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12 報告 メイロードside



 「 聖域のチェビルの泉でお会いした初代聖女様は、ジークには見えていなかった様子ですが、私にははっきりと見えました。 風貌は、人ではなく精霊のようで、全体的に身体の内側から青白く光を放っていて、私の背丈の半分もなく泉の水面に浮いて現れました。

 これまでレクシュトル神様の言葉を神託として代弁してきたと仰っていましたが、もしかしたら姿が相手に見えなかった為、神託という形で神の言葉を託すことしか出来なかったのかもしれません。 」




 「 確かに見えてはいないのかもしれないな。 もし見えていたなら協会は今より権威を高めていたはずだ 」




 「 そうですね。 もし教皇が初代聖女様のお姿を拝見することが出来ていたなら、もっと王族にプレッシャーを与えることは容易だったでしょう―― 」




 メイロードとイリスの言葉に皆コクコクと頷き同調する。


 

 イリスの神聖力が強いと判明してから、ゲシュールの討伐は教会よりも王家が主導の下行うことが増え、イリスは十歳でメイロードの相談役となり、十三歳にはゲシュール討伐も参加している。更に、神殿の保持している神聖力を注入した奇石エイハルンは、イリスが六歳の頃から定期的に決まった数を教会に納めている。


 もし、教会の力がもっと強ければ、王家がここまで教会の代わりをすることもなかっただろう。


 オルフェルクの一族と王家の確執は、数百年前から悪化の一途を辿っており、レクシュトル神への信仰心だけが王家と教会を繋ぐ架け橋だった。




 「 ――それで神託は……真実だったのか? 」




 「 真実です。 フェルミラ嬢は聖女で間違いないそうです 」




 「 ――なんだと⁈ 」



 即座に反応したのは、先ほどまで青褪めて満身創痍になっていたとは思えないザッシュウェルだった。 あまりの反応の速さにイリスはビクッ! とソファに座ったまま身体が小さく跳ねた。


 


 「 あんな女がなぜ聖女なんだ! 」




  怒りを滲ませ信じがたい想いを隠しもせず、苦悶の症状を浮かべて俯いたザッシュの肩をポンポンと軽く叩き、「 落ち着け 」とメイロードは宥めた。




 「 今回、初代聖女様が私の訪れを待ち望んでいてくださった理由は、一つは神聖力の強い私に会いたかったという事ですが、もう一つあります 」




 「 もう一つ? 」




 イリスの説明にメイロードは淡々と質問を投げかけるが、ザッシュウェルは神託の事実が受け入れられず俯いたままだ。


 先程までの聖域での聖女の荒ぶる振る舞いを見た者なら、誰もが疑問に思うのは当然な気もする。




 「 ――はい。 もう一つは、聖女フェルミラの器に入り込んだゲシュール神の加護を持つ異世界の魂を、器から引き離す役目を私に任せたいという事でした 」




 「 ゲシュールの加護?! 異世界の魂⁈ ……それが聖女の器に⁈ 」



 

 「 えぇ。 この話はジークも一緒に聞いていました。 そうよね? ――ジーク 」




 初めて耳にする事実ばかりにメイロードは矢継ぎ早に疑問を投げかけた。


 


 「 はい、姫の仰る通りです! 初代聖女様のお姿を拝見する栄誉は賜われませんでしたが、確かにそのように仰いました 」




 メイロードもザッシュウェルも信じがたい内容に愕然とするが、イリスとジークの真剣な眼差しに嘘は滲んでいなかった。





 「 ――初代聖女様がそう仰るならば、聖女フェルミラの器には今相応しくない悪しき魂が入り込んでいるのだろう。 ……だが、どうやって引き離すつもりだ? 」




 「 引き離す方法は初代聖女様に教えていただきましたが、先に続きの報告をしてよろしいですか? 」




 「 ――構わない 」




 頷くメイロードを目視して、イリスは報告を続けた。




 「 初代聖女様が私を待ち望まれていた理由は今報告した二つです。 その直後、突然聖女様が―― 」



 

 続くイリスからの報告を聞いて、メイロードはなぜザッシュウェルが戻ってからもずっと悲壮感を漂わせていたのか理解した。




 ――まさか自分の命より大事なイリスに剣を向けてしまうとはな






 ザッシュウェルは聖女に精神操作されていた間、イリスとジークに剣を向けて二人を捕まえようとしたらしい。


 操作されている時は何もわからなかったようだ。 しかし、解呪された後自分がしたことを記憶で理解したザッシュウェル本人は衝撃から立ち直れずにいる様子。


 バチっと視線の合ったザッシュウェルは悲壮感を浮かべたまま再び俯いた。 メイロードは初めて見る彼の落ち込む様子に、憐みの視線を無意識に向けていたらしい。



 メイロードはザッシュウェルと初めて出会った頃に思いを馳せた。





 五歳になった時に国王から紹介されたのがザッシュウェルだった。




 「 遊び相手として仲を深め、切磋琢磨できるように仲良くしなさい 」




 父上の言葉に嘘はなかった。だが、他意があることを私は理解していた。


 妹は一歳を迎えてから神聖力確認の儀式で、初代国王に匹敵する神聖力の強さがあると判明した。


 天と地程も違う俺と妹の神聖力の違いに、当時四歳だった私は幼いながらにショックを受けた。 ――当時はまだ自分が国王夫妻の実子ではないと知らなかったから余計に。


 病弱だが神聖力の強い妹と、神聖力は少ないがスポンジが水を吸い上げるように、四歳にして知識をぐんぐん吸収していった私。 ――そんな二人に父上は利用価値を見出した。


 一人で半人前なら、二人で統治すればよい、と。





 凡庸であっても愛国心のある父上は国の行末を案じ、優秀な人材を国に残すことに執着した。特に権力よりも能力で判断したことは、私は父上を誇りに思っている。 ――だからといって、まだ五歳の私と二歳だったイリスに将来を期待するのは、早すぎだったと今でも思うが。


 父上の計画では私が十三歳を迎えたら王政を任せるつもりだったらしい。 しかし、私はともかくイリスにはもっと子供らしい遊びや体験をして過ごして欲しかった。



 ザッシュが私の相手に選ばれた理由も、家柄よりもオーラスキル『 剣聖 』が理由だった。 父上は優秀な人材を学歴、身分関係なく集めたのだから。 ――ジークもその中の一人だ。


 選んだのは私やザッシュでも、最後の許可を出すのは父上なのだから――。


 私とザッシュは元々は殆ど会話という会話をしない子供らしくない子供だったと思う。 だが、小さな天使に出会って私たちの人生はがらりと変わった。


 背丈は私の胸の位置くらいで、見上げてくる大きな瞳はキラキラの淡いブルーダイヤモンドのように煌めき、フワフワのピンクブロンドの髪の毛はハーフアップにして両サイドでお団子を作って可愛らしい赤いリボンで飾っていた。 鼻はちょこんと小さいけれど愛らしく、小さな唇は瑞々しいサクランボのようにぷっくりしていた。


 ふわふわと揺れ動く幾重にも重なったコットンチュールの淡いピンクドレスは、刺し色にいくつもの可愛らしい赤いリボンが散らされていた。 装いも可愛らしかったが、何よりも驚いたのはその身から溢れ出す神々しい光だった。本当に女神や天使と言われてもおかしくない現実離れした美しさとしか言いようがない。


 体力がなく、おぼつかない歩き方すら愛らしく瞳に映った。


 最初はあまりにも驚きすぎて、何も話すことが出来ずに去ってしまったが、すぐにあの天使が自分の妹イリスだと知った。


 それからは庭園で出くわす度にお茶に誘われるようになったのだが……兎に角イリスは可愛らしかった。


 今まで灰色にしか見えなかった私の世界に、突如鮮やかな彩に包まれたイリスが現れ、世界の美しさを私に身をもって教えてくれた。 ――だがそう思ったのは私だけではなかった。


 会う度に嬉しそうに微笑むイリスを見守るうちに、ザッシュがほんのわずかに口角を上げ、愛おしい人に向けるような眼差しを向けていたのだ。


 最初は目の錯覚か一時的なものかと思ったが、何年経っても変わるどころかイリスにだけは顔を綻ばせるようになり、今では誰が見ても溺愛しているようにしか見えない。 ――そう、ザッシュにとって、イリスは目に入れても痛くない程の愛おしい存在なのだ。


 もし王女と臣下という間柄でなければ、ザッシュはとっくにイリスを自分の懐に閉じ込めて、誰にも見せないよう囲っていた事だろう。 ――そんなことは兄である私が許しはしないが。


 だからこそ、聖女の精神操作がどんなものであれ、自分の大事な女を傷つけようとした自分自身を許せないはずだ。 これがザッシュでなければ、私だってとっくにイリスに害を与えようとした者に罰を与えていただろう。




 「 報告はわかった。 イリスありがとう 」




 にこりと微笑むと、イリスも嬉しそう顔を綻ばせた。



 一番辛い目に遭ったのはイリスだというのに、それを感じさせない落ち着いた振る舞いと、幼さの残るあどけない笑みに癒される。 ――私は幾度となくこの愛らしいイリスの微笑みに救われてきたのだから。



 可愛げのない兄であり血のつながらない私を、イリスは『メル兄様』と言って出会って数週間経たずに後追いしてくるようになった。


 大して歩けもしない体力しかないというのに、私と庭園で出会う度に愛らしい笑みを浮かべて傍に寄ってきた。 そして気づけば一緒にお茶をするようになり……気づけば共に勉強するようになり……剣の指南を共にザッシュから受けるようになり……ともに体力作りをするようになっていた。


 共に過ごす間、イリスは私にとにかく愛嬌を振るい、私を時に笑わせ、慰め、抱きしめた。 ――まるで私の全てを愛するように。


 懐かれているのが嬉しくて、私もそれに応えようと必死で様々な事に全力で取り組んだ。 そしてたった七年程で私は王太子の立場で全権を父上に任され、その傍らには側近としてザッシュと共にイリスの姿もあった。


 これまで国を支えてきたのは私だと皆は言うが、その私を一番に支えてきたのがイリスであり、そのイリスと私を支えたのがザッシュだ。 ――イリスがいなければ、私は愚者のままだっただろう。


 神聖力が微力しかない私はずっと自分自身を蔑み卑屈になり、周りの目を気にしていた。 神聖力の強いイリスにすら劣等感を抱き、庭園で出会うまで会いに行く気すら起こさなかったほどだ。



 情けない私に、今もイリスは全肯定し私を認め支えてくれる。 ――私はそんなイリスを今できる最大限の力で護りたいと思っている。



 

 「 ――では、報告を確認した上でどうするか話をしようじゃないか 」




 メイロードは静かに闘志を燃え上がらせ、これから起こりうる災いからどうイリスを守るか思考を巡らせ、対策を講ずるのだった。




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