11 隠れていたのかしら
小説『 愛の奇石 』で、聖女は国一番の神聖力と記されていた。 しかし、初代聖女は、神聖力を行使する為にはそれなりに体力を消耗する為、身体に強い負荷がかかると言っていた。
一つの能力を扱うだけでも身体の消耗が激しいのだ。 ――それなのにゲシュールの能力を持つ聖女が、神聖力も行使できるだろうか。
「 ……何のことでしょうか? 」
イリスはにっこりと微笑み、疑念を隠して聖女を見つめ返した。
「 はぁ~~?! 白を切るんじゃないわよ! チカラを使った時の光が出てたじゃない! 」
聖女はすっとぼけたイリスの反応に、可愛らしい娘とは思えない程の怒りを露わにして叫ぶ。
イリスが聖女の精神操作を妨害したことは溢れる光で気づいたようだ。
神聖力行使すると、力の大きさに比例して身体から光が溢れ出る。 その光は、神聖力のある者なら誰でも視認出来るのだ。 ――もう一度言うが、『 だれでも 』である。
つい先程、個人に対してではなく広範囲に結界を張って、仲間だけでなく聖騎士隊員たちもついでに守った。
あれだけの強い神聖力の行使なら、ある程度の強い神聖力を持つ者であればどのような神聖力を行使したか気づけたはずだ。 しかし、聖女はイリスがどんな能力を使ったかわかっていないようだ。 という事は――。
「 私は聖域を離れる前に、皆の幸せを祈っただけです。 ――聖女様は……一体私がどのような神聖力を行使したと気づかれたのでしょう? 」
「 ~~~~しらばっくれんのもいい加減にしなさいよぉぉお!! 」
イリスの言葉に返事をまともに返すことなく、憤慨する聖女は冷静さなどかなぐり捨てている。 剥き出しの悪意で怒鳴り散らす姿は本当に醜い。
突如ぶわっと聖女の身体から黒の靄が激しく溢れ出し、途端に聖女の周りをとぐろを撒いた煙の渦が幾つも形成される。 その禍々しい様子はイリスにしか見えていないのか、ジークが多少困惑しているように見える程度。 ――もしかしたらイリスとジーク以外は神聖力がないに等しいのかもしれない。
『 浄化!! 』
状況を理解したイリスは即座に応戦した。
今までの比ではない悪意の塊が、なぜここまで強くなったのかはわからない。 しかし、イリスがどうにか靄を排除しなければ、人々はゲシュールの悪意に呑み込まれてしまうだろう。 ――イリスの本能がそう告げている。
聖女の邪悪な黒い煙はイリスを呑み込もうと迫るが、動じることなく浄化し続ける。
三歳までは体が弱く、同年の子供たちよりだいぶ小さかった為、今も背丈は平均より小さい。 しかし、四歳から体力作りに励んできたイリスは、今では冒険者になれる程の体力はついたと自負している。 だからこそ、体力ありきの能力勝負で負けたりなんてしたくない。
互いがビリビリと感じるプレッシャーに耐えながらも、徐々にイリスの神聖力の光が聖女を押し始め、聖女の様子は変わり始めていく。
「 ――っ だ、駄目よ!! いやっ!! 苦しいっ!! やめてぇぇえ!! 」
怒りは苦しみに変わり、顔を歪ませ痛みを訴える聖女。攻撃的だった黒い靄は聖女に反応して集まり、薄暗い防御の膜を張った。
――聖女を護っている? まさかゲシュール神の加護?!
その結界は非常に強固だった。 パァンとイリスの神聖力を弾くと、二つの力が相殺し消え去ったのだ。
はぁぁ…… はぁぁ……
聖女の荒々しい呼吸が静まり返った辺りに響く。
「 ……なんでよ……私は特別じゃなきゃいけないのに!! 貴方たち……アイツを捕まえなさいよ!! 」
聖女は周りで呆然と事の成り行きを見守っていた聖騎士隊員たちに、声を荒げながら命令した。 しかし、正気を取り戻した彼等は、なぜこの国のやんごとなき存在である王女に対し、聖女が横暴な事を言うのか理解できない。 ――皆動揺し狼狽えている。
どうしたものかと息をつき聖女へ視線を移すと、いつの間にか怒りを露わにしていた表情は顔面蒼白で、何かに怯えるように固まっている。
イリスはすぐに違和感の感じ取った。
「 ――アランなの? 」
イリスの言葉に、聖女の後ろがゆらりと空間が歪む。 そこには聖女を拘束し、無情にも首元に短剣を突き付けるアランの姿が現れた。
「 ははっ……やっぱりおチビちゃんにはわかっちゃうよね~ 」
満足そうに声を出して笑うアランは機嫌良さそうに見えても、聖女の首元に突き付けた短剣を下ろすつもりは全くない。 ――むしろいつでも首を掻き切りたい、と思っているようにすら感じる。
「 離しなさいよ! 私は聖女なのよ―― 」
「 ――黙れ 」
アランの冷たく刃のように尖った声音が聖女に降り注ぐ。
余りに強い殺気にびくっ!! と肩を震わせ、ガタガタと怯えた。
彼等は同性であってもアランの方がかなり背が高い。聖女はイリスよりも大人の拳一つ分は大きいが、 それでもアランの方が更に背が高かった。
少しでもアランが力をこめれば、赤子の首をひねるように簡単に聖女の首は掻き切られてしまいそうだ。
「 おチビちゃん。 後で会いに行くから、先に王宮戻っててよ 」
視線だけをコチラに向けて優しく微笑んだアランは『 ここは自分に任せ 』と言いたいのだろう。 じっとアランを見つめるが、その考えを改めるつもりは一切ないようだ。
イリスは小さく溜息をつくと、こくりと頷き踵を返し、ザッシュウェルとジークを連れて王宮へと戻るのだった。
◇◇◇
「 ――イリス!! 無事か?! 」
王太子執務室のある正殿入口の馬車寄せには、なぜかメイロードが護衛達と共に待ち構えていた。
「 メル兄様⁈ なぜこんなところに? 」
執務室でメイロードは待っているだろうと思っていたイリス達は目を瞠った。
「 アランが迎えに行っただろ? こっそり護衛としてついさっき送り出したんだ 」
「 アランはメル兄様が頼んだんですか?! 」
アランに頼み事をするメイロードは珍しいし、すぐに応えたアランも非常に珍しかった。 ――二人ともプライドが高く、他人の意見など滅多に聞き入れないからだ。
驚きは隠せなかったが、穏便に王宮へ戻るにはアランの奇襲は丁度良かった。
あのままごり押しで帰ろうとしても、あの聖女の騒ぎ方では揉めずに王宮に戻ることは難しかっただろう。
メイロードたちはひとまず執務室へ移動し、給仕の入れた紅茶を啜って一息ついた。
「 それで? 確認したいことは出来たのか? 」
「 ――えぇ、十分な情報を得ることが出来たわ 」
執務室の総革張りソファに腰かけるメイロードの向かいにはイリスが座る。 メイロードの後ろに立つザッシュウェルと、イリスの後ろに立つジークにもソファに座るようメイロードは命令を下した。
ザッシュウェルは王宮に戻って来た時から、ずっと青褪めた表情をしていた。 普段顔色一つ変えない彼には考えられない状況だった。
「 聞きたいことは沢山だが、まずはイリスが報告してくれるか? 」
「 はい。 まず、教会はすでに聖女の精神操作で私に対して敵対心剥き出しの状況でした。 聖下は不在だったので、代理に案内を受けたのですが、聖域には二名の聖騎士隊員の門番が護衛をしていました。 聖域の中には神聖力がある私とジークが入りました。
聖域の中を進むと、 輝く泉が存在しました。 泉の底だけでなく、周りにもエイハルンは生成し、まず先に採取を行いました。 その後、神託を再度確認する為に祈りを捧げると、精霊化した初代聖女様が神託者として姿を現されまし―― 」
「 ――え?! 」
イリスが話している途中、ジークは困惑した眼差しでイリスい視線を向けた。
直後、鋭い視線が幾つもジークに突き刺さる。
彼は即座に自分の失態に気付き謝罪したが、ジークの驚き方が異様でイリスは理由を尋ねた。
「 申しわけございません……一つ確認したいのですが、姫は初代聖女様をその目でご覧になったのですか? 」
「 ……どういうこと? ジークは見えなかったの? 」
そんな馬鹿な、と愕然として問うが、ジークはコクリと頷いた。
「 初代聖女様のお姿が見えなかっただなんて……だから神託者に……なられたのかしら 」
「 だから――とは? 」
神妙な面持ちで考え込むイリスに、メイロードは説明を求めたのだった。




