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〇1-2 魔業

「めずらし。今日はみんなバラバラなんだね」


 きらびやかな和装への仕度を終えた四人。控え室を出た渡り廊下の先にある、二階建ての木造建築の「職場」である遊郭へ向かった。一階にいつもいる受付に今日の担当部屋を確認すると、全員バラバラの座敷へ向かうよう指示された。

 ふだんはいつも二人以上で揃って、先輩遊女の歌や踊りを盛り上げたり、話をきいたりお酌したり、先輩の着替えや片付けの合間に曲芸を見せる役割だったのだが、そうではないらしい。


 キルカは一人で「星の間」に行くよう指示された。

「星の間」は二階の一番奥の座敷で、人気の遊女がよく使用している部屋だった。客も会社経営者などの富裕層や政財界の権力者や大学教授のどこかの権威、あるいは安全な常連客がメイン。若手は自分一人だろうけれど、誰かしら先輩がいるだろう。


「失礼します」


 星の間の襖を静かに開けて入ると、キルカの見知った顔の男性が一人でいた。部屋の隅の橙色の電灯だけが点く、暗めの和室のなかに。


「……サクライさんじゃん!」

「おうキルカ。なんで鉄パイプ担いでんだよ」


 サクライさん。

 遊郭【ジュリエット】の常連客。三十代くらいの茶髪の男性で、いつも茶色のスーツとぴかぴかの靴をパリッと着こなして遊びに来る。たくさん酒は飲むけれど酒癖も悪くないし、キルカ達のような若手にも優しい。金払いもよくその場で現金払いで、チップもたくさん弾んでくれる。

 ぽっちゃりじゃなければ結婚したい、とルナが笑いながら話していた記憶がある。ルナは彼と連絡先も交換しているらしく、彼女のたくましさは見習うべきなのだろうけれど、キルカはなんとも思っていなかった。


「かちこみ」

「へっへっへっ。オレには冗談になってねぇ」


 サクライはシンジュク付近にある『鳴牙組』という暴力団に所属し、不良な若者たちの管理と世話役を任されているそうで、人望はあるが敵も多いことはなんとなく聞いていた。キルカはあまりサクライに興味がなかったので、基本的には【良い客】という認識でしかなかった。


 星の間には部屋がふたつある。見ると、二つの部屋は襖で閉じて仕切り、サクライは八畳の部屋で座布団にあぐらをかいて、透明なグラスで黄金色のビールを飲んでいる。

 サクライが手で促したので、キルカは三本の鉄パイプを部屋の隅に置き、サクライの正面に衣擦れの音を鳴らしながら正座した。

 部屋の外の音は聴こえなかった。


「お前いくつになったんだ」

「おかげさまで一八ですよー」

「成人じゃねえの」

「ですです。実感ないけど」

「実感ってのはあとからくんのよ」


 サクライがグラスを飲み干した。和室のローテーブルの上にある氷入りのアイスペールにはビール瓶が三つ浸かっていた。栓のあいているビール瓶に手を伸ばしてグラスへと注ぐと、サクライは指で自分の隣を指してきた。

 キルカはサクライの横に近付いて正座しなおす。


「……いやぁしかしそうか。お前もここに来てもう四年になるんだよな。初めの頃はえらい無愛想なのが来たなと思ってたもんだが、今じゃあ母親に似て美人になった」


 サクライは遠くを見るような目線で天井を見あげた。どこか芝居がかった素振りでムズムズする。

 キルカはこの部屋に人が来るような気配がせず、どんな表情をしようかを考え始めた。


「身長なんかオレより高いんじゃねえか?」

「あたし靴履く時厚底なんで、それでデカく見えるだけです。ちなみに裸足でもサクライさんより高いとおもう」

「へっへっ。言われたわ」


 また飲むサクライ。注ぐキルカ。


「……そう。そんでその頃から比べると、【魔人】の立場がどうにも悪くなって来ちまってるんだよな」

「そうなんですか?」

「ニュースとか見てねーのかよ」

「みてませーん」


 はあ、とサクライが腕を組んだ。実際のところ、キルカは比較的ニュースの類は確認するほうである。遊郭では話題作りに重要なのだ。


「そもそもこの国『ニッポン』に世界中から魔人達が集まって、トーキョー特区なんか作って魔人を囲うようにしてんのかお前知ってたっけ」


 大日本魔帝国と自称していたニッポン。そのうち特にここトーキョーは魔人のあまりの多さに『魔境』と呼ばれているそうだ。


「なんだっけ。ごめんなさいしたから?」

「そう。昔の戦争に派手に負けたから、当時の戦勝国どもに袋叩きにされてな。そんなに魔人使って世の中支配したいってんなら、世界中にいる魔人の受け皿になれや! ってエゲつない指導が入ったからなのよ」


 この話何回目だっけ。とは言わない。


「てかそれなー。受け皿っていってもあたし、魔人と魔人じゃない人の違いもよくわかんないよ。みんなフツーに『人間』としてそこにいるじゃん」


 するとサクライはグラスを持ったまま立ち上がった。膝がぱきんと鳴った。


「そこよな。人間には昔っから居る『魔素』を宿したキルカみたいな少数の【魔人】、俺みたいな魔素がからっぽで、ワラワラ数だけ増えてる【汎人】がいるわけだが……、このトーキョー特区に関してだけは、キルカみてえにどっちの区別もなく生きられるようになってるわけだ」


 あ。言わなきゃ。


「へー、それっていいこと? わるいこと?」

「めっちゃいいこと」


 サクライは嬉しそうにビールをあおった。


「このトーキョーみたいによ、差別も区別も世界にゃ必要ねえ。『もってるやつ』か『もってないやつ』だけがいればいい。だからオレたち鳴牙組は、汎人も魔人も区別なく商売していこうぜって走り回ってんの」

「おー。トーキョーだけが正解じゃーん」

「そうなのよ。オレも魔人と仲良くやってっけど、汎人に比べて個人主義が過ぎるとか、魔素の利用は世界を壊すから危険だとか色々あんだけどよ。そんなのは『もってるやつ』が管理さえしてやれば、いまの汎人よりもでっけえ文明作っていけるポテンシャルがあるわけよ。魔人も魔素も使えるものは使っていく……そこは汎人らしくいきてえもんだ」


 キルカはビール瓶を抱えて柔らかい笑みを浮かべた。


「つまりそれがサクライさんみたいな人ってわけだ。あたしたちみたいに汎人社会になじめない魔人に、お仕事もあったかーいお部屋も美味しいごはんもくれるのが! 『もってる男』サクライさんってわけ!」


「そうだなぁ! そいつぁ褒めすぎだな! みんなほんとよくやってるからよ!」


 ビール瓶が空になった。キルカは二本目のビール瓶を掴もうとすると、立っているサクライが見下ろしてきた。

 眉根を寄せ、あからさまに神妙な表情をしている。


「そんなわけでキルカよ」

「はいはい?」

「……ひとつ。オレらの『魔業』の仕事に協力してくれねえか?」


 キルカは一瞬固まってしまった。

 それを悟られるのを避けるように、「まごー?」とつぶやきながら、氷入りのバケツからビール瓶を取り出した。


「魔業は知ってるだろ」

「まごう。うん……知っては、いる」


 魔業について、キルカは何度も調べたことがあるためよく知っていた。


 地球や魔人のような物質や生物、世界の構成要素の一つである通称『魔素』。その「魔素」と、汎人の知恵と努力の結晶である「科学技術」が織り混ざったテクノロジーの総称を『魔業』と呼ぶ。

 汎人の好奇心と知識欲を糧に生まれた魔業技術は、八〇年前の世界戦争のきっかけであると同時に、終結の理由でもあった。


「ちなみにオレのライターも魔業だ。着火してみろ」


 サクライはキルカに銀色のオイルライターを差し出した。キルカが受け取ってフタを開けると、硬質な音がした。


「オレが着火して使っても、こん中のオイル分しか燃焼しないが」


 キルカは火を点けてみた。ライターの芯からオレンジ色の火が小さく立ち昇る。


「魔人のお前がコレを一度着火すれば、この魔業はそれ以降、魔素を媒介して世界のどっかからエネルギーを拝借し続ける。このライターが壊れない限りは、半永久的にこの火を維持することが出来んだ。特に熱エネルギーは地殻、マントルから拝借してんじゃねーかって話」

「ぜんぜんよくわかんないけどスゴイ」


 キルカはライターのフタを閉めた。


「これは汎人世界の常識からすればイカれてんだが、魔素を利用すればそんなことも可能ってわけよ」

「あたし達のパワーも大体そんな感じなんだっけ」

「そもそも魔業は魔人の体質を元にしてるからな」


 魔人には様々な種類がいる。

 鉄を難なく引き裂けるキルカの力もその一つで、ルナら同僚達のツノなどの見た目や、念力などは魔人の特性にあたる。

 魔人の能力のなかでも利用価値の高いものを、多くの者に等しく『特異な現象をもたらすモノ』として発展させたのが『魔業』という技術らしい。


「それで……魔業のほうは、使いすぎたらまずいみたいな」

「ライターもそうだが、魔業ってのは、魔素ごと物質やエネルギーを移動させるることで、移動元の魔素のバランスが狂うからな。その均衡が崩れると、魔素のバランスが均一になるよう、魔素と一緒にそれを媒介するモノが移動しようとする。研究してるやつらはガタガタ言ってて詳しくは知らねえが、平たく言えば、台風や地震やらが発生しやすくなる」


 サクライの言うように。世界人口が増えるにつれ、魔業の運用が世界全体へ与える反動が計り知れないものであったことが徐々に証明され、魔業自体は徐々に規模を小さくしていったそうだ。


「まぁ、魔業がおっかねえといえばそうなんだが、結局汎人の技術も本質は大して変わらねえ。地球温暖化とかエネルギー問題とか聞くだろ」


 サクライは訳知り顔で頷いている。


「しらなーい」


 キルカは適当に返事をした。


 戦争における魔業の過剰利用による魔素公害、異常気象や地盤沈下などといった天変地異が問題となり、国連によって魔業の研究開発や生産の規制が進んでいる。

 それでもトーキョーでは、魔業は魔人の活動と共に今でも名前を聞くものであり、世界でもトップクラスに魔人の多いトーキョーが『魔境』と呼ばれる一因でもあった。

 歩いているだけで魔業や魔人のもたらす異常が飛び交う街なんてものは、汎人達にとってまともな世界とは言い難い。


 四年前にも『魔境』らしい大きな事件が起きている。

 当時のサミットで入国していた某国の大統領を抹殺するために大規模な魔業が用いられた事件であり、魔業による災害級のテロ。

 巨大な熱帯植物の発生や、高速道路の浮遊と落下、地面の陥没が同時に発生し、その地域数キロがめちゃくちゃに破壊された事件。

 一〇〇人規模のたくさんの死傷者が確認され、日本中が一月ほどのあいだ大騒ぎになった災厄だ。


 だからキルカは魔業を知っていた。

 散々調べた。知りたくはないけれど、知らなくてはいけないと考えていた。

 魔業は、父を殺した技術だから。

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