13 乙女の密談なのかしら
木々の梢を揺らす風が、美しい大輪のバラが彩るアーチ門の先の四阿の中にも吹き抜ける。
心地よい風が頬を擽り思わず口角が上がってしまう。
最近はなかなか令嬢だけの語らいなどする暇もなかったせいか、ほんの一時のティータイムがとても特別な時間に感じる。
ロードハイム邸を久方ぶりに訪れたイリスは、ヘレインと向かい合って腰かけ爽やかなフレーバーティーをご馳走になっていた。
今日はとっておきのヘレインが厳選したバラのフレーバーティーに、薔薇の砂糖漬けやバラジャムとクロテッドクリームを添えたスコーン。 薔薇っモチーフのチョコやファッジは、他ではお目にかかれない高級感のある菓子。 薔薇をこよなく愛するヘレインらしいチョイスのもてなしに、イリスは自然と顔を綻ばせる。
ヘレイン・ロードハイムは、ロワイトス王国の高位貴族の中で二家しかない公爵家の一つ。 ロードハイム公爵家の公女だ。
なんとイリスと同じ歳で、メイロードとヘレインが婚約した年に、イリスがメイロードに頼み込んでヘレインを紹介してもらい友人となったのだ。
絹糸のように滑らかで艶のある真っ直ぐに伸びた真紅の髪の毛は、相槌を打つたびにシャラシャラと音を奏でそうな美しさ。 長い睫毛で縁取られた若葉色の瞳は、風でそよぐ木々の葉のように爽やかで吸い込まれそう。 鼻筋は通っていてクールな印象に見えがちだが、ぽってりとした艶々の唇と右口端の下に存在感を見せる黒子は、見た者の胸をドキリと高鳴らせてしまう程の色香を漂わせている。
背丈は同年代の令嬢の平均で、背の低いイリスよりは高いがそれでもアランにはいつも見下ろされている。 誰が見ても美人顔なヘレインは、こてこてなフリルのプリンセスラインドレスより、マーメイドラインやスリットの入ったドレスを好んで装う事が多い。
イリスとは違い、美しい身体の曲線美は令嬢達の理想そのもので、豊満な女性の象徴も彼女の魅力の一つだろう。
小説でのヘレインは、艶めかしいボディラインを活かして露出の強い装いをしているのだが、今世のヘレインにはイリスが寄り添っている。 その為、スリットドレスだろうと、マーメイドラインドレスだろうと、良い塩梅に彼女の魅力を引き立たせる装いをイリスはヘレインに薦めてきた。 ――今では悪役令嬢どころか、上品な淑女然な風貌だ。
「 先日の夜会は随分イリスにしては積極的な振る舞いだったわね! 何かあったの? 」
会えた喜びを分かち合った後、一息ついて僅かに興奮を滲ませながらヘレインは問う。
「 あの時はごめんなさい。 突然パートナ―を替えてしまって、折角メル兄様との時間をお邪魔してしまって本当に悪かったと思っているの 」
「 ふふ、私は気にしたりしないわよ? メル様とイリスの事を信じているもの 」
いつものように気にも留めていないその返しに、イリスはホッと肩を撫で下ろした。
「 私を信じてくれてありがとう。 もしヘレインに誤解されていたら、心臓が止まっていたかもしれないわ! 」
「 あら? そんなことで心臓が止まってしまったら大変よ? 」
冗談を含めてお礼を告げれば、クスクスと笑みを零しながら冗談を交えて返す。 気安く話が出来るのは女友達ではヘレインとアランだけだ。
「 でも先日は本当に心臓が止まってしまいそうな程驚いたことがあったのよ。 話聞いてくれる? 」
「 勿論よ。 」
イリスの言葉を待っていたかのようにヘレインは頷いた。
元々夜会の後へレインも話に参加する予定だったが、時間も遅かったため父親であるロードハイム公爵が許さなかった。 だからこれは雑談ではなく報告だ。
これまでの経緯を事細かくヘレインに話すと、流石に想定していた以上の内容に終始相槌を打つことくらいしかできない様子だった。 それでも動揺を殆ど表に出さない姿は、淑女の鏡と学園の生徒達から憧れられるだけある。
「 ……とても信じがたい話ね。 聖女様の身体にゲシュール神の加護持ちの魂が入り込むだなんて 」
「 同感よ。 聖女様は本来の力を発揮できないし、むしろゲシュール神の能力で自分より弱い者たちを精神操作しているのよ 」
「 夜会の日には本当にメル様も精神操作されたの? 」
ヘレインの瞳が不安げに揺れた。
「 本当よ。 私にはゲシュールの黒い靄が見えたの。 他の人には見えていないみたいだけれど 」
「 神聖力を持つ者なら神の能力にも気づけるのに? 」
神聖力は神から授かった力であり神の能力の一部な為、神の能力を視る事ができる。 神聖力の強いイリスの身から溢れる神々しい光も然り、聖女の身から溢れ出た黒い靄も然り、だ。 ――ゲシュール神はレクシュトル神から派生して生まれた神だからだろう。
「 そうなの。 チェビルで我を忘れた聖女様が放った黒い靄はジークにも見えていたみたいだけれど、夜会の時は黒い靄に気づく人は誰もいなかったわ…… 」
「 まさか聖女様は自分の能力を他者に視えないようコントロールできるとでも? 」
「 その可能性はないとは言えないわ。 現にメル兄様も気づいていなかったもの。 」
あの夜会ではイリスが直ぐに解呪し、その後結界を張ったから無事だっただけだ。 イリスが傍にいなかったら、誰も聖女の黒い靄に気付くことなくメイロードは精神操作を受けて言いなりになっていただろう。
「 ……でも、それならイリスが浄化すれば問題ないんじゃない? 」
「 それが…… 」
安易に肯くこともできず、イリスは言葉を詰まらせた。
常に彼らの傍で護れるなら、そう心配をすることでもなかったかもしれない。 だが、そう簡単な事でもない。 それがわかっているからこそどう対処すべきかここ数日イリスは頭を悩ませていたのだが。
「 何? 」
「 五日後にはゲシュール被害の一番大きいジーサロンド領へてメル兄様たちは出征するわ。 でも、私はその間、同行は許されていないのよ…… 」
苦痛をの籠った言葉の意味を理解し、ヘレインはイリスが何に悩んでいたのか理解した。
「 ……そうね……国王陛下が許すわけないものね……でも聖女様の事を話せばもしかしたら―― 」
「 ――それは無理よ。 聖女がゲシュール神の加護を持った魂に乗っ取られている証明できる証拠がないもの 」
「 でもメル様も、ザッシュも危険に晒されることになってしまうわ! 一度精神操作された彼等の証言なら証拠にはなるんじゃない? 」
「 お父様は聖女の存在を王国の救いと考えているわ。 それに、聖女様は本来はとても素晴らしい方らしいの。 だから彼女を罪に問えば、のちのち聖女様のお立場が悪くなってしまうわ 」
「 だからって…… 」
「 先日もメル兄様たちと相談したけれど……結局私がいない時はどうすべきかまだ良い方法は見つかっていないわ 」
はぁ…。 小さく溜息をつくと、ヘレインも同じように複雑な表情で手元のティーカップを見つめていた。
「 ――なんか随分辛気臭いお茶会だね? 」
「 ――!! 」
突然四阿の入り口付近から聞こえた声に二人が振り向くと、アランがニコニコ笑みを浮かべながらやってきた。
「 アーティじゃないの! 」
「 ちょっと! ヘレインまで私の事をその愛称で呼ぶのは止めてくれない? 」
途端に先ほどまでの重苦しい空気が軽くなり、ヘレインも久しぶりに再会したアランを嬉しそうに立ち上がり出迎えた。
「 あら? 先振れなしでくるアーティに言われてもお願いを聞いてあげる気にならないわね 」
ふふっと嬉しそうに憎まれ口を叩くヘレインもアランやメイロード、ザッシュウェルの幼馴染みだ。
三つ年が下のイリスとヘレインは、少しでも負けまいと口だけは年々達者になっていったが、互いを想い合う気持ちはイリス達五人はとても強い。
メイロードが指揮を執り、ザッシュウェルが補佐して動き、ヘレインは未成年であってもお茶会を通じてすでに十七歳で社交界を牛耳っていると言っても過言ではない程力を得ている。裏ではアランが動き、メイロードに足りない神聖力はイリスが担う。
国王が望む次世代を担う人財がすでに地盤を固めている。
「 ヘレインは私にちょっと辺りが強すぎない? 」
「 そんなことないわ。 所で今日はどうしたの? 」
不貞腐れるアランに、ヘレインは何かを感じ取ったのだろうか。
「 そうね。チェビルの時は助かったけれど、あの後戻ってこなかったから心配していたのよ? 」
ヘレインに便乗してイリスも問いかけた。
「 色々聖女には聞きたいこともあったからね。 あんな黒い靄を放つ奴を簡単に放置するわけにもいかないでしょ? 」
「 ――そうよ!! アーティは精神操作されなかったの?! 」
あの場でアランだけを置き去りにしてしまったイリスは、その事が心配で堪らなかった。 メイロードは問題ないとは言っていたが、ザッシュウェルの変貌ぶりを目の当たりにしてしまったイリスとしては安易に同意などできるわけがない。
「 おチビちゃんは気づいていない? 私の神聖力の方が、聖女より強いってこと 」
「 そうだったの?! 」
アランが隣国へ遊学する前、本人から神聖力が強くはなく一族から見捨てられた話は聞いていた。 しかし、イリスはアランが本当はどのくらいの力があるのかわからなかった。 どんなに力が弱くとも、神聖力があれば身体の内側から少なからず光が溢れるはずだから。 でもアランの身体から光が溢れるのを見たことはイリスは一度もなかった。 ――アランの事があったからこそ、聖女も神聖力やゲシュールの力が目視しにくくとも能力はあるのでは?とすぐに疑うに至ったのだ。
「 ん? ……もしかして、おチビちゃんは私の神聖力の強さがどの程度かわかってない? 」
きょとんとした顔で言うアランは『 今更? 』という顔をしているが、そんなことを言われてもわからないのだから仕方ない。
「 全く分からないわ! アーティは隠密で隠しているんじゃないの? 」
今まで聞きたくても何故か聞くことができなかった疑問を投げてみると、アランは口元に弧を描きイリスを見つめたのだった。




