↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/43

◯5-8 崩落

「ルナ!」


 ルナに駆け寄った。銃弾を受けたルナは顔を歪めて汗を浮かせ、そばにあるソファに倒れ込んだ。

 キルカは瓶やコンクリートブロックなどで殴られても傷一つつかないけれど、拳銃で撃たれたことはなく、その加減は想像できない。慌てたまま、キルカはルナの服をめくった。

 ルナの白い腹には二箇所、赤黒い色をしたひどい内出血のような跡があった。銃弾のような金属ではない黒い塊が、腹の上で潰れて縮み、その肉にわずかにめり込んでいる。拳銃にしても妙に小さかったため、あれは魔業だったのかもしれない。


「一応おなかに、穴あいてない、けど……」

「いや穴て……、息、きっ、つ……」


 ルナは力みながら身を捩る。仰向けになり、額に汗を浮かべてツノを握った。


「……ぁぐっ、そっか、そうだ……」

「え? なにルナ」

「キルカ、これ、指輪とって……」


 指輪。これはいまキルカの魔人の力の半分をルナに分けている。キルカの頑丈な身体になっていなかったら、もっと危険なのではないか。


「とってぇ……」


 意図はわからないけれど、キルカはルナの手を取り、その指輪を取り外す。キルカのほうも、ぐらりと身体が重くなった気がした。


「マリー。指輪どうしよう」


 マリアはずっと天井を見上げていた。少し遅れて瞳を開き、キルカを見た。


「あ。私がつけるか、キルちゃんが二つとも付けていれば大丈夫……」


 うわの空のようだった。キルカはとりあえず指輪を二つ同じ指に付けた。あまり実感が湧かなかったけれど、キルカの魔人としての力は、これで十全に戻った。


「外したよルナ」

「あぁ……、いったぃ……、しぬ……。くそ、女の腹うちやがって、あのやろ……」


 ルナはまたソファの上でもだえるように身を捩る。身体を小さく丸めるようにして、少しの間、自分の身体を強く抱きしめた。


「あんたの王子さまも、最悪だよ……」


 ルナは苦しそうに息を吐き、ソファの裏で倒れているハルトをあごで指した。マリアもキルカの隣にやってきてしゃがむ。


「二人とも聞いて」


 マリアは強張った表情だった。


「さっき少し揺れたよね。サクライが言ってた『起動しろ』っていうの、たぶんなにかの魔業のことだと思う」

「マリーそんなのもみえるの?」

「ちゃんと視えてはいないけど、上でなにか動いてる。ルナさん抱えてでも、早く離れたほうがよさそう」


 マリアは髪を乱しながら、また地上のほうを見つめた。


「あとキルちゃん。大事なこと」


 目を見開いて天井をきょろきょろと見ている。


「ハイジマさんの耳には、クロイワと同じ魔法陣がある」


 キルカは「魔法陣?」と首を捻った。


「最初に会ったときから変だったんだ。ハイジマさんは魔人じゃないのに、耳にも瞳にも魔素が混じってて、変な感じだった」


 言われてキルカは思った。ハルトの瞳はブラウンと黄色が混じった瞳なのだ。キルカもそこには違和感はあったし、ハルトによれば、カギリにも魔人でないかと訊かれていたらしい。


「耳のイヤーカフの魔業のせいだと思ってたんだけど……さっきのこと考えると、やっぱり違うと思う」


 どういうこと。とキルカは目を細めた。

 マリアは早口で、落ち着かない様子だった。


「サクライが鳴らしてた黒い鈴、あれも魔業みたい。だから想像だけど……ハイジマさんはサクライに操られてたんだと思う」

「え」

「さっきのクロイワだって電話での様子がおかしかったし、クズリさんへの『起動』の連絡でも、サクライはたくさん鈴を鳴らしてたよね」


 キルカは急に拍子抜けたような気がした。


「じゃあ、ハルトは……」


 がくん、とまた部屋が揺れた。

 さきほどの揺れよりも大きかった。


「いける、もうすこしで動ける……」


 ルナは身体を僅かに痙攣させて、汗を浮かせながら頭を起こした。

 ついさっき頬を切っていたはすだが、その痕が見られなかった。


「無理しないで。あたしおんぶするから」

「だいじょぶ……。みんな、ツノのある魔人になんでツノ生えてるか知らんでしょ?」


 キルカは調べたことはなかった。ルナの黒いツノをよく見ると、さっきまでのツノに比べて、頭の表面くらいにまですり減ったように小さくなっていた。


「これラクダと一緒なんだ。血とか傷とかカバーできるし、ラクダより上か……? ふつうにいま、まじ超クソ痛いけど……」

「ラクダ。たしかにルナさん睫毛長いもんね」


 マリアはぼんやりと天井を見ながら言った。


「わたしそんな長いか……?」

「まってマリー、いまの冗談?」

「えっ。いや……えっ?」


 三人で変な顔を見合わせていると、ソファの後ろからハルトのうめき声がした。


「うわ起きた。操られてるとか知らんし、キルカそいつぶん殴ったほうがいいよ」

「まあ、うん……」


 そんなことより、みんなでここを脱出する話をしたい。

 キルカはソファの後ろに回る。ルナにぶっ飛ばされていたハルトは、床にうつ伏せにへたりこんでいた。


「ハルト」


 すぐそばでしゃがんで呼びかけると、ハルトは再度声をあげ、腕立てするように身体を押し上げた。


「あ……、あご……動く……」


 ハルトは呟く。顔をさすりながら起こして、頬や首を赤くさせていた。しかしキルカには目を合わせず、その場で座って俯き、呼吸を整えている。


「だいじょぶ?」


 さきほどハルトは脂汗をかいていた。いまはそれにくわえて、ひどく暗い表情で唇を強く結んでいる。殴り飛ばされた衝撃で身体がおかしくなっているのか、右手を振ったり、首を何度か回していた。

 数秒くらいそうしてからハルトは溜め息をついて、おそるおそるキルカに目を合わせた。


「ハルト」

「……はい、先輩」


 その目や顔はキルカが今まで見たことのない、泣き出しそうな子どもみたいな顔をしていた。

 彼の頭の中が一体どんな状況になっているかはわからないけれど、色々と考えているみたいだ。


「ね。あたしもビンタしていい?」

「……え? そりゃ、もちろん」


 もちろんってなんだよ。


「……そっか」


 キルカは緊張していた肩の力が抜けて、自分の目尻を押さえつけるように袖で拭った。

 さっきのような変な感じではなく、普段のハルトだ。むしろ今のハルトに色々と訊いたとしても、たぶん結構、めんどくさそうだった。


「ほらハルト。動けるなら立って。動けなくても、立ってよ」


 声が震えてしまった。キルカはハルトの肩を叩き、一人で立ち上がって見下ろした。


「キルカ、俺は――」

「細かいことはしらない、あとでいっぱい埋め合わせ。いまはみんなでここから逃げよ」


 ハルトは床に座ったままキルカを見上げた。その直後に目を強く閉じて、両手で顔を覆った。掌の奥で深い呼吸を繰り返しているようだった。その肩は震えていたけれど、キルカは手を貸さなかった。

 サクライがヨシノだったこと。

 それを、彼は考えているのかもしれない。


「……そうだな。まずは、ここから離れないと」


 ハルトは気を取りなおしたように立ち上がり、ボロボロの姿でキルカに向き直った。


「だけどキルカにはひとつだけ」

「なに?」


 気まずそうなその表情をむしり取るように、自分の顔を触っている。


「全部。ちゃんと覚えてるから」


 ハルトはさっきのことだけを言っているつもりなのだろうけど。


「そ。あたしは興味ないこと忘れるひと」


 全部なんて言い方が引っ掛かって、ちょっと顔が熱くなった。またすこし息が苦しくなったため、ハルトの肩を拳で強めに小突いた。


「……じゃあ逃げよ!」


 キルカはソファに倒れるルナのほうへ戻った。

 ハルトはふらつきながら、天井を見つめるマリアの方へ駆け寄った。


「ねーいまキルカさぁ」

「うるさ。ルナ動ける? 指輪つけるか、あたしが担ぐか」

「指輪つける。サクライ居たらぶちのめす」


 キルカはルナに指輪を渡す。


「あれ今気付いたけど、まって。これって指輪付けてたらあたしにもツノ生えるの?」

「しらねーよ、ツノ嫌がってんじゃねーよ」


 ルナに肩を貸そうとすると、首を横に振った。

 とりあえず動けるくらいには回復したらしい。


「……状況はだいたいわかった。とりあえず移動しながら話そう。カギリさん達に合流したい」


 ハルトはマリアの両手を縛っていた結束バンドを切っていて、それを捨てながら全員に呼びかける。マリアとなにか話していたらしい。


「乗ってきた車もある。急いでここを出よう」


 全員ですぐに部屋を出た。

 控室のそばでは見張りの男が倒れていた。肩から血を流してうずくまっているが、息はあるようだった。


「生きてる?」


 ルナが呼びかけると、男は苦しそうな顔で頷く。ハルトが彼の手足の拘束をナイフで切ると、その場でぶるぶると震えながら立ち上がった。


「わたし達逃げるけど、あんたも勝手にしな」

「……ルナ、一緒に行ったほうが」

「いやソイツもツノあるから。わたしらはそのへんの生命力がちがうんだよ」


 ツノの魔人の価値観なのかもしれない。男にああだこうだという暇もなく、キルカはハルトやルナのあとをついていく。


「……細かい状況はわかんないけど、あいつがサクライなら。『起動』って話は一個引っかかってる」


 ライブハウスから地上にあがる階段で、先頭のハルトが言った。


「俺はヨシノ……サクライの拠点に何度か行ったことがあるんだ。あそこにはさっきの黒い鈴とかドローンがたくさんあったのは覚えてる」

「ドローン?」


 キルカが訊いた。

 ハルトは少し躊躇ったような表情だったが、すぐに頷いた。


「サクライが扱ってたっていう『ポータル』。あれは昔……首都高崩落事件でも『ドローンを併用して』使われたってトマリさんが言ってた。実際に使ったのは、シン国の連中みたいだけど……」


 そうなんだ。とキルカは頷いた。


「えっと……、じゃあ、さっきから揺れてるのって……」


 ライブハウス階段をあがり、ハルトが出口の扉に触れた。


「サクライはこの誘拐が失敗したときのために、このあたりをぶっ壊して逃げる準備でもしていたのかもしれない。取引相手がどんな奴らにしろ、単に『失敗しました』じゃ、済まされないと思う」

「逃げるためにそんなこと……」


 どうかな、とハルトは首を左右に振った。


 階段の先の扉をハルトが開く。

 外の風が一気に流れ込んで、キルカの視界には初めて見るシブヤ――『魔界』の景色が、一気に拡がった。


「……ちょっと、待って……」


 キルカの身体は全身に走るぞわりとした寒気に硬直した。

 その通りは間違いなくトーキョーのビル街だった。

 しかしキルカ達のいる側のビルや路上のほとんどは、大量の植物に覆われていた。

 通りの奥のビルに視線を向けていくと、植物の巻き付いたビルの外壁のいくつかが、大きなコンクリート塊に散らばって宙に浮いていた。

 さらに空によく目を凝らしていくと、浮遊する瓦礫のさらに上には、ビル二つぶんほどの真っ黒な穴が、空中にあいているように見えた気がした。


「は? なんだこれ……撮るか?」


 ルナは呆然とした顔で、スマートフォンを出して空や景色を撮影し始めた。ハルトとマリアは周囲を確認しながら、この状況について話し合っている様子だった。


 キルカは数秒のあいだ動けなかった。なにが起きているのか理解するまで、時間がかかった。


 この景色を見たことがあった気がした。


 六年前のあの事件。テレビ中継が強制的に打ち切られ、一分にも満たなかったライブ映像。いまはインターネットの片隅にもすら残っていない、削除され続けた『あの事件』の映像。

 キルカは昔それをよく調べて観ていた。父を死なせた事件の映像のなかに、父の姿がないかを何度も探してしまっていたから、よく覚えていた。

 これはでまるで、首都高崩落事件の再演だ。


「……あ! バイトの子! やばいよ助けて! まじでやばいから!」


 後ろから女性の声がした。

 キルカにも見覚えのある茶髪の女性。彼女はハルトの背中に駆けつけてきて、悲鳴のように叫んだ。


「ケンゴ! 店長さんおんぶして逃げて! なんかみんなそっちを追っかけだしたの! そのとき私は隠れて待ってろってケンゴが!」


 ケンゴ? キルカは首をひねったが、ハルトは状況を把握しているらしい。


「あの浮いてるやつの前のことですよね?」

「だよ! さっき男出てきたよね! そのあたりから浮き出して……ねぇいいからとにかくケンゴ助けて! その子強いんだから!」


 女のその顔で思い出した。彼女は以前、キルカを瓶で殴った女だ。どういうわけかハルト達と協力関係のようだ。


「わかりました。ケンゴさんの匂いは追えますよね?」


 あたりまえ。と頷いた女は、ビルの浮いてる方ではない通りを指す。そわそわした様子で、今にも走り始めそうだった。


「キルカ」


 ハルトが声をかけてきた。


「ここにいるのは危ないからケンゴさんを追う。カギリさんも一緒のはずだから、俺はそっちに行く」


 キルカが返事をする前に地面が揺れ、なにかが砕ける音がした。今よりももっと近くのビルが、絡みついた植物をちぎりながら浮き上がり始めていた。


「……空の穴、やっぱり魔業みたい。動いてる」

「そんなん見てる場合じゃないでしょ……いやまぁ、レア映像なんだけど……」


 マリアが呟く。ルナはそのマリアを呆然と見て、スマートフォン片手に口をぽっかりあけていた。

 ハルトがリンカに「行きましょう」と手で促した。


「……で、キルカ達は別行動にするか? もしかしたら、サクライもまだ近くにいるかもしれないし」


 キルカは左右に強く首を振る。


「サクライなんかどうでもいいよ」


 即答した。

 するとなぜか、ハルトはほっとした表情になった。


「っていうか、まだなんかあるなら戦力的にあたしとルナ必要じゃん。まとまって動いた方がいいでしょ?」


 ウェーブのかかった黒い髪を手ぐしでかき分ける。

 昨日からのあれこれで、髪が悲惨なくらいぐしゃぐしゃに絡まっていた。けれど普段のように触れてみたら、案外すんなりと指は通った。


「カギリさんつかまえて、みんなで一緒に帰ろうよ」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。