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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
1章 2021年4月
6/8

〇1-5 再会

 キルカはシンジュク警察署の前でしばらく呆然と立ち尽くした。振り返ってももちろん見送りはないけれど、あまりにもあっさりと放り出されたものだから、なにがなんだかわからない。


 アリサワの説明によると、被害者グループの要望によるものだという。

 あまり納得感がなかった。そもそもボコボコにした現場にいきなり警察がやってきて捕まったのだから、おそらく暴行動画の撮影をしていた女あたりが通報したのだろうと考えていた。そんな彼らが急に手のひらを返す理由はなにか。彼らの背後にいる人間の影響かもしれない。

 しばらく前に突き飛ばしたサクライの顔を思い出しながらキルカは歩き出した。拠点を移したほうがよさそうなので、常駐しているネットカフェに向かう。

 日雇いバイトも探さなければならない。また忙しくなる。


「キルカさーん」


 一分ほど歩いたところで、車道から男性の声がした。

 視界の端でゆっくりと車がついてくる。ナンパのようで厄介そうだったので、キルカは無視して早足になった。


「キルカ・ヴァルカンさーん」


 知らない声だ。


「僕ねー。あなたのお父さん、サンジェルマン建設で働いていたヴァルク・ヴァルカンさんにー、とーってもお世話になってたんですよー」


 なんで知っているんだ。


「昨日の大立ち回り、SNSで小バズしてたからー。現場がシンジュクだって特定してー、急いで警察署で張ってたんだー。最後に捕まってたからねー」


 サクライやアケミのような手合いのような気もして、徐々に苛々してきた。


「君の被害者の連中、僕が買収した」


 思わず足を止めてしまった。

 ゆっくり走っていた車は普通の白い乗用車で、ハザードランプを点滅させながら停止した。


「そんなわけで君は僕に『借り』がある。話す時間を少しだけもらいたいな」


 借りができたと思わされた以上、無視するわけにもいかない。


 見ると男性は赤とオレンジの中間のような髪色で、ホストみたいに手入れされた髪だった。開いている自動車の窓から覗くと服装は上下とも濃い灰色のスーツで、黒いワイシャツを着た痩せ型。人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。年齢はおそらく三〇代くらいだ。

 とてつもなくうさん臭かったので、キルカは近付かずに男性を見る。


「話って?」

「ぼくはアカギ・トマリって言います。ニッポン式でアカギがファミリーネーム。トマリって呼んで。よろしく」

「どうも」

「昔はヴァルクさん……リルハさんとも仲良くしてたつもりなんだけどね。あの首都高の事件から最近まで、リルハさんにも中々連絡がつかなくって、結構色々大変――」


 ――がんっ。


 いきなりキルカの後頭部で硬く鈍い音がして、コーヒーのスチール缶が地面に転がった。缶のプルタブは開いていない。痛みはほぼなかったが、思わずキルカは頭を押さえた。


「もう、なんなの……」

「大変そうだし車乗るかい?」

「いや……」


 トマリの心配をよそに振り返ったキルカの目線の先には、見知った雰囲気の若い女性がいた。


 半年前とほとんど変わらない金髪ショートヘアだけれど、服装は見たことのないダボダボの青いスカジャンを着て、灰色のスウェットと黒のクロックスを履いている。


「なにしてんのキルカ」


 遊郭に居た同僚。

 頭から黒いツノが二本生えた、魔人のルナだった。


「ルナ……」


 ルナは早足でキルカに詰め寄ると、キルカのジャケットの襟元を勢いよく掴んできた。キルカよりは少し低い位置の頭で、キルカを見上げて睨みつける。


「全部ほっぽり出して逃げても、こんな風にあんたは『良い身分』なわけ」

「良い身分ってなに」


 隣にいた乗用車に向かってあごをさした。中に座るトマリは神妙な表情で黙っている。


「そこのヒトに金払ってもらって、『みんな』をボコボコにした被害取り下げさせて、わざわざお迎えにまで来てもらってんでしょ」


 その言いぶりを聞き、キルカは察した。


「あたしの動画撮って警察に渡したの……ってか、SNSに上げたのもルナ?」

「せーかぁい」


 ルナは笑った。その表情だけは、この間まで一緒にいた彼女のまま。キルカはどこか虚しくなる。


「……で。遊郭から逃げてなにしてたんだよ、キルカ」


 詰められているが、あえて話すほどのことはなかった。


 あの時。

 サクライを突き飛ばして星の間を出たキルカは、母親のリルハに有無を言わさずひっぱたかれ、そのまま他の座敷の騒ぎを耳にしながら母に胸ぐらを掴まれて、一階に居た楼主の前に連れて行かれると、一方的にクビを宣告された。

 解雇が言い渡されたその瞬間から、遊郭の人間はキルカに対しての態度があからさまに「外部の人間」としての扱いに切り替わり、遊郭の中で今まさに起きているトラブルや悲鳴の元に首を突っ込もうとしても、二人の黒服に「ウチの中の問題だからお引き取り願う」と抑え込まれたあげく、そのまま【ジュリエット】の外に締め出された。


 店の入り口を何度叩いても返事はなく、大きくなる騒ぎの音を聞きながら呆然と夜を過ごし、交番に行っても魔人の遊郭とは関わりたくないと拒絶された。

 片耳が聴こえづらいなかで、しかし電話は繋がらず、朝にはスマートフォンの契約が解除されて使用できなくなったとき。キルカは四年ほど過ごした場所から、簡単に切り離されてしまったことを理解した。

 寮にも戻ってみようと思ったが、知った顔の全員が自分を「外部の人」として接してきたらどうしようかとも思った。


 母にいきなり顔を殴られた理由もわからなかったし、母とサクライの関係も不明瞭だった。

 戻ってもまた押さえ込まれたり、サクライにまた脅されたり、誰かに平手打ちをされるのかとも考え、『切られた』以上は近付くのが怖くなった。


 その後は日雇いバイトを探して歩き回り、身分証不要の魔人向けネットカフェを拠点にした。同じく魔人界隈の怪しい外国人を通じて新しいスマートフォンを手に入れ、持ち前の腕力を生かしてアルバイトをしながら、どうにか半年ほどの間は生きてきた。

 トーキョーを離れても良かったけれど、家なしの魔人が周りを気にせず生きられる環境としては、トーキョー、特にシンジュク周辺がおそらく無難だった。似たようなはぐれ者がこぞってキルカを仲間にしようと誘ってきたが、心を開く気にもならず、深入りせずにかわして過ごした。


 逃げたと言われればそうだった。突き放されても、何度も向かっていけるような気概があれば、全部壊して回れる胆力があれば、キルカはこうなっていなかったのかもしれない。


 キルカはただ意味もなく日々をやり過ごして、そうすることに慣れ始めていた。そのなかで強いていえば、バイトをしている間だけは元気のいい挨拶をすると良い、ということくらいは学んでいた。


「ホームレス生活」

「それなりのカッコして、いいおじさん捕まえといてそれかよ。ふざけんな」


 ルナはキルカを突き飛ばした。キルカは踏ん張らずに後ろに下がった。


「ウチらみんな、あの日で全部おかしくなった」

「……」

「あのとき。あたしたちは別々の座敷で鳴牙組の奴らに無理矢理襲われたんだ。ソフィーもスズもおんなじ」


 ルナはキルカの両袖を引っ張るようにつかんできた。


「みんな抵抗したり逃げたりしたけど、それで中はもうめちゃくちゃになった。小間使いさんにも言ったのに、みんなそれは織り込み済みみたいな顔しやがって無視された」

「……なにそれ」

「特にソフィーは可愛かったからさ。あたしとスズは逃げてるうちにほっとかれて、あの晩、さいごにはソフィーを狩る遊びみたいになってたよ。ソフィーも人間相手に念力使っちゃって……、あれは、ほんとに、めちゃくちゃだった」


 キルカは何も言わずにルナを待つ。


「普段の遊郭じゃ絶対こんなことなかった。『そーいうの』があるにしたって、【ジュリエット】では無理矢理なんてきいたことなかったでしょ。だからあたしたち、なにかがおかしいって思ってた。そしたら星の間の方からサクライさんが降りてきて、わたしとスズに肩組んできて、抑え込まれて泣いてるソフィーの姿見つめて、言ったんだよ」


 袖が引っ張られた。


「お前たちがいればキルカは逃げないと思ってた。あいつの枷にもならねえクソガキどもだし、撒いたチップも割に合わねえし、対価を払ってもらうって、笑いながら」


 キルカは、頭のてっぺんが一気に熱くなった。


「あいつ……!」

「ねえキルカ」


 ルナと目が合う。


「サクライさん拒否って遊郭めちゃくちゃにしてさ、あんたなにやってんの。そりゃあ、あれからわたしだって遊郭やめてダラダラこの街で過ごしてるよ。ソフィーはもうあそこから抜けられなくなって、スズはいつの間にか夜のうちに居なくなったよ。だけどさ、あんたはなんなの」

「なにって別に」

「魔業を扱ってたかもしんないけど、自分とおんなじ魔人のみんなを潰しに来て……、ほんとに余計なお世話しやがって……、なんなんだよ……いまさら正義の味方かなんかでもやってんのかよ! ふざけんな!」


 ルナの様子を見ていたトマリが運転席のドアを開けた。彼は何も言わず、ルナの視線に入らないよう回り込み、歩道にそのまま立って黙っていた。


「あんたが病院送りにした人たちの一人、今のわたしの彼氏なんだ。わたしみたいに行き場なんてない魔人のヒト。今は肩が外れて腫れ上がってるし、両足首は捻挫。あばら骨も一本折れてるから、しばらく仕事、できなくなっちゃったよ」


 それなら大柄の男か、と思った。

 ルナはため息をついた。


「あんたのこと連れてくるって言ってたやつは、あんたが強いってこと知らなかったみたいでね。まあ、どっちにしたってろくなことにはならないだろうと思って、わたしは動画だけとりあえず回してた。あの人数なら勝ち目なんかないだろうし、あんたに対して使える武器になるなら、なんでもいいって思ったから」


 キルカの視界の端にいるトマリは頭を抱えていた。


「でもね? あんたが一人でみんなをボコボコにしてる様子見て、わたしが思ってたよりもあんたって何倍も何十倍も強くて……たぶん警察呼んでも無理だって思ってたくらいで……それでわたし一個、わかったんだよ」


 喉が渇き始めていた。


「『あのとき』誰もキルカを本気で責めなかったの、あんたの力が怖いからだ」


 思わず、キルカは自分の手首を強くつかんだ。


「サクライさんも笑ってた。あの母親も、あんたが拒否ったことは追及しなかった。他の人たちもそうだ。なんでだろうって考えて、ムカついて、ソフィーの泣いてる顔も、襲ってるやつらの楽しそうな顔を何回も思い出して、なにも出来なかったわたし自身が、なんであの時なにも出来なかったのか考えたりして……昨日のあんた見て、やっとわかった」


 ルナは笑った。


「あんたが本気出したら、人なんて簡単に殺せる」


「……あたしは、そんなことしない」


「そんなの誰も信じない」

「なんで、そんな」

「力があるから。誰も逆らえないから好き勝手してもみんな許してくれるんだ。放っておかれたのは、あんたを追い詰めたらみんな殺されちゃうから。鳴牙組のやつらがあのとき好き勝手やれてたのも、結局同じ理屈なんだ」


 キルカは奥歯を食いしばった。


「だけど。……だけど、そんなすごい力があっても、あんたはあのとき、なにもしてくれなかった」


 ルナの悲しそうな表情が一瞬見えた気がして、額に汗が浮くのを感じた。


「……わたしたちは単なる『添え物』だもんね。動画上げたSNSもさ、あんたが見てるか知らないけど、もう、笑っちゃったよね」


 ルナは疲れたような顔になって、キルカの袖から手を離した。


「『男たちボコってる子めっちゃ可愛い』だって! ……顔が良ければ他人殴って病院送りにしても持ち上げられんのかよ! わたしはお前をアゲるためのマネージャーかよ! いいねなんか押すんじゃねえよ! みんな怪我してんのにバカにすんな!」


 ルナは自嘲するように笑った。


「強くて可愛いキルカちゃんは、ヤクザの女を拒否って逃げても、ろくに身体も汚さず生きられるもんね。好き勝手に暴力振るっても金で解決してくれるおじさんがいて、みんなにその様子見せつけたって、勝手に持ち上げてくれるのも現れるもんね」


 聞きたくないけれど、どうにか聞こうとするうちに鳥肌が立っていた。


「あんたの昔の『知り合い』は、今でも無傷で可愛いあんたを見て、人生踏みにじられてる気になってるよ」


 よく見ると、ルナの左目の上まぶたやあごの下には古傷があった。左耳も少し、形が昔と変わっているかもしれない。左側の黒いツノも先端が欠けていた。

 爪みたいに伸びちゃうとよく話していて、ヤスリで手入れもしていたルナの黒いツノが、歪んでしまっていた。

 鼻の奥が熱くなって、肩が震えてきた。


「あんたが居るだけでなんだかみじめになる」


「あんたが居るだけで何にもなれない気がしてくる」


「前の寮生活も、わたしと彼氏の生活も奪ってさ、あんたは次、わたしの何を壊してくれるのかな」


「こうしていっぱい煽ったら、わたしのことキレーさっぱりぶっ殺してくれんのかな」


 キルカは口を強く結んで、首を激しく左右に強く振った。


「……そんな覚悟ないっていうなら、わたしキルカに言いたいこと、一つだけあるから」


 ルナは背中に手を組んで、キルカにしっかりと向き直った。


「ソフィーもスズも、わたしもちゃんとしっかり思ってるから、よーく聞いてね。ずっと会えなくて言えなくて、だけどこうして出会っちゃったからもう、モヤモヤしてたのガーッてわき上がっちゃってさ。ごめんね缶ぶつけて。でも痛くないからいいでしょ別に。よわーいわたしたち、所詮キルカの足枷にもなれなくてさ、キルカのおかげで色んな経験もさせてもらって、だけどもうお腹いっぱいになっちゃったから、どうしても言いたいんだ」


 澄んだ黄色の瞳と目が合った。


「……キラキラした魔法が大好きなあんたに。いっこだけ伝えたいこと、あるんだ」


 トマリは眉間に皺を寄せ、ルナの後ろで頭を抱えていた。


「キルカ」


 ルナは無表情になり、口をゆっくりと動かした。



『死んで』



 彼女が言葉を発したような気がした。


 けれどそれが聴こえていたのかもわからなかった。


 ただ、キルカの紫色の瞳には。


 ルナの口がそう動いたようにしか、みえなかった。




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