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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
1章 2021年4月
5/10

〇1-4 取調べ


 春のシンジュク警察署の取調室。昼過ぎの強い日差しが室内に入り込み、床からはじりじりとした熱気が立っている。

 部屋の中心の灰色の机に、紺色のスーツの壮年の男性警察官が手を組んでゆったりと座る。彼の背後の壁際には調書を取るための若い女性警察官が居て、黒いパンツスーツ姿できちんとした姿勢で机につき、ノートパソコンを開いていた。

 男性は机の向かいにいる相手を見据えた。


「私はアリサワです。よろしく。これからぼちぼち調書取るから、まずはあなたの名前をフルネームで」

「キルカ・ヴァルカン」


 キルカは白いキャップを被り、毛先にウェーブのかかった黒のロングヘアをそのまま下ろして、オーバーサイズの薄紫のパーカー付きジャケットを着込んでいた。黒いショートパンツと黒ストッキングに包まれた脚はピンク色の厚底スニーカーに支えられ、しっかりと床を両足で踏んでいる。


「性別と年齢」

「女。十九」

「ヴァルカン……。ヴァルカン姓はたまにみるけど、魔人の家系かな」

「父が魔人。母は汎人」

「国籍はひとつ?」

「ニッポンだけ。たぶん」

「仕事は」

「バイト」

「いままでずっとバイト?」

「……去年までヨシワラ遊郭。クビになってバイト」

「いまの住所は」

「ない」

「保護者とは別居?」

「別」

「保護者の連絡先は」

「しらない」


 アリサワは女性に向けて振り返った。視線を交わして、彼は首を左右に振った。


「女の人のほうが話しやすいかな」

「特には」

「そう。じゃあ早速だけど、君が今なんで取り調べ受けているかわかってるかい」


 キルカはパイプ椅子に足を組み直し、腕を組んだ。


「昨日の夜、魔人に囲まれてその場にいる全員をボコボコにした罪。ボコボコ罪」


 アリサワは笑った。


「暴行罪かな。でもまだその罪も確定していない。今はそれについての事実確認をしているんだよ」

「ふーん」


 あまり興味がなく、キルカは目を閉じた。


「そんなわけで。君一人で六人の男をボコボコにした経緯を教えてもらえるかい」


 キルカはため息をついて、屈むように背中を曲げた。


「……あたしの知り合い、一緒にやってる倉庫の品出しのバイトの人なんだけど。ソイツその他にも怪しいバイト、っていうか魔業の運び屋やってて、足抜けしたいけどもう取り返しつかないとか言ってたから、一緒に取引現場行ってあげて、あたしが全員ボコボコにした」

「知り合いの人も? なんでボコボコにしたの」

「ただ単に女連れてこいって言われてたみたいだから。なんか結局、足抜けなんかするつもりないみたいだったし、他にもこういうことしてんのかって訊いたら笑ったから、ムカついて蹴った」


 アリサワは手を組み直した。


「……それから、誰を殴ったとか蹴ったとかは正直覚えてないかな……、とにかく近くに居るやつからぶっ飛ばして、掴んだり背中に飛び蹴りしてきたヤツはゴミ捨て場にぶん投げて……。魔業なんか扱ってるような奴らだし、しばらく悪いことできなくなればいいって思った」

「今日は彼ら、魔業の『現物』は持っていなかったな」


 アリサワはタブレットを取り出し、机の上に置いた。


「それとこれ。被害者グループから提出された君の暴行現場だけど、観るかい? だいたい君の覚えてる通りかな」


 観るとは言わなかったが、男性はタブレット内の動画を再生した。

 遠目からの視点。ビルの外の非常階段からの景色のようだった。ビルの合間の狭い通りで、現状と同じ服装のキルカが、若い男性達を叩きのめしている様子だった。大抵は一発殴ったら怯むため、追い打ちで肩を蹴ったり腰を蹴ったり、しぶといやつは服ごと掴んで投げ、壁や地面に叩きつけていた。撮影者は女性のようで、どうしよう、どうしよう、と呟きながら画面を揺らしている。

 動画が停止した。


「なにこれ、ひど」

「酷いかな。しかし君ずいぶん強いねぇ。武道をやっている感じではないみたいだけど」

「生まれつき」

「うんうん。じゃあ、腕っぷしには自信があったから、君はその力で知り合いを助けようとしたけど、助ける相手はどこにも居なかった」

「…………」


 キルカはむっと口を閉じた。

 アリサワのスマートフォンが鳴った。


「……ちょっと外すよ。くれぐれもそのパワーで逃げ出さないように」


 おちょくるように言って、アリサワは取調室を出た。

 逃げるつもりはさらさらなかった。ショートパンツのポケットの中にあるはずのスマートフォンを触ろうとして、通信機器が没収されていたことに気づき、キルカは机に頭をどすんと落として、キャップがずり落ちた。


「めんどくさ……」


 しばらく静かになってから、ノートパソコンが閉じる音がした。


「ねぇねぇ。あなたすごいじゃない」


 ちらりと見ると、離れた机にいた女性警官が、いかにも興味ありげにキルカに視線を向けてきていた。年齢はわからないが、表情をみると20代半ばくらいだろうとキルカは想像する。


「魔人のヒトって私も警察なってから結構見てきたけど、あなた全然レベルが違う。生まれつきってことはきっと才能だ」

「はぁ。そうですか」


 面倒なタイプの人間に出会ってしまった。キルカは机に、腕を枕にして伏せた。視界は真っ暗だが、足音と彼女の気配が近づいてくるのがわかった。


「私アケミ。アケミ・ササハラ。ねぇちょっとだけお話しよーよ。ほんとにちょっとだけ、内緒のハナシ」

「なに」


 無視しても話しかけてきそうなのでさっさと用を済ませたい。キルカはとりあえず顔を起こす。

 思ったよりもアケミの顔が近くにいて、思わず首を引っ込めた。化粧が薄く、茶色のボブカットの髪は切り揃っていて『お固い』感じがするが、その表情は朗らかだった。


「あなたって悪い人じゃなさそうだし。まだまだ若くてちゃんと正義感があって、今回みたいに悪い奴らを圧倒できる強さがあって、それを正しいことに使える子なんだよね」


 アケミは勝手に喋っている。


「あなたみたいな子こそ、こういう警察官みたいな仕事に向いてると思うんだ」


 うんうん、と彼女は頷いた。


「でもほら。ニッポンの警察官とかってさ、いくらニッポンの国籍があっても魔人の採用はしていないじゃない? やっぱりこの国の背景からいっても、魔人を公の組織に入れられるっていうのは対外的にもよくないわけだから。例えばあなたみたいに才能や信念がある子でも、その能力を十分に生かせない環境なわけでしょ」


 キルカは無表情でアケミをじっと見ていた。

 才能。信念。能力。どれもない。


「もし、その力をちゃんとした場で生かしたいって思うなら、あたしと組むのはどうかな」


 うわ、と思わず口が開いてしまった。


「実際ね、個人的に魔人と組んだり繋がりを持ってる警察関係者って多いんだ。魔人側の情報取りもそうだけど、個人能力が特殊な場合だったりとか結構あるからね。まあ、あんまり表立っては言えない話も多いからこっそりやってる感じなんだけど。特にシンジュクだと、実態としては割と当たり前なの」

「そう」

「あたしそういうツテとかなくて。ほら、せっかく女同士だし。こういうとこにくる魔人のヒトって結構男性が多いんだけど、あなたとは女同士で歳もそんなに離れてないから、お互い結構メリットあるかもって思って。ちょっとした民間の会社も案内できるし……」


 キルカはあくびをした。


「あとね。あなたの性質って、魔人というか『魔法使い』に近いんだと思う」

「えっと、魔法使い?」

「動画何回か見たけど……身体は細いのに、後ろから飛び蹴りされても全然動いてなかったし。それってたぶん物理的にあり得ない運動エネルギーの移動があなたの魔素を介して行われてて、きっとその身体……」


 取調室の外で、廊下をパタパタと歩いてくる音が聴こえてきた。おそらくアリサワが戻ってきたのだろう。

 アケミは廊下を見ながら慌てた表情になり、胸元から素早く名刺を取り出した。


「ここに番号書いてるから気が向いたら連絡して。雑談でもいいよ、『魔法使い』ちゃん」


 早口で押し付けてきたので一応キルカは受け取り、ジャケットのポケットに名刺を入れた。

 結局どこも同じだな。と、こぼしそうになる。


「さてキルカ・ヴァルカンさん」


 取調室の扉が開き、アリサワは立っていたアケミをじろりと睨んでから、すぐに緩い表情になって笑いかけてきた。


「きみ。釈放」


「……なんで?」


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