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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
3章 2022年4月 トーキョー
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23/32

□3-7 洗脳


 キルカと服を買いに出掛ける少し前の日。

 ハルトは銀髪の魔人が店に来た翌日から、二日間の休暇を取っていた。


 一日目は妹のトウコの誕生日を祝いに果物をたくさん買っていき、ハイジマ家と顔を合わせた。全員がハルトを受け入れてくれ、トウコはひたすら肩車を要求してきたので、以降は筋肉痛になると確信した。

 休暇二日目にはヨシノにアポイントを取っていた。彼も伝えたいことがあるということで、いつものファミレスにやってきた。ヨシノの事務所が都合が良かったが、彼はファミレスの近くで用事があったらしい。


 ドリンクバーでコーラを注ぎ、黒いスーツ姿のヨシノのいるテーブルにつくと、さっそく彼は話しだした。


「例のマリちゃんの母親とその元カレ、思っていたよりも問題があった。近いうちに警察も動く予定……っつーか、さっき打ち合わせてきた」

「家出とは別件ですか?」

「今のところはな」


 ヨシノは背筋を伸ばした。


「母親のほう、シンジュクの繁華街でスナック経営してるそうだが、一年くらい前から客層が変わってきたとかで、うまくいってなかったんだと」


 ハルトもメモを取り始めた。


「そんで周りに伝手がなかったのか、母親は祖国の元カレと連絡取り合って、魔業を使ってどうにかできねえかっつー話をしてたそうだ。籍も入れて魔業を持ってこいって感じかね」

「籍入れたんすね」

「祖国で入れてたらしい。出稼ぎ同士がそのままニッポンに来るってのもどうかと思うが、例の法律含めて、入国手続きは一番楽みたいだな」


 今度調べることにして頷く。


「そうして母親と元カレで共謀してつながりを作り、元カレの転居に併せて魔業をいくつか密輸した。その元カレも後ろ暗い人間のようだから、ニッポンでの拠点が欲しかったんだろう」

「魔人界隈ならありそうな話」

「そうだな。そんで今回の問題がひとつ」

「はい」


「密輸されたのは『洗脳』の魔業だ」


「洗脳っすか……」


 ハルトにとっては歴史の教科書でしか聞いたことのないものだった。


「洗脳の魔業はニッポンじゃ戦争の後に原則全て処分されてるし、国内の新規製造は禁止で使用も禁止。密輸して使用したなんて話になれば大ごとだ。っつーか、大ごとなんだが」

「今もあるんすね」

「ゼロではないわな。まあ、洗脳には色々種類があるし、魔業なんて使わなくてもよくあるだろ。周囲との関係を絶たせてそいつしか頼れない状況にする、暴力による支配、ギャンブル、広告にメディア、思考や思想の誘導、教育思想信条宗教でもなんでも、なにかを植え付けるという意味では、コミュニケーション自体が洗脳ともいえる」


「幅広い」


「んで魔業による洗脳は、ろくな準備もなく汎人に覿面に効く。母親はスナックにやってきた汎人にゆるい洗脳をかけて常連客にして経営回復させようとしていたようだ。そんで、魔業の形態は『浄水器』」


「水って」


「その浄水器に使用者の魔人の体液を入れ、浄水器を通過させた水に極小の魔法陣を添加して、水を摂取させた相手を洗脳するシステム。一度効けば、その使用者による簡単なコントロールくらいならできるようになるし、常習化もさせられる。その店では『シーシャ』……水タバコの形で吸わせていたようで、うまく常習性を誤魔化してたようだな」


 シーシャの名前は最近でも聞いたことがあった。中華料理屋『天竜』の若い客もそこに通っていたのかもしれない。


「体液って……え? 超キモい。浄水器なのに水が濁ってんじゃん」

「言葉選びギャルになってるコイツ」

「汎人に効くって、魔人には効かないんですか?」


「基本的に洗脳の魔業は、対象の身体に魔法陣を植え付けて、特定の魔素に反応させて行動を制御する。魔人相手なら『自前の魔素や魔法陣』と『魔業による魔法陣』が干渉して拒絶反応が出たりするから効果は薄いってのが一般論。逆に汎人は魔素がないから、植え付けた魔法陣もいずれ効果はなくなる。だが、常習化さえさせれば魔法陣を維持できて、継続的な洗脳が可能だ」

「魔人って、身体に魔法陣があるんだ……」


 ハルトは単純に驚いたが、ヨシノはため息をついた。


「こないだの話で調べてねーのかよ」

「調べてません」


「……魔人の身体的特徴や特殊能力みてえなものがあるのは、魔素が混じった体内の構造に魔法陣がナチュラルに組み込まれてるのが根本の要因だ。遺伝子や生体機能がそれと連動して魔人専用の器官が作られてるから、結果的に魔人の形質は汎人とは違った形になる。そんでその器官を基点に魔素を媒介して……って、そんな細かい話はどうでもいいわ」


「さすがヨシノさんはしっかり調べてますね。すげえぜ師匠」

「お前、俺が教えると思って調べんのサボってんのかな?」

「いやいや一般論はちょっとサボってますけど。洗脳の魔業ってか浄水器の内容ってどうやって調べてんすか?」


 するとヨシノはしばらく目を逸らした。


「……俺はヤクザに知り合い居るし、魔業の密輸ルートなんて限られてんだから色々情報は得られるんだよ。持ち込まれる側にしたって、あまりにもやべえもん黙って運びこまれて被害受けたら馬鹿くせえだろ」


 彼が以前ハルトに言った『伝手』というのは、まさにこういうときにつかうものなのだろう。

 ヨシノは気を取り直したように頭を掻く。


「問題は洗脳の目的」


 ハルトはスマートフォンのメモを開いた。


「例の母親は汎人の客を洗脳して、客を定着させる目論見。それだけでも十分違法性は高いから通報対象にはなる」


 当然の措置だ。ハルトはヨシノへ頷く。


「だが、元カレのほうはそれ以上の狙いがあるかもしれねえ。マリちゃん母の繋がり利用して、例の政治家を洗脳して自分らのいいように操るか、さらに『その先』か。持ち込まれた魔業を考えると、元カレのほうのバックはもっとデカい。むしろ国外の人間に母親が利用されたんじゃねえかと俺は思ってる」


 一人の政治家を洗脳したさらに先で、その洗脳の輪が拡がればどうなるだろう。考えながらハルトはコーラを飲み込んだ。


「国外って具体的には」

「マリちゃん母もソイツも出身は東南アジアらしいが……まあ、ニッポンはお隣の『シン国』とか最近仲悪いだろ? 俺はソッチだと考えてる。洗脳の『浄水器』もシン国製だからな」

「……はー、そうなんだ」


 シン国は世界有数の人口と面積をもち、シン国四〇〇〇年の長い歴史のあるユーラシア大陸随一の大国だ。

 魔人の皇帝が建国し、地理的にも歴史的にもニッポンとの関わりは深い。戦争よりも前にニッポンにいた魔人は、このシン国から移入しているとも言われている。


 国家元首がシン国は魔人、ニッポンは汎人が選ばれる特徴がある。シン国でも魔人は少数の人種ではあるが、シン国生まれの魔人は社会的な優遇措置を与えられるため、他国とは異なりニッポンに来る割合は少ない。

 世界戦争終結後、大ニッポン魔帝国による過剰な魔業運用によって魔業の世界的な立ち位置を変えてしまったことで、シン国の魔人中心の社会にも多少なりともケチがついた形となり、国同士の関係は冷ややかなものになっている。


「で。店についても元カレの潜伏先も割れてるから、警察と情報共有してきた。洗脳の魔業所持と使用の容疑ってとこか? そのへんを踏まえてヤツを泳がせるかどうかはお上の判断になる。誰がチクったとかの調整も含めて」

「仕事はやいっすね」

「さすがにこの話だと放置はできねえよ」


 ヨシノは腕を組んだ。


「そもそもこの界隈でそんなんやってりゃすぐバレる。俺みたいなのとか警察、ヤクザやその辺の魔人コミュニティだって、シンジュクとはいえ誰でもウェルカムってわけじゃねえ。たとえば客の取り合いで海外の魔業なんか平気で使われだせば、長い目で見れば街が立ち行かなくなる」


 おそらくその通りだ。魔業によって魔素のバランスが崩れると天変地異が起きるように、魔業の乱用で人の流れも壊れてしまうのは想像がついた。


「母親の動向についても、その店の従業員ですら色々不審なとこが多かったって証言は取れたし、聞き込みしていけばすぐに話の整理がついた。みんな『あれは何かおかしい』って、なんやかんやで監視しあってんだ」


 ヨシノは眼鏡を持ち上げた。


「警察もデカい仕事は好きだから、それなりに動きはあるだろ」


 ハルトは矢継ぎ早に情報を詰め込まれ疲弊したが、一旦は飲み込む。


「なるほどっすねヨシノさん。なにげにシンジュク愛あって良いと思います」


 おまえなぁ、とヨシノは頬杖をついた。


「一応、俺は生まれも育ちもこの界隈なんだ。わけわからん外圧で地元がおかしくなってもつまんねーからな」


 ヨシノは恥ずかしげもなく言った。 

 警察にヤクザ、政治家とも繋がる経路があるというのだから、彼にとっての居場所は明確にこの街なのだという自負を感じた。

 彼の生き方はハルトの理想とは異なっているけれど、きっとハルトのもつ理想よりも実態のあるものだ。そこにうっすらと羨ましさを感じつつ、ハルトはコーラで唇を濡らす。


「そんで、ハルトのほうは何があったって?」

「店にどこでもドア使う魔人が来ました」

「どこでも……おまえ何言ってんの」


 ヨシノは眉間に皺を寄せた。

 ハルトは店外で魔業を使用した銀髪の件と、キルカとマリアの件について話した。ヨシノはしばらく黙り込み、やがてハルトを見つめた。


「銀髪ね。そんでマリちゃんが、『そいつ』か『そいつら』に狙われてるかもってことな」

「細かい理由はわかりませんけどそうです。キルカ……マリちゃんに会う店員とは今度出掛けるんで、そのあたりで訊ければと」

「そうだな」

「あと当日。どうにかマリちゃん見失わないようにするんで、いくつか道具貸してください。もともと所在を明らかにする仕事ではあったけど、その中でなんかあっても嫌だし」

「おー? 助手が正義感に目覚めちまったか」


 言われて、ハルトは少し耳が熱くなるのを感じた。


「こんなのは正義とかじゃないですよ。ただ、出来ることすらやらねーのは違うと思ってる」

「わかってるよ。つーか、その考えをお前に吹き込んだのは俺だろ」

「そうでしたっけ? じゃあ俺ヨシノさんに洗脳されてんすね」

「言ってろ」


 ヨシノは席を立って鈴を鳴らした。


「おらコーラ一気飲み。道具が要るなら善は急げだ。お前のイメージに合うものがあるのかもわからねえ」


 ハルトはコーラを一気に飲んだ。


「当日、なんかあったら連絡入れろ。俺はザコだから荒事の助けにはならねえが」

「俺もザコなんで、ザコらしく目立たずいきますよ」


 ごふんと胃が膨らんだのを感じながら、立ち上がった。


 ◇


 ヨシノと会話した数日後の、キルカがマリアと会う前日の金曜日。キルカは早上がりして帰宅しており、ハルトとカギリの二人でバーの営業終了時間を迎えた。


「もしかしてキルカちゃん最近機嫌良い?」


 店舗を清掃してキッチン周りを二人で片付けていると、カギリが声を掛けてきた。


「良さそうな感じかもですね」

「すごい。ハルトくんのおかげだー」

「あんまり関係ないですよ」

「そうかな。お昼とか、ハルトくんの話もしてて楽しそうだよ。とてもかわいい」


 腕相撲でぶっ飛ばされた話かもしれない。ハルトは「なるほど」と適当に頷いた。


「ふたり仲良さそうでよかった。こないだからオーナーもちょっと気にしてたみたいだけど、とりあえず大丈夫そうかな」


 ハルトはいくつかの会話を思い返した。


「そういえば、カギリさんのお兄さんがオーナーなんですよね。俺まだ一回も会ったことない」

「へー」


 ハルトが昼の営業にシフトを入れていないためかもしれない。このバイトを始める前、ヨシノからはオーナーに調査についてバレないようにとの話もあったが、いまのところは回避するまでもない問題だった。


「オーナー、新しく入った人にはいつも挨拶してたような気がする。あの顔が胡散臭いから、バイトの子も嫌がると思ってやめたのかな」

「胡散臭いんだ。っていうかカギリさんって親族には辛辣なタイプですか? 珍しい言い方」


 カギリは口をぽかんと開ける。


「そうかも。親しき仲には礼儀なしタイプ……」

「こわいなー」

「いま私の真似したよね」


 してないと思っていたが反射的にしたかもしれない。ハルトは食器を片付けながら苦笑いを見せた。


「ちなみに胡散臭いっていうのは本当。いまはオーナー、結構人当たりが良さそうな雰囲気で話すんだけど。元々は物凄く性格が悪いって自分で言ってたし、たぶんそれは事実」

「えぇ……なにがあったらソレを断言できちゃうんですか」


 カギリはコンロの周辺を拭き終え、手にしていた布巾を拡げて畳んだ。


「たまに昼とか夕方には来て、オーナーは事務所で作業とかしてるんだけど、そこで電話もしてたりするんだ」

「ふむふむ」

「そのときの話し方、なんかたまにヤカラっぽいし」


 ヤカラって今時言うんだ。ハルトは聞き流す。


「えっと……、たしかリルハさんっていう人と話してた時なんかは、結構物騒な内容だったよ」

「どんな感じですか?」

「うーん、具体的には」


 カギリは赤いフレームの眼鏡を直しつつ、腕を組んだ。


「怪しい魔人はちゃんと処理してるから。みたいな」


 ハルトは自分が少し狼狽えたのを自覚した。

 カギリに悟られないよう、三角コーナーの生ゴミをまとめた。


「オーナーって殺し屋なんですね」

「まさかー。昔ちょっと事故に遭ったから、単に魔人が嫌いなんじゃないかな」


 カギリは何でもない様子で返した。彼女はオーナーのその会話に何の感想も持たないのだろうかと思いつつ、そこを敢えて訊くべきなのかはわからなかった。


「よし。ゴミも纏めたし帰りましょう」

「ありがとー」


 二人で店の裏から出て施錠し、ゴミはゴミ置き場の大型ポリバケツに突っ込む。収集は明日の朝だ。


「ハルトくんって明日居ないんだよね?」

「すみません、ちょっと実家の都合で急に」

「全然それはいいよ。たまには時間限定の人の様子も見て、キルカちゃんとハルトくんのありがたみを感じようと思う。私、二人のことお気に入りだからねー」

「入ってもらった人にそれ言わないでくださいね。変な感じになりますよ」


 言っちゃうかも。とカギリは呟いた。ハルトとキルカはもう慣れているが、彼女は空気を読まない。敢えて読んでいないのかもしれない。


「ではお疲れ様でした」

「おつかれさま。ご実家がんばって」


 簡単に挨拶をして別れ、ハルトは一人帰路につく。

 歩きながらスマートフォンのメモをざっと眺めた。『みちる』で働き始めてからのハルト自身の記録が読み返せる。今日の新たな情報として、『みちる』のオーナーについての伝聞を記録した。


 カギリやキルカの話では、直近の一年ほどはバイトが定着していなかったそうだが、実態はオーナー側から辞めるよう促していたのかもしれない。

 あるいは『みちる』のオーナーが、カギリの話のように人を【処理】するような、なんらかの方法で本当に排除しているのだとしたら、ヨシノの当初からの話であるアルバイトの魔人の行方不明の件とは合致する。

 しかしそれはマリアの状況とは異なっている。彼女は行方をくらませたが行方不明になったわけではない。マリア以前の魔人の問題なのか、マリアだけ例外なのかは、考える材料が足りなかった。


 一旦明日に備えることにして、ハルトは考えるのをやめた。服のポケットからイヤーカフの魔業を取り出し、つまんだ。

 イヤーカフには、キルカと出掛けた際に回収した、彼女の長く黒い髪を数本結んでいた。あれだけの力があるなら含有する魔素は十分なのではないかと考え、キルカと行動している最中や、レンタカーを降りたあと、車を返す際に彼女の頭髪を探して入手していた。


 またこの魔業は不具合なのか、単なる会話以外の目的で使えることをヨシノと改めて確認を済ませていた。

 互いにイヤーカフを付けた両方の人間がイヤーカフに触れながら話す必要があるようだったが、イヤーカフを付けている片方の人間が触れているだけで、相手側の音や声が聴こえるようになる。

 距離のある相手に話しかけるためには、機能として必要だったのかもしれない。


 つまり相手がその仕様を詳しく知らなければ、『イヤーカフを付けている相手の会話を盗聴できる』代物だ。

 これを使わない手はないと考えたあたりで、自分もヨシノのような人間に片足を突っ込み始めているのだと、自嘲めいた思いが浮かんでくる。


 まずは明日。

 キルカを頼りにマリアの所在を押さえることにしていた。当初の目的を果たしつつ、マリアの目的についても理解するべきだと考えていた。

 先日のキルカの様子やクズリの発言を踏まえると、マリアはクズリの配達物に紛れた魔業を盗んでおり、転売でもしている可能性がある。マリアの目的や行動次第では、母親のような違法性を問われる立場になるのは想像がつく。

 キルカがそのときどうするかも、注視が必要だ。

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