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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
3章 2022年4月 トーキョー
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18/32

〇3-2 フツー

 イケブクロ連続通り魔事件。

 八年前に発生した、魔業を用いた連続殺傷事件だ。

 被害者は当事のイケブクロ駅周辺にいた一般人で、老若男女一二人が死亡し、その他一〇人が重軽傷を負った。実行犯の魔人はシンジュクの暴力団関係者の女性であり、三〇分程度の間にその事件を起こした。

 現場に居合わせた通行人から奪ったバイクで一度逃げ、警察の速やかな捜査対応により翌日には逮捕された。後の裁判により犯人の心神喪失や責任能力の有無が問われたが、最高裁で死刑が確定している。


 使用された魔業の詳細や被害者の状況は公にされていない。インターネット上では、被害者についての報道内容から、銃器や爆弾のような魔業が使用されたという情報が中心であった一方で、周囲への痕跡の少なさや当事の野次馬の情報より、特定の対象を部分的に消し飛ばすことができる強力な魔業が裏社会に出回っているとの噂が立っていた。

 またこの事件の影響として、魔業規制法の厳罰化を求める動きが広く一般に浸透し、その後に『首都高崩落事件』が発生したことで、魔業対策を推し進める『凪の党』という政党が発足した。マリアの父もその党員であると、キルカはマリア本人から聞いていた。


 キルカは様々なイケブクロの事件について、スマートフォンでいくつか検索していた。先日の夜にハルトのこぼしていた内容や時期から、この連続通り魔事件に辿り着き、これがハルトが巻き込まれた事件なのではないかと考えた。

 あの時の彼の様子が、明らかに普通ではなかったから。


 ハルト自身には確認していない。ハルトはあの日からバイトを二日休んで、復帰したあともキルカとは業務上のやりとりしかしていなかった。カギリとハルトは多少会話をしていたようだが、当然内容は知らない。

 自身が似た経験をしている認識があったため、あまり不用意に訊いていい話題ではないとキルカは考えていた。


「そうだキルカ」


 火曜の夜の業務終了後。一緒に店を出たハルトが話しかけてきた。


「買いもの。明日迎えに行くから、家の場所教えてくれよ」

「えっ?」

「なに?」

「きてくれるの? 大丈夫?」

「大丈夫だけど。逆に大丈夫ってなんだよ」

「こないだやばかったじゃん。仕事も休みとってたし」


 ハルトは一瞬首を捻ったが、「あー」と納得した。


「休んでたのはちょっと実家に顔出しに行っただけだよ。うちの妹が誕生日だったの忘れてて、急遽休みとらせてもらった」

「妹さんいるんだ」

「いるよ。母親似で、うちの親父に似なくて良かったって昨日もみんなで話してた。ちなみに俺は親父に似てるってその母に言われたな。愛想ないって」

「……?」


 キルカの頭の中で、彼の境遇について疑問が湧き出してきた。

 けれどもしかしたら、ハルトについてキルカが想像していたことは只の勝手な妄想だったのかもしれない。自分の過去を一方的に重ねてしまって、シンパシーまで感じそうになっていた部分があって、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。

 なんでもなさそうならいいか。

 キルカは思考を飲み込む。


「じゃあ帰ったら部屋の場所送るね。明日は朝八時に来て」

「早めにいくよ」

「わりと行きたいとこあるから覚悟の準備ね」

「おー、便利屋ハルトくんにまかせろ」


 ハルトは普通の様子に感じられたので、キルカも動じず、いつもの調子で返した。


 帰路についたキルカは独りになり、住んでいるアパートまで歩いてやってきたところで、スマートフォンから着信音が鳴り出した。

 スマートフォンを取り出すと、かなり前にカギリに番号登録するよう伝えられた、アカギ・トマリからの電話だった。

 掛けてこられるのは初めてで、時間帯も相まって妙に怪しさを感じたが、生活を保障してくれている職場のオーナーでもあるので無碍にはできない。


「うぇー。出るかぁー」


 アパートの廊下を歩くキルカが電話に出ようとしたところで、視界の端で人影が動いた。


「こんばんわ。こんな時間にごめんね」

「ひゃぁぁっ! 本人だ!」


 トマリはキルカのアパートの部屋の前に立っていた。普段着ている灰色のスーツ姿で、橙色の髪も以前会った時と変化はなかった。

 キルカの部屋は彼が借りていて、店員の福利厚生ということで住まわせてもらっているため、彼がキルカの部屋を知っているのは不自然ではない。

 だが深夜二時過ぎに居るというのは異様だ。


「取り急ぎ少し確認したくてね」

「取り急ぎすぎるでしょ! ウチだよここ! もーびっくりした、超びっくりした……」


 トマリは電話を切ってくすくすと笑った。


「新しく入ったハイジマ・ハルト君の調子はどう?」

「どう、ってなんですか?」

「率直に思ったことでいいよ」


 勤務しているアルバイトについて彼がキルカに確認をしてくるのは初めてかもしれない。キルカは店用のメイド服の上にダウンジャケットを着込んでおり、壁にもたれ、ポケットに手を入れた。


「普通の男の子なんで、お客さまとのやり取りとかも結構助かってます。珍しくカギリさんも褒めてるし、料理できるし、下心出さないからめんどくさくないし」

「不審なところとか、おかしなところはない?」

「普段の様子は普通ですけどー」


 何故そのような訊ね方をしてくるのか気にかかるが、キルカはありのまま話すことにする。


「なんで大学とか行かないんだろうとは思ってますよ。ハルト、普通のお家で育ってるみたいだし、本人も普通だし。普通の人って高校行ったら大学行って就活するんですよね。なんでそういう普通にしなかったんだろって」

「彼がすごく普通なのが伝わるなぁ」

「だからハルトが今シンジュクに来てるのは、普通じゃないと思います」

「……なるほど」


 トマリはしばらく沈黙した。キルカは肌寒さを感じたので、早く部屋に入りたいと思った。部屋は片付いてないのでトマリも入れられない。


「ついこの間、店の前で魔業が使われた件があったよね」

「ありました。そのお客さまもその後見てないですよ」

「知ってる」


 なんで知ってるんだ。監視でもしているのだろうか。キルカはトマリの顔を見るが、表情は薄い。


「その客。カギリから聞いた風貌からしても、鳴牙組から追い出された魔人の一人、クロイワって男だと思う」


 トマリはやはり表情が薄かったが、キルカは思わず口元を強く結んだ。


「そのクロイワはサクライさんの関係者ってこと?」

「そうだね。今現在も彼と関わりがあるかはわからないけど」

「顔、覚えておけばよかった。じゃあソイツと来てた客もですか」

「それはわからない。ただ、その魔人が使っていたって魔業は、サクライが開発を進めさせていた魔業と似た性質がある」

「どこでもドア?」

「……ニュアンスがややこしいから『ポータル』の魔業って呼ぼう」


 ふいにキルカは、昔サクライが自慢気に話していたことを思い出した。『めちゃめちゃ便利な魔業』とは、その『ポータル』の事かもしれない。

 どこでもドアのようなものが流通すれば、それこそ世の中は変わる。


「僕が言いたかったのは、『ポータル』のようなものには関わらない方がいいっていう話。カギリに聞いたけど、ポータルを見たハイジマ君も、無関係じゃなさそうな感じだから」

「それは思いました」


 キルカは頷いた。


「キルカさんも気を付けてね」

「あたし?」


 トマリをキルカを見定めるように見た。

 ちょっとびっくりして、キルカは首を引いた。


「君は絶対に関わらないで」


 真顔が怖いのはカギリもそうだが、アカギ家の血筋のせいだろうか。キルカは反射的に怯んだ。


「えぇー……、わかりました。けどそもそも関わる気なんてないですよ。そういうめんどくさそーなのヤだから」

「そうだね。それならいい。今日はその確認に来たんだ。例えば、ハイジマ君とキルカさんで彼らやその魔業について調べてみようなんてことになったらちょっと大変。カギリの負担を増やすわけにはいかない」

「ないない。ないです」


 キルカがぶんぶんと手を振ると、トマリは頷いた。

 用件が済んだようで、すぐに彼は歩き出そうとした。会話自体が久しぶりなので、もう少し雑談でもしていけばいいのに、と思いつつ、キルカもトマリと話すようなことはそれほどない。


「あ。今度トマリさんも一緒にみんなで飲みにいきます? ハルトほんとフツーですから、珍しくフツーの人と話せますよ」

「飲むのは嫌いじゃないけど、できるだけ娘のそばにいなきゃいけない。元々結構、知り合いに手伝いを頼んじゃってて」

「そっか。じゃあトマリさんのお家とか?」

「僕の家という手があったか。じゃあリルハさんも呼んでみるかい」

「イヤです」

「まだ会う気はないのかな」

「それはお互い様だと思います。だってお母さん、トマリさんにもそういう話はしてないんでしょ」

「まあね。そもそも僕とリルハさん、ほぼ連絡を取り合わないし」


 トマリと出会ってしばらく経つが、トマリとキルカの両親との関係も掘り下げて確認はしていない。

 トマリが大学病院に勤務していた頃に両親とやり取りをしていたそうだが、キルカの記憶では、父やリルハが病院に頻繁に出入りしていた様子はなかった。トマリからも微妙にはぐらかされているような雰囲気があったので追及はしていない。まるで母を気にかけているような行動は、キルカはあえて避けるようにしていた。


 そもそも現在では、トマリとは単なるオーナーと店員の関係で事足りてしまっている。トマリが母とやんわりと繋がっているのなら、どうしても関わる必要があればその時どうにかなるだろう、という考えもあった。


「というわけで娘が起きる前に帰るよ。いつもありがとう。おつかれさま」

「はーい。おつかれさまでしたー。おきをつけてー」


 キルカが手を振って見送る。トマリはアパートの廊下から出て、すぐそこに停めていた自転車に乗って去っていった。

 以前、彼が車を持たない理由を誰かから聞いた気がしたけれど、興味がなかったのでキルカはとっくに忘れてしまっていた。


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