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〇3-4 さしのみ

 買い物に出たその日の夜、『さつき』の近所の中華料理店『天竜』に二人でやってきた。


「デートおつかれー! かんぱーい!」


 キルカの部屋に買ってきたものを納めたあと、ハルトがレンタカーを返して帰ると言い出した。

 キルカとしては、ただ買い物に付き合わせただけで今日を終えるのもモヤモヤした感覚が残るため、彼を引き留めて『天竜』に誘った。


 テーブル席にビールジョッキが二つ並ぶなか、キルカは頬杖をつく。


「今日デートだったの? なら俺もっとカッコつければ良かったんたけど?」

「まって恥ずかしいから。デートは冗談だから。今日の買い物のお礼ね。あとこないだの歓迎会の支払いも結局ハルトが持ったんだし、ここでは自由に食べて。ていうかくえ。きょうはたくさんありがとう。だからくえ」


「ってことなら満漢全席で行かせてもらうぜ」

「町中華じゃムリでーす」

「お店でその言い方やめて?」

「あはははっ。とりあえず頼んでこー」


 気楽だ。

 キルカはけらけら笑ってメニュー表をめくった。

 マリアに会う前に、同年代のヒトと普通に話すことが出来て良かった。普段は頭の後ろで、どこか踏み込みすぎないように線引きをしようとしているのを認識してしまってもいるけれど、今日の自分は業務用でなく、自分のままで他人と話すことができている。

 ハルトはどう思っているだろうか。意外と彼は感情が読めないところがある。今もビールを飲みながらおつまみを検討しているが、キルカの出方を伺っているようでもある。


「ちなみにキルカが食べられないものは?」

「パック納豆」

「ねぇでしょここには」


 ハルトが注文して、ビールを飲みながら好き勝手に食べた。肉系や揚げ物が多かったけれど、キルカは各メニューを一口くらい貰いながらお腹を満たした。辛い熱々のマーボー豆腐を食べ、カギリが唐辛子をやたら苦手にしていることについて話したり。普段の仕事やプライベートの話もそこそこに、しばらくビールを飲み進めていった。


「……そうだキルカ、ちょっと」


 トイレから戻ってきたハルトは足取りがおぼつかず、早くも酔った様子を見せていた。

 ぎぎぎ、と音を立てて椅子を引き、妙に背筋を伸ばして座る。


「あいつ。『土曜日な』って言って消えたんだ」

「はい?」


 唐突すぎてキルカは声が裏返った。


「こないだ店に来た銀髪のやつ。どこでもドアの」


 トマリが言っていたサクライの関係者でもある、ポータルの魔業を使用したクロイワという男だ。

 ハルトは口元に手を当てて顔をしかめている。


「俺も名前出した上でキルカに訊いてたはずだから、たぶんマリアさんとの話だって理解して俺に言ったんじゃねーかって。本当に、あれはちょっとやらかしたって思った」

「あー……。だから『ミスった』って言ってたの」

「たぶんあれってクズリの関係だろ。最近はあっちからの接触はないし、もし動きがあるならその日かと思ってんだけど」


 キルカは一瞬首を捻ったが、すぐに納得した。

 ハルトはサクライを知らない。


「だから土曜の当日どうしようかと」

「どうしようって?」


 ハルトは落ち着かない様子で自分の髪を撫でつける。


「前にクズリ、マリアさんが借りてるもん返せって言ってたろ。それでクズリ達がなんか仕掛けにくるなら、なんか出来ることはないかって考えてた」


 キルカはハルトの深刻そうな表情を見て笑った。


「気にしすぎでしょ」

「いや、わかってんだけど……」


 ハルトはビールグラスを空にした。


「あの魔業を見たら、嫌な予感しかしない」


 酔っているためなのか、彼は感情的になっているようにも見えた。それは酔っているキルカから見た様子であるため、勘違いなのかもしれない。


 その顔を見て。

 キルカが引っかかっていた考えが、喉元までせり上がってくる。


「ハルト?」

「はい先輩」

「あの魔業ね。うちのオーナーに聞いたんだけど、『ポータル』っていう移動用の魔業で、反社の人が作って流通させてたみたいなんだ」

「移動用の『ポータル』に、反社……」


 自分で言ってしまってから、たぶん余計なことを伝えてしまったのだとキルカは唾液を飲んだ。

 ハルトは眉間に皺を寄せて、店員に追加のビールを頼む。


「……八年くらい前。イケブクロで被害者いっぱい出た、魔業の連続通り魔事件って知ってる?」


 急に言われて息が止まった。

 キルカが調べていたニュースそのものだ。


「昔ニュース見てたし、こないだのハルト見て改めて調べたよ」


 ハルトはおそらくキルカのように目を丸くした。キルカは彼の言葉を促すよう、目を逸らさずに頷いた。


「あ。そっか……」


 彼は自分の額を撫でるように手をあて、息を飲んだ。


「俺はあの事件のとき。俺と……うちの母さんと妹も巻き込まれたんだ。思い返してもやっぱりあれは同じ音だった。ギュモッって音? 結構気持ち悪い音なんだけど……、この間と決定的に違ったのは、あれの『閉じ方』」


 ハルトは眉間に皺を寄せている。


「あのとき、母さんも妹も穴に吸い込まれてた。たぶん長い時間ではないけど、俺がバカみたいに突っ立ってそれを見ている間に、穴が突然、空気を吸い込みながら閉じた。そんで俺は、閉じた瞬間あたりで、知らない大人に腕を引っ張られてそこから逃げた。みんなパニックで、起きたことを全然理解する間もなかったけど、そのとき見てたものが一瞬でめちゃくちゃになったのは、よく覚えてる」


 キルカはインターネットで見た事件現場の画像を思い出し、ごくりと唾液を飲んだ。真っ二つになった電柱や、入り口が球状に消滅しているシャッター。道路の丸い穴、縦半分になったトラックの運転席や乗用車。ブルーシート。救急車。消防車。呆然と座る、返り血だらけの人の姿。


「……あれが、本来はどこでもドアみたいに移動するための魔業だってことなら……、二人とも、どこかに飛ばされたってことなのかな」

「変な話した。ごめんなさい」


 言わせたのを自覚した上でキルカは言った。

 しかしハルトは首を左右に振る。


「いや。この話は父親ともちゃんとしたことがなかったんだ。父親はそのときのことは『何も言わないでくれ』の一点張り。警察だとかも、ほとんどは魔業を使ってた魔人についてばっかり聞かれたから。あのとき二人がどうなってたのかは……、俺は、その場に残った『結果』しか知れてなかった。二人が本当はなにをされて、どうなっていたかもわからなかったから、いいんだ。勿論そうだからって、俺にできることがあったのかも、わからないけど……」


 ハルトは目を潤ませているようだった。

 今までの言動から、彼の現在の家庭は複雑なのかもしれない、とキルカは想像した。

 勝手に彼を『普通』呼ばわりしていたけれど、きっとそんなことはない。人にはそれぞれの人生も過去の出来事もあるし、キルカ自身もそれは同じことだ。


「……でもそうか。あいつも確かにヤクザの女とか言ってたけど……そんな関係で、あの魔業を……」


 キルカは黙って、額を抱えるように抑えているハルトを見つめた。犯人に向けたその感情が気になってしまった。

 怒りなのか、悲しみなのか、後悔なのか。キルカ自身、過去の自分に起きたことを消化できていないから、彼のケースではどうなのかを知りたくなった。


  ハルトは口を閉じていた。顎や首筋あたりの筋肉が筋を立てて、痙攣するようにぶるぶると動いていた。きっと強く歯を食いしばっている。何度も。なにかを噛み潰すように。

 そうしてしまう気持ちは、少しだけキルカにもわかってしまう。やるせなさや言いようのない胸のつかえが、身体をそうさせる。

 キルカがなにか声をかけようと口をあけていると、彼は顔をあげた。


「とにかく。そんな魔業持ってんのが背景にいるってことならやっぱり危ないだろ。クズリとその手の反社は繋がってたりはしないの?」


 ハルトは切り替えた様子で、キルカに向いて腕を組んだ。


「わからないけど。むしろクズリさん自身は『反社と繋がるのがイヤだから』、マリーを雇ったんだよ」

「それは、どういうことで」


 ハルトに隠す必要はない話だ。キルカはビールを飲み込んだ。


「マリーね。視覚で魔素が視えるの」

「魔素ってみえるもんなんだ」

「あたしもふくめて大抵の魔人は視えないよ。でも、マリーは元からそういう体質。魔業って、魔素が固定された魔法陣が組み込まれてるから、どんなに梱包されてても、マリーなら視るだけで魔業かどうかはわかるみたい」


 ハルトはぽっかりと口をあけていた。


「クズリは確か配送業だから、魔業対策のためにマリアさんに手伝ってもらってたのか」

「そういうこと。魔業見つけたら、ちゃんと客に突き返してたって。だからちょっとの間は一緒だった」

「マリアさんが居なくなった理由は?」

「うん……それは、今度訊こうと思ってる。あたしは一つ考えてることがあるけど……違ったら酷いだけだから、言わない」


 キルカは注文されている酢豚を食べて、唇を舐めた。ハルトもなにか思い当たったのか、追及はしてこなかった。


「あとそのポータルの魔業ね。その魔業を扱ってた反社も、あたしの知ってる人の関係なんだ」


 酔った勢いのまま口が動く。


「そっちは元鳴牙組のサクライって人が中心で、銀髪の人はクロイワ。昔、そのポータルの魔業を扱ってたって」

「鳴牙組のサクライに、クロイワ……。はー、なんか厄介な話になってきそうな雰囲気だ……」


 ハルトはスマートフォンを取り出してメモを取り始めた。


「そのサクライって今は?」

「わかんないや。サクライはあたしとお店でちょっと揉めて、それからはあたしもそのお店出たし、全然関わりなくなったもん」

「なる、ほど……。店……」


 すいすいとメモを入力し、ハルトは手元のスマートフォンをじっと眺めた。酔っているためか少し眠そうだ。


「……いやちょっと待てよ。俺訊いてばっかじゃねぇ? 事情聴取かよ」


 キルカは笑って頬杖をついた。


「ハルトはあたしに興味あるんだもんねー。しょうがないやつだなー」

「一番聞きづらいやつで返してきた……、でも確かにそうだな」


 ハルトはビールを飲む。


「周りの話ばっか訊いてたけど、俺はキルカ自身にも興味はある。超あるぜ」

「きも」

「ヌルっとキモがんなよ。さいきょーキルカパンチとか言ってる先輩なんだから興味は持つでしょ。明らかにヤバい先輩だよ? なんなんだよそのパンチ」

「ちがうし。さいきょーむてきメガトンキルカ」

「パンチは?」


 くすくすとキルカは笑った。


「べつに訊いてもいいよ、嫌なら言わないし。ていうかほら、あたしもハルトみたいに全然、人に……、っていうか、お母さんともちゃんと話せてないこととかあるから。結局こういうのってタイミングだと思う」

「本当そう。タイミング。俺も昔の話なんかすると思ってなかった」


 頷くハルト。


「そういうことなら前の店。サクライとはなんで揉めたのか聞かせてくれ。これからそういうのにも関わりそうなら、把握しておきたい」


「……うむ。話す」


 キルカは長々と話す気はなかったので、サクライについて簡単にハルトに話すことにした。


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