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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
4章 2022年4月 みちる
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27/32

□4-3 刃


 カフェバー『みちる』の店内には全身黒ずくめの三人の男性が倒れている。いずれもカギリの『魔法』による植物に巻き付かれて拘束され、簀巻きになった全身をまるで動かせていない。

 ハルトとマリアは驚愕で固まっていた。

 トマリは倒れている三人のうち一人の男に歩み寄り、頭の手前でしゃがむ。


「誰の差し金?」


 頭に被っている目出し帽を力任せに剥ぎ取り、トマリは男の金髪を鷲掴みにして顔を持ち上げた。

 その顔はハルトには見覚えのあるものだった。バイトを始めて間もなく、店内でトラブルを起こしていた男。


「あ。元ホストのケンゴ……、クズリんとこの社員ですね」


 ケンゴは不服そうな表情を見せ、何も言わずにトマリを睨んだ。ハルトも近づき、ケンゴを向いてしゃがみこむ。

 ケンゴもハルトを暴行した一人なのかもしれなかったが、ハルト自身が思っていたよりも、彼へ何かしらの感情が湧いてこなかった。相手が縛られているからかもしれない。

 ケンゴと目が合う。


「あぁバイト君、その節はどうも……」

「僕が。誰の差し金かを君に訊いてるんだけど、舐めてる?」

「いって! 痛い!」


 トマリは髪を引っ張り上げ、ケンゴの背中が反る。カギリは空になったコーヒーカップを集め始めていた。


「……社長の指示っすけど」

「その社長は誰に言われてるの」

「オレは知りませんよ詳しいことは」

「では君達が言われている内容を教えてくれるかな。ウチの店員を拐って、今度は店にまで乗り込んできて、その後はどうするつもり」


 ケンゴはしばらく黙った。黙っている間にもトマリは髪を掴む力を強め、ケンゴの背中がさらに反った。


「キっ、キルカちゃんっすよね。オレも気になってはいます。でも教えてもらってないんでマジで知りません。店にだって、ちょっと窓割って荒らしてこいって話で……」


「カギリ」


 トマリが言うと、ケンゴの身体に絡んだ植物が蠢いた。


「――痛っ! 痛いっ! くるじっ……!」

「どうも認識が軽いな」


 トマリはケンゴの耳元に口を寄せて、小声で囁いた。


「他の二人みたいになりたい?」


 トマリが言って、ケンゴの頭を倒れている二人に向けた。

 ハルトも気付かないうちに、彼らの頭を覆うように緑色のツルが絡みつき、フルフェイスヘルメットのように顔が見えなくなっていた。二人は微動だにしていない。


「なんこれ……」


 呟く様子にトマリは苛立ったのか、ケンゴの頬に平手打ちをした。


「言われたからやりましたで済む事じゃないことくらいわかるよね。自分が脅されてるのか金で使われてるのか、それくらいは分かっているだろ」


 ハルトは周囲を確認した。三人以外の人間が来ている様子はなく、店の外へ徐々に野次馬が現れ始めていた。

 トマリの訊いている通り、彼らが乗り込んできた理由は確実にあるはずで、今はたまたまカギリの魔法によって拘束されているだけに過ぎない。カギリが魔法使いであることも織り込み済みとは思えなかった。

 店を覗いて三人で乗り込んでくるにしても彼らはバール以外には手ぶら。明らかに準備が足りていない。


「痛めつけるのは嫌いだけど仕方ない」


 ケンゴはそれを聞いて目を見開いた。


「ちょ、なんでオレだけ!」


 トマリはケンゴの頬を右手で殴った。


「ハイジマ君。悪いけどお湯沸かしてきてくれるかな。熱湯でいいよ」

「熱湯ってオーナー、さすがに……」


 ハルトはトマリと目を合わせた。先ほどまでハルトと話していた様子とは明らかに違って、目を細めて静かに怒っているのは見てとれる。


「こんなの警察に突き出せばいいじゃないですか」


 トマリは鼻で笑った。


「警察は役に立たないよ。今回のことは僕らも含めて魔人が関わってる。街角で暴れているだとか、汎人の公共の秩序が侵されない限り、彼らは積極的に魔人に関与しない。だいたい彼らが動くにしても時間がかかりすぎる。誘拐の目的次第では間に合わない」


 誰と話してもそんなことを言われている気がして、ハルトは一度口を噤んだ。

 トマリの言うように、ハルトのヨシノとの仕事のなかでもそうだった。警察は魔人同士のトラブルや暴行が発生しても腰は重い。


「……時間ってことなら、コイツを絞って得るものがあるかわからない。それよりキルカ優先でしょ。せっかく簀巻きになってんですし、必要なら車に積んで連れていけばいい。運転は俺がするんで、その間どうするかは任せますよ」


 ケンゴはハルトを見て苦々しげな顔を見せたが、この場で熱湯をかけられるよりはマシだろう。


「……それなら車を取ってくる。少しこのまま店で待っててくれるかな」


 トマリはケンゴから手を離して立ち上がった。


「カギリ。いいね」


 彼はカギリへ目配せをすると、すぐに店の入り口に向かって歩き出した。入り口のそばには割られたガラスや店の備品が散乱している。トマリはそれらを踏みしめながら店を出ていった。


「食器片付けるね。車には私もついていくよー」

「あ、ありがとうございます……」


 カギリはキッチンに戻った。


 一度ヨシノと連絡を取るべきかハルトは考えた。

 トマリは話が通じないわけではないが、下手に敵対すると容赦がない人間だ。親族であるカギリもトマリに協力する立場である。ヨシノが彼を『面倒臭い』と評していたのは、彼のこの側面について知っていたからかもしれない。

 ハルトがスマートフォンを取り出して迷っていると、店の隅のほうから音がした。


 ぎゅも、といった、空気が局所的に吸い込まれるような気持ち悪い音。


「!」


 『ポータル』の魔業が使われた時の音だ。

 ハルトは咄嗟にそちらを見た。


 同時に、マリアの息を吸うような短い悲鳴が聴こえた。

 全身黒ずくめで薄手の黒いコートの、銀髪の若い男が店の隅に居た。彼はマリアの背後に立ち、マリアの首元にナイフを突きつけている。


「クロイワ……」

「名前知ってんだ」


 サクライの関係者だというクロイワだった。

 先日にはポータルをハルトの目の前で使用し、マリアへの接触を匂わせていたのだ。今回の件にも当然関わっていたのだろう。


「あれは『魔法』だよな? まったく世界は狭いね」


 ケンゴ達といいクロイワといい、次から次へと人間がやってくる。当のクロイワはハルトを全く見ておらず、マリアの首元に腕を回してキッチンの方を眺めていた。


「クロイワさん! 助けてください!」


 寝転がっていたケンゴが喚いた。


「クズリに言えよケンゴ君。君らと俺は違うルートで来てんだって何回言ったらわかんの」

「みんなでその子拐うって言ってたのにー!」

「うるせ。君らが使えるか見たかっただけ。やっぱ使えねーからここでクビ。分け前もねえから捕まっとけバカ」


 ハルトは彼が何処から現れたのかを考えようとしたが、ポータルを持っている時点で考える意味がない。

 そばにあったバーカウンター用の丸椅子を手に取った。

 間もなくカギリが物音に気づいたようで、早足で店内に戻ってきた。


「また『敵』か」


 カギリがクロイワを見つけた。


「やー待って待ってお姉さん。『手違い』でこの子が降ろされちゃったから拾いに来たの。あくまで当初の流れに戻るだけ。ここに来たことがイレギュラー。だから魔法は使わないで――うおっ!」


 クロイワがナイフを投げ捨てた。そのナイフの刃は、アロエのような植物に変わっていた。


「おもろ。とりあえず逃げるか」


 クロイワは即座に、マリアの背中に抱き着くように両腕を回した。

 彼は指揮棒のようなものを持っていて、指揮棒の両端を左右にねじって、ガチガチと機械的な音を鳴らした。ハルトが以前見たもの、おそらくポータルの魔業だ。


 直後に、空気が歪むような異音が鳴る。

 彼の背後の足元が、鈍い紫色に発光している。

 ハルトは椅子を掴んだまま、クロイワへ一歩踏み込もうとした。


 そこでクロイワに身体を突き出されているマリアと目が合った。

 マリアは恐怖に囚われている表情のまま、持っていた黒いショルダーバッグを店内に投げ捨てた。彼女はハルトを見たあと、そのバッグを二度見した。


 直後、クロイワはマリアと共に『床に落ちた』。

 段差を飛び降りるような軽さで、床にある、薄紫に光る穴に飛び込んでしまった。


「…………」


 ハルトは歯を食いしばり、ポータルの穴へ向けて丸椅子を投げつけた。

 椅子は転がって、その片足だけが、ポータルによる穴に引っ掛かった。

 ぎゅむ、というポータルが閉じる音がした。

 ポータルの穴に引っかかっていた丸椅子は、床で閉じた穴に合わせてその片足を綺麗に切断された。椅子はバランスを崩して、がたんと床に転がる。

 その真っ直ぐな切断面を見て、ハルトの脳裏に沸々と苛立ちがのぼってくる。

 昨日ついた額の傷が、刺すような痛みを与えてきた。


「ハルトくん怒ってる?」

「……怒っては、います」

「ごめんね。『魔法』、マリアちゃんを巻き込みそうだったから」

「カギリさんに怒ってるわけじゃないですよ……」

「そう?」


 カギリはハルトに構わず、荒れた店内の写真を撮り始めた。先ほどトマリと保険の話をしていたため、現場保存だろう。

 そのうちにトマリが車の鍵を持って、店の入り口まで戻ってきた。


「マリアさんは?」

「クロイワに連れていかれました。例の『ポータル』で」


 トマリは一度目を丸くした後、店を見回した。


「……厄介だな。まあ、どちらにしてもか。移動しよう」


 彼はほとんど慌てる様子はなかった。ハルトの額がまた痛んだ。


 ハルトは簀巻きになっているケンゴを店の外まで引きずった。その後トマリと共に、店内に倒れている二人も店から引きずり出した。

 カギリはガラスを割られた店の入り口のドアに鍵をかける。店の前の通りには、トマリが手配した白いバンが停まっていた。

 朝の店の前には一〇人ほどの野次馬達が立ち止まり、何事かという顔でこちらを見ていた。


「オーナー、コレ全員連れていきます?」

「一人でいい。ぐるぐる巻きの二人はきっと野次馬がなんとかするよ」

「じゃあ一人……」


 ケンゴは先ほどから押し黙っている。クロイワに言われた言葉が効いている様子だった。

 ハルトはミニバンの後部座席をフラットにして、ろくに抵抗しないケンゴを引きずり、投げるように車に積んだ。


 彼の様子を見て、ハルトは一つ思いついた。


「そういやケンゴさん」

「あ?」

「けっこう前のあの後、リンカさんとはどうなったんですか? ケンゴさんめっちゃキレてましたよね」

「シメたから今は俺の言いなり」


 ケンゴは車の荷台に顔を押しつけるように伏せた。


「連絡先知ってます?」

「は?」

「知ってんのか訊いてんすけど」


 ハルトはケンゴの背中を車に押し込んだ。


「ケンゴさんを人質にしてリンカさんの『鼻』を使いたい」

「意味わかんねえし」

「どうせ金も貰えないならクロイワの味方する必要ないでしょ。だからリンカさん呼んでください。二人を探すのに使える」

「なんでおまえの言うこと……」

「ね。カギリさん」


 ハルトがカギリに振り返る。まったく話を聞いていなさそうだったが彼女は頷いた。

 ケンゴはカギリの顔を見て、首を引っ込めて縮んだ。彼が全身を縛られている植物はカギリによる魔法によるものだ。恐怖を感じているに違いない。


「いつでもその人真っ二つに出来るよー」

「……呼んでも、リンカが来るかはわかんねえよ」

「ケンゴさんが『死ぬかも』って言えば来ますよ」


 ケンゴはハルトを見て、カギリの無表情を見たあと、嘔吐しそうな青ざめた顔になって芋虫のように丸まった。


「いいねハイジマ君。そんな手があるのか」


 トマリがハルトの後ろから声をかけてきた。


「アプリだけじゃ心許ないですから。なのでちょっとキルカの私物とか探してきます。すぐ戻ります」


 トマリは「頼むよ」と返事をして、ケンゴをさらに車に押し込んでから白いバンの後部を閉めた。カギリも運転席の後ろに乗り込んでいく。

 ハルトは早足で店内に戻り、マリアが店内に投げ捨てたショルダーバッグや、肩にかけていたブランケットを拾い上げた。ショルダーバッグの中には色んなモノが入っている様子だった。ハンカチでもあれば、マリアの匂いは追えるだろう。

 バックヤード周辺も探しまわり、キルカの白いメイドカチューシャがロッカーの扉のフックに放置されていたので手に取った。

 他にも使えそうなものを探しながら、スマートフォンでヨシノに電話を掛けた。


『おうハルト。昨日連絡無かったな』


 電話越しのヨシノは欠伸をしていた。


「すみません手短に話します。マリアさんがクズリ達に誘拐されたんで『みちる』の人達となんとかします。ヨシノさんに借りた魔業で居場所はわかってますから、これからシブヤの魔界に行きます」

『誘拐の理由は』

「マリアさん、クズリの配達物の魔業を盗んでたみたいです。余罪もあるのかも」

『それで助けにいくのに殴り込みか? いやートーキョーの味がするじゃねえの」

「トーキョーの味て」

『お前もいくのか』

「腹立ってきてるんで一緒に行きますよ。あくまで運転手として」

『カフェバーのほうとはうまくやれてるようだな』

「まあまあです」

『手は足りてんのか』


 カギリの顔が思い浮かぶ。


「足りてはいないですけど多分大丈夫」


 歩きながらキッチンまできたところで、店の表通りの方から悲鳴が聴こえた。

 一人ではない。野次馬からの声のようだった。


「なんだよ今度は……」

『つーことなら政治家のほう、助けてやった報酬でも吹っ掛けるか。拐われた証拠もあると尚良い』

「フツーに悪人みたいなこと言ってる」

『あと。荒事になるならちゃんと逃げろよ。お前にやらせることは多いんだ』

「死ぬみたいに言われても。コレについては逃げる気はないです」

『そうかよ。……まあ、うまくやれ』


 ヨシノの電話の背後では、玄関のドアが閉まるような音と、ちりんといつもの鈴の音が鳴った。ヨシノは外にいたらしい。


「それなりにやります」


 通話を切った。ハルトは回収したキルカ達の荷物をリュックに詰め、店の前の通りに出た。


 白いバンの後部の周りには小さな人だかりができていた。中年の男性が電話している声がして、救急車を手配しているようだった。若い女性は道路に座り込んでいて、隣の女性に肩を支えられている。


 嫌な感じがした。


 ハルトは人だかりをすり抜ける。

 トマリが地面に座っていた。車の後部に背中を預けており、カギリはその隣に膝をついていた。


「あぁ……ハイジマ君、すぐ車を出そう。警察が来ると、面倒だ」


 トマリの額には汗が玉のように浮いている。

 彼をよく見ると、右の脇腹あたりに包丁が突き刺さっていた。

 スーツの上から刃は貫通している。大きな出血があるかは、目視ではわからなかった。


「……マジで何言ってるんですか……。病院行きましょ。というか、この短時間で何があったんですか」


 カギリとトマリへ顔を向けながら、ハルトはぞわりと背筋が寒くなるのを感じ、とにかく冷静になるよう息を吸った。

 刺された人間を見るのは、初めてだった。

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