょう。 次の王権議会で再び議案提出された場合、今回の議案は可決へ賛同させる為の布石となる可能性が高いです 」




 「 ――それはどういう…… 」




 「 議案に聖下と聖女様の議席を増やす必要性が謳われたことで、これまで教会の政への関与を否定していた者たちに、考える時間を与えたことになりますから 」




 王権議会閉会後、王太子執務室へ戻ってきたイリスとヘレインはソファに腰かけ、思わしくない状況に歯噛みした。


 これまではイリスの神聖力を教会に示してきたことや、エイハルンにイリスの神聖力を込めて納めていたこともあり、教会の権威を高めようと動く革新派の動きを制御することは難しくなかった。


 しかし、ゲシュール増幅での魔獣増加による被害が拡大しているこのタイミングで聖女が現れ、魔獣討伐に多大な貢献をしたとなれば見過ごすことなどできない。

 

 王国中の民が聖女や教会を敬うようになるのは一目瞭然だ。




 すでに教会には連日民が押し寄せ、お布施を捧げたいという者たちで溢れているという。


 王都には町や村を魔獣によって追われ、避難してきた者たちも多い。 ――彼らの拠り所になっているのだろう。



 民が聖女に感謝し、レクシュトル神への信仰心を高めることは良いことだ。 しかし、それこそが教会の狙いであり、権威を高めるための自作自演であれば話は別なのだが。


 


 「 メル様たちがご無事ならよいのですが…… 」




 午後の強い日差しをレースカーテンで避けた室内で、ヘレインは王太子執務机を眺めながら吐息を吐くように呟いた。


 現時点で討伐隊から被害状況などの報告の中で、隊員が負傷したという報告は一度も上がっていない。 もしもメイロードが負傷しようものならすぐに王都まで知らせが届くはずだ。


 報告がないという事は、無事であることは間違いない。 だが、ヘレインの言う『 無事 』は外傷などの心配だけではない。 ――『魅了されていないか。』 も含まれる。


 


 『 聖女が活躍している 』という事は、聖女がメイロードの側にいる可能性が高いという事。


 イリスの神聖力の込められたブレスレットを渡していても、それもせいぜい一週間程の効果しかない。 その間にアランが神聖力の補充をすると約束してくれていたが、必ずでもない。


 もしもブレスレットの効果が切れていれば、どうなるかなど想像に容易い。


 何事もなくメイロードが王都に戻ってくれることをヘレインは願っている。 しかし、この三週間弱アランからの報告は二回。 メイロードの部下からの報告は一切ない状況だ。


 いてもたってもいられず、ハラハラと動揺を見せるヘレインの気持ちも理解できる。




 「 三日前にジーサロンド領を討伐隊が発ったと領主から連絡はきていました。 きっともうすぐ帰還なさるはずですし、無事なはず。 ……そうでしょう? 」




 「 …………そうですわね 」




 互いの不安を相殺するように想いをすり合わせても、気持ちは僅かに晴れる程度に過ぎないのだが――。




 「 私はメル兄様のご無事を信じています 」




 メイロードを信じるイリスの揺るぎない想いに、ヘレインもコクリと頷いた。




 「流石に今日の王権議会は疲れたでしょう……今日は執務はもう終わりにして、私たちはゆっくり休みましょう 」



 イリスはソファから立ち上がり待機していた侍女や護衛達にも指示を出した。


 先程まで高い位置に陽が昇っていたはずが、いつの間にか外は陽が暮れ始めて薄暗くなりつつあった。

 




 

 ◇◇◇





 普段なら正殿から王女の居殿まで馬車で異動していたイリスは、不安な気持ちを紛らわせるために護衛のジークだけを伴いゆっくり歩いて戻ることに決めた。


 陽が落ちて薄暗い庭園の中は、一定間隔で設置された豪壮で曲線的な金の装飾のランタンに灯りが灯っている。


 幻想的な雰囲気の庭園を歩きながら、夜風が頬を擽る心地よさを感じた。 そして未だ王宮に戻らない兄と幼馴染たちを頭の中で思い浮かべていた。




 報告に誤りがなければ、間もなくメイロードは王都へ戻ってくる。


 魔獣の討伐が終わったのだから何も問題は起こってなどいないはずなのに、イリスの不安はどうやっても拭うことができない。


 


 「 メル兄様…… 」




 切ない声音が零れた。


 声になると思わなかったイリスは自分自身の声に驚いたが、ジークもイリスの声音を聞き漏らさなかった。




 「 ――きっと、ご無事でお戻りになるはずです…… 」




 遠慮がちに発せられた声音は、出過ぎたことをしてしまった罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、それでもイリスを案じて発せずにはいられなかったのだとわかった。




 「 ジーク……貴方にも心配をかけるわね…… 」




 「 俺の事はいいんです。 姫様がお元気でいてくれれば―― 」




 「 …………ありがとう 」




 「 ――今、どのあたりまでお戻りになっているか確認させましょうか? 」




 「 いいえ。 ……今は無暗に偵察隊を動かすのは止めましょう。 教会の動きが活発な今、そちらを注視しなければなりませんから―― 」




 教会周辺は動きが今までにない程に活発で、状況を把握するだけの人員確保にもイリスは手を焼いている現状だ。 これ以上の人員を動かすのは難しい。




 「 ――王女殿下 」




 ジークを安心させようと発した言葉は、唐突に斜め前方から発せられた声で被せられた。




 すうっと暗闇から姿を現したのは、裏の情報ギルドの幹部、アランの右腕のクロウだった。




 「 ――クロウ!! お久しぶりですね! 」 




 突然現れった懐かしい人物に、イリスの心は浮き立った。




 「 お久しぶりです。 アラン様から言伝を頼まれまして、私が参りました。 ――お時間、よろしいでしょうか? 」




 「 勿論よ。 ただここで話せることではないのでしょう? 私の居殿に戻ってお話を伺ってもよろしいかしら? 」





 平民出身であるクロウが慇懃に跪いて挨拶をする姿はとても新鮮に映ったが、それとは別に彼からは焦りの印象も窺えた。


 コクリと静かに頷くクロウとともに王女居殿へ戻ると、早急に応接間を準備させたのだった。





 ◇◇◇





 「 ――それで、クロウが来てくださったのは、アランアからよほど重要な連絡があるという事なのかしら? 」




 王宮の正殿とは異なり、元々前世が一般市民だったイリスは可愛らしいものを好む。


 「 王女居殿は好きに改装すると良い 」と、メイロードの許可も得ていた為、部屋の装飾品や家具一式は、全て白と金色の色調で統一されている。


 居殿の部屋は一つ一つは広くないが数は多い。 一人でも過ごしやすいこじんまりとした雰囲気もイリスはとても気に入っている。


 椅子一つをとっても、曲線を描いた意匠は繊細な美しさで、猫脚も愛らしい。 椅子の淵を彩る花巻きの金の装飾も部屋の雰囲気にとてもあっている。


 しかし、クロウの瞳は終始落ち着きなく視線を彷徨わせていた。 ――普段から闇に紛れて行動するオーラスキル【 影 】の影響もあるのだろうか。




 「 ……お察しの通り、アラン様が今は王女殿下の許へ来れない状況の為、俺が代わりにお伝えしに来ました。 」




 「 アランはなんと? 」




 討伐はもう完了しているというのにアランが直接イリスに報告に来れないというのは、余程の事があったということだろう。


 肌に棘が突き刺さるようなピリリとした鋭い感覚をクロウは漂わせているのに、その本人も苦痛の表情を浮かべていた。





 「 アラン様の指示通りにご報告させていただきます。 討伐開始して三日で討伐隊員だけでなく、王太子殿下含めた全ての者が聖女の魅了に堕ちました。 また、解呪をしようと奮闘したアラン様も、現在行方不明の状況です。 」




 唐突な悲報にイリスは目を大きく見開き、クロウの言っている意味が理解できなかった。




 「 討伐隊が……全員魅了に……アランは行方不明……? 」




 ガンっと頭上から硬い何かが頭に落ちたかのような痛みを感じ、くらりと眩暈に襲われる。




 「 はい……。 アラン様からは、行方知れずになられる前に、何があっても王女殿下への報告を最優先するように厳命を受けました。 」




 「 そんな……では……戻って来ている討伐隊は……聖女様のいいなり……と、いう事ですか? 」




 クロウは黙ったまま苦痛を浮かべてイリスを見つめてから視線を少しだけ逸らした。 ――それは肯定を意味した。




 まさかの事態に、イリスの頭の中は真っ白になった。


 想定していたことでもあったが、それでも対策は短期間であっても出来る限りの事はしたはずだった。


 自分の能力を過信していたとは思いたくはなかったが、回避できなかった事態に―― 聖女の想定外の能力に――


 イリスの心の動揺は激しい衝撃となり自分を襲ったのだった。

 



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