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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
4章 2022年4月 みちる
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25/32

□4-1 オーナー

 ハルトは目を覚ました。

 白い天井と白いシーツが見えた。寝転んでいたのは病院のベッドらしかった。周囲にはカーテンが引かれていて、天井側の隙間を見ると外は明るい。

 身体を横に倒すと鈍い痛みが走った。頭に背中、腹、頭と首、顎に違和感がある。服装は、気を失う前まで着ていた自分の服だ。

 体調には問題なく、目を覚ますまでにそれほど時間が経っていない気がした。

 ベッドから転がるように降りた。直ぐ側にあった自分のスニーカーを履いて、ベッド周りのカーテンを開けた。


 すぐ目の前に、背もたれのない丸椅子に座っている男性がいた。両手を組んで眠るよう目を閉じている。

 赤とオレンジの中間のような長髪。灰色のスーツと黒いワイシャツの男性。身長は高そうだった。

 知らない男だ。ハルトは警戒しかけたが、カギリと髪色が似ている。

 ハルトが声を掛けようとすると男は顔をあげた。


「やあ。ハイジマ・ハルトくん」


 黒い瞳がハルトを見つめた。


「……『みちる』のオーナーですか」


 男は目を丸くした。


「察しがいい。僕はアカギ・トマリ。カギリの兄」

「はじめまして。お店でバイトしてますハイジマです」


 ヨシノの言っていた『潜入がバレてはいけない』人間だ。

 座ったままのトマリはハルトを見上げた。


「少し座りなよ」


 感情が感じられなかった。カギリの言っていたような人当たりの良さそうな感じでもないし、ヤカラっぽくもない。

 ハルトは緊張をほぐすようにため息をつき、ベッドに腰掛けた。それを見たトマリも椅子に座りなおした。窓際に置いてあった水の入ったペットボトルを差し出してきて、ハルトそれを受け取って飲んだ。

 ハルトの額にはガーゼとテープが貼ってあり、軽く押してみると刺すような痛みがあった。


「ここは僕の知り合いのクリニック。たまたま入院患者のいない四人部屋があったから、寝かせてもらっていた」

「えっと……ありがとうございます」


 トマリはハルトに目を合わせる。


「なにがあったか覚えてる?」

「まあ。たぶん、だいたい……」


 ハルトが首を揉んで状態を確認していると、トマリは鼻から深く息を吐いた。


「君はシンジュクの路上で暴行されてそのまま気絶していたようだ。簡単に調べたけど、大きな外傷はないし中身も無事。たぶん顎を殴られての脳震盪。いまの君の様子も特に問題がなさそうだから、すぐにここを出るよ。支払いは僕が済ませる」


 心なしか早口のように聴こえた。

 トマリはハルトがその日に持っていた小さな黒いリュックを差し出した。ざっと確認するが持ち物に変わりはない。ヨシノから借りていた道具のほか、財布やスマートフォンもそのままだ。

 スマートフォンで日付と時刻を見た。現在は朝の七時で、ハルトが気を失ってからまだ丸一日も経過していない。


「先に訊いておくけど、君は昨日なにをしていたのかな」


 有無を言わせない雰囲気だった。あまり無駄な話は不要だ。ハルトは寒さを感じて膝をさすった。


 殴られた記憶はある。


 ハルトは昨日バイトを休み、キルカから聞いていたマリアと会う喫茶店の近辺に居た。

 そこでキルカの付けていたイヤーカフの魔業を利用して二人の会話を盗聴し、おおよそのマリアの行動、動機と現在の状況は把握した。

 ハルトはマリアと面識がないため、マリアがキルカと別れたあとには彼女を尾行し、その所在を突き止めて、当初の目的は達成できたはずだった。


 追跡の最中、マリアの隣で急停止した黒いバンから、全身黒ジャージで目出し帽の男たちが現れて、彼女を囲んだ。

 おそらくクズリの関係者だと思ったところで、イヤーカフの魔業を通じてキルカからの声が聴こえた。きっとそのとき、彼女も異状を察知した。

 そのなかでマスクの男の一人がマリアの髪を引っ張り始めたため、ハルトは声をあげて男を静止しようとした。


「……キルカとマリアさんが心配だったんで二人の近くに居ました。で、マリアさんが怪しい奴らに拉致されそうだったから、止めようとしたらボコられてこうなった」

「なにが心配だったのかな」

「クズリとトラブってるみたいだったので」


 自分がどこまで知っていることにするかをハルトは考えた。キルカとの居酒屋での会話までか。キルカとマリアの会話を盗聴した内容や、このトマリがマリアの治験に関係していることまでか。


「それだけ?」


 トマリはアルバイトに来ていた魔人に治験を促し、その魔人達は行方不明になっている可能性がある。

 直接関係しているかは不明だが、カギリの話していた電話での彼の発言にしても、手放しで信用できる人間ではない。


「言い淀むくらいの認識なのはわかったよ。……だけど何故、もっと周囲の人間を頼らない……」


 トマリはハルトが話す前に言った。責めるというよりも呆れたような物言いだ。

 そのまま数秒のあいだ、トマリは瞳を閉じた。


「僕としても君みたいな汎人を巻き込む気はないんだけど、そうも言ってはいられない」


 トマリはスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。

 画面にはシンジュクの路上が見える。


 道路一つ分ほど離れた距離から、キルカが仰向けのクズリに馬乗りになり、クズリの胸倉を掴んで地面に身体を押し付け、何か話している様子が映っている。

 数秒するとキルカの隣に金髪の女が歩いてきた。なにやらやり取りをすると、次の瞬間にはキルカの身体が跳ねるように反った。金髪の女も、スマートフォンをキルカへ向けていた。

 キルカがうなだれ、金髪の女はサクライの名前を口にしたように聴こえた。

 すぐにクズリはキルカを支えて立ち上がり、肩に抱えて金髪の女と歩き出した。見せもんじゃねえぞ、と怒鳴りながら。


「これって」

「街にはたくさんの目があるんだ」

「……サクライが絡んでんすか」

「名前が出るならそういうことだね。そしてこれ以降、キルカさんの行方がわからない。君も無関係ではないと思っているから、少しでも協力はしてもらう」


 ハルトは唾液を飲んだ。

 動画でのキルカの状況にくわえて、元々のヨシノからの『仕事』としても半端な状況だ。


「協力しますよ。キルカまで誘拐されてるなら尚更」

「……まで、というか……」


 トマリは落ち着かない様子だった。


「彼らに連れて行かれたのはキルカさんだけだ」


 病室はハルトとトマリしかおらず、ただ静かだった。


「僕がここにいるのはマリアさんから連絡を受けたから。そのマリアさんは今カギリと居させてる。そこが、一番安全だからね」


 ハルトが今の話を飲み込めずにいると、トマリは立ち上がった。


「移動しようか」


 ◇


 タクシーに乗って移動し、開店前の『みちる』にやってきた。

 店内の奥にあるソファとテーブルのある客席には、昨日見たマリアが座っていた。

 トマリはハルトを連れ立ってカウンター席に座る。

 カギリは簡単に挨拶をして、湯気を立てながらゆっくりとコーヒーをドリップし始める。

 店内は営業時間外のため、音楽も流れておらず静かだった。


「カギリ」

「これは急かしても同じ」


 カギリは平然と言った。トマリはため息をついてハルトをちらりと見た。彼女のマイペースは本当に状況を選ばないらしい。

 ハルトは席を立ってマリアのほうに向かった。

 マリアは赤いニットと黒いロングスカートで、昨日と同じ格好だった。肩にベージュ色のブランケットをかけており、彼女はハルトに気付くと、座ったまま見上げてきた。


「はじめましてマリアさん。ハイジマ・ハルトです。ちょっと前からここでバイトしてる」


 マリアが車に連れ込まれていたとき、直接彼女と顔を合わせる間もなかったため、今が初対面となる。


「あ……。昨日はすみませんでした。おでこの怪我、大丈夫ですか」

「怪我は全然。こちらこそザコですみません」


 真っ白な瞳が合った。

 ハルトは内心で驚いてしまった。

 盗聴していたキルカとの会話では、マリアは『普通の人の目』になるのが目的のように聴こえていたが、ハルトが言葉で聞いて想像していたよりも、確かにその瞳は普通ではなかった。

 焦点が合っているかわからないその瞳で、ハルトのつま先から頭までを眺めたようだった。


「キルちゃんと同じ魔業に……あ、やっぱり……」


 マリアはハルトの耳を見ながら驚いた表情を見せてきた。

 ハルトの聞いていた限りでは、彼女はキルカとの会話でイヤーカフについて一言も口にしていなかったが、把握はしていたらしい。


「とりあえずマリアさんは無事そうで良かったです。ぶっちゃけて言いますけど、キルカと色々話してる中でマリアさんが危なそうだったんで昨日尾けてました。耳のも、その関係です」


 ハルトは対面に座って彼女の瞳を見る。わずかに瞳孔や虹彩の境界が見え、そのあたりを見つめるようにした。


「マリアさんはあのとき大丈夫だったんですか?」


 ハルトは率直に訊ねた。トマリはバーカウンターの席に座っていたが、顔だけハルトに向いていた。

 マリアはしばらく黙って自分の腕を強く掴む。震えを抑えているようだった。


「あ、いや……。ごめんなさい、無理に訊くつもりはないんです。怖かったですよね」

「全然、私は大丈夫……」


 彼女は首を横に振って、自分の毛先をつまむ。


「……あのときは私、たしか三人くらいの人に捕まって大きい車に押し込まれて。二人のヒトに手足を抑えつけられて、布で目隠しされました」


 本当に嫌な話をさせてしまっている。ハルトは止めようと思ったが、こらえた。


「……それでしばらく車、走ってたんですけど」


 マリアは自分の腕を掴んだままだった。


「少し走ったら車が停まって。クズリさんとキルカちゃんと、あと女の子が一人。後ろから急いでるみたいに乗ってきました」


 全体としては六、七人のグループということかもしれない。


「目隠しされててもわかるんですか」


 マリアは白い瞳を大きくひらいた。


「私、まぶたを閉じても視えるものがありますから」


 彼女は魔素が視えるという。相手が魔人であれば、目隠しをされていても関係がないのかもしれない。

 それを言われてふと、キルカとマリアを盗聴した会話をハルトは思い出した。

 マリアは魔素をなくす指輪と、治験による薬を併用している。

 彼女の手を見ると、指輪が付けられていなかった。


「それでクズリさんと一緒に来た女の子が、車の中で私を抑えつけてた人達にすごい大きな声で」


 トマリが見せてきた動画の女だろう。


「『その女は関係ないから離せ』って、すごく怒ってた」

「関係ない?」

「女の子、男の人達を蹴って私から引き剥がして、私はそこで車を降ろされました。それで、えっと、ハイジマさん? のところに戻りました。暴行されていたのは会話の様子でわかってたので」


 ハルトは頷いた。


「おかげで俺めちゃくちゃ助かりましたよ。ありがとうございます」

「私はずっと混乱してて……とりあえず戻ろうって思っただけです。それでトマリさんと会う予定だったから、まずはトマリさんに連絡したんです」


「ハイジマ君。少しいいかな」


 大きめの声で、カウンターに居たトマリがハルトを呼んだ。ハルトはマリアに軽く会釈をして、カウンター席のトマリのそばに座った。


「なんすか」


 トマリは頬杖をついて、ハルトから視線を逸らさなかった。


「君、どこから来たの?」

「どこから? えっと、トーキョーの西が実家っすね」

「そういうことは訊いてない」


 カギリがコーヒーを淹れ終え、トマリとハルトの前にコーヒーカップが差し出された。ハルトが感謝を述べると、カギリは得意気な表情を見せた。マイペースすぎる。


「このアルバイトを始めたきっかけを訊いてる」

「普通に情報誌に求人出てたんで、電話かけて面接しにきました。住んでるアパート近いし」

「それだけ?」

「それだけです。昼は他のバイトしたりしなかったりして生きてます」

「それじゃあ、その魔業はなんなのかな」


 トマリはハルトから目を離さずにコーヒーを飲んだ。ハルトも釣られるようにコーヒーを飲むと、香りが強く、後味のないさっぱりした渋みがした。


「これは別に……キルカとの連絡用で用意しただけです」


 トマリはハルトを見つめる。


「そのイヤーカフ型の魔業、裏社会ではちょっと前に使われていたものだ。今はもっと改良されているから、現役で使用している人間は少ない。単純にそれ、目立つからね」


 出自はわからないが、ヨシノが所持していたものなのでそれくらいの物なのだろう。


「君は年齢も若いのに、なんでそんなものを持っているのかな? 特に君は汎人なんだ、使い勝手からしても不便だろう」


 トマリは何かしらの疑念をハルトに持っている。

 ヨシノからは『潜入』についてバレるなと言われていたが、彼をかわし続けるのは難しい気がした。


「シンジュクで個人的に世話になってる人に、今回のこと相談して借りました」

「世話になってる人? 名前は」

「答えないといけませんか。この手の魔業は単純所持でもダメなことは理解してます。下手に名前出して、その人に迷惑掛けたくありません」


 トマリは頬杖をやめて、一瞬カギリを見た。カギリは自分で淹れたコーヒーを嗅いでいる。


「おおかた探偵業者か反社まわりの人間かな。僕にも色々ツテはあるし、ちゃんと調べればわかる。今ここで君に直接訊いている理由くらいは考えてもらいたい」


「…………」


「僕はね。ハイジマ君がその繋がりをもっているとするなら、ここでのバイトを始めたのは単純な理由ではないと思ってるよ。偏見で悪いけど、普通の汎人はそんな環境を選ばない。例えばいま君が関係している人間、ほとんどが魔人だろう? 汎人が魔人に関わるのはリスクが大きいし、これといったリターンもない。……それこそ、例えば『魔人を利用しよう』って人間でもない限りはね」


 魔業を着けた状態で彼に会ってはいけなかった。


 発言をみる限りでも、トマリはハルトの背景に疑念を持ち、意図があって『みちる』のアルバイトを選んだのではないかと考えている。

 以前アルバイトの魔人達を『処理』した理由次第では、ハルトもトマリにとって、その対象になることもあり得る。


「君の目的、一体なんなのかな」


 こういうことを『それらしくやる』ときのために、やはり何かしらの準備をしておくべきだったのだろう。


「……俺、は……」


 ハルトは少し考えて息を飲んだ。

 一応はヨシノの言いつけを守ろうとしている自分を自覚した。


「俺。警察官になりたかったんですよ」

「……どういう?」


 トマリは首を傾げた。

 まだ話は聞いてもらえる状況のようだった。

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