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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
3章 2022年4月 トーキョー
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19/32

〇3-3 かいもの

 水曜になった。四月中旬の少し暖かい晴れ。この一週間はずっと天気がいいらしく、出かける前からキルカは元気だった。


「いい筋トレになってほんと助かるよ先輩」

「でしょ。たすかれ」


 ハルトは眠そうな表情で自販機の横に立ち、大きな茶色の紙袋を一つ足元に置いてウーロン茶を飲んでいた。彼の私服は普通の彼らしくやはり普通で、紺の長袖シャツに薄手で裾の長いジャケットを羽織って、黒いワイドパンツと軽そうな焦げ茶色のブーツ。

 キルカはオーバーサイズの灰色のパーカーとデニムで、ノースリーブの黒いライトダウンジャケットを着ていた。いつも履いているピンク色の厚底スニーカーは多少汚れている。

 二人してなかなかやる気のない格好だな、とキルカ自身が思いつつ、少し疲れた様子のハルトに構う気もないので、次に行く場所をスマートフォンで検索する。


 その後もハルトの借りたレンタカーで移動し、コーエンジ駅周辺の古着屋を二人でゆっくり巡った。キルカは買いたい服のイメージは決めていたけれど、せっかく車もあって荷物持ちも居たので、着回しできそうな服を最終的に六着ぶん買った。

 ハルトは荷物持ちをやるという名目があって来たからなのか、意外と文句が少なかった。服の感想や意見をもらえるので、参考になる一方、ハルトは落ち着いた雰囲気が好みのようだったので、その方向だけで服を揃えるのはやめた。個人的にも好きな雰囲気だが、全部そうだと彼の好みに合わせるみたいでちょっとキモいと思った。

 結果的に普段あまり買わないデザインの服を選んでしまったりしたけれど、一人では絶対に買わないので良しとした。


「食べたいものあるのでキチジョージ行ってもいい?」

「まかしとけ」

「もーほんとたすかるんだが?」


 荷物を抱えた車で駐車し、キチジョージの商店街に向かって歩いた。天気のよい平日の昼間。過ごしやすい日差しと気温で快適。人はまばらで、比較的年齢が高い層または主婦層、大学生かキルカ達のような若者が交雑して歩いている。

 トーキョーなのでそのうち魔人は半数くらいなのだろうけれど、キルカにはあまり判別がつかない。


 ルナのようにツノが生えていたり、瞳や髪の色が明らかに汎人のそれではない人はわかるが、ここニ〇〇年程度のあいだでの人口爆発で混血が進んだことによって、特徴のなくなった魔人は多いという。キルカも瞳の色以外は汎人に近いので、ぱっと見てもわからないと言われる。

 歩きながらハルトを見た。そういえば彼が魔人なのかは訊いてもいなかった。キルカから見て「フツー」の彼。そのへんを歩く近所の大学生だと言われても納得する。

 ぼんやり考えていると、ハルトは居心地悪そうにポケットに手を入れた。


「めっちゃガン見してないすか?」

「ハルトって魔人なんだっけ」

「汎人だけど……なんかカギリさんにも魔人だよねって言われたな」

「なんで?」

「俺に訊くんだ。逆になんでなの」

「うーん。うちの店に入ってきたから」

「それはそうなのか? でも両親とも汎人だよ俺」


 キルカがハルトの特徴として認識していたのは瞳の色だった。

 彼の瞳は汎人のニッポン人に多いブラウンではなく、ブラウンと黄色が混じった色の瞳なので、キルカは彼が魔人だと思っていた。能天気に決めつけてかかるとトラブルになるので口には出さないけれど。


 瞳の色は、眼球の細胞分裂回数が少ない関係で、頭髪と同様に本人の魔素の影響が出やすいのだと調べたことがあった。キルカの遊郭時代の同僚たちも、それぞれがカラフルなビー玉みたいに綺麗だったのを覚えている。

 キルカは父と同じ紫色。紫は昔から好きだった。持ち物にも紫系統の色をちょっと入れたくなるし、今も履いているピンク色のスニーカーはお気に入りすぎてくたびれ始めている。遊郭を追放されてからは、初めて買った自分らしい品物だった。


「なんだろ」


 商店街についた途端、人混みがどっと増えた。流れてくる音や人の流れの遅さを見ていると、少し遠くで芸能人が撮影をしているらしかった。


「テレビっぽいな」

「あたしが行きたいのもそっちだけど、のぞく?」

「あんま興味はないけど……」


 キルカもそれほど興味はなかったが、ハルトは背伸びをしていた。彼はキルカより背が高い。


「お。どんな人いるか見える?」

「見え、そう」


 視線の先にはテレビクルー。演者数名と撮影班が十人程度で肉屋の揚げ物を食レポしていた。大きな声で話している男性は人気タレントなのか人だかりができており、タレントが大声で何か言うたび、周囲の人が笑っている。三〇名ほどが集まり、通行人のスペースを確保したくらいの密度でみっちり詰まっていた。


「なんか挙動不審」


 ハルトが見ているのはその人だかりのようだった。顔がタレントのほうを向いていない。キルカもハルトの目線に合わせてみるがよくわからない。沢山いる大人達と、その背中や背後に子供がいる。


「あの子、タレントを見たいわけじゃなさそう」


 ハルトは小さく指をさして、人だかりに近付いていく。

 彼が示す先には、ぶかぶかの冬用コートを着た、緑色の長い髪の幼稚園児くらいの少女がいた。キョロキョロと首を振りながら、タレントを眺めている通行人の背中にさりげない体当たりをしている。女の子の右側には同じ緑色の髪の大人の男性がいるが、女の子の様子は気にしていない。

 キルカはそれを怪しく感じてハルトを見ると、目が合った。彼は目を細めて頷いた。どういうニュアンスかわからない。


 東トーキョーはニッポンでは治安が悪い地域だといわれている。

 理由は単純で、国内外の魔人を受け入れる態勢が世界で最も整っているのがトーキョーであり、様々な魔人を中心とした多国籍人種が混じって暮らしているためだ。地域のそこかしこで昨日存在しなかったコミュニティがいきなり出来て、まるで昔から居たかのような存在感を示すことも珍しくない。


 だから、ではないけれど。

 キルカはこの子どもが窃盗を働くのではないかと思った。この街ではよくあることで、盗まれたほうが悪いと嘯く者もいる。街では注意喚起の放送が流されたり、張り紙が無数に貼られていて、それを目にしない日はない。

 子どもに盗みを働かせる家族も、何度も見たことがある。


 やがて少女が手を伸ばした。大人の達の身体の隙間に手を差し込むように。

 キルカはそれを目撃してしまったので、無視することはできずに子どもへ早足で踏み込んだ。


「ちょ」


 ハルトの声は気にせず、キルカは少女のすぐ後ろに立った。見下ろすと、人混みの大人たちの身体の隙間に腕を突っ込んで伸ばしている。隣の大人の男性は、その少女の横に密着して並んで、平然とした様子で立っていた。


「ね、大丈夫?」


 キルカが後ろから少女の肩を軽く叩いて話しかけると、少女は驚いて手を引いた。

 目を丸くして振り返り、大きな瞳でキルカを見上げる。


「なに。きみ」


 隣にいた父親らしい男性が少女の代わりに答えた。男性は少女の肩を引き寄せ、キルカを睨んで見下ろした。


「なんでもないですけど? その子が、なんか大変そうだっただけ」

「は? どういう意味」

「ちょっと、キルカ」


 ハルトが横からキルカの腕を引いてきた。ハルトは男性に素早く平謝りをして、キルカを引っ張りながらその人だかりから早足で離れた。


「あわてた……」


 閉まっている店のシャッターの前に来て、未だ撮影でざわつく人混みを尻目にハルトは呟く。


「キルカさ、もしかしてスリか何かかと思ったの?」

「思ったけど。違うの?」


 キルカは腕を組んだ。ハルトは人だかりのほうに視線を向けた。


「俺も一瞬思ったけど……、あれは、あの子の母親が人混みの前のほうにいて、その母親が背負ってるリュックに刺してた水筒を、あの子が取ろうとしてただけだよ」


 ハルトは指をさした。緑色の髪の少女は、先ほどまで手にしていなかったピンク色の水筒を持ち、父親と共に人混みを離れていた。


「おぉー……」

「急に声掛けたからびっくりした」

「だって……ねぇ?」


 勘違いをしていた。キルカは言い訳するのも変だと思って苦笑いを浮かべた。一方でハルトは笑っていた。


「父親殴るのかと思った」

「なぐんないよ最近のあたしは。ちょっと話そうかなって」

「そう? ……まあ、キルカがどんなヤツかちょっとわかったのは面白かったよ」


 どういう意味だ。なんだか不服だったが、訊ねると余計なことを言われるような気がしてやめた。


 気を取り直して人混みからは離れた。キルカが行きたかった店は行列を作って混んでいたので、適当に時間を潰すことにして歩き回った。

 ふと、キルカは自分のつま先に目が留まった。


「ハルト。靴も買いにいきたい」


 ハルトは周囲の店を眺めつつ足を止め、キルカを向いてぽかんと口をあけた。


「靴か。靴は、いいな」


 ◇


 二人それぞれで店を探し、目ぼしい場所を確認する。商店街周りの靴屋を三軒回ったところで、ようやく今と近いピンクの色味で、履き心地も良さそうなものが見つかった。


「これキツそう?」

「いいかんじかも!」


 ハルトは試し履き用の椅子に座っているキルカの右足の靴ひもの締め加減を調整した。

 彼は先に自分用のものを一足見つけて購入し、興が乗ったのか、その後のキルカの靴選びにも積極的で、靴屋の店員並みに面倒を見てもらえていた。

 キルカは一切手を出さずに足を委ねているため、なんだか召使いみたいだと思いつつ、ハルトの茶色い髪を眺めていた。


「紐浮いてるからちょっと調整するよ」


 ハルトはぼそりと言いつつ、つま先側の紐の絞り加減を見直して、たるみがないよう引っ張ったり、靴の中のキルカの脚の位置を確認した。手慣れている感じがある。


「お店の人みたい」

「一カ月バイトしたことあるんで」

「へー」


 ついでにもう片足も履いて、同じように調整し、キルカの両足ともが新しいスニーカーになった。


「これで歩いてみて。指動かしながら」


 キルカは立ち上がる。靴の中で脚の指を動かしつつ、周囲を数歩歩いた。新しいスニーカーは厚底ではないため、しっかり地面を踏める感覚が気持ちいい。体重を思ったとおりに乗せられるので、歩きやすい感覚があった。


「めちゃよい!」


 ハルトはしゃがんだままでキルカに笑みを向けた。なんとなくその緩い笑みを見て、彼に妹がいるという話に謎の実感を得た。


「じゃあ買いだな。履いて帰る?」

「うん! いい買いものー!」

「あ、値札取って貰わないと」


 手招きをされたので素直に従い、キルカはまた椅子に座って両足をピンと伸ばした。


「くるしゅうない」

「普段メイドなのに偉そう。そういやなんで店の仕事着ってメイド服なの?」

「あたしが和風ヤだから洋風にしたかったのと、カギリさんの趣味」


 話しながらハルトはキルカから靴を脱がせ、一足ずつ中の靴べらを確認してから一旦箱に入れた。どうせ会計したらまた履くので、何を入念に見ているのかと思いつつ、キルカはあくびをして背中を伸ばした。


「カギリさんの趣味なのは意外」

「制服的なの買おうってなったとき、いちばんかわいいからメイドにする。ってなったよ。カギリさんってかわいいの好きだから。ちなみに本体のあたしもカワイイから好きだと思う」

「なんかむちゃくちゃ言ってんなー」


 カギリの部屋の鍵には変なモグラのマスコットが付いているのだ。何気なくかわいいものが好きというのは、キルカもよく理解する。たまにはお菓子以外を買っていってもいいかもしれない。

 思い返していると、両足の靴が脱げていた。


「ありがと。はい、前の靴履かせてー」

「へい」


 爪先を揺らして冗談めかしてみるが、ハルトは文句も言わずに元の靴を履かせてきた。

 シンデレラはこういう気持ちでガラスの靴を履いたのだろうか、いやちょっと違うか、等と思いつつ、プリンセスというのは中々気分がいいものだと勝手に思った。


「今日こんだけ使われたんだから、当日も履いてもらわねーと困っからなほんとに」

「はくよ! 最速で履きつぶす!」


 陸上部かよ。というキルカにはピンと来ない指摘をして、ハルトは靴の入った箱を掴んでレジに向かった。キルカもついていって会計を済ませ、すぐにその靴を履いた。やはりぴったりで、なんだか歩くのが速くなった気がした。


 食事も終えて買い物から帰る際。青空駐車場から車を出そうとしたところ、その先に居た大型車が微妙な位置に路上駐車をしており、フロント部分が邪魔で出庫が出来なかった。

 仕方なくホカホカのメンチカツを片手に持ったキルカが助手席を降り、その車のフロント部分を空いた片手で持ち上げてずらし、ハルトに指示して駐車場を出させた。

 車に戻ると、運転席のハルトは「すごすぎる」と声をあげ、なにか面白かったようでしばらく笑っていた。

 あまりにもすごいすごいと言うので、キルカはちょっと鼻が高かった。


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