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15 抑えきれない想い


 お茶会から数日経ち、明日メイロードたちはジーサロンド領へ向かう為出立する。 それなのにザッシュウェルはイリスを避け続け、話しをすることすら叶わない。


 避けられる理由はわかってはいたが、それでも直接ブレスレットを渡したかったし話しもしたかった。 しかし、アランの報告によってメイロードの陣営は早急な対応に追われていた。



 アランが報告したのは、エイハルン製の小箱の中に入っていた直径約10mm程の小さな黒い珠石。 ゲシュール化を促すほどの邪悪なゲシュールの力が込められた禍々しいエイハルンだった。


 たった一つの小さな珠石が、現在のゲシュール化した魔獣発生に拍車をかける起爆剤になった可能性が高いらしい。



 問題は、この珠石が自然に発生したものではないという事だった。


 珠石自体が人の手で加工されたエイハルンであり、その珠石に込められていた力は濃度の高い邪悪なゲシュールの力であった。


 彼の見立てに間違いがなければ、ゲシュールの邪悪な力を小さな珠石に何者かが封印し、どこにでも厄災を持ち歩けるようにしたようだ。


 珠石に力が封印されている時点で、神聖力の強い者がこの珠石に関わっていることは明白。 しかし、珠石自体が小さい為、わざわざ神聖力の強い者が珠石を探しに行くなどということがない限り、バレることはないと持ち主は思ったようだ。 ――その思惑を華麗に裏切ったのがアランだった。


 彼は珠石の存在など関係なく教会の動向を注視して執拗に追い回していた為、必然的に珠石の存在に気付いたのだ。



 珠石にゲシュールの力を封印すること自体も問題ではあるが、もっと問題なのは珠石の封印を解放した者がいるという事。


 邪悪な力が解放されれば、強いゲシュールの気配に引き寄せられたゲシュールの悪意が増幅し、通常の何倍もの早さで生物へのゲシュール化感染が拡がり魔獣となってしまう。


 神聖力を注ぎ封印したエイハルンは、神聖力を持つ者なら解放は容易い。しかし、問題となっている邪悪なエイハルンの力を解放できるのは、どうやら神聖力の強い枢機卿クラスの者だけに限られるようだ。 ――それだけ強い封印の力を行使されていたのだろう。


 必然的に教会が関与していることは想像するに容易いのだが、その追及をしたとしてもオルフェルク一族はトカゲのしっぽ切りをしてでも責任逃れをするはずだ。


 教会がゲシュールの魔獣多量発生の原因を作った可能性があるとしても、オルフェルク一族へ責任を問うには効力がまだ弱すぎる。 その為、アランは情報は提供するが、教会側には隠し通すことを条件にメイロードに報告したらしい。


 報告の際、何故アランが『 封印 』『 解放 』の事を理解できたのかと追及を受けたようだが、イリスへ見せたようにメイロードにも神聖力の光を見せたことであっさり解決した。


 アランを信じたメイロードが、すぐに教会に対して厳戒態勢を敷くことを即決した。 しかし、王家が選抜した討伐隊員で神聖力を持つ者は、元々メイロードを入れてもほんの僅か。 更に神官たちより神聖力は弱い。


 対策としてイリスの神聖力の込められたエイハルンを各討伐部隊長に一つずつ渡すことにはなったものの、神聖力による解呪・浄化はほぼ神官頼みな状況は変わらない。 ――とはいえ神官たちも浄化するだけの力があるわけではなく、今まで教会に納めてきたイリスの神聖力の込められたエイハルンの力のおかげにすぎないようだ。


 イリスは何か他に力になれないかメイロードに声を掛けたが、『 王都を頼む! 』と笑顔で躱されるだけだった。


 きっとメイロードであれば打開策を考えて動いていているに違いないが、万が一メイロードが魅了された場合を考えるとイリスは心配で堪らない。 ――だからこそザッシュウェルと話をしたかったのだが。



 結局執務が終わるまでの間にザッシュウェルと話をすることは出来ずじまいだった。





 ◇◇◇





 毎日慌ただしく過ごしているイリスは元々体が弱かった事もあり、仕事は夕餉以降はメイロードに禁止されている。 


 心配事は尽きなくとも出来る事は最低限はやりきっていた為、大人しく自室でゆっくりとベッドに入るまでの時間を過ごしていた。 ――しかし、結局ザッシュウェルへ渡すブレスレットは渡せていない。


 メイロードに託そうかとも考えたが、どうしても自分で渡したかった。




 「 ……明日渡せなかったらどうしよう 」




 はぁぁ……。


 深い溜息をつくがこのままでは眠れそうになかったイリスは、自室のバルコニーへ出て設置された椅子に腰かけながら夜空を見上げた。


 会うことが叶わなくとも、今この瞬間ザッシュウェルもこの同じ夜空の下で仕事をしている。 そう思えばほんの少しでも気持ちが落ち着くような気が……するわけないのだが、そう思わないと心が平静を保てなかった。




 「 ――ザッシュ 」




 消え入りそうな程小さな声が溜息と共に零れた。




 「 イリス―― 」



 静まりかえり微かにそよぐ夜風に乗って、イリスの耳には確かにくぐもった男の小さな声音が耳に届いた。




 「 ――誰⁈ 」




 ガタンっ! と大きい音を立てて椅子から立ち上がり、あたりをきょろきょろと見回すと、すぐ横の部屋のバルコニーにザッシュウェルの姿があった。




 「 ――ザッシュ⁈ なぜそのようなところにいらっしゃるの?! 」




 なぜわざわざ隣のバルコニーにいたのかイリスには理解できなかったが、一体いつからいたのだろうか。 その疑問がすぐに頭の中に浮かんだ。


 佇んでいたザッシュウェルは、なんとも気まずそうな面持ちでこちらのバルコニーへ来るのを躊躇っているようだった。



 

 「 …………申し訳、ございません…… 」




 小さく掠れた声音で謝るが、ザッシュウェルはその場を動く気はないように見えた。




 「 ――こちらへいらっしゃって! 」




 チェビルの泉の件以降ずっとこんな調子のザッシュウェルに、イリスはもううんざりしていた。 つい声を荒げてこちらへ来るよう命令してしまう。


 彼はしばし申し訳なさそうにその場でオロオロと視線を彷徨わせていたが、結局イリスの目の前までやってきた。




 「 …… 」




 「 いつからこちらに? 」




 「 ……王女様の部屋に……灯りが灯ってか―― 」




 「 ――他人行儀な呼び方は結構ですわ! いつものようにイリスとお呼びになって! 」




 「 …………イリス 」




 ずっと悲し気な眼差しを向けてくるザッシュウェルは、イリスに名前を呼ぶよう強制されて喜びを隠せない様子だった。


 彼はイリスの頭ひとつ分以上大きく、ただ黙って立っているだけで女は誰でもザッシュウェルに見惚れる程精悍で見目麗しいというのに、今にも泣きだしそうな彼は捨てられた仔犬のよう。


 イリスへの罪悪感と喜びが入り混じり、心の中がぐちゃぐちゃなのだろうか。 ――その乱れた心情が危うさを醸し出し、妙な色気すら漂っているような気がしてしまう。




 「 ――ザッシュ。 なぜ私を避けましたの? そんなに私に会いたくなかっ―― 」




 「 ――絶対にそんなことはない!! ……です 」




 眉尻を下げて悲し気に問おうとすれば、突如大きい声音でザッシュウェルは声を被せて否定した。




 「 でしたらなぜ? 」




 「 ――俺は……イリスを護る資格がないから…… 」




 やはりチェビルの泉の件が尾を引いていたらしい。


 ぎゅうっと拳を握りしめ、張り裂けそうな想いを抱え込んだザッシュウェルの身体は、己の不甲斐なさで怒りに震えていた。




 「 ……王国一の剣の使い手のザッシュですら資格がないとおっしゃるの? それでしたら私はこれから誰にも護衛をお任せできないのかしら? 」




 「 ――っそんなことは!! ~~~…… 」




 イリスの言葉に返す言葉が見当たらず、瞳を揺らしながらザッシュウェルは言葉を詰まらせた。


 あの日以来ずっと彼の瞳はイリスを見つめる時だけ動揺して揺れている。 ザッシュウェルは感情を持て余し、今までの彼ではあり得ない情緒の不安定さを露にしていた。




 「 明日からジーサロンドへ発つのでしょう? このまま私と会わないまま行ってしまわれるおつもりでしたの? 」




 「 お、私はイリスを……傷つけてしまうかもしれないですから…… 」




 「 ……確かに。 私は剣をザッシュに向けられましたものね。 」




 熱の籠らない声音で告げた言葉に、ザッシュウェルはビクリと身体を強張らせて震え、大きく目を見開いて「 うぐっ…… 」と小さく呻き声をあげイリスを見つめたが、すぐに俯いてしまった。




 「 ザッシュは神聖力は使えませんわ。 それはご存じでしょう? 」




 「 ……はい 」




 「 でも武術は誰よりも優れていらっしゃるし、『 剣聖 』まである。 ――そうですわよね? 」




 「 …………はい 」




 淡々と言葉を重ねるイリスに、辛うじて返事だけは絞り出したザッシュウェルだったが、その表情はいたたまれない程蒼白だった。




 「 私は神聖力は強いけれど、武術は自分の身を僅かに守れる程度ですわ。 武力で攻撃されたらひとたまりもございません! ……そうでしょう? 」




 「 はい 」




 自分の事を問われれば致し方なく返事を返したというのに、イリスの事には即座に返事を返すザッシュウェルの姿は、不意を突いてイリスの心にじわりとむず痒い暖かさを齎した。



 「 私が貴方に求めていたのは神聖力ではございません。メル兄様と私を武力からの攻撃から守って欲しかっただけなのです 」




 「……」




 「 貴方は自分の求められた仕事が出来なかったのかしら? 」




 「 ……できなかったからあのようなことに…… 」




 「 いいえ、違いますわ。 あれは武力の攻撃ではなく、ゲシュールの力によるものでしょう! ザッシュは武力から私を護れなかったわけではございませんわ! 」



 「 ――ですが!! 神聖力が強ければあのような事には…… 」




 「 自分にないものねだりだなんて、いつからそんなに傲慢になってしまわれましたの? 」




 「 ――っ!! そんなことは―― 」




 「 ――そういうことでしょう。 メル兄様ですら聖女様の魅了には抗うことだできませんでした。 それをあなたは抗う力を欲しているようなことをおっしゃる。 神聖力の宿らない身体なのに、傲慢じゃなくてなんだというのでしょう? 」




 「 ――だが、今のままではイリスを護れない!! 」




 ザッシュは己に怒りを向け続けながら涙をぼろぼろと溢れさせた。 こんなに涙を溢れさせた姿を見るのはきっと初めてだろう。


 しかし、彼の気持ちが痛いほどわかるからこそ、イリスは涙する彼の姿を見るのが苦しかった。




 幼い頃から、ザッシュウェルはずっとメイロードとイリスを守る為だけに必死で鍛錬も欠かさなかったし、苦手な勉強も積極的に取り組んだことで、メイロードの指示を理解し先を読んで行動することまで出来るようになった。


 彼は小説の寡黙でメイロードの指示にのみ従う側近では収まらないほどに自分を磨き続けてきたのだ。 傍でずっと見守ってきたイリスは痛いほどよく理解している。 ――どんな時でもメイロードとイリスを最優先にしてくれていたのだから。


 自分の進むべき道を自分で閉ざした自分自身が彼は許せないのだ。 ――どうしようもないことだったとしても、だ。




 「 ――これを 」




 イリスはすっとザッシュウェルの前に箱を差し出した。


 躊躇いがちに受け取ったザッシュウェルに「 開けなさい 」と命令すると、おずおずとその箱を開いた。




 「 ――これは…… 」




 「 もうメル兄様のブレスレット見ているでしょうからご存じですわよね? 私の神聖力の込められたブレスレットですわ 」




 「 お……私が……いただいてもよいのですか? 」




 「 貴方の為に作りましたのよ 」




 「 ……俺の為? 」




 信じ難いものを見るような眼差しでブレスレットを食い入るように見つめる彼に更に近づき、彼を見上げて言葉を紡いだ。




 「 ザッシュが私たちを守ろうと思ってくれているように、私も自分の出来る力で精一杯貴方を守りたいのです 」




 たとえどんなに彼が傷ついていようとも、イリスは自分の気持ちは否定されたくなかった。 その想いを込めて紡ぐ言葉にザッシュウェルの瞳は大きく揺れ、強く握りしめていたブレスレットの入った箱はカタカタと小さく震えた。




 「 ――お願い。 ザッシュの後悔は貴方だけのものですから否定は致しません。 ――ですから、その代わり私の気持ちを否定せず受け取って頂きたいのです! 」




 静まり返った夜空の下、彼は身動きできずこちらをじっと見つめた。


 熱の籠った瞳からは今も涙が零れているが、しっかりとその瞳にはイリスが映っていた。 言葉はなくとも、触れたいと乞うザッシュウェルの想いが痛い程伝わってくる。


 躊躇いがちに伸ばされた指先は、イリスの頬にそっと触れた。




 「 ……俺を想い……泣いてくれているのか? 」




 触れた指先はイリスの涙で濡れていた。


 自分でも気づかない内に想いが溢れ出していたのだろう。 イリスもチェビルの泉での件以降ザッシュウェルに対し、罪悪感で悩み苦しんでいたのだから。 ――大切な幼馴染が苦しむ姿を見て、平気でいられるわけがない。




 「 大切な……人なのですから……当り前でしょう…… 」




 気丈にふる舞っていたはずが声は震え、もう目の前が涙で霞んでよく見えない。 それでも、今彼から目を逸らすという選択肢はイリスにはなかった。


 ここでしっかり想いを告げなければ絶対に後悔する。 その想いに奮い立たされじっと見つめ続けているのだ。




 「 イリス……その……抱きしめても……いい、だろうか―― 」




 王族に触れることは理由がある時以外本来許されない。 だからずっと自分たちの間にはわずかでも距離があった。 それが主と臣下の最低限守らなければならない距離。


 そこから一歩踏み出したいと願う彼の心にイリスは自ら動いた。




 「 ――ザッシュでしたら…………喜んで! 」




 言葉と同時にイリスは彼の腕の中に飛び込む。


 突然の事に固まったザッシュウェルだったが、イリスの身体の温もりで我に返り腕を背中に回してそっと抱きしめ返した。




 「 不甲斐なくて……すまない 」




 ぽろぽろと零れ落ちる涙が腕の中にいるイリスの頭に落ち、髪を伝い滑り落ちていく。


 ブンブンとただ顔を横に振り、嗚咽を漏らしながらイリスは態度で応えた。


 凍えかけた心は互いの熱で温まり、じんわりと広がる熱が愛おしくて堪らなかった。




 「 必ず……無事にお戻りくださいませ…… 」



 嗚咽を漏らしながらも懸命に紡ぐイリスの願いに、ザッシュウェルの心はきゅううっと鷲掴みにされたように締めつけられる。 その甘い苦しみは血管の隅々にまで伝わっていく。


 離したくない温もりと、全身に広がる甘い苦しみ。


 ザッシュウェルはその苦しみに悶えながらも、イリスをそっと抱きしめ続けた。 ――思わずぎゅうッと力強く抱きしめてしまわないように気を付けながら。




 「 必ず……戻る。 ……このブレスレットと共に…… 」




 いつもの彼の優しい声音が降り注ぎ、コクリと頷いた。


 イリスはやっと安心できたのだ。


 涙はなぜか止まらないし、背中に回した腕を離す気持にもなれなかった。 ただ彼の言葉に安心していた。



 ザッシュウェルに身体を預け、温もりに包まれたままイリスはいつの間にか深い眠りに落ちていたのだった。




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